第1章 聖ジェファールズ豪華客船事件 第9話 展開
パーティ会場はまさに夢の最中にあるようだった。
キュイゼル・フリンスの甘美な、そして流麗な歌声。
回る星々のようにきらめく照明と、彼女のスポンサーであるファッション会社「ウナポルタ」のロゴが透けて投射される。
クラン・イミノルは、夢の夢たる特性に惑わされていた。果たして、今、自分が見ているのがそれなのか。それとも、先ほどまでがそうなのか。あるいはずっと夢中にあるのか。そうであるのなら、それはいつからなのか。
クランは苛立ちを覚えずにはいられない。
脳に思考の余裕がない。
それは、あの憂虞の鳴器の隊長とやらに治療された時からだ。
体中が痒いような焦燥とともに、靄がかかったように考えが深まっていかない。
とにかくだ。
こういうときは会話をする必要がある。
まだ自分の胴体が切断された不快と、死を体験した気持ち悪さから抜け出せていなかったが、エチカ少佐が良くするように、クランは自分の鼻を摘まみ、目を瞑る。
深く呼吸をしながら、クランは心を落ち着ける。
そして、キュイゼル・フリンスの登場に呆気に取られていたエチカ少佐に耳打ちする。
「少佐、少しお話が」
「どうした?」
「ここでは、、、」
クランの表情を見て何事かを察したのか、少佐はクヘルス二等兵をどうするか、という意味を含めてちらりとそちらを見る。
クランは顔を振る。
まずは少佐だけに伝えるのが良いだろうと直感した。
エチカ少佐はクヘルス二等兵に何事かを伝え、クランとともに会場を離れた。
▲▽
「エチカ少佐との通信が途絶えた。船に転移した途端だ」
「ええ、分かっています。ジャルジャ中将。私もすぐに向かいます」
そう答えた途端、中将との通信が何かによって遮断される。
「それで、これは一体どういう料簡?」
ユト・クーニア上級大尉が赤い瞳を剥く。
彼女の喉元に添えられた刃には一つも眉を動かさず、段の入ってふわりとした髪も微動しない。
「へぇ、そうか。俺はずっと不思議だったんだ」
ニスカエルマ・トーラーは刃を下しながら笑う。
その表情は、今しがたの行為が本当に冗談であったかのような明るさがあった。
簡易転送室には、待機組の二人しかいなかった。
「俺はね、君が不思議でならなかったんだ」
「自分たちの存在を棚に上げて?」
「いや、まぁ、そうなんだけど。なんて言ったらいいのかな?」
「自分から謀反の姿勢を見せてそれ?私、そういう段取りの悪い人間が一番嫌い」
「そうかそうか。悪かった。要するに、君は、俺に似ているって言いたかったんだ」
「口説き文句としても落第ね」
ユト・クーニアの手に、転送されたウーシア兵器が握られる。
背丈ほどの長めの柄に刃のついた直線状の武器。
薙刀と呼ぶには無骨で、その短く厚い刃は肉を捌く「すき包丁」のようにも見えた。
ニスカエルマはそのウーシア兵器を認めたが、
「君は、なぜ、そう余裕がある?」
「強いからよ」
「いい答えだね。エチカ少佐よりもよっぽど、隊を率いる器だ。でも、俺が求めている答えとは違う」
「簡潔に言いなさい。あなたの行動が暗に示しているのは、私は一刻も早くあの船に行かなければいけないということなんでしょう?」
ユト・クーニアは、柄を短く持ってニスカエルマに刃先を向ける。
簡易転移室の狭い部屋の中での戦闘となる。
それは、油断の隙のない一瞬の攻防となる。
「まぁ、そう焦らないで。あの船はしばらく何も起こらないよ。そう断言できる」
クーニアは、彼が嘘を言っているようには思えなかった。
彼が自分たちとは違う目的で動いているのは明白だ。
その目的は不明だが、その先には帝国ないし皇帝の利益があると考えるべきであって、そこすら疑い始めたら、何も計算できない。そしてするべきではないのだ。
そうとするならば、クーニアは彼の要求を呑むしかない。
そんなクーニアの思考を読んだのか、ニスカエルマが話を続ける。
「俺は嬉しかったんだ、君が同行するとなって、さらにはこうして二人で話せる」
「さすがに気色が悪いよ、あなた」
「想定はしていたんだ。俺が同行するとなったら、きっと対抗できるお目付け役を連れて行くだろうって。だから、君とルラ・コースフェルトを交換すると思った。それは少しばかり、いや、かなり面白くないからね。でも少佐は君を選んだ。よっぽど信頼しているみたいだ」
「馬鹿言わないで。あれはね、気が弱いからよ。どうにか私の機嫌を取りたくて仕方ないの」
「はは、通じ合ってるね」
「話が逸れてる。そして、忘れないで。私はあなたも許してない」
「そうだった。君が僕と似ているところだったね。それはね、、、」
ニスカエルマは、虫すら殺さないような朗らかな笑みをすっと表皮の下に隠した。
それは初めて見せる軍人としての冷ややかな顔だった。
クーニアがわずかに身構えたとき、艦内に警報が響く。同時に警告の赤色で部屋が染まる。
『不審な船の接近を感知。不審な船の接近を感知。ただちに、、、、』
ニスカエルマは事態の急変に動じず、そして、まるで医者の前で痛みを隠す子どもに病状を伝えるような声だった。
_____見えているだろう、君には。人とは違う世界が。
そう言った。
_____ほら。出番だよ。君の世界を、僕に見せてくれ。
▲▽
「要するに、民主神聖同盟の者に君も僕も殺されたはずだった、ということか?」
「はい、そうです」
クラン・イミノルは自分でも訳の分からないことを言っている自覚はあった。
エチカ少佐が信じてくれるとも思わない。
もしかすれば、これもまた、あの治療の副作用なのかもしれないとも思っていた。
エチカ少佐は、先ほどクランがしていたように、鼻を摘まんだ。
パーティー会場を出て、階段の踊り場のような人通りの少ないところだった。
悩むエチカ少佐を眺めて、クランが、あと少しで「自分の勘違いでした」と言ってしまおうかと思った時だった。
「____同様の状況を作る」
エチカ少佐がそう言った。
「同様の状況?」
「キュイゼル・フリンスの控室に行く。そこでクランの言ったようなことが起こるかどうか、確かめる」
クランは、エチカ少佐が暫定的であっても自分の言ったことを信じてくれたことに安堵しながら、ただ、恐怖がそれを塗り替えるように足元からせり上がってくるのを感じた。
自分の体から離れた脚、そのイメージが脳裏にこびりついている。
そして、動かなくなったエチカ少佐の背中。
「駄目です!!それは、、、」
エチカ少佐は、クランを落ち着けるように、ふっと笑う。
それから通信状態を確認するように、少佐は耳に手を当てる。
やはり、通信は断絶されているようで、
「もちろん、そのままでは行かない。一度警備船に戻ろう。クーニア上級大尉にも乗船してもらう」
クランは、その時自分が冷静を欠いていたことに気づいた。
そうだ。ここに来ているのは何も自分たちだけではない。
そのことに気づいた途端、ふっと脚の力が抜けた。
「大丈夫か?」
エチカ少佐が小さな体でクランの体を支えた。
「すみません、、、」
「いや、よく話してくれた。一緒に行けるか?」
エチカ少佐にほとんど抱きかかえられるようになって、記憶がフラッシュバックする。
母の胸の中。
血に閉ざされた視界。
私のせいで、私が適合者だったから、みんな殺された。
全部、わたしのせい。
結局、唯一生き残ったノランすらも、私が殺したようなものだった。
クランはエチカ少佐から離れて、自分の足で立つ。
大丈夫だ。
ちゃんと足はある。
動かなければならない。
それが、それだけが唯一の、自分の罪との向き合い方だ。
「はい。行けます、、、エチカ少佐」
威勢よく答えたつもりだったその声は、自分が思っているよりも、小さく、弱く、零れ落ちる朝露のように床に落ちて消えた。
_______どこに、行くのかな?
その声は、あたかもクランの頭の中に直接届いたようだった。
_______ああ、誤算も誤算だよ。
どこか、聞いたことのあるような男の声。
ただ、いつ、どこで聞いたのか覚えていない。
_______ここからは、君のためだけのウェルカムパーティとしよう。
身体の芯から恐れを増殖させるような声。
息が、できない。
_______君がいけないんだ、秘密をバラそうとするから。
「クラン!!!構えろ!!!」
何度目だろう。
こういう場面は。
三人の民主神聖同盟の輩が、丁度二人を囲むように現れた。
クランは使い物にならない太刀ではなく、短刀を手に持ち、とっさの判断で鉄球を扱う適合者の腕に転移をさせようとする。
が、
「っ!どうしてっっっ!!!」
第一反発に体が戦慄く。敵の体内に転移を成立させられない。それは、騎士として落第を意味する。前回と同じように、体内に鉄球の転移を感じる。第一反発の余波の中では、拒絶も容易くない。
「ぐぁぁつ、、、、ぅう、、、、、」
致命傷になり得るものだけはなんとか弾いたが、四肢の中で筋肉や筋が断絶する音を聞いた。
尻もちをつくように転がるクラン。
「、、、、、、、、、、、、、くっ!!!!」
その呻きは、エチカ少佐のものではなく、こん棒を持った大男のものであった。
見れば、男の片腕から血が白い装束に染み出している。
「イミノル伍長、感謝する。君の情報は正しかったみたいだ。おかげで助かったよ」
エチカ少佐は鉄槍についた血を払いながら、クランをかばうように立つ。
「いいか、隙を作るから逃げろ、そして転送室から警備船に戻れ」
そのエチカ少佐の言葉を受け、
「三人相手に、転移の隙も与えないと?」
と、盾を持つ女が嘲弄する。
「試してみようか?」
エチカ少佐のウーシア運用が静かに展開される。
と同時にクランはパーティー会場に戻るように背を向けて駆けだした。
背後で、鉄と鉄が軋む音がする。
クランはがむしゃらに、転移も絡めてその場から逃げる。
戦えない自分にできること、それを成すだけだ。
クランはいつまた自分の足がふっと消滅するか、その不安を抱えつつ駆けた。




