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第1章 聖ジェファールズ豪華客船事件 第7話 断絶

控室の扉を開け、怒号と共に中に乗り込んできたのはファズ中尉だった。

その姿を認め、クランは体の中心から湧き上がるような涙をこらえることができなかった。そして、疑問より先に声が出た。


「無事、だったん、、、ですね、、、中尉」


「あ!?無事って何のことだよ。お前の方こそ出航直後に勝手にいなくなりやがって」


「それはどういう?」


「とにかくそいつから離れろ!そいつは、、、」


ファズ中尉の怒号をかき消すように、ガンッ!という鈍い音が、クランの耳を刺す。

振り返ると、エチカ少佐の手には鉄槍が握られていた。


「こいつは、、、、」


そこには、いつの間にか白い装束に身を包んだ大柄の男がいた。

エチカ少佐の鉄槍と鍔迫り合うように、こん棒のような太い武器が男の手に握られている。


「チっ、、、同盟の蛆どもがっ!」


今度はファズ中尉が振り返りつつ、何者かを殴る。

その拳は細身の女が持つ大きな盾に防がれた。

部屋の中と外、気づかぬうちに囲まれた形だった。


「おい!逃げるな!」


遁走を選んだ、盾を持つ女が転移でその場から消失する。

それを追ってファズ中尉も。


「エチカ少尉、、、いや、少佐か、、、我々のおかげで出世できたらしいな」


ファズ中尉の行方を追う間も、状況を整理する間もなく、闖入者の男がエチカに語りかける。


「ああ、おかげさまで。ミラリロは元気にしてるか?面倒だろう、あいつは」


「知らんな」


競り合いの中、エチカと男の顔が近づく。過去の戦闘の傷痕なのか、男の左目は潰れていた。エチカよりも一回りも二回りも体躯が大きく、その手に持つこん棒に力を込める。

徐々にエチカの方が押し負けて膝が折れていく。


「こんな狭い部屋では転移もできまい」


「そうだなっっっ!」


重なり合っていた鉄槍とこん棒。

その内、鉄槍だけがふっと消える。

寄りかかる相手を失い、勢い余ったこん棒が控室の床を強打する。


「、、、、、、、、くっ!」


己の力で前かがみになった男に対し、エチカは体を一回転させつつ、再度転送させた槍を手に持ち、男の背中を打たんとする。


と同時に、クヘルス二等兵も両の手に鉄剣を持ち、その首に二振り、打ち落とす。


「フィオラスっっ!!」


大男の声とともに、今度は小柄な少女が狭い部屋の中空に現れた。

そして、無数のビー玉のような鉄球が静止した雨滴のように浮かぶ。


「______っ!!」


その驚嘆は、エチカとクヘルス、それからクランが同時だった。

クランはとっさに認識を己の内に向ける。


(体内に転移した玉は、、、1、2、3、、、4、、、!)


拒絶レクザーティオに全神経を集中させる。

物質量が小さいために、数は多くとも拒絶自体は容易い。

これならエチカ少佐も、、、それにもとより、、、。

と、クランが再び意識を外に向けると、そこには血を吐いて倒れるエチカの姿があった。


「な、、、んで、、、?」


「拒絶する隙を、あいつが与えなかった」


クヘルス二等兵もまた、口から出た血を拭いながらそう答えを述べた。

最初に見た鉄球の数からして、クランの体内に転送されたものは1割にも満たない。

質量は小さくても、数が多ければそれだけ拒絶に意識を持ってかれる。

その隙に大男が動きを見せれば、自然、拒絶の成功率は下がる。


ただ。

それでもだ。

エチカ少佐は、無死と呼ばれている。

致命的な攻撃は、不可視の力に守られ、なぜか通らない。

それこそがエチカ少佐の稀有な力のはずだ。

それなのに、、、それに、あの数のウーシア兵器を操れる小柄な女の力量も尋常ではない。


「少佐!少佐!エチカ少佐、、、!死なないで!!死なないでください!!」


床に伏せたエチカの下に駆け寄ろうとするクランを、クヘルス二等兵が静止する。


「どうして止めるんですか!行かせてぇっ!!少佐は、、、ノランの、、、ノランから、私は、、、」


クランの狂乱を、クヘルスは腕の一本で止めつつ、


「逃げなさい、クラン」


「そんな訳にはいかない!!だって、だって、これじゃぁ、、、私は、、、」


「私は、恐れでもう足が動かないんだ。先に逃げてくれ」


大男のこん棒がクヘルスの頭を潰さんと薙ぐ。

ただ、それはクヘルスにもクランにも当たらず空振りに終わった。

クヘルスはクランを出口側に突き飛ばしつつ、すでに男の背後に転移を完了していた。加えて、二振りの鉄剣のうち、一本はすでにその老兵の手になく、小柄な女の腹を穿っている。


「むぅ、成立するはずもない、か」


女の腹から、拒絶された剣がからんと落ちる。

そしてその音を契機に、今度は大男が振り返りながらこん棒を振るうが、そこには空間だけ。

二等兵とは思えない老人の動きに、大男はわずかに驚きを見せたようだった。


「酒臭いな、ご老人」


「酒のツマミにしては、少しばかりしょっぱすぎるな、お前さんは」


加勢しなければならない。

クランは大太刀に触れる。

あの日、動けなかった贖罪を、今、なさなければならない。

が、その強い思いを諫めるように、その手に柔らかく冷たい手が重なる。

いつの間にか、キュイゼル・フリンスが隣に立っていた。

彼女は鉄球の攻撃を受けなかったのだろうか。

そんな疑問を抱く前に、クランの視界は飛んだ。


▲▽


「はぁ、、、、はぁ、、、くっ!!」


走りながら、キュイゼル・フリンスは自分の右手を抑える。


「はぁ、、、はぁ、、ファズ中尉の真似事なんて、しない方が、、、いいですね」


他者の強制転移。

それは大きすぎる第一反発と第二反発を発生させる。

不可能ではないが、その後のウーシア運用は乱れ、身体には深刻なダメージが残る。


「どうして、、、あれではクヘルスおじさんが、、、!それにエチカ少佐も、、、」


逃げたくなかった。

逃げるべきではなかった。

ただそう思う一方で、戦えない自分があれ以上、その場でみじめを感じなくて済むようにしてくれたのも事実だ。

エチカ少佐があれほどにあっけなく。

守ることも、守れなかったことを悔いることも、出来ぬ間に。


「ノラン、、、、、、ごめんなさい、、、ごめんなさい、、、また、私のせいで、、、」


そんな言葉をこぼしながら、景色が変わらない客室の廊下をキュイゼルと並びながら走る。


「いったん、あの人たちから離れて考えましょう」


キュイゼルの提案に、クランは少しばかり冷静になる。

まだエチカ少佐の生死だって、正確には不明なのだ。

取り乱すのは、全て終わった後で良い。


(そうだ、クーニア上級大尉に、、、)


そう思って通信機器を確認すると、


「接続が、、、切れてる、、、、、、、」


いったいいつから、、、、?

耳に手を当てながら、クランは半ば呆然とする。

これでは外に待機する二人に連絡が取れない。


「誰か待機している人がいるんですね」


「はい、外の警備船に!」


「それなら外に出ましょう」


そうキュイゼルが言ったとき、がくんと視界が下に落ちた。


「え、、、、、?」


なぜ自分の頭が床にある?

クランは突然のことに自分が転んだのだと知るまでに数秒かかった。

すぐに立ち上がろうとするが、脚に力が入らない。

ウーシア運用だけでなく、身体まで制御できなくなったのか、私は。

それほどまでに、私は、、、。

眼球だけで見上げると、そこには目を見開いて、短刀を構えるキュイゼルの顔があった。

何をそんなに驚いているのか。

ただ転んだだけだ。

クランはもう1度立とうとするが、叶わない。

そんなはずはない。

だってちゃんと脚はあるの、、、、、、、だか、、、、、、ら、、、、、。


なんとか首を回して振り返ると、そこには己の脚と思われるモノが二本、腰から離れて遠くに転がっていた。


「ははっ、、、、、、なんで、、、、、、はっ、、、へっ、、、、、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


痛みが、まるで布団をかけるようにゆっくりと体を包んでいく。

何が起きたのか、誰が、どうして。

そんな思考も、まどろみに溶けていくよう。

そして、自分の思考が深く、穏やかな眠りに落ちていくのを感じる。

そんなことが、かつてあった。

あの温もり。

生まれたとき、私は孤独と無力だけを抱えていた。

死ぬときもまた、同じだと悟った。


「ごめん、、、ごめんなさいノラン、、、1つも約束、、、守れなくて、、、」


兵士の死は突然に、何の前触れもなく訪れるものであることは知り過ぎるほどに知っていた。だからこそ、こうしてノランに懺悔する時間があったことだけは感謝しなくてはいけない。

叶うならば、本当は、兵士として立派に戦って、こんなのではなく、それで向こうで待っているノランに誇らしく、少しだけ意地悪に報告したかった。

エチカ少佐と一緒に、並んで、最後まで戦ったのだ、と。

叶うべくもないそんな願いが、最後に死神の接吻となって、クランの意識はそこで途絶えた。


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