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第1章 聖ジェファールズ豪華客船事件 第4話 接近



クヘルス二等兵の弱弱しい背中を見送っていると、


「申し訳ございませんでした、エチカ少佐」


と、イミノル伍長が頭を下げた。

それは先ほどまでとは違う、いつも通りの彼女だった。

皇帝直隷第二十一班に彼女を配置したのは、エチカではなかった。

ウーシアを上手く扱えなくなり、第三騎兵師団でも浮いた存在だった彼女に軍上層部からお声がかかったのだ。

ペアを組むモチャ・ファズ中尉から詳細な報告はないが、一定の転移等は可能で、通常範囲の任務では支障ない、むしろ優秀だとのことだった。


『私がいると、私のせいで誰かが死ぬ。なのに私はここにいる。それはいったいどんな罪なんでしょうか、エチカ少佐』


そんなことを彼女は言っていた。

それは自分のせいだ。

あの日、彼女の妹を守れなかった、自分がクランに与えた傷と罰。


「何か、身体におかしいところは?」


「はい、何か寝不足のときのような、苛立ちというか、頭に靄がかかっているような気が、、、」


「おそらく、それが憂虞の鳴器の隊長が施した何かなんだろう」


「大丈夫でしょうか、私」


「とにかく落ち着いて行動することだ」



イミノル伍長は不安を隠そうとしてはにかみかけたが、また沈鬱な表情に戻って自分の膝を見つめた。


▲▽


海上を揺蕩っているらしい聖ジェファールズ豪華客船まで、海上警備隊の監視船に乗り合って行く。


「フォーダウ号よ、、、いざゆこう、、、かの狐王・ファズ女史を救うべく、、、男たるもの、美しき女性を救うためなら、、、肥溜めでも、、地獄の業火でも超えてゆこうぞ、、、」


若い男が操舵室で、帽子に目を隠しながら何事かをぶつぶつとつぶやいている。


「何だこいつは」


クーニア上級大尉が顔を顰めながら、エチカに同意を求めるように言う。


「ああ、すみません、上級大尉。お気になさらず」


眼鏡をかけた、こちらも若い女性が仏頂面でクーニアの疑問に答える。


「あなたは確か、スラン第三深官、でしたか?」


「そうすでにお伝えしたはずです」


「あ、、、ええ、失礼。その年齢で第三ならさぞ優秀なんでしょう」


クーニア上級大尉は、スランの受け答えに一瞬、眉を動かしたが、にこやかさは崩さなかった。


「ちなみに復習しますが、あの1人でぶつぶつ呟いている不細工な男がドレッチ船長、第4深官です」


「不細工って、、、え?4深官ってことは、、、少佐クラス、、、嘘でしょ?」


「なぜ業務連絡で嘘をつかなければならないのですか?陸軍とは単純比較できませんが、立場ある者であることは間違いないです。大変遺憾ながら」


スラン第三深官は疑問を隠さず、ゆっくりと首を傾げてそう告げた。

その時、自分のつま先を見てぶつぶつと言っていたドレッチ船長が、独り言はそのままに、速足でクーニアの前まで近づいてきた。


「、、、、っ!」


「本当に僥倖です、、、このような形でかのユト様と道程を一緒にできるなぞ夢のよう、、、、、、先月のコンバルド社提供の享楽放送拝見させていただきました、、、私としましては、ユト様はもう少し会話の流れを意識した方がよろしいかと思います、、、何度か司会の方の冗談をスルーしておりましたので、その点を意識すればもっとご活躍の場も広がるかと存じます、、、それから、コマーシャルの映像を撮る担当は変えた方が、、、ユト様は左から撮るよりも、、、」


「あ、、、ありがとう。ご助言、感謝します。私は乗り込む準備をしてきますので、ではこれで」


ドレッチ船長に固く両手を握られて、そこに念でも込めるように長広舌を唱えられては、あのユトでも恐怖を感じたらしく、操舵室から逃げるように去っていった。


皆がスランの案内で甲板に出たとき、エチカだけが船内に残った。

丁度、トイレからユトが出てくるところだった。彼女は明らかに自分を待っていたらしいエチカの横を無言で通り抜けようとした。


「酷だと思うか」


エチカはそうユトの背中に呟いていた。


「親友だとでも?」


「気に食わないか」


「そりゃね。あなたは別人なのに、見れば知った顔がある。不快よ」


「かつての俺なら、助けられたか?」


「無理に決まってるでしょ」


「じゃあなぜ?」


「、、、、、、泣いてないから、あなたが」


ユトは、少しだけこちらを見るようにしてそう言った。

その言葉には、どこか悲しみがある。そう思うのは、エチカの願望かもしれない。


「質問に答えるなら、酷ということはないでしょ。戦いに意味はない。弔いも、義憤も、作戦遂行書のどこにも書いてない」


「優しいな」


「優しくなんか、、、、、、、ない、、、」


「お前が頼りだ、今回は。ファズ中尉がそうだとするなら」


「は!今度は私が死ぬんじゃないかって、こっちは冷や冷やしてるのに、ご気楽でよろしいね」


「珍しく、、、」


ユトはゆっくりと、まるで少女が後ろを歩く両親を振り返るようにして、


「ねぇ、、、私の死には、いったいどんな意味があると思う?」


ユトはエチカの話を遮るようにそんなことを言った。

珍しく、笑いからこぼしたような声だった。

それはクヘルス二等兵の命に関する言葉と関わったものなのか、エチカには分からなかった。


「それは、、、」


準備されていない言葉は、口から出る前に艦内放送で遮られた。


聖ジェファ―ルズ豪華客船。

その船影を捉える。

※海上警備隊

レガロ帝国不動資産省管轄の部隊であり、主に領海における民間船舶の管理や運航の安全確保を行っている。帝国陸軍の隆盛に伴い力を弱めている海軍に代わるように、陸軍からの出向も受け入れることで近年その存在を増しつつある。

海上警備隊の士官の階級については、第一深官から、第九深官まで存在する。

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