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第1章 聖ジェファールズ豪華客船事件 第1話 出発

82,1013,14:06


息も絶え絶えになって帰ってきたクラン・イミノル伍長は、とりあえず第二十一班所属の医療班に見てもらっている。その後、帝都に戻しての治療となるだろう。


「彼女らは確か、パミドール州で任務にあたっていたな」


と、ジャルジャ中将が顎を撫でながら言う。

パミドール州は帝都の最も東南にある州で、東は仰嵐ぎょうらん山脈、南の一部はモッペル経済国と、分霊海に面している。


「ええ、正確な報告は受けていませんが、帝国貴族を中心に怪しい動きがあると」


「貴族たちの反乱か。大いにあり得るな。現皇帝の体制になって、貴族たちは議員を通しての支配が弱くなっている。それに軍備増強のための税も増え、取りつぶしになった家も多い」


「はい。イミノル伍長の小型通信機器ハトからは、ファズ中尉とともに聖ジェファールズ豪華客船に乗り込むまでは通信が来ています。今、司令部にその後の解析をお願いしているところです」


「客船での密談か、確かに海上だと帝国の監視は届きづらい」


「とりあえず、イミノル伍長から詳しい話を聞くまでは、私と、、、、、、ユト・クーニア上級大尉が港まで向かいます。そこからは現地の第三騎兵師団、海上警備隊と連携を」


緊急事態に参集していたユト・クーニア上級大尉が小さく頷く。


「エチカ少佐が直接出向くのか?」


ジャルジャ中将の指摘は正しかったが、


「私は、()()()()。だから私が出るべきだと判断します」


その言葉は、思いのほか力強く出た。

自分の頭にあったのは、ユミトルドでの無様と、それ以上に、クラン・イミノル伍長の今にも消え入りそうな声、そして同じ顔をした彼女の妹のことだった。

ノラン・イミノル。

彼女の存在は、自分の中で何か、特別なものだった。


「分かった。通信は常にオープンに、映像の共有も必ずだ。第三騎兵隊には私から信頼のおけるものを呼ぶよう伝えて置く」


エチカとユト・クーニア上級大尉が静かに頷いた。

その時、


「お邪魔します!」


と、場にそぐわない爽やかな声が外から響いた。

クーニア上級大尉が目配せをして、自分が行くと示したが、すぐに見張り役のアイリスから、


「入れて大丈夫だと思う。胸糞悪いけど」


と通信が入った。

クーニア上級大尉が迎えに行き、何事かを話した後、すぐにその姿が現れた。


「エチカ少佐はこの間ぶり、でも覚えてないか」


赤いローブを着、フードを深く被った男と、同様の恰好をした少女らしき人物。

男の方がフードを外し、その端正な顔を見せる。


「皇帝直隷第二班、巷では憂虞ゆうぐ鳴器めいきと呼ばれてる。俺はニスカエルマ・トーラーだ、よろしく。今のところ、敵でも味方でもない、かな」


ニスカエルマと言った男は、笑顔は崩さないが、真剣な声音だった。

憂虞ゆうぐ鳴器めいきのユミトルドでの動きは聞いていたが、こうして相対するは初めてだ。

女の方は、ニスカエルマの背に隠れて小さくなっている。


「、、、敵でも味方でもないなら、用件を言え。こちらは急いでるんだ」


「エチカ少佐の言う通りだね。要するに今回の件、協力しようということなんだ」


「協力?」


「そう、聖ジェファールズ豪華客船。君たちはファズ中尉の救出を、俺は敵の打倒を、それが皇帝の考えだ」


「私たちの監視、もだろ?」


クランが戻ってきて、すぐに彼らは訪れてきた。

そのタイミングの良さと速さは、有難いものでは到底ない。


「うーん、まぁ、そう思ってもらっててもいいよ。どう?俺、自分で言うのもなんだけど、結構強いから、役立つと思うけど」


ニスカエルマはエチカに向かって手を伸ばす。

エチカはまず、クーニア上級大尉の顔を見るが、彼女は興味なげに軍靴の先を見ている。次にジャルジャ中将に水を向けるが、彼は頭を振って降参の意だった。 

皇帝という名が出た以上、断るわけにもいかない。

エチカがニスカエルマの手を握る。


「ファズ中尉の状況が分からない。生死すら。なるべく急ぎたい」


エチカの言葉に、


「もちろんだ。行くのは俺一人。足手まといにはならないよ」


ニスカエルマが握られた手を軽く振る。

と、また外が騒がしくなり、談話室の戸が開く。


「エチカ少佐!!、、、、、、私も、、、、、、行きます、、、、、、行かせてください!」


それは軍医をぶら下げるように引き連れたクラン・イミノル伍長だった。


「駄目だ」


「行かせてください!!」


「気持ちは分かるが、駄目だ」


イミノル伍長は、軍医や衛生兵の引き留めを剥いで、エチカとニスカエルマの間に割り込む。エチカより少しだけ背が高い彼女は、睨みつけるような懇願するような目でエチカに訴える。


「行かせて、、、、、ください」


エチカの軍服の胸の辺りを掴んで言う彼女の意志の強さに、少したじろぐ。

その目は、どこか遠くを見るようだった。

ただ、彼女の今の状態では無論、連れていく訳にはいかない。

それに彼女は、仮に万全の状態であったとしても、それは冷酷な話だが、力が足りない。

エチカが彼女に宣告を下そうとしたときだった。

思いがけない声が耳に飛び込む。


「、、、、、、、、、行かせて、、、、、、、あげた方が、、、、、、、、、すすすすみません!!!!でしゃばったことを、、、、、、」


声はニスカエルマの後ろから聞こえた。

少しだけ姿が見えたと思ったら、また引っ込んでしまう。


「隊長?なんでそう思うんですか?」


ニスカエルマが後ろを振り向いて膝立ちになって言う。

まるで子どものたわいない話を真剣に聞いてあげよう、とでもいうような父性だった。


「えっと、、、、、、その人の怪我、、、、、、私が、、、、、、一時的に緩和します、、、、、、でも、、、、、一時的です、、、、、、それに、罪は消えません。それでもなお、歩もうとする人間の強さを、、、、、、私は尊びます」


そう言って、その女はニスカエルマの横を通り、イミノル伍長の腹部に触れる。

ウーシアの波長が、徐々に、ゆりかごのように振れる。

黄金の舌を覗かせて、彼女の言葉が、固く結ばれた紐をほどくように伝わる。


「、、、傷の記憶、、、、、、悔恨、、、無力、、、卑下、、、憎悪、、、責任、、、シット・アリクィ(同じよ)ドゥ・アリウドゥ(うにあれ)


ウーシアの青い光が徐々に小さくなる。

イミノル伍長の緑の瞳から、涙がとめどなく流れる。


「私、、、、、、泣いて、、、、、、?」


イミノル伍長も、自分の涙の意味が分からないらしかった。


「傷は、一時的に塞がります、、、、、、。ですが、、、感情は増幅されています、、、、、、抑えて、、、、、、一番大事な気持ちを、、、忘れずに、、、」


隊長と呼ばれた女は、今度は自分が赤子を宥めるように、背伸びをしながらイミノル伍長の頭を撫でる。


「どうする?エチカ少佐?うちの隊長は、こうなったら聞かないよ」


と、ニスカエルマが半分笑いながらだった。

エチカには、彼が隊長と仰ぐ少女のウーシア運用が不思議なものに映っていた。

クランの傷はどうやらふさがったらしく、顔色も戻っている。


____言葉だ。


あるいは、音の波長。

それが何かしらの力を持って、クランに作用した。

憂愚の鳴器。

皇帝の懐刀と噂される部隊の力を、まざまざと見せつけられた。

それは、一般的な戦力とは異なる、まさに常識外の力。

エチカは鼻に手を持っていく。

クランを連れていくべきか否か。

当然、理性的に考えればその問いは否定されるべきものだ。


だが____


「クラン・イミノル伍長」


「はい、エチカ少佐」


その返答には、確かに憂愚の鳴器の隊長が言うように、不屈の力があった。


「無理はしないことを、約束できるか」


「はい」


それで聖ジェファールズ豪華客船に向かう小隊が決定した。

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