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第1章 聖ジェファールズ豪華客船事件 プロローグ

星辰も、潮汐も、山影も。

痛みも、苦しも、悲しみも、喜びも。

人間にだけ残されたものは何か、ということを常に考えている。


植物は朝に泣く。

禽獣は夜に慟哭する。

風は笑い、地面は喜びにうち震える。


人間だけが、己だけの領分として把持はじしているものは何だろう。

人間とは、植物でもなく、動物でもなく、神でもなく、、、。


そう。


___人間の特権とは、「祈る」ことだと、私は思う。



暗闇の中で聴衆が騒めく音がする。

目隠しをしたまま歌うのは初めてだったが、緊張はない。


今日はいつものように兵士たちや市民の鼓舞、ましてや慰安に来たのではない。

広大なホールに集まっているのは帝国や諸外国から招待された貴族、起業家たちだ。


私にとっては、後者を相手にする方が余程気楽だった。

命が、精神によって脅かされている人たちを救うことは、並大抵ではない。

それが出来たことなど、おそらく一度もないだろう。


だが、余興なら話は別だ。

最高の歌を、最高の形で。

それだけで良いのなら、それは自分の精神と技術との争いだ。

その方が気楽で良い。


豪奢なネックレスやドレスは、固辞させてもらった。

それは、私なりの矜持。

この身一つがあれば、それで歌という料理を届ける準備は十分だ。


さぁ、祈りの歌を届けましょう。

我々には、祈ること、それしかできないのだから。


▲▽


『軍に再配属されるとしたら、どこがいい?クランお姉ちゃん』


あれはレガロ帝国と始祖領諸国を分ける、仰嵐ぎょうらん山脈での雪中行軍訓練のときだった。全身を白いコートで覆って、ゴーグルの向こうの瞳の色すら正確には見えない。

帝国陸軍強襲特選部隊任用資格試験。

尉官も下士官も、兵卒も関係ない、エリート兵士を養成するプログラムの1つ。

強襲特選部隊は、過酷な環境下を踏破して、敵の意表を突く奇襲のプロフェッショナルだ。


『私は、今の第三騎兵隊のままでいいな。ファズ中尉も、クーニア大尉も厳しいけど優しいし、ノランやカズル君もいるから』


『なんだ?俺がどんなに頼りがいがあるのかを演説してくれるのか?』


『カズル君は、いっつも、とっても、頼りになるよ』


と、妹のノランが私にかわって真面目腐った顔で言った。


『冗談で言ったのに恥ずかしいだろ、妹』


『あ、、、ごめん、、、カズル君』


『そうだよノラン。カズル君は正直、あまり頼りにならない。この間も長距離走破訓練のとき、教官に見えないところでサボってたから。というか、今日はなんでいるの?』


『クランの方は逆に辛辣だな、おい。いいだろ、別に。やる気が出たんだよ、やる気が』


人の機微というは不思議だ。

これまでいくらでも互いに夢を、日々のことを、たくさん話してきたのに、私がそんな大事なことに気づいたのはその時だった。


________カズル君は、双子の妹、ノラン・イミノルが好きなのだと。


着込んだ装備で身動きも上手くできず、互いの表情も不鮮明なのに、それがかえって声に重みをましたのだ。

私のことをクランと呼び、妹は妹と呼ぶ、その彼の声。

込められた暖かみがまるで違った。

名前で呼ばない妹の方に、確かに親密さと、情愛があった。

普段やる気のない彼が、なぜこの訓練に参加したのか分かってしまった私は、人から見えないのを良い事に、にやにやと笑ってしまった。


『で、妹は第三騎兵隊を抜けたいのか?』


と、カズル君が言う。


『嫌な訳じゃないよ。でも、いろいろなところを見てみたい。地元が東方だから配属されてるけど、バードック半島とか、すごく綺麗な海が見えるって言うし、暖かくて、ご飯も美味しいって』


あまり外交的ではない妹にしては珍しい意見で、しかもやけに具体的な地名が出てきたな、とクランは思ったが、すぐに察してしまった。

ノランのことだから、このままだと墓穴を掘ると思ってフォローしようとしたとき、第二騎兵師団からの参加者で、今回同じ班になった男の兵が、話を聞いていたらしく、


『ノラン一等兵は、エチカ少尉のことが気になってるんだよな?』


その言葉に、ノランは慌てふためいて、両手をばたばたと振りながら、


『ち、違うの!違くて、そういうのじゃなくて、少尉に失礼になっちゃうから。あの、尊敬していて。同い年なのに凄いなって。私はクランお姉ちゃんみたいに適合者じゃないけど、それでも、、、あの、あの時、メールをくれて、、、私の任務報告書読んでくれてたみたいで、、、すごく、褒めてくれて、、、』


そのことは知っていた。

ノランが、ユト・クーニア大尉の任務に同行した際だ。後天性の適合者が現れ、それがパミドール州に存在してた農民を中心とするゲリラ部隊と合流したという件。

その適合者とクーニア大尉が戦闘になった際、隙を突いてノランが銃で一撃を加えた。それが決定打になって解決した事件があった。


「あれは、たまたまだったの。クーニア大尉のことも尊敬していたから、いつも傍で見ていて、一緒に訓練もしてくれて、、、だから、どこに追い詰めようとしているか、何となく分かって、それで転移後の隙を狙って、背中側から打てただけなんだけど、、、、、、たまたまなのに、クーニア大尉から聞いたみたいで、褒めてくれて、、、、、いつか一緒に任務に出ようって言ってくれて、、、、、、。私、本当は軍を辞めようと思ってた、適合もしてなくて、お姉ちゃんと双子のはずなのに、全然ダメダメで、でも、みんなのために戦いたいって思うのに、、、、、だから、とっても嬉しかった、、、、、、それだけなの、、、、、今日初めて会って、挨拶してくれて、またあの時のことを褒めてくれて、、、、、、一緒にこうして訓練できるのが、嬉しくて嬉しくて、たまらないの、、、、、、」


それだけ、という言葉に、どれほどの思いが籠っているのか。

それは先ほどのカズル君の思いを察知したのとは違う、溢れて溢れてどうしようもない、誰が見ても分かる思慕だった。

皆がノランの熱弁に呆気に取られて、黙ってしまった、その静寂。

私はどうカズル君をフォローしようか考えていたときだった。

それに気づいたのは、私だけだった。


「待って、ウーシアの波長、、、、、、それも、、、、、なんか変、、、、、、」


今回の行軍訓練、ウーシア適合者はエチカ少尉と、自分、それから第一騎兵師団から参加した二人だった。

騎兵師団とは名ばかりで、その構成員の8割はいわゆる非適合者の歩兵隊だ。ただ、戦場においては適合者の実質的な価値が高いため、騎兵師団にかつての歩兵師団が吸収された形だ。

今回も、その体制を踏襲した想定訓練となっている。

4班。

各班に1人の適合者と、3人の非適合者。

合計16人。

今の自分たちは、先頭から3番目の位置を占めて、一時休憩をしていた。

ウーシアの波長を感じたのは、自分たちより前。

私は、すぐに後続の班と連絡を取ろうとしたが、


『聞こえるか、クラン・イミノル伍長』


エチカ少尉の方が先に気づいていたらしかった。

ノランやカズル君達が私の異変を見、すぐに休憩の形を終え移動できる体制を取る。


『はい、聞こえます。ウーシアの波長の揺れを感じました。先の班の方から、ただ、、、、、』


『普通の波より、山と山の感覚が広い』


そこまで分かるのかと驚愕した。

私の方が近いのに、私が感じたのは、何か変であるということだけ。


『それはボルラ波長値が高いってことですか?アイリスさんみたいに』


『ああ、アイリスよりもさらに、むしろ波というより、一定だ。とりあえずそこを動くな、こちらと合流してから向かおう』


『承知』


私はそう答え、他の班員に待機を伝える。

だが、徐々に、ウーシアの濃度が濃くなっていくのを感じる。


『臨戦態勢を取ってください、私以外は木や雪を陰にして、なるべく死角に隠れながら________!!!!!!』


突如限界を迎えて爆発したように、圧倒的なウーシアの波が私を襲った。

咄嗟に、私は大幅に前方に転移する。

木々が鬱蒼とする中で、見えない後ろに転移するのは危険だった。

転移後、振り向くと、


『う、、、、う、、、、うぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!』


第二騎兵師団の兵卒の男が、心臓に刺さった鉄槍を見て叫んだ。


『ひっ!!!』


と、私は凍える唇の間から小さな悲鳴が漏れた。

敵は、兵卒の男の前に立ったままだった。

転移ではなく、物理的な殺傷。

ただ、私は、そこからもう足が動くことはなかった。

この人間には、敵わない。

果たして人間かどうかも疑わしい、そのウーシア適合。

覚醒しているとしか思えないその存在に、樹氷のように固まってしまった自分がいた。


『に、逃げて、、、ノラン、カズル君、、、、、、』


風が吹き、舞い上がる雪に届くはずもない小さな声。

雪が削り取って行く視界の先、今まさに敵は、尻もちをついたカズル君の脳天に鉄槍を刺そうとしているように見えた。

まるで水疱をぷつりと潰すように呆気ない動作で。

死の花が咲く、その瞬間、爆音が轟いた。

積もった雪が舞い上がり、皆の姿が敵とともに消える。


『私が時間を稼ぎます!クランお姉ちゃんはエチカ少尉を呼んできてください!』


と、ノランから通信が入る。

その後、銃声が2発、3発と轟いて、また爆発音がする。

手りゅう弾で雪を舞い上げ、視覚を奪い、狙撃する。

ノランが、あのノランがその判断を一瞬でしたというのか。

普段、双子ということもあり一緒の任務には同行していない。

彼女がこんなにも動けるということを今、私は初めて知った。

それに比べて、自分の足は、まだ震えて雪に埋もれている。


____ウーシアの波長を感じないから、怯えなくて済むんだ。


そんなことすら頭に浮かんできていた。

あれは、私たちでどうこうできる相手ではない。

それが分からないから、だから、戦えるんだ。

そんな戦闘中の騎兵に非ざることを思っていた時、


『お姉ちゃん早くっ!!もうそんなにもたない!カズル君の脚がっ!!』


そうだ、せめてカズル君だけでも私が転移で引き取れば。

きっと、妹は私と同じく立てなくなった彼を引きずりながら戦っている。

そう素直に思って、どうして適合者の私が、最前で戦う役を妹に押し付けているのだろうと絶望した。


『うっ!!!!!!!!!!!!』


爆弾のさく裂が近くで起こって、私は雪煙に体を丸める。

ぱらぱらとコートに凍った雪が落ちる音がし、数秒。

再び開いた視野に映ったのは、妹の背中と、彼女を庇う様に立ったカズル君が、今まさに血を吹いて倒れるところだった。

カズル君が妹を庇った、その事実と光景。

私と同じく、恐怖で動けなくなってしまったと思い込んでいた彼は、最後まで敵に正対して沈んでいく。

それはまさに、照れ屋で、意固地な、彼なりの妹への告白のように見えた。

死が、満を持して花束を抱えながら登場するようなものでないということは、嫌というほど知っていたはずだった。

それでも、そのあまりに急いた、足早の襲来に、私は声を出す口を失ってしまった。

時が、止まってしまったカズル君のそれを祝福するように、同じく息を潜める。

その静寂が、死という存在の実在を示すように体に痛い。


『、、、、、、許さない、、、、、、絶対に許さないから!』


と、前に倒れそうになるカズル君を抱きかかえて、妹の激昂が直接耳に届く。

彼女は彼を抱えたまま銃をその正対する敵に向ける。

目の前で、先ほどまで親密に話していた人間が死んでも、妹は戦意を凍てつかせていなかった。むしろそれを燃やす様にしている。

私は腰のあたりにぶら下げた大太刀に触れる。

私に最も適合したウーシア兵器。

それでも、まるで凪いだ水面のようにウーシアの息吹を感じない。

私と、妹。

双子なのに、なぜこうも違う。

それは先ほどまでノランの言葉だったが、今は自分が呟く。


『駄目、、、、、逃げて、、、、、、逃げて、、、、、、!!、、、、、、誰か!!!!』


私はみっともなく、そう叫んでいた。叫べていたかどうかも疑わしいが、その声が届いたのか、敵の腹部に鉄槍がずぼりと刺さるのを見た。


『よく頑張った。ノラン・イミノル一等兵。やっぱり君は強い』


『、、、、、、エチカ、、、少尉、、、、でも、二人、助けられませんでした、、、、、、。』


『まずは目の前の敵だ。こいつをどうにかしなければ弔うこともできない』


『はい!立ちます、エチカ少尉』


拒絶されて戻った鉄槍を、再度手に持ったエチカ少尉の隣に、ノランが銃を構えて立つ。

エチカ少尉が、少なくとも妹の命には間に合った。

そうほっとする、情けない自分。

あそこに、ノランの場所に立つべきは自分なのに、私は二人の背中を見ている。

エチカ少尉が一瞬振り返り、私と目を合わす。

少尉は、それで全てを察したのだろう。

あの一瞥を、私は忘れることができない。

エチカ少尉はすぐに私から視線を切り、自身に従う幽霊の方を見る。


『主。やはり、過剰適合による暴走状態にあると推測されます』


『ありがとう、エンテラール。いいか、、ノラン一等兵。あれはウーシアとの過剰適合による、一時的ないわばバースト状態だ。転移による殺傷は困難。だから、俺が直接刺すか、君の銃が頼りだ。いけるな?』


『はい。必ず、撃ちます。それに、あれはいまのところ転移の制御ができておらず、物理攻撃のみです』


『頼もしいな、この訓練が終わったらぜひ第二騎兵師団に来てくれ』


『承知!』


その声は、普段のノランからは想像ができないほど重く、力のある言葉だった。

そこからの戦闘は、美しいとしか言いようのないものだった。

鉄槍を持つその敵は、確かに自分たちよりも先頭を行っていた、第一騎兵師団からの訓練参加者だった。

ノランは、エチカ少尉と別れて雪上を駆け出す。

先ほどまで使っていた手りゅう弾はなぜか使わずに。

それでは敵から丸見えではないか、という私の危惧をあざ笑うかのように、


『本当に優秀だ』


エチカ少尉の感嘆の言葉。

あえて姿を見せるようにして走ることで、ノランは自分の前に敵を呼び寄せた。

転移による殺傷はない、そう少ない情報で確信した上での陽動であり、自分の生死を餌にする怯えもなく、少尉への信頼だけが成立させる行動だった。

それを理解したエチカ少尉が、敵の姿が現れた瞬間に鉄槍を胸部にノータイムで転移させる。

そして、拒絶までの僅かな隙を突いて、ノランはその銃で敵の頭部を打ち抜く。

適合度合は高いが、そもそものウーシア運用に未熟がみえるその敵は、妹の銃弾を避けることができなかった。

完璧な騎兵と歩兵の連携。

適合者、それも暴走している人間に対して、ここまで呆気なく。


『、、、少尉、、、、、、』


『素晴らしい動きだった、ノラン・イミノル一等兵』


『ノラン、でいいです』


『そうか。ノラン、怪我はないか?』


その言葉で、興奮ぎみだったノランが、徐々に首を垂れる。


『カズル君が、、、私、かばってくれたから、、、、、、』


『彼も、立派な兵だ』


ノランは、膝をずさりと雪に埋めて、手で顔を覆う。

泣いているのか、力が抜けたのか、私には分からなかった。

エチカ少尉はノランの隣で、ただ立ち尽くすように見えた。

そんな少尉の足首を、ノランはぐっと両手で掴んで、


『もっと、、、もっと、、、、、、、強く、なりたいです、、、誰も、、、、、、命を賭けなくて済む、そんな世界のために、、、、、、』


それは、ノランの夢であり、私の夢であった。

ただ、次々と舞い込む任務の中で、まだそれを忘れていなかったのだ。

エチカ少尉はその段になって初めて、一緒に膝をつき、ノランの丸くなった背中を撫でる。


『_____その通りだよ。そのための犠牲ならば、喜んでなってくれるだろう?』


その声は、深い山の底に沈んでいくように、その場にいる誰にも届かなかった。

そして、誰も、その存在の接近に気が付かなかった。


『主。幽霊の存在を確認。いいえ、幽霊でしょうか、あれは』


最初に声を上げたのは、エンテラールだった。

次の瞬間、エチカ少尉の頭を後ろから鉄剣が貫く。


『、、、え?、、、、エチカ少尉!!!』


ノランが顔を上げた先、丁度エチカの額から刃が生え出てるのを見、叫びをあげる。

だが、エチカ少尉はそんな状態でも冷静さを崩さなかった。

むしろノランを気遣う様に、


『、、、これは転移によるものだから大丈夫。いいか、この剣を拒絶した瞬間、走りだせ。そして木陰に隠れろ』


ノランはただ、うんうんと顔を二度振る。

そして、エチカがフードを落としたノランの黒髪を優しく撫でた後、その額を貫いた鉄剣は雪のように解けて消える。


____拒絶(レクザーティオ)


それを確認した瞬間、ノランは駆けた。


『頭部への転移なんて、よっぽど素人か、それとも余りある自負なのか』


エチカは、額を摩りながら、その新たな敵に相対する。

軍のコートを着ていることから察するに、先頭を行っていた班のもう1人の適合者だろう。


『それは暴走、、、なのか?』


『、、、、、、平和、、、、、を希求する、、、、、、平和を、、、、』


敵は不明瞭な何事かを呟いている。


『エンテラール?』


『主。申し訳ございません。理解しかねます。暴走でもなければ、幽霊でもない。その過程の、何か、産物』


『鉄剣を持っているということは、幽霊ではないのだろう。だが、言葉を話しているということは、暴走でもない』


エチカは、鉄槍を小手試しといった感じで、その不明の敵の太腿に転移させようとするが、身体が痺れて動かない。


『第一反発、、、、、、』


そう理解するが早いか、敵が俊敏に動く。

鉄剣がエチカの首に刺さるが、エチカはそれを意に介さず、敵の後背に現れる。

そしてそのまま腕を伸ばし鉄槍を腹に刺そうとするが、転移で逃げられた。

だが、、、


『逃げたな?』


『平和を、、、、、、希求、、、、、、解放を、、、、、、』


『クラン・イミノル伍長、()()()()()()()()()()?』


エチカ少尉は、次々に体に刺さる鉄剣の応酬を全く気にせず、転移後の隙に必ず相手の背を取り、物理的殺傷を試みる。敵もまた、徐々に対応を学習したように、常に武器の転移後は移動し、攪乱する。

その無限の追いかけっこの中、クランは震える手で再度、揺れる大太刀を掴む。


『私は、、、、、、何をやっている?私が加勢すれば、大丈夫。それなのに、、、なぜ?』


呼吸をするように、風が髪を撫でるように、水が食道を通るように、いつも感じていたウーシアの祝福。

だが、それが、分からない。

凍えていく身体が、肌の感覚を失っていくように、何かが、摩耗して欠落していた。

だが、その空っぽになった体に、その隙間に、何者かの声が入り込む。


『我らが小さき世の、小さき聖職者の娘よ。なぜその野太刀を赤子のように抱えている?お前に出来ることは、人の高みに登ることではない。いつも、常に、血と狡猾に塗れたこの大地に、全ての人間を引き摺り下ろすことだ。葛藤と絶望と希望を友として。ここで絶望に囚われるものまた良いだろうが、あれはお前に向けられた袖の下だろう?』


私は、その聞こえた声が誰のものか分からない。

でも、自分が発した言葉のように、確かにその意味も抑揚も、理解した。

クラン・イミノル。

まるで生まれた瞬間に刃で彫り込まれたこの名前のように、ずっとそこにあって痛むような声。

エチカ少尉のウーシア運用が、徐々に苦しくなっていく。

私にはそれが分かった。


『エチカ少尉!!』


ノランの声。

地吹雪が少尉と敵の影を消したとき、革命を告げるような一発の銃声が響いた。

その銃声は、何か、自分と妹の間の決定的な違いを見せつけるような、空気を分断するような音だった。


『平和を、、、、、、もう一度、、、、、会うために、、、、、、』


風が止む。

敵はうわごとの様にそう言って、ばたりと雪に倒れ込む。

その頭部からは血が流れて、雪を染め上げていく。


『こちらの背中越しに狙うなんて、良い発想___』


エチカ少尉の賞賛の言葉はそこで止まる。

私は、その時初めて、遅きに失したことを理解しながら、凍りついてた足を前に進めた。


『、、、、、、待って、、、、、、そんな、、、、、、』


雪に足を取られながら、転びながら、進む。

まるで駄々をこねる子供のように、喘ぐように進む。


『駄目、これじゃ、私の、、、、、』


ずっと立ち止まっていたから、どうにも震えて足が進まない。

身体が雪に埋まる。

這いずるように、両手で雪を掻きながら、


『だって、少尉がいてくれたのに、、、、、、そんな、、、、、、私の、私のせい、、、、、、』


なんとかノランの、妹の元まで。

仰向けに倒れたノランがもうすぐそこに。

あと少しで手の届く距離だった。


『何も、、、見えない、、、、、、、少尉、、、、、エチカ少尉、、、、、、そこにいますか?』


その言葉に、私は体を推し進めていた腕を止める。

エチカ少尉がすぐにノランの下に駆け付けるのを、なんとか上体を起こし、膝を雪に刺して見る。


『少尉、、、、、いますか、、、、、、?』


『大丈夫、いるよ』


『私、しくじっちゃったみたいです、、、。エチカ少尉に転移で避けて欲しくて、、、声、出しちゃったし、身体も出しちゃったから、、、バレちゃいましたね。少尉なら、声をかけなくても、避けてくれたかもしれないのに』


『大したミスじゃないさ。それはこれから連携の練習をすればいい』


『エチカ少尉だけでも大丈夫そうだったのに、余計なことをしましたか?ただ見てるのは嫌で、、、』


『そんなことない、、、、、、正直、苦しかった。俺の後ろ、死角から撃つなんて、よく思いついた。ありがとう』


『苦しかったって、嘘ですよね。分かります』


『嘘じゃないさ、あれは、ただの適合者じゃなかった』


『本当に、役に立った?私が、、、』


『ああ、俺も、みんなも救ったよ』


『そう、、、ですか、、、。私、自分の状態、見えなくて、、、駄目ですよね、もう』


『そんなことない。連携の練習をすると言っただろう。軽傷だ』


『そうですか、、、それなら、すぐに戻れますね』


『ああ、移動申請も書かないとな』


『私、行きたいところがあるんです』


『どこにでも連れて行くよ』


『バードック半島の、ウィンタウン港にある、海岸が見える喫茶店、、、。エチカ少尉が好きだってインタビューに答えてたところ、、、です。でも、、、少尉は必ず一人で行くと、、、、、』


『君なら、大歓迎だ』


『嬉しい、、、、、、楽しみに、、、、、、してます。少尉、、、、、、もう一度、、、褒めて、、、、、、ください、、、、、、なんか、、、、、、夢かも、、、、、、しれないから、、、、、、』


『君は、今まで会ったどの兵士よりも、強いよ』


『ああ、、、、、、よかった、、、、、、、、夢じゃ、、、、、、夢でも、、、、、、エチカ少尉、、、、、』


その言葉が最後だった。

妹の片目に刺さった鉄剣に、雪が一片、また一片と付いていく。

エチカ少尉は、暫く、仰向けに倒れたノランの体に積もる雪を払いながら、その顔を泣くでもなく、ただただ無表情で眺めていた。

訓練に参加した、ウーシア適合者の暴走。

それは、件数は多くないが、珍しいことでもなかった。

妹の死は、軍隊内での不慮の事故として扱われ、エチカ少尉の証言をもとに、彼女は下士官、私と同じ伍長として弔われることになった。


▲▽


『ノラン、、、私、、、クラン、、、、覚えてる?、、、忘れちゃったかな?私ね、、、エチカ少佐、、、少佐に昇進したんだけど、、、彼の部隊に入ることになったよ。私、あれ以来、うまく任務をこなせなくて、、、そういう人たちが集まってるんだって』


あの日から、およそ2年だ。

私は初めて、彼女の墓に立ち寄った。

ノランは最後まで、エチカ少佐のことばかりを考えていた。

それもそうだ。

ただ立ち尽くして、助けもしてくれない姉のことなど、失望して当然だ。

残す言葉など、何もなかったのだろう。


『きっと、恨んでるよね。本当は、そうしたかったのは、あなたの方なのに』


あなたの夢を、私が奪って叶える。

きっと、あなたも喜んでくれる、そんな最低な自己への慰撫をかき消すためにここに来た。


『エチカ少佐だけは、守るから、、、それだけは、、、、、、命に代えても、、、、、』


その言葉の、あまりの信用のなさに、自分でも笑えてきた。

きっと、私はまた、目の前で人を殺す。

それなのに、なぜ、軍籍を大事に抱えたままなのか、自分にも分からない。


『もうここに来ることもないと思うから、安心して』


私は、妹の墓に手向けられた花を見て言う。

それはきっと、エチカ少佐が置いてったものだった。


____エーデルワイス。


私たちの髪の色とは反対の、白い、高貴な花。

挿絵(By みてみん)

AI生成


クラン・イミノル

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