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第0章 地下牢獄騒擾事件 第9話 拒絶

暴動は大局的に見れば終息に向かっている。それがウーシア兵器を前にした人間の正しい在り方であった。喉元にひやりとする刃を添えられて、それでもなお前進するものは狂気に囚われている。暴動とは、誤解されがちであるが、理性のある、いかにも人間的な行動なのだ。と、サバランティオ曹長は晴れやかな夏の空を見上げて、悠長に頭の中で語った。

局面はすでに移った。ウーシア兵器を佩用するもの同士の一騎打ち。それはおよそ戦争行為とはいえない、決闘とでも呼称すべき始原的な戦い。


ミラリロはエチカ少尉の転移を認めて、目の前の反逆者に腰を据えて立ち向かう。アクトゥールよりも(よわい)を重ねた、四十代と思われる男。口髭はなく、頭髪にはわずかに霜が降っている。鼻梁(びりょう)が高く、眉も鷹が飛翔するように立派であった。


軍基地の白い外壁を背景にして、その男はミラリロに語りかける。


「英雄なんて骨董品を生む土壌が、くしくもウーシア技術の発展によって耕されるなぞ、人間はまるで成長しないものだ」


男はミラリロよりも遥かに高い位置で鉄槍を構える。柄えも相当長い。一方のミラリロは、鉄槍を馬の脇に収納したまま、その代わり、彼女の右手には短い鉄剣が、背中にはそれより長いもう一振りの剣が浮かぶように背負われている。


リーチの差には速度の差を噛ませる。それは歩兵戦の理論であって、騎乗戦では圧倒的に前者が有利である。それでもミラリロの余裕は、(にかわ)で張り付いたように顔から剥がれない。


「いいえ。人間は、その精神は、成長しているのよ。だって英雄は私の愛すべき英雄だもの」


要領を得ず、意味不明なミラリロの言辞(げんじ)に、男は太い眉を寄せる。目に鬱陶しい瑠璃色の髪は、人格が破綻していることの何よりの証左であって、男は取り合う気にもならなかった。


第六感が、頭痛となってミラリロの体に顕在化(けんざいか)する。自分の振るう鉄剣が彼の体に転移する肌ざわり。だが逆もまた真であるような感覚、あるいは感情といっても正しいような不安は、第一反発を予期した体の戦慄(わなな)きである。


互いに拮抗したウーシア適合。その帰結は集中と速度の根比べという、帰路の用意されてない、竜虎相搏(りゅうこあいう)つ果たし合いとなる。


先に空間を割って転移したのは男の方であった。


後背(こうはい)っ……!)


ミラリロは自分の背に神経を寄せ集める。鉄槍の鋭い先端が、体に熱を帯びて食い込んでくる。その不快な感覚を捻り出すようにして、ミラリロは男の初撃を弾いた。二人の間に青い火花が花弁を開く。


「はっ!転送で貫こうなんて舐められたものね。そのまま突き刺せば良かったのに」


「それを許してくれるとは思えないがな」


背後から転送された槍は間違いなくミラリロの体に串刺されていた。が、血は一滴も流れることなく、軍服もまた破れてなどいない。


――「拒絶(レクザーティオ)


第一反発を掻い潜った転移に対し、遡及的(そきゅうてき)に空間の支配を取り戻す技術。いわば「転移」というのは、自然との交渉・承認プロセスである。その承認の判を押そうとして振り下ろされた腕を、無理やり掴んで遮る行為が、「拒絶(レクザーティオ)」である。

ミラリロは回避よりも力技を好む、男勝りな性格であった。あるいは、少しでも異物が体内に刺さる、死が肉薄する状況においても狼狽(うろた)えない、その精神の歪みが強さであるとも言えた。

髪が逆立つような気迫と、ミラリロの振り向かない背に、男は驚嘆した。


「……ともすると平伏したくなるな、あなたのような女性に出会うと」


「ミラリロに女を見てるうちは、あなたの片足は冥界に立っているのよ。気を付けることね」


ミラリロの鉄馬が細かくブレる。すると何が起こったのか。男の体をとてつもない重力が襲う。無限に押しつぶされるような、あるいは再現なく膨張するような激しい歪み。麻痺したように四肢が震え、肺が潰れるような圧迫を受ける。


「お、お前……くっ、まさかここに転移しようと……っ!」


ミラリロもまた苦悶しながら禍々(まがまが)しく笑う。


「、、、、、、ノン・スム(わたしがそこに、)ノン・エス(いるべき)


蜘蛛の子が散る様に、二人を中心にして、波となった青白い光が幾重にも周囲に広がっては砕ける。湖畔の中心に大きな石を落としたような、絶え間ないさざ波。



白い閃光が辺り一帯を包む。世界が消え、また現れた時には、男の側にミラリロが転移していた。そして男の脇腹にはミラリロの短剣が深く、深く刺さっていた。

男の額から、鼻の脇を通って、汗が顎に溜まっては落ちる。

転移準備時に生じる第一反発、それから接近に伴う第二反発。その双方を超えた一撃。そのことが意味するのは、拮抗などとは程遠い、才能の懸絶(けんぜつ)

男は一息にミラリロと距離を作る。

腹に刺さった短剣は彼女の下へと戻り、栓の抜けた血が一気に滲み出す。


「よもやここまでとは。うたた憐憫の情に耐え難い」


「言葉が弱いわ。だからあなたはここで墜ちるの」


「、、、、、、小娘が」


今度は二人が正攻法に、正面から激突し合う。男が今一度、ミラリロの足先に槍を転移させようとする。通常、体の末端の方が第一反発は起きづらい。が、目標を定める前にミラリロの足は消え、そこには無人の鉄馬のみ。彼女の身体は、男の頭上にあった。


――転移じゃない、ただの刺突!


攻撃に集中を用いた男は、ウーシアの皮膜があちこちで薄れていた。その瞬間はどんな事物であっても転移されずに体へと届く。男の頭蓋をミラリロの血に濡れた短剣が割る寸前、「跳べっ!」と、男は思わず声に出して鉄馬を後退させた。


間一髪の回避に、心を休めることなど許されない。


「――愚策ね」


ミラリロの声が耳に届く前に、息つく暇もなく、男の胸を今度は鉄槍が貫いていた。顎を引くと、円錐形の棒が体から生えている。文字通りの串刺しが、この場では致命傷とならない。握ったまま刺されたならいざ知らず、これは鉄槍単独の転移であって、拒絶(レクザーティオ)するのは容易かった。


(後退することを予測して、あらかじめ鉄槍の転送の準備をしていたのか、、、)


語るべくもなく、男に苦難は続く。拒絶の隙を待つことなく、二撃目は短剣による直接物理干渉。呻きながらなんとか鉄槍を弾くとすぐ、視界を覆うように騎乗したままのミラリロが現れ、短剣が袈裟に降り下ろされる。


ウーシアによる転移と、単純な物理攻撃。双方の連動によって、男のウーシア運用は火の車となる。

男は予知した。鉄槍と短剣の乱舞の中、その少女の背に浮く美しい刃の長剣。その刃が彼女の手に握られた時、それは己が地に落ちるときだ。3本の連撃、そんなことがまさかできるのか、と男は疑いかけた頭を振る。


(英雄?笑わせる。それはこちら側だ。この三頭の化物を前に逃げずに立って居られればな、、、)


協力者からの指令は、ミラリロ・バッケニアを合図があるまで足止めすること。

だが、それは人間一人で神の被造物である神獣に首輪を付けろと言うようなもの。


『いいこと?おじ様、命を抱えたまま彼女を止められると思わないことね、なにせ相手はあのミラリロ、彼女もまた、命の炎が焦がした手で剣を握る愚か者なのだから』


__嬰児(えいじ)の覇者。


帝国陸軍の最高戦力の1人。

鉄馬を脅かす短剣を、それと同等のウーシア濃度で以って第一反発を起こさせ、転移が成立する前に未然に防ぐ。消えたミラリロはすでに槍のリーチの内側に現れ、鉄槍が顔面に迫るが、鉄馬ごと後ろに回転しつつ振り上げた足でけり飛ばした。蹴ったというものの、それは反発する磁力のように接することなく互いを遠ざけたのだ。

この間、僅か数秒の攻防である。男は1度も反撃ができない。


「、、、夜叉め」


男は眠気を取るように顔を振って、仕切り直しを図る。


「そういえばあなたの名前を聞いてなかったわ」


と、ミラリロは短剣を空中に投げて、呑気な声で言う。回転した剣は、軌道の頂点に達するや否や、空に紛れるようにして姿を隠し、また彼女の手に握られる。


「ゴント・シベランカー。これでも妻帯者だ」


「あら、羨ましいわね。レガーリャ人かしら?その適合は後天性でしょ。民族同化大戦のときもウーシア兵士だったとしたら、大戦史の授業の欄外に名前が載るぐらいには強いもの、あなた。でも聞いたことない名前」


「なんだ、私の時間稼ぎに付き合ってくれるのか?私はアリタン系のレガーリャ人だ。生まれは、、、今ではリャリャン公国だ」


「ああ、なるほどね、それはご愁傷様、で良いのかしら?」


ミラリロは額に滲み始めた汗を拭う。戦場で汗をかくなど、いつぶりだろうか。

きっとこの(うるさ)いくらいに暑い日差しのせいだと、自分に言い聞かせる。

それからまた彼女は興味無げに、大道芸の如く剣を空に放り投げたのだった。

拒絶レクザーティオ

第一反発の壁を越えたウーシア兵器が適合者の体に重なるように転移される場合(同一空間座標への転移)、即座に転移は成立しない。その場合、ウーシア兵器は空間内での存在が確立せず、いわゆる「未回答表象状態」になる。転移を行った「主体」と、転移の侵食を受ける「客体」のウーシア適合度合、運用熟練度によって、その転移が成立するかどうかは決まり、仮に客体が自身の空間の支配を取り戻した場合、ウーシア兵器の転移は成立せず、元の座標に戻る。

この、「未回答表象状態」における、ウーシア兵器の存在・非存在については議論が分かれているところであり、ウーシア研究における「大問題」の内の1つである。視覚的にはすでに転移は完了しているように観測されるが、実際には客体に物理的損傷ななく、触れることもできない。そのため、あくまでウーシア兵器は転移が成立するまでそこに存在しているのではなく、共同の表象に過ぎないという論調が現在は主流である。ただしその場合、実際のウーシア兵器はどこに存在しているのか、という疑問については明確な論駁はなされていない。


「ですから、何度も言ってるでしょう?処女にアレが入ってくる感覚を教えるようなものなの。土台無理な話ですわ。体の中で、他人がティーパーティでも開いてくだない雑談をしている感じ、これでいいかしら?」

__レガロ帝国第ニ大学付属ウーシア蘊奥室、「未回答表象状態の持続時間を決定する変数に関する調査」、ミラリロ・バッケニア上等兵への聞き取り調査メモより。

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