任せてください
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「任せてください!」
そう笑顔を貼り付けて元気よく言えた事に一番驚いたのは誰よりもその言葉を発した自分であった。
話を聞いていた周囲は私の「任せてください」に対して威勢のいい返事だと受け取り「頑張ってね」と後押ししてくれる。
かれこれ就職して5年目となり、仕事する事に慣れてきた頃にプロジェクトの一つを任せて貰えることになった。
小さな規模のプロジェクトではあるため入社5年目の社員に与えられる仕事としては妥当なものではあった。
とは言え責任を与えられた初プロジェクトである、任命された時は胸がドキリとした。
私はそれに「精一杯がんばります」とか「お手伝いよろしくお願いします」などではなく、ドキリと胸を鳴らした次に出た言葉は「任せてください」だった。
悪い返事ではないと思う。周りの反応だって良い。ただ私は自分が「任せてください」と、私がその言葉をまだ発せる事に驚いたのだった。
元々は私の口癖のような言葉だった。期待を寄せられていてもいなくても、お願いされた時の返事は幼い頃から「任せて」であった。
幼稚園生での演劇で主役に選ばれた時も、小学生の時にクラス委員に推薦された時も、中学生の時にリレー走者を任せられた時も、高校生の時に生徒会に選ばれた時も私は決まって周囲に向けて「任せて」と自信を持って言っていた。
それは自分に対する自信の表れであったし、その自信を裏付ける能力はあったと思っている。だから大役に思えるような事でも私は「任せて」と言うことが出来た。
しかし、就職してから、いや、大学に入学した頃から私は口癖のように使っていた「任せて」と言う言葉を使わないようになっていた。
そこに劇的な挫折の一つや取り返しのつかない失敗があれば物語の見栄えとしては良いのだろうが、特にそんなものはなく、大人になり世界が広がるにつれて自分という存在がドンドンちっぽけに思えてきて、何でも出来るという根拠のない自信が私の中から消えていった。
就職する頃には自分の出来る限り頑張るという考え方にシフトしており「任せて」と自分から責任を持つような言葉を口にする事がなくなった。
日常で全く使わないわけではなかったので少なくとも口癖のように使う事はなくなった程度ではあったが。
そんな子供の頃に持っていた自信が無くなっていた私が任命されたプロジェクトリーダーに対して「任せてください」と答えられた事は驚きだった。
予想外の事態に突発的に出た言葉ではあるのだろう。もし、事前に任命される事を聞いていたら私はきっと皆んなの前で「精一杯頑張らせて貰います」と言うような言葉を発していたと思う。
過去に持っていた自信を取り戻した訳でないと言うのは現在の気持ちが物語っており、初めて任されたプロジェクトを上手く終わらせる事が出来るか心配で不安になっていた。
私のことを良くしてくれている先輩社員が気に掛けてくれており、上司もそれほど気負うことはないとも言ってくれた。後輩に至っては「任せてください」と言い切った私の事を持ち上げもした。
その裏では頼りない私が胃を痛めていた。別に「任せてください」と言わずとも、プロジェクトを任せられていただろうし、どんな言葉を使ったとしても断るつもりもなかった。
それでも「任せて」と言った事が引っ掛かるのは何故だろうか。勝手に背負わなくてもいい責任を一人で持ち上げてしまったからか。
任せられた事は嬉しいはずなのにあまり晴れない気持ちで両親と私の3人暮らしの家に帰ると、母と私より早く仕事から帰っていた父が珍しく二人で仲良さげにテレビを見ていた。普段は会話するのも面倒くさいと言う顔をしている母であると言うのに。
「何見てるの?」
と、「ただいま」も言わずに二人が見てるテレビに目を向けると現代では考えられない画質の動画を見ていた。
「ほら、これアナタが幼稚園の頃の動画、懐かしいでしょ? お父さんが残っていたデータ見つけてきたの」
「へぇ」
と、父の方を見るが特に反応はなく、テレビから目線を外す事はなかった。
動画は幼稚園の頃に私が主役を演じた演劇の映像であった。演目は「ピーターパン」である。私はこの劇の主役に選ばれた時も「任せて」と言った記憶がある。
「アンタ、周りよりも成長が早くて体が大きかったから選ばれたのよね確か」
ハッキリとした記憶はないが、周りより頭一つ抜けて大きかった事は覚えている。今でこそ平均よりも少し大きいくらいではあったが、母が面白がって「将来はモデルさんね」なんて親バカを見せていた事もあった。
「というか覚えてるアンタ? この時、主役に選ばれた後に泣きながら「やる! 任せて! 私に任せて!」って叫んでいたこと」
「え」
それは記憶にない。ただ「任せて」と言っていた覚えがあっただけだが、私は泣いていたのだろうか。
「最初だけだったけどね、私も面白がってまた主役の事を聞いたら泣き出すかなと思ったけど、もう泣く事なく笑顔で「任せて」って言っていたわ、凄く頼もしくね。練習して自信でもついたのかしらね」
私が覚えているのは今の話の記憶だ。選ばれた事に自信を持って答えて「任せて」と言っていた記憶。泣いていた記憶なんて私にはなかった。
「ほら見て、戦ってるわ。海賊役してるあの子、カイト君じゃない? よくアンタが泣かせてた。見てあの不安そうな顔、演劇に対する不安じゃなくてアンタに泣かされるかもしれないって不安の顔ね、アレは」
そんな人もいたなと思いながら母の幼い私への酷い評価を聞き流して別の事を考える。
必死に記憶を探るとボヤーと泣いていた記憶があるような気もしてきた。何だかハッキリしない為に別の記憶とゴッチャになって捏造している気もするが。
ただ不思議な事にその記憶の自分の気持ちが会社でプロジェクトを任された今の私の気持ちと似ているような気がした。捏造かもしれないので、今、感じている気持ちも混ざってしまった可能性は十分にあるのだが。
しかし、その時に感じた似ている不安な気持ちは何もそのハッキリしない幼稚園で主役に選ばれた記憶の時だけではなかった。
幼稚園の時だけではない、小学生の時にクラス委員に推薦された時も、中学生の時にリレー走者を任せられた時も、高校生の時に生徒会に選ばれた時も私は決まってこの不安な感情を抱いていた。
そして、必ずその後に「任せて」と言っていたのだ。
私に取って「任せて」と言うのは自信の表れではなかった。いや、それも違う。「任せて」と私が言うのは自信の表れでもあったのだろう。しかし、それ以上に自分を勇気づける言葉だったのだ。
泣くほど不安になった幼い私が「任せて」と泣きながら連呼したように、何かを任せられた時に感じる不安な感情を「任せて」と言う言葉で払拭しようとしていたのだ。
だから今日も咄嗟に出た言葉が「任せてください」だったのだろう。
プロジェクトの責任者に選ばれた瞬間、心の底から湧き出す不安な感情を抑えるために、昔、口癖のように使っていた「任せて」を 口にしたのだ。
テレビの向こうでは幼い私が船長を打ち倒してやり切った笑顔で締めの挨拶をしている。
幼い彼女が不安だったのだろうに必死に「任せて」と言って笑顔でやり切ったのだ、私にだってやれると感じていた不安の中に少しの勇気が生まれたのだった。
今回は任せてくださいと軽々しく言ってしまったので書いて見ました!




