表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
86/212

ドングリ拾い

残り280日!86日目!

 立派な単葉を茂らせる樹木並木が生える公園道を歩いていると頭上からポトリと何か落ちてくる。虫かと思い仰天しながら落下物を凝視すると、それは丸々と膨れたドングリであった。


 周りを見れば同じ様にドングリが大量に落ちて転がっており、地面は賑わいを見せていた。


 紅葉の時期である事もあり、赤や黄に色取られた落ち葉の上に転がるドングリという風景は実に秋を感じさせる趣深い景色であった。


 ずっと同じ景色を見ていたはずなのにドングリが落ちてくるまで気付かなかった事にハッとする。


 上がらない成績に叱責する上司など胃を痛くする事を思い出していたせいで、現実で広がっている世界に最低限の注意しか向けられていなかった。


 疲れていると思い、すぐそばにあった公園のベンチに腰掛ける。営業で回り疲れた足にじんわりとした心地良い痺れが奔る。


「ふぅー」


 と、深く吐いた溜息一つで体の中に溜まった疲れを息と一緒に吐きだそうとするが、そんな特殊能力あったらいいなと妄想するだけであったので気持ちだけの問題となった。


 ぐったりとリラックスした体勢でベンチに腰を掛ける。ベンチの背に両手を投げ出し、足を伸ばしたスーツ姿のサラリーマンがそこにいた。今の自分を誰かが見れば、明らかに何かあったのだろうと、紅葉した秋の景色よりも哀愁を感じる事が出来るだろう。


 実際は何もないのだが。


 こんなにもぐったりとする程、疲れているのだから全く何もない訳ではないのだが、重大なミスを犯した訳でもないし、降格を言い渡されたり、ましてやリストラされた訳でもない。


 ただ自分の日常に疲れただけであった。


 このまま眠ったら気持ちいいだろうなと思うがまだ仕事が終わっていない。そんな事は許されない。


 披露は取れるが手持ち無沙汰のため、地面に散らばるドングリ、その中でも頭に落ちてきた種類と同じ丸々と太ったようなドングリを一つ手に取り手の中でコロコロと転がすと懐かしい思いが湧いてくる。


 幼い頃はドングリが好きでよく集めていた。スベスベとした触り心地が好きでドングリでパンパンになったポケットに手を突っ込んでいるのが好きだった事を覚えている。


 特に今持っている太いドングリは細いドングリよりも実家周辺では希少だった為に見つけた時はかなり喜んでいた覚えがある。


 この公園に植えられているのは太いドングリを実らせる木も多いようで、そこら中に丸い形のドングリが落ちていた。あの頃の自分なら歓喜だっただろうなと思う。


 ドングリを拾う仕事とかないだろうか。営業を回るよりもそっちの方が自分には合っている気がする。沢山ドングリを拾ってリスに献上して対価を貰うファンタジー世界を思い浮かべる。


――リス様、ドングリを拾って参りました!


――なんだこれだけか、少ないな。ならば報酬はこんなものだろう。


 渡されたペチャンコの革袋に数枚の硬貨が擦れ音を鳴らす。これでは食べていけないではないか。


 そんな想像をして薄い自虐的な笑みを浮かべる。


 妄想の中でも仕事が出来ない自分が滑稽でおかしかった。そもそもリスなんかよりも身分が低そうなのが何とも自分らしく皮肉であった。


 妄想の中の自分は堅実にドングリを拾ってリス様に献上していたのに、それでも褒められる事も評価される事もなかった。


 現実も同じなのが嫌になる。堅実に働いているつもりだが、評価は上がらない褒められない成績も上がらない。ただドングリ拾いとは違い完全な出来高制ではないので食べていけないなんて事はない。

給料泥棒と蔑まれる事が難点だが、成績だけみれば事実なので言い返す事が出来ない。


 「あー」と空を見上げる気分は晴れない。そろそろ行かなければいけない時間である。


 手に持ったまん丸ドングリをどうしようか考える。


 このまま営業先まで持っていって献上してみたら喜んでくれないだろうかと思った。相手はリス様ではないの喜んでくれないだろうが。


 ただ、想像したリス様の態度と言うのが営業相手の態度と似ていた為、自分の彼らのイメージはあんな感じのリスなのだと思った。


 これから回る営業先を頭の中で数えて丸々と膨れるドングリを浮かんだ数字より少し多く手に取ってポケットに突っ込んだ。


 自分はアナタ達の事をリス様だと思っているという揶揄を込めて渡してやりたいと思ってしまったからである。そこから季節の話でもすれば普段の固い空気の導入よりもずっと上手くいきそうな気がした。


 拾ったドングリで少しこんもりしたポケットに手を突っ込むとスベスベとした懐かしい感触が伝わってきた。




「これどうしたんだよ、お前」


 上司が驚いた顔で見てくる。それはそうだろう。今まで見せた事のない成績を上げて仕事が出来ない男が結果を持って帰ってきたのだから。


 営業相手は妄想でも何でもなくリス様であったようで、しかも妄想よりもずっと優しいリス様であった。ポケットから急に取り出したドングリには誰もが驚いていたが、すぐに柔らかい表情になって話を始めてくれた。


「拾ったんで課長もこれ、どうぞ」


 と、ドングリを渡すと課長は他の取引先と同じような反応を見せる。


「ドングリか、何だか懐かしいな」


 と、みな同じく懐かしさに思いを寄せてその昔話に花を咲かせてくれる。そうする事で普段よりも心を開いてくれ、そのまま続く営業の話も上手く進んだのだった。


 それから営業前に自分の仕事が一つ増えた。まさか妄想通りにドングリを拾う仕事をするなんて思ってもみなかった。


 ただ秋が終わったらどうすればいいかと言うのが暫くの悩みになりそうであった。


今回は「単葉」「膨れる」「堅実」の三つの単語からお話を書きました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ