やらない偽善
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偽善者という言葉の意味をなんとなく理解したのは中学生の頃だっただろうか。
偽の善で「偽善」、小説や漫画でよく出てくるその単語を一時期はカッコいいと思っていた。
やらない善よりやる偽善の響きは聞いてその通りだと思うだけで自分が善人である様な気がしていた。
ただ高校生になってその言葉はもっと別の感情を抱くようになっていた。
今まで自分が善人だと思っていたのだが、それが違うのだと分かった。
そのキッカケと言うのも入学してすぐにクラスで浮く人間がいた。
あまり空気が読めないと言えばいいのか、メガネをかけた彼は教室に馴染めないでいた。
馴染めず目立たないのであればそれで良かったのだが、彼の言動は周囲との違和は教室でかなり浮き彫りになっていた。
そんな彼はクラスの話題のいい的で、SNSのクラスのグループが作られるとその日に彼が取った言動を馬鹿にするようなメッセージで埋められていた。
そこに馬鹿にされている彼のアカウントはない。その陰口に僕は参加する事なく、それどころか少し不快には思っていた。
思っているだけで止めるわけでもなく、流れ続けるメッセージをただ見逃しているだけだった。
悪口に参加せず、それどころか不快にすら感じる僕は善人であると思っていた。
そう思えたのも入学してから1ヶ月経つまでであった。彼が退学したのだった。
担任は「彼は本当に学校が好きだった」と言い、でも環境に馴染めずに辞めたと言った。
その担任の言葉が真実かどうか僕には分からない。
彼の立場を考えれば学校が好きだったなんてそんな訳ないと思ったが、正直、彼の言動は僕にも理解出来ない所はあった為、思っていてもおかしくはないとも思った。
それに思い出すのは入学してすぐに流れていたSNSのグループメッセージであった。
流石に1ヶ月もすれば彼の話題が上がる事は少なくなり、学校であった事や行事についてクラスの中心に属する生徒がメッセージを偶に交わすだけになっていた。
それでも、彼が退学した時は思い出したかのように彼の話題でクラスのSNSグループが盛り上がっていた。
しかし、そこに罪悪感はなく、おもしろい話題が増えたと言うような雰囲気がそこにはあった。
あれだけ変な奴だったのだから退学して当然という言い方をしている奴もいるくらいだった。
そのメッセージを見るだけで僕はまた加わる事はなく不快さで心を暗くした。
ただ一月前とは違い心を暗くさせたのは、流れるメッセージに対してだけではなく、自分に対しても思う所があったからであった。
その時、やらない善よりやる偽善が僕の頭によぎる。目の前で行われている光景に不快さを抱く僕は善人だと思っていた。
しかし、どうだろうか。結局、その光景を見て何もしていない僕は本当に善人なのかと疑問に思ってしまった。
見て見ぬふりをして、心を痛めて自分は善人だと思う自分こそが偽善者なのではないかと。
やらない善よりやる偽善と言うのは、そういうただ見ているだけである僕のような人間を糾弾する為の言葉のように思えるのだった。
もし一月前に一言でも「辞めよう」とメッセージを送っていれば、彼が退学する事もなかったかもしれない。
それこそが「やる偽善」という事なのだろう。
きっと本当の善人と言うのはそんな道理も考えないで正しい行いをする人間であって、僕のような人間はもう善人にはなれないのだと悟った。
結局、やらない善よりやる偽善と言う言葉は、何もしない人間はそもそも善人ではなく、例えそれがゴタゴタと自分の利益を考えた偽善であってもやるべきだと言う言葉のように思えた。
そう考えると僕はやはり偽善者でとても善人とはいえなかった。
その証拠に盛り上がるメッセージを見ても不快になっても、退学した彼に対して哀れみも何もなかった。
ただこういう悪が目の前で起こっている事に対しての不快さがあるのみで、他人の不幸に憤りを感じる訳でもなかった。
僕は本当にただの偽善者であると受け入れるしかないようであった。
2年になり再びクラスが分けられると、僕の周囲の環境が変わった。
僕は変わったクラスで再び出来上がったSNSグループを見て去年退学した彼の事を思い出していた。
クラスで浮く人間というのはどこにでもいるようで、そのSNSグループで去年と同じように1人を吊し上げ馬鹿にするような話題で盛り上がっていた。
去年と同じ光景を見せられる不快に思いウンザリもするが僕は何もしなかった。
自分が偽善者である事を受け入れた上で僕は何もしない偽善を選んだ。
悪口に参加しないだけマシという、自分のしょうもない善性と個人の立場を守る為であった。
また去年のように今年の彼も退学するのだろうか。一年耐えてきたのであれば、あまり気にしないタイプかもしれないと、考えていると悪口に参加していなかった1人の男子生徒がからメッセージが送られてきた。
『そう言うの辞めない?』
それから全員の電源が落とされたかのように、なんのメッセージも送られて来なくなった。
なぜかハラハラとそのメッセージに続く言葉を僕は待っていたが、それ以上何も送られて来なかった。
あれこそが善人と呼べる人間なのだろうか。それとも何か打算があった「やる偽善」のタイプなのだろうか。
どちらにしても何もしなかった僕よりもずっと尊敬に値するように思えた。
それから数日経ったが、クラスのSNSグループはそれ以来、一切動く事がなかった。
しかし、その代わりにだ。クラスでは新しいSNSグループが作られていた。
そこに辞めようと送った彼のアカウントはない。
そのいない彼の悪口を言うメッセージでグループは盛り上がっていた。
その様子を見て、善だ偽善だと言う前にこの世に存在する悪の方が圧倒的に世界を支配しているのだと僕は思った。
そんな圧倒的な悪を前に僕は相変わらず不快に思うだけで何もしない偽善者でいるのだった。
今回は正義について考えたので書いて見ました!




