へタレ思春期の放課後
残り299日!70日目!
萌香はクラスで一番の美人だと俺は思う。それは俺が彼女の事を好きだから贔屓目に見ているわけではなく、きっとクラス男子に聞けばほとんどの人間が同意してくれるだろう。
もし、萌香を一番だと言わない男子がいるとすれば、それこそ他の女子を好きだから贔屓目に見ていると言えるくらい、彼女は綺麗だった。
そんな彼女に俺は心底惚れてしまっていた。
ある放課後、大学受験を控え、教室内には何人か居残りして勉強をする生徒の姿があった。俺もそのウチの一人であり、引き出しから英語の単語帳を取り出して頻出単語を覚えようとよく間違えると付箋がついた単語を順に見返していく。
正直、教室で勉強するよりも家で勉強する方が集中が出来て良いのだが、彼女が隣にいるから絶対に帰ることが許されなかった。
彼女とは当然――萌香の事である。
勉強に集中できない一番の要因となっている彼女も進学を希望しており、県立看護学校の推薦を狙っていると話を聞いていた。その為か自分が英単語を覚えている間に彼女は小論文の対策を勉強していた。
看護大と聞いて萌香のナース服を初めに想像してしまった自分は汚れていると後で酷い自己嫌悪におちいった。と言うのも、下心で居残り勉強をしている自分とは対照的で萌香は看護大に受かりたいと真剣に受験と向き合っていた。
それなのに自分はというと隣の席で勉強する萌香の一挙一動が気になって仕方がない。離れて勉強すればいいのだが、ここが自分の席で、隣が萌香の席であるため仕方ない。そう仕方ないのだ。
俺の隣を嫌って萌香がどこか別の席で勉強をしてくれればいいのだが、いや、こちらとしては全く良くないのだが、さすればもう少しくらい勉強にも身が入るだろうにと思う。
だから家でしろよと自分でも思うが、隣の席で放課後勉強する男女なんて夢シチュエーションを思春期男子真っ只中の俺が享受せざるを得ないのは誰に聞いたって納得してくれるだろう。
と言っても夢シチュエーションを気取っているだけで、隣の席であるが二人の間で交わす会話はほとんどなかった。朝の「おはよう」と帰りの「バイバイ」が俺と萌香が交わす精一杯の言葉であった。毎日行われる朝礼と終礼のようなホームルームと同じくらい義務的なやり取りしかないのであった。
と、萌香が隣で大きく背伸びをするのを視界で捉えた。
それは一段落ついたため、少し休憩に入る合図だと俺は知っていた。日々観察してきた賜物であった。萌香からしたジロジロと見られたまったモノではないかもしれないが。
ただ萌香が休憩に入ろうとする瞬間を俺はいつも待っていた。
萌香が完全に休憩モードとなった事を確認して、俺も単語帳を置いてワザとらしく大きな背伸びをした。自分も今から休憩入りますと隣の彼女にアピールするようにだ。
そのアピールに萌香は一切乗ろうとしない。そもそも気付いてすらいない。気付いていて尚、無視されていたら恥ずかしい上にかなりショックだが、その可能性は出来るだけ考えないようにする。
休憩モードの彼女は基本的に携帯を触っていた。時々、クラス内にいる友達と喋る場合もあったが、毎回、その友達が教室にいる訳ではなかった。
この機会に俺はなんとか、その女子友達のように萌香と話がしたかった。彼女と話す話題の候補はいくつか考えてある。
彼女の好きな音楽アーティストの話、自分にも姉がいる話、受験勉強の調子、なぜ看護学校に行きたいのか、などなど。
彼女と話題を合わせる為に下調べも色々してある。萌香は目立つからか、友達と会話をする時には大抵彼女の席の周りに集まってくる。その為、彼女達の話が隣の席である自分にも聞こえてくるのである。決して聞く耳を立てている訳ではない。
そして偶々耳に入った萌香の情報をなるべく自分の中に咀嚼して好みを合わせてり、話を合わせられるように準備をしてあるのである。
後は喋るだけなのだが、問題はいつもここだ。
彼女と自分の間に壁を感じるのである。席と席の間に見えない壁が存在し俺が萌香に話しかけるのを躊躇させていた。
いっそ本当に壁があったらとも思う。彼女の事を見て話せば上がってしまい、上手く喋れる気がしない。動転して余計な事を口走りそうな予感がする。
壁があれば彼女の事を直視しなくても良いため、まだマシな会話が出来そうな気がする。だが、見える壁も見えない壁もどちらも俺の想像でしかなく、席と席の何もない空間を挟んで綺麗な顔で携帯を見る萌香がいるだけであった。
話しかけて仲良くなって、受験に乗っかって受かったら付き合って欲しいなんて取り引きのような告白をしている自分を妄想するが、現実にはならない。
動かなければ現実にならないのだ。
結局、萌香の休憩時間が終わったようで、再び参考書に目を落とすのが見えた。
また話せなかったと残念に思い、居た堪れない気持ちを払拭しようとトイレへと立ち上がる。
その間も萌香の事を横目で見るが俺のように自分の動向気にするそぶりは一切見せない。全く興味がないと言われている気分である。
いっそ今ここで告白して玉砕してしまいたい思いに駆られるが、そんな覚悟が決めれるなら、さっき休憩をしていた萌香に声をかける事だって出来ただろう。
何かキッカケさえあればといつも願うが、隣の席で放課後に勉強するというこれ以上ないきっかけを毎日逃しているのだから、もはやキッカケは関係ない。二人で異世界漂流したとしても上手く行く気がしない。
トイレへ向かう廊下は薄暗く、吹奏楽部の楽器の音や運動部の掛け声が聞こえてくる。
急に隕石が落ちて学校が爆発しないかなと校舎の外を見て思う。そうすればこんな情けない気持ちも、もどかしい恋心も、自分のヘタレ具合も全て吹き飛ぶのにと。
関係のない生徒や教師、自分が好きな萌香すら吹き飛ぶがもういっそそうなれば清々しいというものだ。
ありえない妄想なのだからそのくらいの方がスッキリする。
それよりは告白している妄想の方がいくらか現実的な気がする。OKの返事が貰えるかどうかは別として。
「やっぱ隕石落ちてくれないかな……」
と呟いてしまう。告白の返事がNOである事を想像したら、そっちの方がいい気がした。
もう今日は喋れないだろう。次に萌香が参考書を閉じて背伸びをするのは、帰る時である。
「バイバイ」と言う自分を想像すると、それに「またね」と萌香が言う。しかし、それは妄想でもなく現実に起きる事であった。そんな義務のような挨拶を交わすだけで幸せを感じてしまうのだから単純なものだ。
だから隕石は勘弁しておいてやろう、と誰に偉そうにしているのかも分からないが心の中で大らかに宣言するのだった。
今回は「引きだし」「取り引き」「かべ」の三つの単語からお話を書きました!




