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絵葉書から見る私

残り359日!7日目!

 転校する時になって、「毎日お手紙書くね」と言ってくれた親友は本当に毎日、私の元に手紙を送ってくれた。


 しかし、手紙に文章は一つもなく、宛名が書かれた逆側には絵具で塗られた絵が描かれていた。


 絵葉書と言うには、何が描かれているのかサッパリ分からない抽象的な絵ばかりで色合いは確かに美しいようにも見えるのだが、芸術に疎い私にはそれが一体どんな意味を表しているのかさっぱり分からなかった。


 元々、芸術思考の高い親友だった。美術室で見た彼女の描く絵に惚れて話し掛けたのが親友との馴れ初めだ。


 こうして転校しても毎日彼女の作品を見る事が出来るのは嬉しいが、彼女から絵の説明が聞けないというのは何とももどかしい気持ちであった。


 天才の考えている事はよく分からない。実際、何を話しているのか親友の私でも分からない事が多かった。というより、絵の事を話す時は言葉の意味は分かっても中身が分からない事が多かった。


 他の人達はそんな彼女を変人と煙たがっていたけど、自分が及びつかないような考えを持っている彼女に私は惹かれていた。


 初めは才能に惹かれた部分が多かったけど、一番は絵について楽しそうに語る彼女は何を言っているかは分らなくともとても嬉しそうで楽しそうで可愛く、つい一緒に居てしまったというのが正しい。


 結局、転校するまでずっと一緒に居た私だったが彼女の絵を理解する事は最後まで出来なかった。


 理解できなくとも心を撃たれてしまうのだから仕方がない。彼女も別に理解する必要はないとも言っていた。


 だけど、理解する必要がなくともそこに何か意図があるのなら気になるのが人間だ。絵を描いている隣に近付き説明を聞く時間が私は好きだった。意味は分からずとも、その時間が至福だった。


 ただこの絵葉書には説明がない。この絵具の配色にいったい何の意味があるのか分からなかった。


 是非とも説明して貰いたいものなのだが、如何せん彼女は隣にいない。


 思えば彼女は自分の絵の説明を自分からしたことは一度もなかった。ただ静かに絵と向かい合って筆を動かしていた。書き終わった絵を誰かに見せびらかす訳でもなく、書いていた。


 でも説明を聞いた時に話す時は笑って話してくれていた。


 会いに行って聞けば一枚一枚、どんな意味を持たせて描いているのかまた嬉しそうに教えてくれるだろうが、かなり遠くに転校してしまいすぐに会う事は出来なかった。


 せめて現代人として携帯電話くらい持っていて欲しい所だったが、必要ないと言って持たなかった彼女。だから、今時珍しい手紙という手法を取っている訳だが。


「あ、別にアナタは毎日書かなくてもいいからね」


 と、毎日手紙を書くと言った彼女がその時、すぐに釘を打たれていた。


 まぁ、私は絵が描ける訳ではないし、毎日わざわざ書くことも特にない。いや、本当は転校してあった事を彼女に聞いてもらいたいのだが、手紙と言う文化がそもそも慣れない。昔はこれでやり取りしていた 


 というのだから驚きだ。だから携帯を買えと言ったのに。こちらのエゴとは言え。


 でも、彼女が携帯を持っていたらこうして絵葉書を送られてくる事もないと思えば、毎日才能溢れる彼女の絵を見る事が出来るのはプラスなのかもしれないが、正直、直接話せる方が私としては嬉しいのだが。


 彼女にとってはこの絵がコミュニケーションなのかもしれないが、やっぱり天才ではない私にとってはもっと普通のコミュニケーションを取りたいと思う。


 外を見ると夕日が世界をオレンジ色に染めている。彼女と一緒にいた教室も夕暮れ時にはこうしてオレンジ色に染まっていた。行儀は悪いが教室の後ろにあるロッカーの上に腰かけて彼女が絵を描いている教室全体を見るのが好きだった事を思い出す。


 今も彼女は私が居なくなった後も同じように絵を描いているのだろうか。


 外に見える風景に思いを馳せて、鈍く光る夕日に目を細めた。




『今度こっちに来るとき送った手紙を全部持ってきてよ。アナタが言っていた日に教室で待ってるから』


 目をパチパチしてしまった。


 いつもの如く親友から送られてきた手紙はいつもの絵葉書ではなく、そんな一文が書いてある手紙であった。


 ついぞ転校先の学校を卒業した私だったが、同級生である彼女も同様に卒業しているはずの親友に春休みに会いに行くと手紙を送っていた。


 それに対しての返事は相変わらずなく、ただいつも通りに絵葉書が送られてきていただけだった。


 しかし、今回は違った。ハッキリとした意思疎通が出来る文が送られてきていた。


 おぉ……と意味もなく感動してしまう自分、もちろん今まで送られてきていた絵葉書はしっかり保存してある。数えてはいないが転校してから1年以上は経っている。


 何百といった絵葉書の束、これを毎日毎日、欠かす事なく送り続けた彼女はやはり変人なのだろうと思う。


 郵便代も馬鹿にならないだろうが、既になにかしらの稼ぎがあるらしい彼女は絵にかける費用くらいにしかお金を使わないと言っていたため、そのくらいなら苦にもならないのかもしれない。


 ただ持って来て欲しいとはどういう事なのだろうか?


 まさか一枚一枚、絵の解説をしたいという事か……?


 流石に彼女の絵の解説を聞くのが好きな私でもこの量の解説を聞くのは参ってしまう。久しぶりに会うのだから私だって積もった話もあるのだから。


 持って来いと言うのなら持って行くが、この量はかなりかさ張りそうだと思った。




 この風景も久しぶりだと彼女は思う。


 彼女と一緒に過ごした学校に来たが懐かしさが込み上げてくる。


 ちゃんと文が書かれた手紙が送られてきた後、あれだけ毎日送られてきていた手紙がパッタリと送られてこなくなった。何かあったのかと思ったが、きっとあの手紙の前に送られてきた絵葉書で一区切りだったという事だったのだろうと考えた。


 懐かしの玄関を通って親友と過ごした教室に向かった。


 教室の扉を手に掛ける。ここに彼女がいるのだろうと思うと、どんな顔して会えばいいか迷ってしまう。


 為せば成ると、意を決して開けると昔と変わらない姿で絵を描く親友の姿があった。


「お、来たね。久しぶり」


 扉が開いた事に気付いた彼女は私に振り向いて言う。


「じゃあ行こうか」


 と、感動の再開を喜び合う事もなく、彼女は立ち上がってスタスタと教室を出ていく。


「え、もっとこう、なんかないの?」


「後にしよう、人を待たせてるから」


 人を待たせている? 何で? 誰を? というか


「どこに行くのよ?」


「体育館だよ」


 なんで体育館? 疑問しか浮かばないが取り合えず付いて行く。彼女の読めない行動はいつも通りだ。



「あらあら、来たわね」


 と、体育館で出迎えてくれたのは見覚えのある教師。確か美術の先生だった人である。その他にも数人の生徒が待っていた。


「じゃあ今までの手紙を渡してくれるかな」


 と、言う親友に言われた通り持って来ていた絵葉書を渡す。


「これだけあったら多少失くしていても大丈夫かな」


「ちゃんと全部あるわよ」


 失礼なと、そんな礼儀知らずな事はしないと怒ってやる。


「まぁちょっと待ってて、後で手伝って貰うから」


 そう言うと絵葉書を見ると何か仕分けを始める親友。


 手伝うって何を?


「えっと、これは何をしてるんですか?」


 状況に置いてきぼりにされたため、作業を始めた親友の代わりに美術の先生に話を聞く。


「いえ、あの子に手伝って欲しいと言われたんですよ、簡単な作業だからって」


「え、じゃあ何で集められたか分からないって事ですか?」


 こんなよく分からない事に時間を割いてくれているというのか、しかも、きっと美術部の生徒達を連れてまで。


「あの子の卒業制作が見られるって言うなら、どんな手伝いだって私はしますよ、それはこの子達も同じですよ」


 と、数名の生徒達の方を見る。生徒達は頷いていた。


 まさかこの絵葉書が卒業制作とは聞いていなかったが、私の親友にこんなにファンがいた事にも驚いていた。


 美術に疎い私が見ても綺麗に思う絵を描くのだから、見る人が見れば評価されて当然なのかもしれない。


「はい、とりあえずこれ」


 と、絵葉書の束を渡された。


「向こうにガムテープで縁取りしてあるから左上から下に順番に並べて行って、丁寧にね」


 言われた通りの場所に行ってみるとなるほど、ガムテープで縁取りされている。


 並べろってまさか……。


 何となく今からする事の理由が察せてしまう。


 だから広く、上から見る事が出来る体育館なんだと理解した。


 丁寧に、丁寧にと意識しながら均等に並ぶタイルのようにピッシリ置いて行く。


 先生と生徒達も親友に渡された束を丁寧に置いて行っている。


 というか、あれだけ数ある絵葉書をなんの躊躇いもなく仕分けしているという事は、一枚一枚の絵を把握して言うという事である。


 本当に天才だと思う。


 全員の協力もあって、どんどん並べらついに最後の一枚になった。


 そして最後の一枚は不肖私が置かせて貰った。


 私と親友以外が体育館のバルコニーに既に上がっており、完成を喜んでいた。


「さて、見にいこうか。君が見て初めて完成だから」


「どういう事?」


 親友は答えを言わないままバルコニーへと向かう。


 解説は完成品を見た後という事だろうか。



 絵を見た瞬間


「あぁ……」


 と、感嘆の声が漏れ出て涙を流してしまった。綺麗で、美しくて、そして懐かしくて。


「どう? アナタが見ていた景色と同じ?」


「……うん」


 と、頷く事しか出来なかった。


 タイルのように敷き詰めた絵葉書が表していたのは、一枚の大きな絵。


 あの時の夕暮れ色に染まった美しい教室であった。


「アナタが見ていた教室の景色がずっと気になっていたんだ。転校するまでアナタは教室の後ろでずっと見ていたこの景色が、自分の絵ながら確かにこれは綺麗だ」


 と、自画自賛をする親友。


「アナタが一緒な景色だって言うならそうなんだろう。ようやく私も見たかった景色がみれた訳だ」


 私が見て初めて完成する絵。あの日見た景色と同じと感じる事で完成する絵。


 天才の彼女が見たくて決して見る事が出来ない景色を描き上げたのだった。


「あ、そうだ、これ」


 と親友は携帯電話を取り出した。


「絵葉書はもう面倒だからこれで連絡を取ろう」


「何なのよアンタはもう……」


 今この場に居るこの子も変わらず本当に好き勝手な奴であった。


今回は「絵葉書」「タイル」「絵具」の三つの単語からお話を書きました!

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