表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/212

菖蒲打ち

残り308日!60日目!

 とある動画がSNSで流れてきた。


 京都にある老舗店のいかにも女将さんと言った上品で美人な和服姿の女性が手に細長い草を持って優雅にこれからする事を説明していた。


 女将がこれからする事は「菖蒲打」と言い、端午の節句に子供が遊びとして行われていたもので、手に持っている草は「葉菖蒲」と言い、これを地面に打ちつけて大きな音を出して厄除けをする。


 など説明をしていた、そしてーー


「ストレス解消にも良いです」


 と言うと女将はその上品さからは想像も出来ないほど豪快に腕を振り上げ何度も何度も菖蒲を地面に打ちつけ音を鳴らし、最後にはポキリと茎が折れて先が飛んでいってしまっていた。


 あまりに菖蒲打ちをする女将はその上品な見た目とのギャップでかなり衝撃的で面白い映像となっていた。


「いいなこれ」


 とても気持ちよさそうだと思った。


 女将以外に観光客達も一緒になって地面に向かって菖蒲の葉を打ちつけており、一人の男性は葉がなくなり茎だけになっても打ちつけていた。


 どれだけストレスが溜まっているんだよツッコみたくなる映像だったが、しかし、よくよく考えてみれば、こういう場で誰の目を気にする事なく力一杯振り下ろせる人間はきっと普段からも上手いストレス解消方を知っている人だろうなと思った。


 打ち終わった後の快活そうな笑顔がその裏付けであるような気がした。


 ちょくちょく観光客に混じって女将さんも菖蒲打ちをしているが、早業というか慣れた手つきで打つ姿勢が体験する観光客とは一線を画す打ち方をしていた。


 片手で振りかぶって全身を使うように打つ。それだけ全力で振りかぶれば良い音も鳴るというものであった。


 あれだけ洗礼されると草を地面に打ちつけるなんて言葉にすれば野蛮な行為に聞こえるのに、叩きつける女将の姿は確かに面白くはあるが美しくカッコ良さが見てとれた。


 そうだ京都へ行こう、というようにこの動画を見てふらっと京都へ行く事が出来るほど京都は近くになく、生活に余裕があるわけではないので女将に会いに行くのは残念ながら諦める事にした。


 そもそも、端午の節句の行事と説明していた為、おそらく行われているのは5月の期間だけだろう。


 8月現在に行ってもきっと女将はあの綺麗なフォームを見せてくれないだろう。


 来年の5月にもし余裕があったら行ってみようかと来年に思いを馳せるが、どうせ仕事で行けないであろう事が想像出来てしまいまた憂鬱な思いが込み上がってくる。


 陰鬱な気持ちでいると気がついたら菖蒲について調べて通販サイトで葉菖蒲を購入していた。


 頭で女将の美しく豪快なスイングを真似して地面に打ちつける自分の姿を想像するのだった。



 ペシっと小さな音がなる。


 女将の豪快さとは程遠い弱々しく小さな音。こんな音では厄除けにはならないしストレス発散する事も出来ないと自分で分かっていながらも、力いっぱい振ちり下ろす事が出来ない。


 やはりあの菖蒲がボロボロになるまで叩きつけた男性は凄かったのだと思った。


 動画を見て衝動的に買ったは良いものの、届いてから、どこで行うかという問題に直面した。まさか玄関前や公園のような人に見られるような所でやる訳にも行かなかった。


 見つかれば狂人扱いされて警察に聴取される自分の姿が目に浮ぶ。


 仕方なく自分の家の中でやる事にしたが、それでも大きな音を出すのが何だが怖く弱々しく床に叩くのが精一杯であった。


 それに動画を見てから菖蒲が届くまでに少し時間が空いてしまっていた為、動画を見た時に感じた熱は冷めており、一人で何をしようとしているのだろう? なんて考え始めてしまってはもう女将のように強く打ちつける事は出来なかった。


 しかし、軽くであるがペシペシと叩きつける程ではないが、葉を揺らすように床に打ちつけると葉菖蒲の匂いが漂ってきて心地が良い。


 梱包から出した時も思ったが中々癖になる匂いである。


 もう女将のように叩きつける事は早々に諦めてしまったが、これを捨てるのも勿体無く思った。かと言って飾って置く程のスペースも部屋にはない為どうしたものかと考える。


 すると葉菖蒲で検索をすると「菖蒲湯」というものが出てきた。


「これはいい」


 風呂に入るのは大好きである。これなら一人でも問題なく楽しむ事が出来ると、「菖蒲打ち」を諦め「菖蒲湯」の準備に取り掛かった。


 何束かは刻んでパックに詰め想像よりも大量に出来てしまった菖蒲パックから数パック熱湯に入れて煮出しをした。


 少しすると香りが漂ってきた。しっかりエキスが抽出されたようである。


 あらかじめ溜めておいた風呂に菖蒲エキス入りの熱湯と菖蒲束を入れ、かき混ぜると浴室の空気が菖蒲で満たされていった。


 良い湯加減なのを確認し風呂に入ると口から「あぁ……」という声が勝手に漏れ出た。「菖蒲打ち」は出来なかったが、これはこれでストレス解消にはなると感じた。


 疲労回復、腰痛や神経痛に効くなど効能があるらしいがどれも疲れきった自分にとってありがたいものであった。自分で一手間かけた分、その効能がより効いているような気がしてきた。


 湯にプカプカと浮かび時々、葉先を皮膚に刺してくる葉菖蒲を手に取って、湯船の淵に叩きつけてみた。


 水に濡れた葉菖蒲は想像したような音は出なかったが、今回はそれで満足しようと思った。


 やっぱり来年は京都に行こうと決意する。


 あの女将の隣で女将のフォームを真似しながら力一杯に菖蒲を地面に叩きつけてやろうと思った。あの男性のようにボロボロになるまで一生懸命に叩きつけてやろう。


 本来の目的であった菖蒲打ちは出来なかったがストレスはかなり解消できた気がする。


 まだ菖蒲が入ったパックは残っている。


 もう少しこの香りが楽しめる事に僕は嬉しくなった。


今回は「菖蒲」「早業」「いかにも」の三つの単語からお話を書きました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ