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死臭

残り308日!58日目!

 実家に帰り十数年ぶりにリビングのドアを開けると異臭がした。


 県外の大学に入学しその流れで卒業後もその土地に根差してからは仕事が忙しく帰る時間がなく、そうこうしている間にあっという間に十数年経ってしまっていた。

 

 いい加減帰ってこいと、入社して3年目からすでに言われ続けては無視をしていたが、仕事もプライベートも上手く行かず、軽い鬱症状が見られると診断されてしまった。


 鬱の事を上司に相談すると、今まで溜まっていた有給を使って療養しろと言われ長期休暇を与えられた。


 これまで忙しいから休む暇がないなんて嘘っぱちである事を気付かされてしまった。


 自分一人程度の穴は会社にとって虫刺され程度にもならないようであった。


 そう思えば鬱の原因の一つである、職場で起こしたミスは自分が思うよりもずっと大した事ないのではないかと思え、少し心が軽くなる。


 そして軽かなった心の隙間に入り込んだのが父の「いい加減帰ってこい」の言葉であった。


 そして今、十数年ぶりに使う鍵は当然のように玄関の鍵を開ける。

 

 ドアを開けた先にある実家の玄関は何の変わりもなかった。懐かしの景色と匂いを感じ久しぶりに帰ってきた事を実感した。


 出迎えがなかったものの、リビングの電気が着いており、これも見た風景。家で自営をしている父がソファにいる姿が目に浮かぶ。


 久しぶりの再開に少し緊張と照れがあるのを感じつつ、電気のついているリビングのドアを開いた。


「ただいまーー」


 と、目に飛び込んで来たのは昔からなんら変わりのないリビングに顔をしかめてしまう程の異臭だった。


 生ゴミや汚物のような分かりやすい臭いではないが、それでも直感的に避けたくなる嫌な匂いだった。


「おー帰ったか」


 と、10数年ぶりと言うのにそっけない態度で迎え入れる父はこの嫌な臭いには気づいていないようだった。


「ただいま、なあ、なんか臭くない?」


「いや、別に? 何か臭うか?」


 と、鼻をならすが父は本当に分からないらしかった。


「まぁいいや、とりあえず荷物置いてくるわ。俺の部屋はまだ空いてるんでしょ?」


 と、リビングの異臭から逃げるように父への久しぶりの再開もそこらで出て行く。正直、父と2人っきりの空間になるのが嫌で逃げたと言うのも大いにあった。


 リビングを出ると途端に臭いがしなくなった。どうやら匂いの元はリビングにあるらしい。


 まさか自分の部屋も臭いのではと恐る恐るドアを開けて見るがほとんど昔そのままであり、臭いもしなかった。


 10数年も離れていた部屋は落ち着かないかと思ったが、やはり長年生まれ育った部屋は格別であるようである。


 持って来ていた荷物を適当に置いてベッドに横たわるとさっきリビングで嗅いだ臭いを思い出す。


 嫌な臭いではあったがそれがなんの臭いであるのか検討がつかなかった。


 そしてなぜ臭いがする部屋はリビングだけなのか不思議であった。


 なぜリビングだけ……と、少し考えてすぐに幼い頃から過ごしてきたリビングの光景が思い浮かんできた。


「親父か……?」


 ずっとリビングのソファで仕事をしている父。家にいる時間ほとんどをリビングで過ごしている父であれば俺がいなくなって10数年で部屋の臭いが自然に変わる事もも可能かもしれない。


 しかし、部屋の環境を変えてしまう親父の臭いは一体どこからきているのだろうか?


 そして思いついたのは、鬱になって通っていた病院で患者さん同士が話していたものだった。


 「病気の人間からは死臭がする。病気になって、内臓も腐って、そう言う奴からは死ぬ前から死臭みたいな嫌な臭いがする」という話を元気そうに80歳は超えていそうな、お婆さんが語っていた。


 父は昔から病院嫌いで、薬も自然治癒が1番だと言って飲まないほど信用をしていない。


 そんな父であるからこそ俺がいない間に病気になって、どんどん内臓が腐って嫌な臭いが漏れてあるんじゃないかと嫌な考えがよぎってきまう。


 まさかと思ってもあの嫌な臭いが頭から離れない。


 喉を潤すため、リビングと共同になっているキッチンの冷蔵庫に飲み物を取りに行こうとする。


 部屋から出て再びリビングのドアを前にし、決心してドアを開ける。


 開けた瞬間、嫌な臭いが鼻につく。強烈ではない分、不快さだけが積もる感じがする。


 それでも素知らぬ顔で突入し、冷蔵庫に辿り着き麦茶を飲む。鼻が慣れてきたようで、まだ臭いはするが初め嗅いだ時のように逃げなくても大丈夫になっていた。


 父の背に向けて意を決して声をかける。


「なぁ親父」


「なんだよ?」


「まだ病院嫌いで行ってないの?」


「行ってない。どうしたんだ?」


「いや、俺も鬱病で病院にはお世話になったし、親父も検査したら思ってもない病気が見つかるんじゃないかと思って」


 臭いのことは言わずにそれとなく父を病院に行くように言ってみる。


「いいよ俺は」


 と、素っ気ない答えが返ってくる。


「でも、悪化してからじゃ遅いからさ。俺みたいに一回検査してみたら早期に発見出来て軽い症状で済むかもしれないし」


「だからいいよ。今まで頼らずやってきたんだから、これからも大丈夫だ」


 大丈夫じゃない兆候があるから言っているのに、父は聞く耳を待とうとしない。


 こうなった父は頑固で絶対に意見を変える事は昔から一度だってなかった。


「そうかよ」


 と、吐き捨てるように部屋から出て行く。こっちは心配していると言うのに。


 帰省さて1日目からこの雰囲気。これから先が心配である。それよりも何よりも父の体調が心配であった。


ーーガチャ


 リビングを出ると丁度鍵が開く音がした。


 そしてドアが開くとスーパーの袋を持った母が家に入ってきたのである。


「あ、母さん」


「あら、もう帰ってきてたの。久しぶりー!アンタ、老けたわねー」


 と一度に沢山話す相変わらずな母を見て気が休まる。久しぶりの再開にテンションが上がった母は嬉しそうに今日の夕飯の事や、うつ病の事を矢継ぎ早に話して行く。


 かなり話しているのにまだ玄関から抜け出せていないのが驚きである。


「ねえ、母さん」


 止まらない母のマシンガントークにブレーキを掛けるためにこちらから話題を振る。


 父の話だ。


 ずっと一緒にいる母であれば、父の臭いの変化には気付いているかもしれない。それとも徐々に変化する故に気付いていないのかもしれないが、俺は母にも確認せざるを得なかった。


「親父の臭いなんだけど」


 と言うと母は神妙な顔になる。


「アンタも気づいたか……お父さんの臭いに」


 母も気付いている反応であった。


「え、大丈夫なの?」


「大丈夫な訳ないでしょ!」


 と語気を荒げる母に相当父が酷い状態である事が伝わってくる。


「最悪よ! あのくっさい加齢臭! どんだけ消臭したってとれないんだから!」


「…………加齢臭?」




 あれから25年経った今でもまだ父は元気に生きている。母には相変わらず臭い臭いと煙たがられているのが少し可哀想であったが。


 死臭かと思った臭いがただの加齢臭だったと言うのはかなりのお笑い種ではあったが、あの時、鬱病であり正常な判断がつかなかったのだと思っている。


 結局、父は病院に一切行かずに未だに元気で生きており、超がつく頑固さはどうやら有り余る生命力の表れであったようだ。


 そのおかげで頑固親父も形無しである、ことし成人する孫の振袖姿が見られるのだから、本望であろう。


 娘は俺と同じく県外の大学に通っており、久しぶりにウチヘ帰省するとあって、父親として心待ちにしていた。


ーーガチャ


 とドアが開いた音と共に妻と娘の話す声が聞こえてきた。


 俺は姿勢を正し威厳のある父の姿をとって娘を待った。そしてーー


「ただいまー」


 とドアを開けてリビングに入る一瞬の間に娘の顔がしかめられた気がした。


今回は父親の臭いについて思うところがあったので書きました!

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