夏の花火に掲げる
残り312日!54日目!
昼間の猛暑はおさまったとはいえ、いまだ夏の暑さを残す夕暮れの太陽が水平線の向こうへ沈もうとしていた。
周囲には海パン姿の男や、浴衣姿の女の子や、ヘソだし露出多めのギャルに、いかつい顔のヤンキー、中学生くらいの眼鏡男子、おじいちゃん、カップル、etc……。
老若男女問わず海辺の砂浜に人がごった返していた。彼らは海水浴や、飲酒、出店に並んだり、だらだらと知人と談笑しながら今日のメインイベントである、花火大会が始まるのを待っていた。
かき氷の出店に1人で並んでいる柿谷もその内の1人であった。
出店に並ぶ多くの人達が密集しているせいか、日も落ちてきているにも関わらず熱気が漂っているようであった。
柿谷はその暑さをジッと耐え、流れる額の汗をタオルで拭う。そしてスマホで時間を確認してすると、これからの予定をもう一度頭の中で組み立て始めた。
そして、花火には間に合うだろうが、買えるのはかき氷だけになりそうだと並んでいる人数と時計を見て予測する。
多少は並ぶかと覚悟していたが、田舎の花火大会と舐めてかかったのが柿谷の運の尽きである。
開始時間の1時間ほど早く到着したにも関わらず、人気テーマパーク顔負けの行列を見せているのだから驚きであった。
本当は食べるはずだった、たこ焼きや焼きそばは見通しの甘さにより今回は諦めるしかなさそうと柿谷は反省する。
花火に行くと予定を立てた時に2人で楽しみだと話していた屋台の食べ物がまさかカキ氷だけになるとはと柿谷が肩を落としていると
「ごめん、ごめん」
と、膝下まで丈のあるカーキのワンピースに薄く透き通る白の上着を羽織った黒髪ボブの女性が柿谷に話しかける。
「やっぱりトイレも並んでた?」
「すっごい並んでた、柿谷はトイレ行かなくて大丈夫?」
「俺は大丈夫だけど、ホントに想像よりも人が多くて嫌になるな……どこも混んでるし、蒸し暑いし、帰りも大変そうだ」
「もう帰りのこと考えてるの? やっぱりあんまり人が多いところ来たくなかった?」
「あ、いや、全然そんな事なくて! 西田の帰り遅くなっても大丈夫なのかと思っただけ」
「まぁ今日くらい少し遅くなたって怒られないと思うわ」
と、柿谷が弁明に答える西田の方を見ると、羽織ってある上着がずれ、露わになった白い肩に目が行き必死に晒すようにカキ氷屋の方へと視線を向けた。
少し刺激の強い西田の服装に柿谷はたじたじになっていた。
「そういえば、かき氷は何味にするの?」
視線をカキ氷屋に合わせたついでに、西田に聞いてみる柿谷。
「そもそも何味があるんだろ?」
まだ順番の先にあるカキ氷屋の張り紙に柿谷が目を凝らすと「イチゴ」「メロン」「レモン」「ブルーハワイ」「抹茶」と書かれた張り紙が見えた。
それを柿谷は西田に伝えると、真剣な表情で「レモンか……ブルーハワイか……」とその2択で悩んでいた。
柿谷は西田が選ばない方を自分が頼んで分けようかと考えたが、レモンもブルーハワイもそれほど好きな味じゃなかった気がして辞めた。
もう何年もカキ氷は食べていないため、どの味が好きだったか思い出を探って確か「メロン」が好きだった気が柿谷にしてくる。
しかし、それは子供舌てあった頃の思い出であり、今も好きか分からなかった。
柿谷は結局、「いちご」にする事に決めた。食べ物で迷った時は1番王道の味にするのが柿谷の信条であった。
「よしブルーハワイにしよう」
と、西田の中でどんな葛藤のすえ味が決まったのかは分からないが、ブルーハワイに決まったようである。
「柿谷は何にするの?」
「いちご」
「うわ、抹茶かと思った」
「なんでだよ」
その後も、たわいもない話をしながら、順番を待っていると完全に日が落ち、遂には夜間工事で使われているライトが周囲を照らし始めた。
柿谷と西田の順番もその頃には、後2.3人と言うところまで来ていた。
ガリガリという氷を削る音が鳴っている。このカキ氷屋は先に入れ物の中にシロップを入れ更に上からもたっぷりとシロップをかけてくれる店であった。
家ではこんな贅沢にカキ氷を食べた事ないと柿谷は思うが、「氷とシロップに400円……」と無粋な事を考える脳を切り替えて美味しそうなカキ氷をみる。
柿谷と西田の二つ前の男女の組はブルーハワイとレモンの二つを買っていき、一つ前の女性2人組はメロンとブルーハワイを買って行った。
王道だと思ったいちご味はあまり人気がないのだろうかと思うが、王道過ぎるからこそ特別には食べないのかもと思った。
であれば、抹茶は邪道過ぎて食べられていないのだろうか。自分達も含めてたった3組しかハッキリと確認していないのに柿谷はそんな考察をしていた。
「いちごとブルーハワイ」
と、柿谷が言うと
「一つずつですね? 800円になります」
と、屋台の中にいる金髪のお姉さんが値段を言うと、その奥で桃色の髪のお姉さんが出際よく容器にシロップを入れカキ氷を作り始める。
柿谷は黙った1000円札を金髪のお姉さんに渡す。西田も財布を出していたが、先に全額払った柿谷を見てその動きを止める。
「いいよ、奢りで」
と、何か言いたげに財布を持ちながら柿谷に視線をむけていた西田に柿谷は「まぁまぁここは」と言うように財布を納めさせる。
お釣りの200円を受け取り、先に柿谷のいちごがきてすぐに西田のブルーハワイが出来る。
柿谷がプハーハワイを西田に渡すと
「ありがと柿谷」
と、お礼を言って受け取る。
スッカリと日が落ちた後も屋台に並ぶ長蛇が治る事はなく、おそらく最後尾に並ぶ人達は花火に間に合わないのではないかと柿谷は思う。
花より団子ならぬ花火より屋台である。
とはいえ、この屋台ゾーンからでも見えはしそうである。腹を満たすかキッチリ花火を楽しむかは、個人の祭りの楽しみ方の範疇のように思えた。
食べ物を楽しみにしていた柿谷達だったが、それでも並びながら花火見る選択はせず、綺麗に見える砂浜の方まで歩いて行った。
「見て」
と、言われ柿谷が西田を見ると口からベロっとブルーハワイで青くなった舌を出したていた。
「柿谷は?」
と、言われ柿谷が舌を見せると
「赤い……気がする……暗くてよく分からない」
元々、舌は赤に近い色をしているのだから分かり辛くてしょうがない気がする。
「ねぇ、写真撮ろう」
と、西田が自分のスマホでカメラを立ち上げて準備をする。
西田の肩に触れてドキリとするが、お首にも出さないよう平静を装う。
2人で舌を出して、インカメのシャッターを一度押すと西田は確認する。
「うわ、画質悪っ」
言われて覗いて見るが普段あまり写真を撮らない柿谷にとってそれが悪いかどうか判断できなかった。
「柿谷の貸してくれない? 新しかったよね?」
と、お願いする西田に柿谷はすぐにポケットからスマホを渡す。
「もっかい」
と、また一つの画面に入るように西田と柿谷の距離が近くなる。もういっそ写真がぶれ続ければいいのにと柿谷は願う。
「わ、やっぱり新機種の画質全然違うわ」
と、感動するように西田は写真を確認する。柿谷の願いは叶わなかった。しかし、西田とよツーショットが自分の写真フォルダに保存された事は幸せであった。
「後で送っておいて」
と、柿谷にスマホを返した西田はブルーハワイのカキ氷を食べ始めた。
暑さで溶けたカキ氷はストロー状のスプーンではかなり食べづらくなっており、柿谷は容器を口につけて流し込んだ。
「ーーっっ!!」
と、額を抑え悶える柿谷を見て西田は楽しそうに笑った。
花火に関わった偉い人達の話やMCの信仰がスピーカーから聞こえている。
ガーガーと音質が悪く何を言っているのかほとんど聞き取れなかったが、もうすぐ打ち上げが始まるのだという雰囲気は感じ取れる。
柿谷は打ち上げか近づくに連れてドキドキと胸を高鳴らせていた。花火の打ち上げが始まったら柿谷の手を握り、受け入れられたら告白しようと考えていたからだった。
結局、何を言っていたのかよく分からず偉い人達の話は終わり、「打ち上げまでもう少しお待ち下さい」というアナウンスが流れ、最近よく耳にするJ-popが流れる。
「まだ待つんだ」
とスマホの時計を見て西田は不満そうに言う。
「でも、ホントにもう少しじゃない?」
と柿谷はしきりに手汗を気にしながらその時を緊張しながら待つ。
そして遂に「花火大会を開催します!」というアナウンスが流れると柿谷の頭の中は真っ白になる。
ノリの良いBGMに変わると遂に始まってしまったという、実感が柿谷にも湧いてくる。
己との勝負、ヘタレるなと柿谷は自分を鼓舞する。
「ねぇ柿谷」
急に名前を呼ばれて西田の方を柿谷は見る。
すると、そこには西田の手が柿谷に差し出されていた。
柿谷は驚きつつ、西田と気持ちが同じで会った事に喜びと幸せを感じその手を握ろうとする。
が、握ろうとする柿谷の手を西田は避ける、もう一度握ろうとするがまた避けられる、もう一度、もう一度。
「違う違うーー」
と、打ち上げ花火の一発目が爆発する。
「あー、一発目撮り損ねちゃったか……柿谷、スマホ貸してよ、柿谷のスマホの方が綺麗に撮れるし」
と、さっきと同じように柿谷に西田は手を差し出す。その手に柿谷がスマホを渡すと西田は「ありがと」と言ってカメラをひらく。
2発目、3発目と次々に花火は打ち上げられ、その一瞬を絶対に逃したくないと言うように、西田は両手を使い忙しくてビデオや写真で花火の記録を残していく。
とても、手を握れるような雰囲気ではなかった。
綺麗だなと花火を眺めていた柿谷がふと周りを見てみると、西田だけではなく会場にいるほとんどがスマホを掲げて花火を撮っていた。
海パン姿の男や、浴衣姿の女の子や、ヘソだし露出多めのギャルに、いかつい顔のヤンキー、中学生くらいの眼鏡男子、おじいちゃん、カップル、etc……。
皆が自分のスマホを空に掲げて撮っていた。
柿谷は「たまやー!!」と叫び走り出したくなった。花火を見て興奮する無邪気な少年のように。
それが出来たらどれだけ気持ちがいいか想像するが、当然実行出来るわけなかった。
この弾けた炎が消えずに降り注いだら面白いのにと、想像して腹の底で笑うのだった。
花火に行ったらみんなスマホを掲げていて、おう、時代やなと思ったので書いてみました!




