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パンはパンでも硬すぎるパンの使い方

残り361日!5日目!

「硬った」


 先輩は一度齧りついたパンから口を離す。


「何だよこの硬いパン! しかもこんなにいっぱい」


 先輩と僕の視線の先には山積みになった小さな四角いパン。


「甘い菓子パンを作ってくれってお願いしたよな?」


 昨日、お客に配る為の美味しい菓子パンを作って欲しいと先輩から頼まれた。いや、命令された。


 急に「料理で来たよな?」と聞かれ、男の一人暮らし程度にはと答えると、「じゃあ、これを頼んだ」と菓子パン作りを押し付けられた。


 僕が務める会社は年配の女性常連客に対する営業でほとんど成り立っているため、イベントを開く度にこういった手作りのお菓子などを配る事もあった。


 いつもは時間のある社長が焼いてきたクッキーなどを来店したお客に配っていたのだが、今回、何故かそのおはちがコチラに回ってきたのだった。


 パンなんて焼いた事ないと断ったのだが、俺だってないと、自分に料理経験がない事を盾に先輩は厄介事を丸投げしてきた。


 正直、菓子パンの作り方なんて分からなかったが、パンのようなモノをなら家でも作れそうな気がした。


 そして、考えたのがパンケーキのように後から甘いモノを乗っけるという方法だった。


 これなら、難しいアレコレを考えずに済むと思い作り始めたのだが、正直硬すぎるのは最初の一つを作った時点で気付いていたが、何が間違っていたのかが分からなかった。


 時間もなく、なんで僕がこんな事をという思いもあってヤケクソで作りきってしまった。


 甘いデコレーションは家ではせずに、硬いパンだけを持ってきたのだった。


「こんなの客に渡せないだろ」


 先輩に試食して貰うまでもなくそれは分かっていた。


「こんな硬いパン、ウチの常連が食べたら歯がなくなるぞ」


 年配と言っても流石にそこまで年齢層が高くない。失礼だと思うが、焼き立ての時よりもさらに硬くなったパンは誰が食べても歯が欠ける恐れがありそうだった。


「というか、なんでこんな四角いんだよ。全然、菓子パンに見えないぞ」


 まだデコレーションをしていないからだ。誰かが試食をした時点でNGが出るのは分かりきっていたので、あえて何もしなかった。


「どうするんだよ。毎回、イベントで何かしら配っていたから今回、楽しみにしてる客も多いぞ」


 知らないと言いたい。社長の勝手な気分とアンタの押し付けのせいだろと思う。


 とはいえ、こんなやけっぱちな仕事をしてしまった責任も感じない訳ではなかった。


「どうすんだよ、こんな硬いパン。タイルみたいに敷き詰めて並べた方がまた役に立ちそうだぞ」


 要するに食べ物として役に立っていないと言われている。渡すために複数枚焼いてきた小さな四角いパン。並べてみると本当にフローリングの床のようになりそうだ。


「あ、そうだ」


 並べたパンを見てある事を思いつく。




「わぁ可愛い」


 上品な雰囲気を醸す常連の女性がパンを一枚手に取る。


「よかったら一枚どうぞ。パンなのでべられますが、少々硬いので食す際は気を付けてください」


「あら、これパンで出来ているのね、食べるのが勿体ないわね。こんな可愛い絵が描いてあるのに」


 そういうと婦人は、中でもピンク色が強いパンを選び、「これをいただくわ」と言って一枚持って行った。


「よかった……」


 安堵の声が漏れる。


 僕の隣には僕が焼いた四角く硬いパンが並べられて置いてある。しかし、イベント開始前と違うのがそのパンがカラフルに彩られていた事であった。


 このパンを食用として渡すにはあまりに抵抗があった為、他の従業員を巻き込みパンをキャンパスのように見立てて買ってあったデコレーションの材料で絵を描いたり、色付けしたのだった。


 結果、ただのフローリングタイルのようなパンから、色鮮やかなオシャレなタイルへと変わったのだった。


 相変わらず食べ物として見る事が出来ないが、絵を描くために硬く作ったと言えば少しは言い訳にもなるだろうと思った。


「俺の書いたパン、全然貰われてないな……」


 様子を見に来た先輩が自分のパンが一枚もお客に持って行かれてないのを見て落ち込む。


 先輩の書いた絵は警戒色が強めで、毒カエルの皮膚のような色をしていた。これがアートだと言われたが、女性客が多いなか毒カエルの皮膚は中々選ばれないだろう。


 今回、罰ゲームのように余ったパンに絵を描いた人が持ち帰るというルールが決められているので、この調子では先輩が描いたパンは全て先輩が持ち帰る事になりそうであった。


 押し付けられた側としては清々する。


 持って帰るルールを決めたのも先輩だったため逃げ場もない。どこにそんな自信があったのか分からない。後で間違いなく難癖付けられそうなので今日は早めに逃げた方が得策だろう。


「まぁこれ可愛いわね」


 と再び別の婦人がやってくる。先程と同じように説明すると婦人は嬉しそうに一枚手に取った。


 「あ」と思った。口に出ていたかもしれない。


 婦人が取ったのは僕が描いた最後の一枚だった。


「ありがとうございます!」とつい見送りのお礼が強くなってしまった。


 結構嬉しいものだと感じる。


 パンを焼く才能はなかったが、絵を描く才能は少しくらいあるようであった。


今回は「タイル」「警戒色」「菓子パン」の三つの単語からお話を書きました!

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