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責任の所在

残り317日!49日目!

「神様を信じますか?」


 愛くるしい顔を掲載する小さな口からその言葉を聞いた時、ピンクに塗られた頭から一気に落胆のブルーに変わる。


「いや、そう言うのは」


「そうなんですね、実はこういうのがありまして」


 とガサガサとカバンの中を漁り始めた彼女を前に、今のうちに走って逃げ出そうかとも思ったが、一度話を聞く姿勢を取った手前、逃げ出す事に後めたさを感じざるを得ない。


 「お話いいですか?」という、通常であれば即座に断りを入れてもいいような定型分のような誘い文句に話しかけて来たのが可愛い女子であった為にまんまと乗ってしまった事に酷く後悔をする。


 逆ナンであるほんの一雫の可能性に頼った結果、なんの捻りもない宗教勧誘に引っ掛かってしまった。


 そもそも僕の人生に置いて「お話いいですか?」と街中で声を掛けられた場合、全てが宗教勧誘であった。


 それにどうやら、他よりも勧誘に合う頻度は高いようでどれだけ僕は不幸面をしているんだよと言いたくなる。


 可愛い女の子に話しかけられてホイホイ話を聞く程にはモテない僕だが宗教にハマるほど不幸だとは思っていない。


 と、ようやく引っ掛かりが取れたのか彼女はカバンからファイルを取り出し中から薄いパンフレットを僕に渡す。


 『〜〜教』と見出しに書かれた明らかな宗教パンフレットに辟易とする。なぜこう言ったパンフレットはこうも訝しく見えるのか不思議である。


「私は説明下手ですのでどうぞ読んで下さい」


 と、ハニカム彼女は可愛いのだが、もう宗教そのものを胡散臭と思っているため、読んだ所で何も響かないのは分かりきっていた。


 内容は1番偉い人の紹介、どのような教えか、信じた者の死後と信じなかった者についての死後や、信者の不思議な体験などなど。


 初めから全く受け入れるつもりなく読んでいるため、これといった感情は沸かない。


「あ、読み終わりました?」


 パンフレットから視線が離れている事に気付いたら彼女がこちらの様子を伺ってくる。


「あ、はい、ありがとうございます」


 と、自然にパンフレットを返そうと試みるが「いえ、差し上げますので」と断られる。後でゴミ箱に捨てるコチラの身にもなって欲しいが仕方ない。


「興味出たりしましたか?」


 もちろん出るわけがなく


「いやぁ、特には……あはは……」


 と曖昧に笑い、このまま「あ、もう行かないと」なんて、スマホの時計を確認して予定もないのに急ぐふりをしようと「あっ」まで声に出した時


「分かります」と彼女の声がそれを遮った。


「私も最初は信じられませんでしたけど、でもホントに、試しにと思って少しずつ教えに従って行動していたら私の人生は変わっていったんです」


 そりゃ何か変わったから信仰しているんだろとは思ったが、宗教を信仰している人間が生まれてからずっとその宗教を信じている訳ではないんだなと考える。


「へぇ、どうして信じるようになったんです?」


 僕はさも話に興味が生まれたように彼女の話を促す。ただその興味は宗教についてではなく彼女自身に対してである。


 幼い頃に親から受ける教育により信仰するのではなく、初めは懐疑的であった人間がどのような過程を辿って盲目的に信仰するようになるのか興味が沸いてしまった。


 我ながらとても悪趣味に思える興味だが。


「私の場合、父がまず信仰を始めました」


 彼女は聞かれたなら私の全てを明かすと言わんばかりに話を始めた。


 彼女の話によると、彼女の父親はとても暴力的な人間で何かあれば家族を殴る人間だったそうだが、ある日をきっかけに少しずつ変わっていったという。


 そのきっかけと言うのが、つまり彼女達が信仰している宗教と言う事なのだが。


 当時、中学2年生というそれなりの分別がつくようになった年頃の彼女は、父親が変な物にハマったと訝しみの視線をむけていた。


 しかし、宗教にハマった父親は次第に暴力性が消えていき、酒もタバコもしなくなったらしい。


 変わっていく父親を間近で見ていた彼女は、父親に勧められた教えをまだ半信半疑ながら実行したという。


 すると、不思議な出来事や幸運がどんどん自分の身に起こったと言う。


 彼女の話はどれもこれも大それた超常現象的な事ではなく、事故に合いかけたが間一髪助かった、とか、受験近くに死ぬほど苦しい風邪をひいたが教えを思い出していたら楽になりすぐに治っただとか、そんな話であった。


 宗教を信じていない僕から見れば「たまたま」の一言、もしくは「こじつけ」と言って終わりの出来事であった。


 しかし、彼女は真剣に信仰のおかげだと信じている様子で、自分以外にも同じような経験をした人がいっぱいいるのだと、信徒達が集まり自らの体験を述べるという集会の動画を見せる。


 有名な動画サイトに載せてあるため、誰でもいつも見られるからまた見ておいて欲しいとの事だった。


 そして彼女はまだ語り足りない様子で、最近自分の身にあった体験を話し始めた。


 友達と車に乗っていたら事故にあったけと自分だけ軽傷ですんだという話を彼女は嬉しそうに語っていた。


 あの時、彼女はなにか嫌な予感がしており、自分だけ前もって衝撃に備えていたため友達よりも継承で済んだと言った。


 教えが、神様が自分を守ってくれたと言う。


 それがあまりに幸福な事のように語っている彼女は事故にあった事がそもそも不幸であるとは一切考えていないようであった。


 転職をしようと考えた時に、とてもいい条件の仕事が見つかり内定を貰えた事も話してくれたが、それさえ信仰してるがゆえだと言う。


 自分なんてまだまだで、あるイラストレーターは全く無名であったところ信仰してからは、SNSで大手企業に目をつけられ売れっ子になっただとか。


「さっきの動画の最初に話してる人がその人だから聞いてみて! 他の話も凄いから!」


 と、もう一度集会の動画を彼女は勧めてくる。


 彼女の話を聞いているうちに僕はかなり感心するようになっていた。


 それは彼女が信仰する対象ではなく、「宗教」そのものに対してだ。


 良いも悪いも全て宗教の責任に出来る、これが信仰の強みだと1人で納得する。


 自分に責任がなくなると言うのは楽なのだろうと、彼女を観ていると感じる。


 不幸な事があれば信仰が足りないせいであり、けして自分に責任はなく、あくまで宗教内の理由が原因なのだと考えている。


 だから宗教を信じる人は迷いがない。解決策が明確に示されている為だ。


 昔、読んでいた本に悩みのほとんどは時間が解決すると言う話を見たが、信仰は、その時間が問題を解決するまでの苦悩を軽くする役目を果たしているのだと思った。


 そしてその信仰の心は不幸すら幸福に転じさせる。


 事故という明らかな不幸に信仰していた自分は軽傷ですんだと言っていた彼女の口振は幸福な出来事を話すそれであった。


 悩みもなくポジティブ思考。


 いい事ばかりのように思える。だか、僕が引っかかるのは不幸だけではなく幸福も全て信仰の責任となる事であった。


 彼女が良い会社に転職出来たのも、イラストレーターが有名になれたのも、彼女達の力のはずなのに、それすら信仰のおかげとなる。


 確かに、信仰のおかげで軽くなった気持ちで向かいあった事で良い結果に繋がったという見方も出来る。


 というか、その可能性は大いにある。メンタルを良好に保つことは大きな力になり得る事を知っている。


 だが、それでもだ。


 それでも、自分が成し遂げた事を信仰してきた奇跡のたわものであるように語る事が僕にはどうしても受け入れ難かった。


「どうですか、凄いと思いませんか?」


 と、嬉しそうに聞いてくる彼女に「凄いです」と本心でもあり、虚言でもある事を返す。


 ただ現に幸せそうにしている彼女を見ると、彼女には信仰の力が必要であり、その力は本物なのだろうと思う。


 宗教なんて胡散臭いだけのモノだと思っていたが、こうして目の前の彼女を幸福にしているところを見ると、世の中に必要な物なんだと考えさせられる。


 自分以外を信じ責任転嫁する事が、どれほど個人に影響するのか思い知らされた。


 ただ、やはり自分は宗教と縁がない。


 良いも悪いも自分の責任で生きていきたいと、話を聞いて僕はより強く思ってしまった。


 そろそろ本気で断りを入れなければと思い、意を決っする。


「あっーー」


「こんなに話を聞いてくれた方は初めてです」


 またしても遮られる断りの言葉。


「良かったら近くに教会があるので、そこで偉い人の教えを少しで良いので聞いていきませんか?」


 と愛らしい顔を覗かせてお願いしてくる彼女。


 断りたい気持ちが張り裂けそうなほど胸の中で膨らむが、彼女の家庭事情を含めた話を宗教に興味がないにも関わらず好奇心によって長時間に渡り話しをさせていた事が後ろめたさに繋がる。


「いや、あの……」


 と、ハッキリと断れない僕に


「無理に信仰させようとしてる訳じゃないんです。ただ少し興味を持っていただけたらと思っているだけなんです。私と連絡先を交換してくれたら、また誘いますので」


「えっと……そうですね……それでしたら」


「ホントですか! では行きましょう!」


 華やいだ表情はとても可愛らしいが、一方で自分の心はさらに罪悪感で埋め尽くされる。


 確かにこの感情を誰かのせいに出来たら楽だろうなと感じる。


 ただこんな、可愛い子と連絡先を交換出来るからとホイホイ着いて行く責任まで神様は背負ってくれないだろうと思う。


 というか背負わせたくない。


 良いも悪いも自分の責任。


 このしょうもなく最低な罪悪感は自分で解決しなければいけないのである。

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