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可愛いモノが好き

残り323日!43日目!

 黙々と一人で昼食を食べる。校舎外にある体育倉庫裏にあるベンチは僕に取って安寧の場所であった。


 いつも休み時間にからかって来る同じクラスの佐山達も昼休みまで僕を探してイジメる程暇ではないようだった。


 食べたパンのゴミを袋の中に片付けると、カバンの中から裁縫セットを取り出すと、昨日の夜からしていた作業の続きを始める。


 現在クマのマスコットキーホルダーを作っており、昨日からの続きなのでもう形はほとんど完成していた。藁ながら可愛らしい出来だと思う。そして、我ながら女々しい趣味だと思う。


 小学校の頃、母親が作っているのを真似て妹に作った事がきっかけだった。その頃から裁縫は趣味となり毎日のように作っては学校へ持って行っていた。


 初めは友達も褒めてくれていたが、中学へ上がる頃になると周りの僕を見る視線がどんどん変わっていくのを感じた。


 「男の癖に可愛いモノが好き」それが僕に対する周りからの評価だった。何をしたって僕の勝手だろうと思ったが、異物であると認識された僕はイジメの恰好の的となった。


 中学を卒業する頃には隠れて裁縫をするようになった為、イジメられる事も少なくなっていた。ただ、友達は相変わらずいなかった。そのまま高校に上がると、裁縫とはまた関係なく僕はイジメられた。


 コミュニケーション能力もなく、ナヨナヨしていて女々しい。そもそもが的にされやすい性格であったようだ。


 とはいえ、中学で受けていたよりも、ずっとマシであった。それは自分を否定されても、好きな物を否定されなかったからであった。


 裁縫をしているこの間は心が穏やかになり、楽しい気分でいられた。昼の休憩時間に来るこの体育館倉庫裏のベンチが高校で唯一となる僕の憩いの場となっていた。


「あれ? 誰かいるの?」


 急に聞こえた女性の声に僕はビクリと肩を震わせた。


「ふえっ」


 腑抜けた声を漏らしながら見上げると僕よりも少し歳上であろう女性がコチラを見ていた。


「いや、あの! これは!」


 あたふたと裁縫について言い訳しようとする。裁縫をしている姿を見られてしまった事への動揺が隠せていなかった。中学時代の苦い記憶がよぎる。


 しかし、落ち着いて考えれば彼女は明らかに生徒ではなかった。校内に女性の大人がいるという事は教師なのだろうが、僕はこの綺麗な女教師の事を知らなかった。


「えっと裁縫をしていて……」


 教師であれば、わざわざ取り立てる事もないと思い言い訳もせずに答える。不信がられる方が面倒だ。


「これを作っていて、もうほとんど完成しているんですが」


 と、ほぼ出来上がっていたクマのキーホルダーを彼女に見せる。


「わぁ可愛い! 応援したくなっちゃう」


 僕の手元にあるクマを見て彼女は目を輝かせた。「応援したくなっちゃう」なんて他人に初めて言われたように思った。


「君はなんでこんな所で裁縫をしているの?」


「誰にも見られたくなくて。見られたらきっと馬鹿にされるから」


 男子高校生の僕が裁縫をしていると馬鹿にされる。中学時代そうであったように。ただでさえ、何もなくともイジメられているのに、火種を増やす事になってしまう。


 また自分の好きなモノが否定されてしまう。


「こんな凄い物作れるんだったら誰も馬鹿にしないと思うけどな」


「されますよ。ただでさえ僕は馬鹿にされてるんです。裁縫が趣味だなんて格好のネタです」


「そんな事ないと思うけどな」


「ありますよ。先生には分からないと思いますが」


「先生?」


 不思議そうな顔をする。先生ではないのだとしたら、この女性は一体何者なんだ。


「あ、うん、先生ね! 君を受け持っていないからビックリしただけ!」


 受け持っていなくとも先生と呼ばれて不思議な顔をするものだろうか。少し訝しんでいる目を向けた事に気付いたのか、先生はさらに付け加えた。


「ほら私、まだ若いから名前とかあだ名で呼ばれちゃうのよね、だから先生って慣れなくて」


 完全にとまでいかないが、その理由は確かに腑に落ちた。担任の森下先生も森下の上三文字を取って「もりし」と呼ばれていた。それと同じようなものなのだろう。


 若く綺麗な女性教師。彼女が親しみを込められて名前やあだ名で呼ばれている姿は想像できた。


「先生はなんて名前なんですか?」


 名前を問うのは少し失礼かと思ったが、受け持たれていない全ての先生の名前を覚えている方が奇妙だろうと思い、先生に尋ねる。


「私は浅間あざみと言います」


 すんなりと浅間先生は答えてくれた。他の生徒にはあざみちゃんとか言われているのだろうか。あだ名であれば、あざあざとか? 汚い感謝の言葉のようだ。僕にはあだ名をつけるセンスは無さそうであった。


「君はなんて言うの?」


「吉田汐音です」


 「吉田君ね」と浅間先生はインプットするように僕の名前を反芻した。


「それで吉田君はイジメられているの?」


 しまったと思う。こんな所で一人、裁縫に明け暮れている奴はまともなはずがない。クラスメイトから省かれていますと自己紹介しているようなものであった。


 かなり卑屈な言葉を口走ってしまっている。イジメられていると思われても仕方ない状況である。


「いや、元々一人が好きなんですよ。そんな僕にとってここはオアシスですから」


 かなり苦しい。もう既に裁縫を見られて馬鹿にされないようにと言ってしまっている。もしこれでこの先生が問題として取り上げでもしたら、面倒な事になる。


「そっか、それならいいんだけど」


 しかし、意外にも浅間先生は僕の言葉を信用したのか納得してしまった。


 本当に本当に本当に納得したのか、問題にするのが面倒だったのかの真意は分からないが、とにかく安心した。


「ねぇ吉田君。それ私にくれない?」


「え、これですか?」


 特に誰かの為に作っていた訳ではなく、ただ漫然と作っていただけなので先生に渡すのは構わなかった。


「まだストラップ部分が出来てないんですけど……」


 カバンなどに付けられるように考えて作っていたので、ぬいぐるみとしては完成しているが、その最終段階がまだであった。


「吉田君がいいなら、そのまま欲しいな。私こういう可愛い物に目がなかったんだ」


 作ったクマを見た彼女の顔は確かに輝いていた。その言葉には偽りがないように思えた。


「いいですよ。俺が持っていても仕方ないんで。貰ってくれる方がありがたいです」


 持っていたクマの人形を先生に差し出す。


「ホント! ありがと!」


 キャーと子供のように喜びながら浅間先生は喜んでいた。その様子を見て小学生時代の頃を思い出す。あの時は、妹も周りの友達も作ったものを貰った時は喜んでくれていた。今の先生のように。


 今では友達は当然として、中学生になった妹も兄が裁縫で作ったモノなんて受け取らなくなってしまった。結果、自分の部屋に作った作品が溜まっていた。


 だから、これだけ他人に上げるのもそうだが、喜んでくれると言うのは本当に久しぶりの事であった。


「良かったら他のも要りますか? まだ家にいっぱいあるんで」


「え、いいの吉田君⁉ あ、でも君が作っている姿も見てみたな」


 作っている姿を見たいというのは今までにない提案だった。作って欲しい物のリクエストを貰う事もあっても作っている姿が見たいと言われたのは今回が初めて出会った。


「毎日のようにここで作業していますんで、良かったら」


 了承してから一人が好きと言っていたくせにと思われていないか少し心配になる。実際、嘘ではないが、先生とはいえ美人な女性と話せるという下心は出てしまう。それに、これだけ自分の作ったモノで喜んで貰えるというのは嬉しいものであった。


「じゃあ、毎日来るね。吉田君の新作楽しみにしてる」


「はぁ……」


 つい生返事をしてしまう。こんなに優しくしてくれる先生がいたなんて、どうして彼女が僕の担任ではないのだろうなんて馬鹿な事を本気で思ってしまう。


 もし彼女が担任であったら僕は堂々と教室で裁縫をしていたかもしれない。なんてなかった妄想を払う。


「そろそろ昼休み終わりますね」


 時間を確認すると終了のチャイムギリギリの時間だった。


「あ、私はもう少しここにいるから」


 と、チャイムがなりそうだと言うのに先生はまだ残ると言う。


「ほら、他の子を贔屓してると思われちゃうかもだし」


 確かに一緒にいる所を見られたらそう思われる事もあるかもしれない。しかも、こんな人気のない所から出てくるのを見られたら勘違いされても仕方ない状況である。


「分かりました。じゃあ、お先に」


「うん、またね吉田君」


「はい、浅間先生」


 急いでその場を後にした。早くいかないと浅間先生が次の授業に遅れてしまう。そう思い軽く走り出してから、何の授業を受け持っているのか聞くのを忘れていた。

また聞けばいい。また来ると言っていたのだから。


「そういえば……」


 教室の近くまできて速度を緩めて歩きながら思う。


――浅間先生は何をしに体育館倉庫裏なんかに来ていたのだろうか?




 その後、浅間先生は毎日ではないが、頻繁に現れる様になった。毎回、最初にあった時と同じように音もなく現れるので驚いてしまうが、すぐに僕の裁縫に興味を持って話し掛けてくれる。


 今は先生のリクエストで、先生が好きだと言う前回渡したクマの人形くらいの大きさであるカメの人形を作っていた。カメが好きな理由は飼っていたからだそうだ。分かりやすい理由だった。


 せっかく人に作ると言うのなら少し凝ったモノを作ろうと久しぶりに熱が入っていた。


 いつもよりも丁寧に作っていたと言うのもあるが、これを完成させてしまったら先生がもうここに来てくれないのではと思うと、中々手が進まないでいた。


 それに気付いている様子もなく、浅間先生は僕がカメを完成させるのを楽しみに待ってくれていた。


 しかし、そんなある日、僕はミスを犯してしまう。


「あ? おい吉田。なんだよこれ? カバンから何か垂れてるぞ?」


 いつものように佐山が僕に絡んで来ていた。それだけであれば、いつも通りで何の問題もなかった、が


「糸? しかも赤い。うお、長ッ⁉」


「そ、それは!」


 動揺してしまった。絶対にバレない様にカバンの奥にしまっておいたはずの裁縫セットに入っていた糸がカバンの外に引っかかっており、佐山にそれを引っ張られてしまっていた。


 目聡く僕が動揺をしている事に気付いた佐山は面白い物を見つけたとニヤっと厭らしい表情を見せる。


「何だ吉田? 何が入ってんだよ!」


「待って――」


 止めようとするのを聞かずに佐山は僕のカバンを開けて糸を手繰り中身の確認をする。


「何だこれ?」


「裁縫セットじゃない? 家庭科で見た事あるし」


 吉田の隣で黙って見ていた、女子生徒の久保が口をはさむ。


「裁縫セット? なんだよ吉田、お前そんな趣味があったのかよ」


 胃の中がキリキリと痛む。中学時代にも感じた、泥水が胃袋に溢れているような感覚。自分でも無意識のうちに浅間先生とのやり取りのせいで浮かれてしまっていたようだった。隙と油断を生じさせてしまった。


「いいだろ別に」


 それに構わないでくれと言うように裁縫道具を佐山から奪おうとするが、それをさせまいとする佐山はその態度が気に食わなかったらしく


「なんだよ俺達に黙ってこんな事して。おい、まだなんか隠してんじゃねえだろうな」


 と、僕のカバンを佐山は勝手にカバンをあさり始める。


「おい、辞めろよ!」


 静止も間に合わず早々に佐山はそれに行き当たる。手には可愛らしい小さなカメの人形。


「おいおい、もしかしてこれお前が作ったの? マジかよ、気持ち悪い」


 勝手に覗いて来た挙句に気持ち悪いとほざく佐山に、そして雑に捕まれた人形を見て、いつもなら湧く事がない言い知れぬ怒りの感情が込み上げる。


「いいから返せよ!」


 少し強めに言いながら軽く飛び掛かる様にカメを取り返そうとするが、佐山はその手を避ける。しかし、勢いに乗った僕の手はカメを避けて佐山の顔に軽く当たってしまう。


「なにすんだテメエ⁉」


 イジメていた人間からの思わぬ攻撃に佐山激怒し僕を突き飛ばした。


「きゃあ!」


 と、僕の席を巻き込みながら崩れ落ちた先にいた女子生徒が悲鳴を上げた。


「ちっ、こんなキモい物作りやがって」


 と、佐山はカメの人形を叩きつける。そして、念入りに踏みつぶし足裏ですり潰す。浅間先生に上げるはずだった人形が踏みにじられる。僕の好きなモノが踏みにじられていく。


 しかし、何も言えなかった。もう反抗するだけの勇気も力も残っていなかった。ただ悔しさに打ちひしがれた。


「おい、行くぞ」


 頭に血が上り過ぎた事に対してバツが悪くなったのか、倒れた僕を置いて佐山達は教室から出て行った。


 僕はボロボロになったカメの人形を拾い、倒れた机を元に戻す。そして――走って教室から出た。


 校舎の外へ出てすぐに授業の始めるチャイムがなったが気にせず僕は、体育館の倉庫裏まで走った。


 走って、いつものベンチに座り、泣いた。


 悔しくて、情けなくて、ムカついて、やっぱり悔しくて泣いた。


 明日からまた中学の時のようにイジメられる。好きなモノが否定され傷付けられる。その事を考えると死にたくなる程苦痛であった。


「どうしたの吉田君⁉」


 浅間先生の声。ホントにこの人は急に現れる。というか今授業中ではないだろうか。


「授業はどうしたんですか?」


「そんなのどうでもいいの! アナタが泣いてる事の方が重要でしょ!」


 先生が授業をどうでもいいと言っていいのか。大方、この時間に受け持っている授業がないという事なのだろうが。しかし、僕に対して必死な先生の姿が今の僕に取っては救いであった。


「え、これ?」


 つい握りしめて持って来てしまった佐山によってボロボロにされたカメの人形が先生に見つかってしまう。


「クラスの誰かにされたの? そうなのね?」


 何の言い訳が出来なかった。そもそも浅間先生は僕がイジメられていた事を薄々勘付いている様子だった。言い逃れがまるで出来ない状況で僕は佐山にされた事を白状した。


「酷い」


 心底醜いものを見る様に浅間先生は言った。


「大丈夫だから。私がどうにかしてあげる」


「いや、そこまで大事にして貰わなくて大丈夫ですから」


 弱々しいが本心だ。どうせ、問題を取り上げられたって変わる事がない。それよりも大勢に自分の趣味が知られて、より多くの人間から否定される方がよっぽど怖かった。


「うん、そうだよね。でも大丈夫。私に任せて」


 先生は僕の目を見てそう力強く言った。しかし、合わせた目はいつもの優しい目ではなく、どこか怨念めいた凶悪な目をしていた。何をする気だ。


 「大丈夫、大丈夫だから」と何度も言ってくれる先生。しかし、そんな言葉と裏腹に言われる程に何故か僕の心配は募っていった。


 少しずつ落ち着いてきた僕を見て浅間先生は、じゃあ「ごめん、私は行かないとだから」と言って去ってしまった。どこか冷淡な顔をしていた先生はやっぱり恐ろしく別人のように見えた。


 授業終了のチャイムが鳴っても教室に戻れず、結局、今日の授業が全て終わるまで体育館倉庫裏で過ごした。




 次の日の朝。最悪の気分であったが無理矢理登校の準備をして家を出た。浅間先生の事が何をするのか気になったらであった。


 昨日の事もあり、佐山と顔を合わせるのが億劫で仕方がなかった。だが、教室に行くと佐山の姿がない。その代わりに佐山といつも一緒にいるグループ数名がコチラを睨んでいた。


 それ程珍しい事ではなかったが、何故か嫌な感じが付きまとう。


 朝のホームルーム、いつものように担任が教卓に立つといつもよりも神妙な面持ちをしている。普段しないその重たい表情に、これは、まさかと思った。


 佐山達のイジメがこれから取りだたされると、結局、大丈夫といった浅間先生は何も僕の事を何も分からずに担任へ告げ口したのだと、そう思った。


 しかし、担任から出た言葉は想定していたモノとは全く違った。


「昨晩、佐山が事故で亡くなった」


 血の気がさっと引いていく。教室がざわついている。自分の顔がドンドン青ざめていくのが分かる。


「おい吉田! お前が佐山をやったんじゃないの⁉」


 唐突に叫んだのは佐山といつも一緒にいる女子生徒の久保であった。今朝から僕を睨んでいたのは、佐山の死に何か思い当たる事があったからかもしれない。


「昨日から佐山君と連絡取れなくておかしいと思ったの。コイツ、昨日佐山君と喧嘩したからその腹いせで佐山君殺したんでしょ!」


「辞めろ久保」


 ぴしゃりと担任は言う。それ程、強い語気ではないが黙らせる力がある。普段、生徒達と仲良くしている森下先生とは思えなかった。


「すでに事故だと断定されている。人の事を殺人犯呼ばわりするんじゃない。そんな事をしてないで佐山の事を想ってやるのが先のはずだろ」


 そう言うと久保は怒りにしかめた顔を崩したかと思うとワンワン泣き始めた。それに同調するかのように教室内に涙の声があがる。


 しかし、僕は泣く事が出来なかった。いや、きっとどうあれ佐山の事で僕が泣く事はないのだろうが、もっと別の事に脳内が持って行かれており、佐山の事を考えられなかった。


 僕は知っていた。昨日、佐山といざこざを起こした僕以上に怪しい人物を。しかし、事故と断定されたのであれば事故なのであろうと思いながらも僕は聞かざるを得なかった。


「森下先生、浅間先生は今日どうされてるか知っていますか」


 みんなが佐山の事で嘆き悲しんでいるなか関係のない先生の話をされて困惑しているのか、眉を潜める森下先生。そして、しばらく考えた後にハッキリとこう言った。


「浅間? 誰だそれ?」





 僕だけの憩いの場、学校唯一の安寧の場、そして浅間先生と出会った場所、僕は学校の体育館倉庫裏に来ていた。そこに浅間先生はいた。


「どうしたの? そんな急いで」


 息を切らす僕に先生は優しく聞いて来る。しかし、今までのようにその優しさを僕は享受する事は出来なかった。


「ねぇ、浅間先生。いえ、浅間あざみさん。アナタは誰なんですか?」


 そう問われた浅間さんはフッと微笑むように視線を地面に落としそしてすぐ僕に向けた。


「気付いちゃったのね。まぁそうよね。覚悟はしていたわ」


 覚悟という言葉にゾクリと背中が震える。


「佐山を……殺したんですか?」


 片言のような端的な質問であった。


「事故よ。現象的にはね」


 よく分からなかった。警察が事故と断定したから事故だと、そういう事を言いたいのだろうか?


 悩んでいると浅間さんは考える様な仕草をして話す


「えっと、うん私が殺した、んだけど。でも、私はここにいないから、彼が死んだのはやっぱり事故って事なの」


 ますますよく分からない。


「死んでこの世にいないお化けの私が彼を殺したって現象的には事故死って事になるって言いたいの」


 そこでようやく彼女の言っている単語の意味が分かった。しかし、分かった所で文章そのものの意味を理解するに至らなかった。


「浅間さんはもう死んでるって事ですか?」


 半ば冗談のように、しかし、半分は本気で聞いた。


「そうだよ。もうずっと前にね」


 そう言うと浅間さんはその証明をするかのように体育館倉庫の壁に手を突っ込む。すると、手の部分が壁の向こうへとすり抜けていく。精巧な手品を見せられているかのようだった。


「ほらすり抜ける。分かりやすくお化けでしょ?」


 快活そうに笑う彼女は全くお化けらしくなかったが、しかし、彼女に対して疑念を抱いていた。幽霊であると言われれば思いあたる節があった僕は信じる事が出来てしまう。


 学校のどこを探しても浅間さんを見かけるず、現れる時もいつに初めからそこに居たかのように現れる。どんな時間でも急に。


 森下先生に学校に浅間なんて教師いないと聞かされた時はかなりの変人である可能性も考慮にいれた。がこうして間近で奇怪な現象を見せられては信じるしかない。


 浅間あざみは幽霊であると。


 そして、なんらかの力を使って佐山を殺した悪霊である事を。


「なんで佐山を殺したんですか?」


「吉田君に裁縫楽しんで欲しかったから。でも、強引すぎたかな。私がやったのバレバレだもんね。でも、罪悪感なんて覚えないでね。悪霊の私が勝手にアナタのクラスメイトを殺しただけなんだから」


 君が願ってもない事を勝手に。そう付け足した。


「ホントは君の人形の完成品を貰って成仏する予定だったのに、あの男が邪魔したから殺してやったんだ。それが本当の理由。私が勝手に殺したいから殺したの」


 そうは言っても、だ。いや、きっと彼女も苦しいと分かっている。分かっていながら僕に後ろめたさを感じさせまいと言葉を並べてくれている。大丈夫と、任せてと僕に掛けてくれた声を思い出す。


「だから辞めないでね裁縫。吉田君は本当に上手で可愛い物を作っているから、絶対に辞めちゃいけないよ」


 目を輝かせて僕が作った作品を見ていた浅間さんの顔を思い出す。本当に嬉しかった。作っていいんだと認められた気がした。


「また作ります。もっと可愛い物を、浅間さんの為に」


 誰に何を言われようとも、アナタが人殺しの幽霊であろうと、僕はアナタに受け取って欲しい。


「ありがと吉田くん。でも、今すぐには受け取れないかな」


 ハッと気づく。彼女の背後に真っ黒な丁度ひと一人分程の大きな穴があった。おぞましく一切の光を反射しない真っ黒なその穴は浅間さんを歓迎しているかのようである。


「バイバイ吉田君。とびっきり可愛いの作ってよね」


「待って!」


 背を向けてその穴に入ろうとする浅間さんを追い掛ける。


「君は駄目よ!」


 彼女からは聞いた事のない叱咤が飛び、反応で身が竦む。


「こっちにきちゃいけない」


 と、浅間さんはこっちを見ずに真っ黒な穴の中へと消えて行った。


 浅間さんを飲み込んだ穴が消え去るとそこには、会った日に彼女に渡した小さなクマの人形が横たわっていた。




 線香をあげて手を合わせる。


 そして、カバンから二つの人形を取り出す。


『浅間家の墓』


 と彫られた墓石にその人形を置く。


「あら可愛い人形ね。あの子、可愛いの大好きだったから」


「はい、良く知っています」


 いや、ホントはよく知ったつもりになっているだけかもしれない。たった数週間の出来事であり、そもそも生前の彼女の事を僕は何も知らないのだから。


 でも、彼女が可愛い物が好きという事、それだけはやっぱりよく知っていた。


「明日には回収するけどいい? 雨でも降ったらせっかくの可愛い人形さんが台無しだから」


「はい、スミマセンがよろしくお願いします」


 と、浅間さんのお母さんに僕は頭を下げ、もう一度、浅間さんのお墓に向き直る。

 そこには、手のひらサイズのクマとカメの人形が可愛らしく寄り添っていた。


今回は特に単語はありません!

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