インディストピア
残り327日!39日目!
『10年間』、我々が国に雇われ勝手な義務を押し付けられた年数だ。戦時下で国のお偉いさんの生存権と安全を確保する為、内密に作る様に命じられたその地下シェルター。
それが10年目にしてようやく完成したのだった。
ついに酷使され続けた自分達の役目が終わり、とうとう解放されるという思いが込み上げてくる。
ここへ連れて来られたのが17の時、それがもう27だ。国家機密である地下シェルターの建造中は外部に情報が漏れないよう一切の外出が禁じられていた。
そもそも、外部に出ようとも街から目隠しをして連れて来られた為、ここがどこであるかも謎である。その為、こっそり抜け出したとて場所が分からないのだからにっちもさっちもいかない。
かなり深い森の中である事は周囲の景色で何となく想像がつくのだが、どれ程深い森であるかは分からなかった。耐え切れず脱走を試みた仲間を何人も見てきたが、その後はどうなったかは誰も知らなかった。
ただ、脱走者には厳しい罰があるというルールがあり、その内容を誰も知らない事から、脱走者は皆殺されているのではないかと言われていた。
逃げ延びる事が出来ていればいいが、その可能性はかなり低いように思えた。
これだけ緻密に計画された地下シェルターの情報漏洩がそんな簡単にするとは思えない。それに、思い入れがある訳でもないし、国のお偉いさんに利用されている事に腹が立っていない事はなかったが、10年の歳月をかけて積み上げてきた私達の集大成が脱走した人間に壊されると言うのは釈然としなかった。
だからと言って、逃げ出したい気持ちも痛い程分かる為、殺されて欲しいとも思わない。何とも複雑な思いである。
何はともあれ私はやり遂げた。半ば無理矢理強制させられた作業ではあるが、終わるとなると達成感はある。これまでの経験があれば私はどんな事があろうとも強く生きていけると自信が沸き上がってくるようであった。
しかし、そんなポジティブな思いとは反対に本当に帰してくれるのか疑問に思っていた。
機密であると厳重に守られてきたシェルターの情報。いくら場所を正確に知らないとは言え念には念を入れて殺されやしないか心配であった。
10年という歳月があるのだ。少しずつ働いている人間を事故で死んだ事にすれば、跡形もなく私達の生きていた情報は消えていくに違いない。
つまり今ここで我々数百人の作業員が殺されても何の記録にも残らない事にはなったりしないだろうか。そもそも死んだ事になっているのだからここで死んだ事にしなければ辻褄が合わなくなるのだから。
そう考えると次第に不安を感じてきた。そしてどうしようもない怒りが込み上げてきた。
完成を祝して宴が催されているが、これも最後の晩餐であると言われているような気がしてならなかった。
祝杯をあげ喜んでいる仲間達に自分の考えを密かに伝えてみるとそんな馬鹿なという反応を返すものもいれば、同じ事を考えていたものもいた。
私と同じように考えていたのは初めこそ数人であったが、不安というのは伝播していくもので、最初は馬鹿なと笑っていたものも次第にその顔を青白く変色させていった。
そうなれば、もう誰も私達の不安と恐怖を止める事が出来なかった。ざわつく中で誰かが提案した。
――俺達がシェルターに籠ればいいんじゃないか?
と、内部構造は軍よりも製作した我々の方が理解している。それならば一度、大人数で押し入り籠ってしまえばいい。中にはある程度生活できるくらいの貯蓄も施設だってある。そうできるように作ったのだから。
せっかく予算をかけて作り上げたものを壊す訳にもいかないはずだ。そもそも簡単には壊れないように作り上げている。
私達の意思が統一され、命の保証がされるまでは意地でも出ないと腹をくくった。
難色を示していた奴もいたが、数で意見を押し通しその夜の内に決行した。
そしてなんと、すんなり成功してしまったのである。軍も私達の反乱を予想していなかったのか、まるで無防備であり、閉じていくシェルターのドアを唖然とした顔で見送るばかりであった。
バレない様にひっそりと行動したとはいえ、数百人がかりで行動していると言うのに油断もあったものじゃない。ただこちらとしては好都合であった。
焦る軍の人間に我々はたった一つだけ要求をした。
『我々の命を保証しろ』
戦時下の功労者である私達を殺す事は許されないと。
するとすぐに軍からの対応がきた。
「大丈夫、お前達の命は保証する。それにお前らには秘密にしていたがとっくに戦争は終わっている。外の世界は安全なんだ」
と、言ってきた。
「戦争がもう終わった?」
その言葉に全員が動揺した。じゃあ俺達は何のために10年間もこの地下シェルターを必死に作っていたというのだろう。
「嘘だ! 戦争が終わってないからこのシェルターから俺達を追い出したいんだ! 今、つまり世界で最も安全な場所がここだという事だ!」
一際大きな男の声が私達の動揺をかき消していく。「そうだ」と皆口々に確かめ合うように言い我々は軍からの要求を突っぱね続けた。
次第に命の安全、保障とはここにいる事だという認識が広まり、ここから出ようとするものは一人として現れなくなった。
軍も幾度となく訪ねてきたが、時間が経つ事にその頻度も減りついには誰も来なくなった。
しかし、それからわずか数か月で我々のシェルター生活は終わりを迎えた。流行り病であった。元々清潔な生活をしていなかった我々が一堂に会すればそうなるのも必然であった。
作業員ばかりで医者はおらず、次々に死んでいく仲間の姿に全員限界が来ていた。ついに元々なかったような組織は瓦解しシェルターから出ていくものが後を絶たなかった。
だが、私は残った。きっと世界はもっと悲惨な事になっている。シェルターが必要な程に荒んだ世界と病が蔓延するこのシェルター内どちらがマシかを天秤にかけ私は後者を選んだ。
死んでいなくなったもの、出て行ったもの、数百人いたシェルター内の人間はいつしか100人を切っていた。
ただ人数が少なくなった事が功を奏したのか、流行り病の影響は少しずつ収束へと向かっていったのだった。
残る選択をした我々はそこから新たなルールを決めシェルターでの生活を一から始めるのだった。
「それが代々続くこの地下で暮らす私達民族の始まりです」
と、真っ白な肌の女性が話している。
「そうですか……本当にアナタ達祖先は賢い選択をしましたね……」
そう返すのは肌が少し焼けた男であった。
「外の世界はもう人間が生きていける世界ではなくなりました。殺し合い奪い合いその果ては誰も住む事が出来ない焼野原となってしまった……」
男は涙ながらに語る。
「きっと、あなた方の祖先がここに立て籠った時は本当に終戦をしていたのだろうと思います。しかし、人間は争い続けるのです。このシェルターこそが真の安全な場所だと言う直感は正しかったのです」
男は逃げた世界で撮り続けた写真を見せると女は顔をしかめた。
そこに写っていたのは阿鼻叫喚の地獄絵図。戦争により終わりゆく世界そのものであった。
今回は「機密」「酷使」「シェルター」の三つの単語からお話を書きました!




