克服オーバードライブ
残り328日!38日目!
何か苦手を克服する、あるいは嫌いなものを乗り越えると言うのは困難を極めると思う。容易に克服させないから苦手であり、見ただけでおぞましくなるから嫌いなのだから、それらをどうにかしようと言うのは、大変な所業であると言える。
克服し乗り越えようとする為には、それに対して向き合う覚悟が必要であるという事だ。
しかし、隣でゲェゲェと嗚咽を吐きながら生のパセリを貪る男を目の前にして、ここまでの覚悟が本当に必要なのか疑問に思えてきた。
苦手に感じる事が自分の中にあるのが許せない完璧主義な彼は苦手な事を見つけると徹底的に叩き潰す事を主義にしている。数学に苦手な範囲があれば同じ範囲を分からない事が無くなるまでやり潰す。
失敗は成功のもととは言うが彼にとって一度の失敗は許されるものではなく、そのことわざを体現するまで意地でもその主義を貫き通す。
異常な精神性が相まって運動も勉強も人付き合いですら人並み以上にこなす彼は、友人である俺から見ても尊敬の対象であった。
だが、これはどうなのだろうか。
「はぁ……はぁ……」
と、肩で息を始めた友人を多分、俺は憐れむ目で見ていると思う。彼曰く、初めて苦手な食べ物にであったという事らしかった。
食べ物に関して好き嫌いが幼い頃からなかった彼は、つい先日に行った旅行先の料理店で食べた料理の中で今まで感じた事のない匂いが口の中一杯に広がったそうで、その時もつい嗚咽が漏れてしまったそうだ。
それを恥じた彼は直面した嫌いな食べ物という困難に打ち勝つために建てた秘策が勉強で苦手な範囲の問題をとにかく解くように、苦手な食べ物に対してはとにかく食べまくるという手法を取った。
流石に勉強の苦手と食べ物の苦手では克服する方向性が違う気がする。
それでも苦手を克服するのにはこれが一番と言うように彼は口の中にパセリを突っ込んでいく。せめて料理に混ぜて食べるなどしたらいいと思うのだが工夫というものを彼は知らなかった。
真に苦手というのなら彼のこういった頑固で不器用な所が一番直すべきところではないかと思うが、こんな根性論任せの様なやり方で数々の困難を乗り越えた姿を見てきた私としては何も言う事が出来なかった。
ボロボロと彼の口から零れていくパセリの残骸。同時にポロポロと涙まで零れてくる。良い年頃の男性が嗚咽交じりに生パセリに食らいつきながら涙を溢す姿に、私はだんだん居たたまれなくなってくる。
「無理しなくてもいいんじゃない?」
と、ついついそんな言葉をかけてしまう。
「ダメだ!」
と、緑の葉を飛び散らせながら彼は言う。強がって叫んで見せているが、再び口へと運ぼうとする彼は目を白黒させ朦朧としている様子であった。
「はぁ……」
見ていられない私はつい、パセリが山盛りになったザルを奪い取る。それに驚き奪い返そうと手を伸ばすが、嗚咽が彼を襲いザルまでは届かない。
「もう十分でしょ。ちょっと待ってなさい。あ、でも食べかけのそれは全部食べなさい、いいわね」
そう言うと、ヤギのようにパセリの葉をゆっくりモシャモシャとしながら頷いた。しかし、途中で匂いに舌が気付いたようで再び全身を前のめりにしていた。
構わず私はキッチンに立つと、残ったパセリを細かく刻み始めた。
「はい、出来たよ」
どうやら食べ賭けのパセリは全部食べ切ったようで口元には何もなくなっている事を確認した。
「というか食欲まだある?」
と聞くと小さく頷いているのが見えた。
「頂きます」
と二人で手を合わせながら食べる。私が作った、彼が旅行先で食べたものと同じパセリの入ったパスタを。
「んー美味しい」
我ながら上手に出来たと思う。私はパセリが苦手ではないので、入っていても美味しく頂ける。しかし彼はというと、せっかく作ったパスタをマジマジと見ているだけで一向に手を付けようとしない。
先程、食べ切った生パセリで精神が限界であるようであった。ただ。一度チラリとコチラに視線を向けたと思うとシオシオとパスタをフォークに巻き取り口にいれた。
「おいし」
と目を見開いた。
「でしょ」
とつい私も笑みをこぼしてしまう。
「あれだけ生でパセリ食べたなら臭いにも少し慣れたんでしょ。美味しく食べれているのはそれが理由でしょ」
無茶な事をしているように思えたが意外と効果は出ているらしい。食べやすく調理したと言うのもあるだろうが、パセリの臭いが簡単に消える訳ではない。
美味しく食べる事が出来たと言うのは十分に苦手を克服出来たという事ではないだろうかと、私は自分の料理の腕と共に満足そうに思っていると、彼は全然浮かない顔をしていた。
「なんで不満そうなの?」
「パセリ自体が苦手じゃなくなった訳じゃないし」
と言う。とほざく。とぬかす。
「ハーブを生で食べて上手いなんて言えるの一部の人間だけよ? 私だって生で食べるのは嫌よ。だいたい匂いをつける食材をそのまま食べるなんて、調味料をそのまま飲むのと同じ事なの。苦手とかそういうはなしじゃない。感性の向いてる方向がそもそも違う。それは苦手じゃなくて当たり前って言うの」
苛立ちが口から出る言葉を早口にする。そこまでいけば完璧主義でもなんでもない、ただの傲慢だと思う。出されたものを嫌な顔をせずに食べられるという事がこの場合は大切なのだと思う。生のパセリを出す店なんてそうはない。
「それにどれだけパセリ無駄にしたのよ。勿体ない。アンタの自己満足の為に吐かれるパセリが気の毒でしょ」
「……確かに」
勿体ない精神に訴えかけると彼はついに納得してくれたようであった。
「まぁもしまだ克服出来てないかもと思ったら私がいつでもパセリで料理を作ってあげるわ」
「うん、実はまだまだ買ったパセリが余ってるからありがたい」
さっき冷蔵庫の中身を見たのでそれは分かっていた。
パセリ料理パーティーが開催する事になりそうである。彼が買った全てのパセリを食べる頃には私が逆にパセリを苦手に思っていそうであった。
今回は「パセリ」「方向」「失敗は成功のもと」の三つの単語からお話を書きました!




