なんでコントローラーは壊れやすいのかって話
残り330日!36日目
「あれ、動かない」
久しく付けた懐かしのゲーム機、本体の電源は付いたがコントローラーの方が反応しなかった。
電池を付け直してみたが結果は同じだった。
部屋を掃除している時に見つけたコンシェーマ―ゲーム。見つけた瞬間、幼い時に遊んでいた思い出が蘇り、掃除中であったがついテレビに取り付け遊ぶ準備をしてしまった。
発売した当時はモーションキャプチャーがついたゲームというのは画期的であった。ボタンをポチポチするのがゲームだったが、自分の体を動かしながら遊ぶ仕様は目新しさで胸が躍った。
今では色々なゲームや日常の中にモーションキャプチャーが導入されているのだろうが、もう意識もしないくらい生活に浸透しているように思う。
昔はあれだけ目新しさを感じていたゲームだが、もう発売から20年近くも経っていれば私のような技術の専門知識がない人でも古いとまでいかずとも、新しさは皆無となっている。
とは言え、昔に遊んだゲームは思い出補正という懐古によって脳がバグを起こす。
今のゲームに比べて少し物足りないグラフィックや技術に感じるだろうが、思い出はそれを含めて楽しさを感じさせる。
「え、本体より高い」
ついスマホで中古市場を調べるとコントローラーは3000円程で売っていた。本体は2000円以下だった。きっと私のような人が多く、需要がコントローラーの方が高くなったんだろう。
ハードよりも入力装置の方が壊れやすいというのは、ゲームに限った話ではないだろう。
十数年前に生産中止をしたゲームだ。もうレトロゲームに分類されても良い世代のゲーム、元の値段が何倍も
高いハードとコントローラーのような入力装置との値段が入れ替わってもおかしな話ではなかった。
今遊んでいるゲームも後に価格が吊り上がったりするのだろうか?
それこそ、このゲームを遊んでいる時代には耳にしなかった転売という言葉が頭をよぎる。
私には根気もノウハウも元資金もない。それに世間からブーイングをくらうような行為には流石に躊躇う。
というか、中古で本体の値段よりもコントローラーの方が高いというだけで、利益が出ているとは限らない。
もっと何十年先を見越せば利益も出そうなものだが、そんな先の事よりも私は今を生きたい。
そんな看板を掲げるように決意する事でもないだろうが、このゲームで遊んでいた当時は思春期で少し厨二病の癖があり、そんな愚にも付かない哲学的な事をよく考えていた。
しばらくネットの中古市場を見ていたが購入を諦めてそのタブを閉じた。
ここまで設置したのであれば遊んでみたかったが、どうしても諦めきれない程もう子供でもない。
十数年という年月は私を十分に大人にした。昔は我慢出来なかった事も今では我慢できる。逆に我慢しなければいけなかった事を我慢しなくてもよくなった。
昔と違い、お金があり、自由もある。
大人になった。
きっと私はそれが悲しかったのだろう。だから古いゲームに心が躍って大人げなく手間を掛けてまで設置を心みてしまったのだ。
少しでも気持ちだけでも昔に戻れるように、時間を逆行出来るように。
大きな後悔がある訳ではないが、何かやり残した気がして仕方のない過去に目をやるが、不用品を集めた段ボールの中に古いゲームと一緒に私は封をした。
今回は「入力装置」「看板」「市場」の三つの単語からお話を書きました!




