真のギャンブラーとは
残り332日34日目!
ギャンブルというのは甘美なモノで、勝っても負けても脳から快楽物質が迸るように出来ている。この世界にいるほとんどのギャンブル好きというのはこの快楽に負けてしまい、冷静さを欠く。
そして冷静さ欠いた奴の末路は破産や死。運よく最初に勝ったとしても、依存した奴はギャンブルを辞める事は出来ない。いつかは負け越し、その他大勢と同じ末路をたどる。
だが、世の中にはその圧倒的な快楽をコントロールし、冷静さを欠く事無くギャンブルに挑むモノがいる。それが――ギャンブラーだ。
世間一般で思われている、というより、ギャンブラーと言われる人間は、負けを恐れずに大きなリスクを取る人間の事をギャンブラーと呼んでいるようだが、そんな奴は俺に言わせればギャンブラーとは言い難い。
偶々、運よく勝てただけの人間。それは大層な事なのかもしれないが、ギャンブラーとは言えない。俺は認めない。
常に冷静で、勝ちを拾いに行く。負けて人生を不意にするなんて持っての他だ。ハイリスクハイリターンは確かに、成功すれば周りからも認められるが敗北すればそれは死を意味する。
そんな賭けをするのは頭のネジが外れたいかれ野郎だけだ。
そんないかれ野郎は成功か死かの二択でしか賭け事を成立させる事が出来ないが、俺のようなギャンブラーは常に勝ちを想定できる状況を作る。負けても取り返せるだけの計算があるのだ。
俺が向き合っているのはギャンブルなのだから負ける事もある。だがその負けも計算の内であればいい。大勝はなくとも小さな勝ちの積み重ねが俺を生かす。
きっと世間はそんなのギャンブラーじゃないと言うかもしれないが、違う。それはギャンブルに身を投じていないアマチュアの意見だ。
勝つべくして勝つ。それが真のギャンブラーというものだ。
つまり、俺のようなパチプロがこの世で一番のギャンブラーなのだ。
騒音の中でジャラジャラ落ちていく銀玉を眺めながら、レバーを回す。今日は当たる、今日は当たるはずなんだ。気付けば右手に力が入っていた。
焦っていた。今日勝たなければ本当に首が回らなくなる。長年パチプロとして生きてきて初のピンチが訪れていた。
勝っていたのに! ついこの前までは!
多くを望んでいる訳ではなかった。分不相応な贅沢なんて求めてなかった。ただ、働きたくないという一心でパチンコ台に噛り付いてきたのに。
俺は勝つべくして勝つ、働いたら負けだと言い聞かせて、毎月プラス収支で生きるだけの金を稼いできた生粋のギャンブラーなのに、何故こんな追い詰められている?
あいつのせいだ。
この前まで一緒にいた綺麗な顔の女性を思い浮かべる。思い出すだけでイライラさせるその顔をグチャグチャ武なるまで頭の中で殴りつけてやる。
心に隙が生まれていたと言うしかない。なんだかんだ働かずにパチプロとして生きてきて来られた事に、つい気を緩めてしまった。人並みの生活を送ってもいいと思ってしまった。
女に興味を持ってしまった。
出会い系アプリで出会ったその女は綺麗でパチプロの俺の事を否定する事はなかった。パチンコで生計を立てている事を話しても「今時だね」と笑ってくれたのだった。
自分の生き方を誰かに認められた事なんてなくて嬉しくなって舞い上がってしまった。彼女に喜んでもらえるように、デートをしたり、プレゼントを上げたりした。しかし、今まで俺が生きて来られたのは自分だけの事を考えていたからだった。
結局パチンコとは言えギャンブルはギャンブルだ。
ほとんど勝てるように立ち回っても負ける時は負ける。いつもはその負けすら計算に入れてあった。十分に取り戻せると。しかし、彼女と過ごすに当たって使ったお金は自分の生活をいつしか成り立たせる事が困難になり、次第に追い詰められていった。
遂に彼女と会う資金がなくなるとアイツはあっさり俺の事を切った。パチプロとなんかと付き合う訳ないだろと言って。
頭にきた。お前と会わなければ俺はこんな事にならなかったのに。ただ、振られ現実を見ると俺は無意識に贅沢にも普通を願ってしまっていた事に気付く。
不相応を願い冷静さを欠いたのだから、ギャンブルに飲まれたその他大勢のように俺も同じく飲まれてしまったのだと気付いた。
それに気付いてしまえばもう怖いモノはなかった。もう何も願わない、何も望まない。それなら俺は今まで通りの生活をする事が出来る。
俺は心を入れ替えてもう一度、真のギャンブラーとなる事を決意した。
しかし、金がなかった。再びギャンブラーとなる為の軍資金が足りなかった。
頼れる人間は誰もいない。一人だからこそ生きて来られた。苦汁を飲むしかない。パチプロになるに当たって絶対に手を出すまいと心に誓っていた借金を俺は背負った。
大丈夫、今まで勝ててきたのだからと、また元の生活に戻る為だと自分を奮起させながら俺は金を借りた。
だが、現実はそうはいかなかった。最初こそ好調にプラスを刻んでいったがすぐに負け越し始めたのだった。それからはどれだけ打とうと勝ちに転ずる事が出来なかった。
ついに借金をして崖外まで滑らせた俺の足を待ってましたと言わんばかりに何かが引きずり降ろそうとしているようにしか思えなかった。
そして今日だ。
今日、勝てなければ金は尽き生きる充てがなくなる。どん底まで落ちる。それは事実上、俺にとっての死であった。
俺はギャンブラー失格であった。死を賭けた頭のネジが外れた奴が行うようなギャンブルをしている。
しかも、勝てば大成功というようなハイリスクハイリターンではなく、ハイリスクローリターンのギャンブルを。
何をしているんだ俺は。ギャンブラーとしての誇りは消え去ってしまったのか。
情けなくて涙が出てきた。それでも目の前の台から目を離す事が出来ない。
もう俺はギャンブラーを名乗る資格を失ってしまった。だが、取り返したかった。誇りを、信念を、あの時のように。
当たれ! 当たれ! 当たれぇ!!
祈りに近い思いは幸運を引き寄せたのか座っている台に当たりの兆しを感じさせる演出が起きる。
「来たっ!」
思わず叫んでしまう。絶え間なく流れる熱い演出に心が湧きたち脳汁があふれ出してくる
来る! 来る!
俺の思いに答えるように、ついに当たりへと導かれた。
「で、その後すぐに外れて行く当てがないから親に泣きついて、今は親に紹介された工場で働いてる。自分の兄ながらホントに残念な奴よ」
「まぁでも、今は働いてるならいいじゃない」
「そうなんだけどね……」
と、友達の意見に少し不服そうに受け答えしてしまう。
「アイツ、あの時の事を武勇伝だと思ってるらしくて、あの頃の自分は真のギャンブラーだったなんて言ってるのよ。ただのパチンカスの癖に偉そうに」
ボロボロになって家に帰ってきた時は驚いた。借金があると言った時、親は兄を怒鳴りつけたが見捨てる事は出来なかった。腐りきった関係でも親子であった。
借金は親が建て替え、兄は父の紹介先で働き始めた。借金をこさえて帰った兄に選択肢がある訳もなく、言う通りに働いている。
この前の事、兄にどんな生活をしていたのか聞くと目を輝かせて答えたのだ。
――自分は真のギャンブラーだった、と
リスク管理がどうだとか、本当のギャンブラーは勝つべくして勝つだとか、ギャンブルの快楽がどうとか、冷静さがどうとか。
そして決まり文句のように最後には、俺は冷静さを欠いたから死んだ、と言った。借金をする状況に追い込まれた時点で負けを認めるべきだったと、もうここから勝つ事が出来ないとギャンブラーを引退するべきだったと。
そこで踏み止まる事が出来なかった事が敗因だった。借金をすれば今までと同じように判断する事が出来なくなる。後に引けない状況では、無意識の内に欲が出るから。だから、俺は負け戦を挑んでいたずらに傷口を広げてしまったんだと、敗北した英雄のような顔で語ってきた。
正直、呆れてモノも言えなかった。
勝つべくして勝てるパチプロこそ真のギャンブラーだ、なんて言っていたけが、パチプロとして生きる人生なんて、それこそ兄の馬鹿にしていた頭のネジが外れた人生を掛けたギャンブルをしているようなものだった。
どれだけ自分の事を美化しても私の兄は真のギャンブラーでも何でもなく、働きたくなくてパチンカスになったただのクズであった。
昼休憩が終わり私は再び仕事に戻るのであった。
今回の単語は特になしです!




