素っ裸曝け出しバンド
残り346日!20日目!
血走らせた目を大きく見開き殴り掛かるような勢いで客席に体を預け叫んでいる。初っ端からブンブンと振り回されている頭には血が上り顔を赤く充血させていた。
歌であるのに叫んでいるようで、叫んでいるのにしっかり歌であるようで。リズムに乗れているのか分からないダンスとは呼べない彼の動きは滅茶苦茶なのに僕の目を、そして心を鷲掴み、深く刻み込むようにその爪をたててきた。
なす術のない音の暴力に充てられると今まで味わった事のない感情が沸き上がって来る。僕は今まで何をしていたのかとぶん殴られたような思いにかられる。
かっこいい、かっこいい、かっこいい!
「かっこよすぎる……」
呟やき漏れた声はスピーカーの音にかき消されていく。
会場内の熱で沸騰し蒸発した水分のように天井に浮かぶかのようにフワフワと、それでいてとてつもなく蒸し熱い思いを持った僕は楽器の音やボーカルの声、盛り上がる観客達の間で溶けだし一体化していった。
それが、人生で最初にロックバンドという世界に触れた日であった。
最後まで叫び倒し、興奮し、体を動かした僕はライブの終了と共に崩れ落ちる。
完全燃焼。
急にバランスを崩して膝から倒れた僕を見つけこのライブに誘ってくれた友人が心配そうに駆け寄ってくる。
「おい、大丈夫か?」
と、膝をおり屈む友人は心配そうに僕の顔を覗いて来る。微笑んで「大丈夫」と言い立って見せようとするが、足に力が入らない。プルプルと小鹿のように震えている。
「はしゃぎ過ぎ」
呆れている口調だが、表情はとても嬉しそうにしている友人は笑いながら僕の右手を自分の肩に乗せて支える様に持ち上げてくれる。そのまま、ほとんど引きずられながらライブ会場の外に出る。
友人も含め僕と同じように他の観客達も盛り上がりはしゃいでいたはずだが、誰かの肩を必要としているのは僕だけで嫌に目立ってしまっていた。
日常での体力の無さが浮き彫りにされているようで恥ずかしかった。
やっとの思いで会場の外に出ると夏の涼しい夜風が頬をなで、まだ少し火照っている体を優しく冷ましてくれる。
パタンと軽い音を立てながら閉じた扉を振り返ると、夢の中から抜け出してきたような不思議な感覚になる。あの中で感じた熱量はまだ心の中に残っているのに、現実だったのかあやふやになっている。
寝起きの時のようにボーっとしながら、友人に支えられるがまま歩いていると顔も見ずに質問される。
「どう? 最高だっただろ?」
「うん、最高だった」
と心底疲れ果てながらも今日一日の思い出を吐き出すように返答する。
「じゃあ、俺とバンドしようぜ」
誘われたことに驚きはなかった。元々、ロックバンドのファンであり、バンド組みたいと言うのは耳にたこが出来る程、聞いていた。何故か数あるクラスメイトの中で僕を誘う友人だったが今回もその勧誘活動の一環なのだろうと分かっていた。だから驚いたのは
「やりたい」
と即答で僕が答えた事だった。「いいよ」でも「仕方ない」でもなく「やりたい」。今まで友人の誘いを常に断ってきたというのに一度のライブが僕を変えた。
「お前ならそう言うと思ったよ」
と僕を抱える力がより強くなって少し痛い程である。一体、彼は僕の何を分かっていると言うのだろうか。
それでも悪い気は全くしないのが不思議な気持ちであった。
「なんで僕がボーカル?」
街の中にあるライブスタジオに僕ら二人は来ていた。スピーカーくらいは分かるがよく分からない機械が沢山置いてある。友人はガチャガチャと機械にコードを繋いだり、なにやらレバーなどを弄りながら自分のギターを触っている。そんな友人は手元のギターから目を離すと
「お前、楽器弾けないじゃん」
と言い放った。確かにそうだが
「でも歌上手くないよ?」
「パッションだ、あのライブで何を学んできたんだよ」
心を掴んで今も離す事のない鮮烈な光景。でも、だからと言って僕に同じ事が出来るとは思えない。それにあのボーカルの人も歌は当たり前のように上手かった。
どうして僕がボーカルなんだ。
「歌の上手さは後から付いて来るから、今はとにかく歌えばいい。それがお前には出来る」
分からない。彼には一体どんな根拠があって言っているのか。
「とにかくこの後、他のメンバーも来るから先に練習しとこうぜ」
「え、今日、僕らだけじゃないの!?」
「みんな暇じゃないから集まれる日は集まって練習しないと」
彼も日々バイトをしているのは知っている。バンドするにはお金が掛かると言っていた。
「楽器買う余裕もないし、どうせボーカル以外の選択肢ないよ。弾きたかったらその内ギター買ってギターボーカルでもすればいい。というか、もう他のメンバーもお前がボーカルになる前提で誘っているんだから、どうしようもない」
「他のメンバーは僕でいいって言ってるの?」
「あぁ、俺が見た中で間違いなく最高のボーカルだって伝えてある」
唖然とする。そもそも彼の前で僕は歌った事があっただろうか。
「大丈夫、お前は好きに歌えばいいんんだよ。気持ちのままに。パッションだ」
「またパッション……」
そんな抽象的な事を言われても僕には分からない。
「まぁいいからとりあえず歌ってみろ。他のメンバーより早く来たのは少しでも歌うのに慣れておくためなんだから」
と、自分のスマホをよく分からない機械に繋ぐとそのスマホを弄り始めた。
「俺と合わせてもいいけど、最初は原音で歌った方が歌いやすいだろ」
言い終わる前に曲のイントロが流れてくる。それは初のライブで演奏していた曲であった。初めてだから他のバンドをコピーしようと言う話だそうで、僕も知っている曲にしてくれたらしい。
あのライブから帰ってから何度もこの曲を聞いている。歌詞もリズムも頭に入っている。歌えない事はない。
意を決してマイクを握った。
「…………」
「…………」
歌い切りアウトロが流れ終わるまで僕らは無言だった。そして、曲が終わると再びスマホを操作して曲を止めた彼が口を開く。
「歌ってた?」
「歌ってました……」
マイクにギリギリ入るくらいの声で僕は答える。
「歌ってた時もそのくらいの声量だったよな」
「そうですね……」
人前で歌うというのがこんなに恥ずかしいと思わなかった。聞かれていると思うと自信を持って声を出す事もままならなかった。
「楽器で演奏したらもっと音が大きくなるんだぞ? それでどうするんだよ」
「やっぱり僕には無理なんだって」
目立つ事が嫌いな僕にボーカルなんて向いていないに決まっているのに、なぜ彼は僕にボーカルを任せようとしているのだろうか。
「いいや、お前なら出来る。というか、お前にしか出来ない!」
そう彼は言い切る。
「だから何でなの?」
「お前のボーカルでバンドをしたいって俺のパッションが言ってるんだよ」
この人はずっと気持ちの話しかしていない。根拠なんて必要ないのだ。全て感じるままに。勘の赴くままに。
「脱げ」
「え?」
「上半身全部脱いで歌え」
聞き間違いかと思い聞き返したがより具体的な指示が飛んでくる。
「何で脱がないといけないんだよ!」
「いいから脱げ! 恥じらいを捨てろ! お前にはそれが足りてない」
「だからってなんで脱がないといけないんだよ! 歌に関係ないだろ!」
「つべこべ言うな! 下まで脱がせるぞ! いいか脱ぐっていうのは全てを曝け出すって事なんだ! 自分の持っている魂をより相手に魅せる重要な事なんだよ!」
確かにあのバンドのボーカルも服を脱いでいたが、いや、それでも……
「お前は出来る! 脱いで歌え! 自分を曝け出せ! あのライブの日に何か思っただろ!」
ライブの日。今まで何をしてきたのだろうと込み上げてきた謎の後悔。あれの事を言っているのだろうか。あの日を境に僕の中で何か変わった気がした。でも、現実に変わった事は一つもない。
「分かったよ……」
脱ぐ意味もよく分からない。それで一体この僕の何か変わるのかも分からなかったが、今まで僕を包んでいた殻を破る様に僕は服を脱ぎ捨てた。
スタジオの鏡に貧相な僕の上半身が映りやはり恥ずかしくなるが、友人は嬉しそうな顔で頷き、再び同じ曲を再生した。
イントロが流れてくると何故だかさっきよりも音が体の中に浸み込んでくるような気がする。頭からリズムを取り始め上半身から下半身へと音が伝わり、全身でリズムを取り始める。
あの時見たライブを思い出していた。「かっこよすぎる」と思わず呟いてしまったあのライブを。
Aメロに導入合図である大きなシンバルの音を聞いた瞬間、僕の目は大きく見開かれた。
叫んでいた。想いのままに、リズムも音程も合っているのか分からない、上手いとか下手とか何も考えずにがただ自分の気持ちの良くなれるように思いのまま歌う。
体も音楽にのせて揺れる。ダンスでもない不思議な動き。しかし、一つ一つの動きが心地よく、かく汗が気持ちいい。
これだ、これなんだ。僕はこれをしたかったのだ。
スタジオの大きな鏡に映る自分は本当に別人のように苛烈で狂気じみていた。でも、気持ちがいいのだから止められない。
僕の中にあるものを声だけでなく全身も使って表現するかのように歌った。
これが僕だと。包み隠す事ない僕だと。
歌い切ると完全に息が切れてフラフラになる。あの時のライブ終わりのように完全燃焼だった。
「やっぱ最高だよお前」
と、驚いたような、それでもやっぱり嬉しそうな表情で僕に声を掛ける。
「僕、ボーカルやりたい」
随分身勝手かもしれない。あれだけ渋っていたのに。でも、あのライブ終わりに彼からバンドに誘われて貰ってやりたいと思ったように、僕はどうしてもボーカルをしたいと思った。思ってしまった。
「あぁ、最高のバンドを目指そうな」
切れる息を整えながら彼の言うパッションというのものを少し理解できた気がした。
今回は「バンド」「燃焼」「充血」の三つの単語からお話を書きました!




