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メカニカル付喪神

残り364日!二日目!

「先生、今日はお招きありがとうございます」


「いえ、そんなかしこまらなくても大丈夫ですよ。どうぞ入ってください」


 真っ白な大理石のタイルが敷き詰められた先生の家は玄関からすでに高級感が滲み出ている。私のような苦学生が住むボロアパートとは比べるのもおこがましい程の差であった。


 もはや羨ましくもない。いや、住めるのならば住みたいのが本音だが。


 大学教授という職業の稼ぎがいかにあるか実感してしまう。


「いいお家ですね」


 玄関からリビングに案内されている間に、素直な感想を先生に伝える。


「独身貴族ですから、自分の住む家に多少お金が掛けても文句は言われませんからね」


 確か先生が50代くらいだったはずだが、そんな口ぶりから、多分このまま独身を貫く気だという事が伝わってくる。


 研究に身を捧げてきた先生らしいとも思う。


 きっと先生にとって誰か一緒でない事は孤独に繋がる訳ではないのだと勝手に想像してしまう。自分のようなとりあえずで大学に入学したような不真面目な生徒にとって、先生の人生観は計り知れなかった。


「ここがリビングですが、目当ての部屋に向かいますか?」


「あ、是非!」


 私は胸が高揚する。あの部屋の写真を見て好きな人なら心が沸き立たない人はいない。教授と生徒と言う関係ながらその実、授業や勉強とは全く関係のない所で私は先生の家にお邪魔していた。


「では、こちらです」


 と、リビングルームの更に奥にある扉を先生は目指す。中を見る前からワクワクが抑えられない。もう二十歳もこえていい大人になったのに私はまだまだ子供心を忘れられていないようだ。


「わぁ」


 と、あの時に見た写真と同じ光景に感動の声が漏れる。


「ここが僕のゲーム部屋です」


「凄い凄いっ!」


 興奮で思わず本当に小さな子供のような振る舞いをしてしまう。


 これだ。この部屋だ。


 授業中、関係資料を映していたモニターに先生が間違えて載せてしまった写真と同じ部屋。最初、その写真がを見た時「わっ、ゲームがいっぱい」とゲームが大好きな私にはその部屋がなによりも値打ちのある宝箱のように見えた。


 「失礼、これは私のゲーム部屋ですね」と先生が言った時、聞いた生徒達の小さな笑い声が聞こえた。   


 正直、私もあの場はクスリしてしまった。きっと誰もが意外だと思ったのだろう。


 温厚で真面目そうな大学教授がゲーム部屋を持っている事はかなりのギャップに感じた。


 授業が終わっても先生のゲーム部屋が頭から離れなかった私は普段授業の質問もロクにしないのに、先生に話しかけにいったのだった。


 最初は驚いた様子だった先生も、同類を見つけたと思ったのか意外と私の話に乗ってくれた。


「アナタはゲームが本当にお好きなのですね」


 微笑みながら先生は言う。しまった熱を込めて話し過ぎたと反省するが次に驚きの提案をされた。


「私のゲーム部屋を見に来ますか?」


「行きます!」



 あの時、即答で返事をしたのを覚えている。だってここは私にとって宝部屋だ。どこを見渡しても輝くモノしかないのだから。


「コーヒーでも淹れましょうか。アナタは好きに見て貰って構いませんよ。もちろん遊んで貰っても大丈夫です」


「すみません、ありがとうございます!」


 こういう時は遠慮するものなのだろうか? それとも手伝うべきか? しっかりとしたマナーが身についていない私は素直に好意を受け取る事にした。


 先生が部屋から出ていって、言われた通りにゲームを見て回ろうと動き始める。


 先生のゲーム部屋は今時イメージされるような、「ゲーミング○○」と言った物が置かれているような   


 部屋ではなく、どちらかと言えばゲームショップや中古ゲーム売り場といった様相であった。


 広さも私のボロアパートの部屋と比べて二倍以上はありそうで、そのスペースのほとんどがゲーム関係のもので埋め尽くされていた。いっそ、ここに住まわせてくれとお願いしたいくらいだった。間違いなく今のアパートよりは快適に過ごせるはずだ。


 几帳面に世代毎のハードで並べられている棚をまさに売り場を回る様に見る。比較的発売が新しいswitchやPS5がある中で私の目を引いたのはレトロゲーム達だった。


 特に64やスーファミに心が惹かれる。私が幼い頃、ゲームにハマるキッカケを作ったハード達だ。


 最近、人気タイトルは移植されswitchで遊べるようにはなったが、カセットが入っている箱が私を童心に帰らせる。


 64だったらこの中に半円のような形のカセットが入っており、スーファミだったら長方形のカセットが入っている。懐かしい、いまだに幼い頃にしたゲームの思い出は私の中に鮮明に残っている。


 開けていいのだろうか?


 先生は好きに見て、なんなら遊んでいいと言っていた。それならば当然開けても怒られる事はないだろうが、箱の色が多少ボケているとはいえ、もう何十年と経っているとは思えない程、状態のいいレトロゲーム達。


 きっと鑑定団に出せばそれなりの価値が付く事だろう。そんなものを素手で触ってもいいものなのだろうか?


「何をするか悩んでいるのですか? 分かりますよその気持ち」


 触れるべきかどうかを悩んでいる私をやりたいゲームを吟味していると先生は勘違いしたようだ。


 周囲がゲーム棚で覆われている中、真ん中にポツンと置いてあるテーブルに先生はコーヒーとお菓子を置いた。


 私は結局、ゲームを選べずに、というよりも触れずに出されたコーヒーを飲むために着席した。


「おや、気になるゲームはありませんでしたか」


 そんな訳ない。これだけあって気になるものがない奴がゲーム好きを名乗るのは不可能だ。


「いえ、どれもこれも気になってしまって……決めている間にせっかくのコーヒーも冷めてしまいそうだったので」


「それもそうですね。では、まずはお茶の時間にしましょうか。あ、砂糖やミルクは必要でしたか?」


「ブラックで大丈夫です!」


 本当は普段からコーヒーに砂糖もミルクも入れているのだが、わざわざ気を遣わせて座った先生を自分の為に立ち上がらせるのは申し訳なかった。ゲーム好きで子供っぽいと言ってもブラックが飲めない程、または全く遠慮が出来ない程、お子ちゃまでもない。


「でも凄いですね、こんなにゲームが沢山あるなんて。写真で見た時よりも圧倒されました」


 湯気の立ったコーヒーを少量啜る様に飲む。少し啜っただけなのに、コーヒーの苦みが口内に広がっていく。


 すぐに苦みを打ち消すために先生が一緒に用意してくれた高級そうなクッキーを一枚食べる。一瞬で甘みとバターの香りが口内を満たし私を救ってくれる。


「幼い時からゲームばかりやっていましたから。どれだけ世代が変わろうと大人になろうとゲームだけは辞められませんでした。気付いたらこんなゲーム部屋を作っていました」


 これ程のゲームをやり込んでいるとなると人生の相当な時間をゲームに費やしてきたに違いない。そんな人生の中でも大学の教授という地位にいるのだから、私とは元々の出来が違うのかもしれない。


 いや、きっと先生のゲームへの一途さと同じように研究に対しても一途であったという事なのだろう。


 失礼かもしれないが、子供や奥さんがいない事が腑に落ちてしまった。ゲームに研究に、他の事に回す時間なんてなかったのだろう。


「スーパーファミコンを見ていましたね? 失礼かもしれないですが、アナタの歳では少し世代がずれていると思うのですが」


 確かに周りでスーパーファミコンの実機をプレイした事がある同級生は少なかった。私が生まれた頃は既にDSが発売されていたはずだ。スーパーファミなんてどれだけ前の世代だって話だ。


「父がゲーム好きで、隣で遊んでいるのをよく見ていたんです。私も物心ついた時に触った事はあるんですけど、古いゲームですから次第に壊れて遊べなくなったんですよね……」


 いまだにトラウマレベルで覚えている。当時、幼くあまり理解出来ないながら父に手伝って貰いながら進めたドラクエ5。楽しみにしながらゲームを付けた瞬間に鳴る『デロデロデロデロデロン』の不快な音と共に消える冒険の所1,2,3。


 何かの間違いかと思ってもう一度つけても同じように絶望の音がなるだけであった。


 それ以来、私はスーファミに触る事はなかった。いや、中学の頃に懐かしくなって引っ張り出した事があったのだが、雑に放置し過ぎたのか既にどのカセットを試してもゲームが始まる事はなかった。


 まだクリアしていないゲームも沢山あり、当時は何となく悔しく思っていた。ただ最近ではクリアできなかったゲームがいくつか移植された。時間に余裕のある大学生という立場をいかして、幼い頃の敵討ちのように一つ一つゲームをクリアしていた。


「ここにあるゲームは壊れていないんですか?」


 流れでそんな質問をしてみたが、きっと壊れていないのだろうと私は思う。乱雑に放置してあった私の家のゲーム機やカセットと違い先生のゲーム達はキッチリしている。


「古いゲームなら壊れた事はありますが、その度に私は修理に出しています。まぁこれも独身ならではの道楽みたいなものです」


 どれだけ保存状態がよくても、寿命というものはあるのだろう。少なくとも先生のゲーム機は私の家にあったゲーム機よりも寿命は長いだろうが。


「じゃあ、ここにあるゲームは全部出来るって事ですか?」


「流石に全てを管理出来ている訳ではないので、もしかしたら壊れている物もあるかもしれません。もしアナタの遊びたいゲームが故障していたら修理に出しますよ」


「え、いいですよ、そんなの」


「どのみち修理には出すのでむしろ見つけて頂けたら感謝です」


 これが先生の趣味なのだろう。変人だとは思わない。私もお金があればこんな趣味にも憧れる。ただ先生程几帳面ではない私はきっと途中で管理を投げ出すのが目に見える。先生のようには、お金があろうがなかろうが無理だと思った。


 私はまたコーヒーを啜る、淹れてから少し時間が経ち温度が下がっていたためさっきよりも多くの液体が口の中を犯していく。それを払拭するようにまたクッキーを食べるのだった。


「せっかく来たのですからお好きなゲームを遊んで行ってください。自由に触って頂いても構わないので」


 触れる事に躊躇していた事に気付かれたのか、先生は再び念を押すように触れる事を許可してくれた。


「はい、せっかくですもんね」


 正直、このゲーム部屋の光景をまじかで見られただけで満足ではあったのだが、見て回っている中で一つ気になったカセットがあった。


「実はこれをしてみたいんです」


 と、私はスーファミのカセットが並ぶ棚から一つの箱を取り出した。


 『ドラクエ5』


 幼い私にトラウマを植え付けた作品だった。


「ドラクエですか、いいですね。私も5は大好きです。何度やっても……おっとネタバレですかね」


 私がまだ未プレイかもしれない事を考慮してか先生は、全てを言わず口をつぐんだ。


 先生が何を言いたいのかは私には分かっていた。そこに至るストーリーまで幼い頃の私は進んでいた。 


 しかし、そこまでだった。そこで呪いの音楽と一緒に私の冒険はそこで終わりをむかえたのだった。


 それ以来、人気作なのもあって数多くのリメイクがされたが、何故か『ドラクエ5』だけは遊ぶ気になれずに放置をしていた。


「どうぞ遊んでみてください。モニターはあちらに、ゲーム機はあちらにありますので」


 もしかしたら、今日ここでするために私は今まで遊ばなかったのかもしれない。なんて、馬鹿馬鹿しい運命を感じてしまう。


「すみません教授、設置手伝って貰ってもいいでしょうか?」


「ええ、もちろんですよ」


 スーファミを触るのなんて十数年振りである。何をどう繋げばいいか記憶が曖昧であった。それよりも、何かを間違えて壊す事をしたくなかった。新品のように存在するこのゲーム機には触れる事に緊張するだけの価値がある。


 責任を負いたくなかった。何かの間違いで壊した時、温厚な先生は許してくれるだろうが、私は罪悪感で暫く楽しくゲームで遊ぶ事が出来なくなるだろう。


 結局、ほとんど先生が設置してしまった。途中から何となく繋ぎ方を思い出していたが、先生に申し訳ないが思い出せないフリをして黙って見ていた。


 モニターの電源も入り、残るはカセットをハメて電源を入れるだけとなった。


 私はそっと箱からカセットを取り出すと、カセットが見えるより先に説明書が見えた。


「懐かしい」


 小さい頃、両親の見たいテレビの都合でゲームが出来なかった時に私はこの説明書をよく読んでいた。


 見飽きて箱に戻す時、いい加減に戻していた私の家の説明書は所々が折れていたり、破れもしていたが、先生の家のモノは新品同然のように綺麗だった。


 説明書の中身を確認したい気持ちもあったが余計な事をしたくないと思い、恐る恐る説明書をよけ、その下に隠れていた長方形のカセットを取り出した。


 この手触りもどれくらいぶりだと思う。


 手に取ったカセットの裏表をしっかりと確認して、スーファミの機体に差し込み、電源ボタンを入れる。


 画面はなんと一発でついた。私が子供の頃に遊んでいた時は、何度も入れ直したり、差し込み部分に息を吹きかけたりしてようやくついたというのに。


 修理の偉大さを感じる。


 ドラクエおなじみのオープニングソングが流れるスタート画面。ここでボタンを押す事に少し躊躇する。


 ここから進むと私が遊んでいたドラクエでは嫌な音と共に冒険の所が消えたのだ。


 ただ、しっかりと修理をしている先生に対する信頼もあり、私はそう時間を掛けずにボタンを押す事が出来た。


 軽快な音楽が流れる。けして絶望に叩きこむような不快な音も鳴らなければ、冒険の所も消えない。


 私は安堵するようにゲームを始めようとする。


「あ、そうでしたね」


 と、何か気付いたように先生が立ち上がり、私の手からコントローラーを取り、慣れた手つきで「冒険の書を消す」を選択した。


 冒険の書3を選択した先生は本当に消しますかの選択にはいと答える。


『デロデロデロデロデンデロリ』


 身の毛がよだつ。あのトラウマの音だった。


「すみません、セーブデータがパンパンだったのを忘れていました」


 と、悪気なく返してくるコントローラーを先生から受け取る。


 まだ不快な音は耳についているが、想像しているよりもずっと怖くなかった。


 結局、幼い頃のトラウマで誇張された記憶だったようだ。


 私も大人になったのだと実感しながら冒険を始めた。




 ストーリーが始まってすぐに感じたのは「こんなストーリーだったっけ?」であった。


 動くキャラクターの絵は覚えているが、この時に何の話をしていたか思い出せなかった。それどころか、覚えている展開と全然違う事だってあった。


 所詮は幼少期の読解力に十数年前の曖昧な記憶であった。とは言え、それは逆に新鮮でもあった。


 記憶に残っていた、当時とても苦労したボスを簡単に倒せたときは幼い自分がどれだけゲーム下手だったのだろうと思いを馳せた。


 少しストーリーを進めていくともう私は止まらなくなっていた。


 先生はそんな私を淹れたコーヒーを飲みながらゆっくり見ていた。




「さて、もうこんな時間なので帰りましょうか」


 と、先生に言われ始めて3時間程ゲームに熱中していた事に気が付く。何が大人になっただ私。初めて来た教授の家でゲームに熱中して時間を忘れるとはなに事だ、と自分を叱る。


 しかし、先生はそんな事を気にしていない様子で、「教会に行ってセーブをしてきてください」と言った。


 教会でお祈りをし冒険の書3にセーブをして私はゲームの電源を切った。


 先が気になり始めていた時だったので、電源を切る時に、もどかしさが胸に残る。しかし、その気持ちもどこか懐かしく、親に注意され渋々電源を切ったあの頃を感じていた。


「すみません! 私、一人で熱中しちゃって!」


 電源を切ると、人の家で一人用のゲームを黙々と遊んでいた事に今更ながら恥ずかしくなって、私は先生に謝罪した。


「いえいえ、私も誰かがゲームをする所を見るのは新鮮でしたので、良い経験をさせて貰いました」


 先生と私の両親の歳は近い。もしかすると、子供がいたらなんて私を重ね合わせていたのかもしれない。いや、5,6歳の私がそこに座っていれば重ねても可愛いものだろうが、居るのは20の大学生だ。


 私の親ならいい歳して、なにをしていると突っ込んでくるだろう。


「もう遅いので車で家まで送らせてください」


「そんな! 悪いですよ!」


 これ以上、先生に迷惑を掛けたくない。というか、自分の恥をさらしたくない。


「もう少しアナタと話したいんです。アナタが迷惑でなければ送らせてください」


 そう言われてしまえば断れなかった。


 もしかすると、もっと話したかったのにゲームに集中する私に声を掛けられなかったとすれば、申し訳ない。


 それ以前に先生は立派な大人だ。私を一人で返して何か事件に巻き込まれてしまえば、担う必要のない責任を負う事にもなりかねない。


 お願いする事で私が遠慮しないように配慮してくれているのかもしれない。これが本当の大人なのだろう。20を超えたからと言って、私はまだまだヒヨッコであった。


「では、すみません。よろしくお願いします」


「はい」


 と、先生は優しく頷く。





 しっかりゲーム機を片付けた先生と私は家を出た。


 先生の車は着飾った様子のない軽自動車であった。自分の趣味以外には本当に無頓着なのかもしれな。


 私が助手席に乗り、先生が運転席に乗り、シートベルトをお互い付けると先生は車を発進させた。


「どうでした?」


 と、しばらく車を走らせてから先生が私に聞いてきた。どうでした、遊んでみてどうだったかという事

だろう。


「とても楽しかったです。童心に帰ったと言うか。今でもゲームは楽しいんですけど、昔は今とは違った楽しみ方をしていたんだなって思いましたね」


 正直な感想だった。今と昔、ドラクエ5以外に移植された幼い時に遊んだゲームはいくつもプレイしてみたが、懐かしさは確かにあるが、どこか冷めた目で見つめていた気がする。


 幼い頃に遊んだ感動がそのまま蘇る事はなかった。まだ大人にはなりきれていないが、大きくはなってしまったようで、同じゲームでも、あの時と同じとはいかなかった。


 そんな事を言ってしまえば、今日遊んだドラクエ5だって同じ事を言えるのだが、ゲーム機の移植とは違う、温かさがそこにあった。


 幼い頃を追体験しているようで、手に収まるコントローラーの感触にグラフィック、感じるものがあの頃のままであった。


 今までの移植ゲームよりもノスタルジックに快感を覚えたという事なのかもしれない。


「そうですか、楽しんで頂けたらなによりです」


 先生はそう言うとしばらく運転に集中する。


 信号をいくつも通り過ぎ、沈黙が続く空間中で私は、やはり先生が話したい事なんてなく、私を送るための方便だったのだろうと思い始めていた。そんな時


「あの、実はアナタにお願いがあるのです」


 先生は口を開いたと思うとお願いがあると言う。


「何でしょう?」


 先生から私に対してのお願いの内容なんて思いつかなかった。何をお願いされるか分からないがきっとこれが私と話したかった事なんだろうとは流石の私でも分かった。


「あの部屋にあったゲームを譲り受けてくれませんか? そして大事に遊んで欲しい。全部とは言いません今日遊んだスーパーファミコンだけでもいいので」


 言っている言葉が分かっても意味までは私には分からなかった。


「えっ⁉ これまで大事にしていたゲームを私なんかに? どうして……というか、頂けませんよ! あんな大事なもの!」


 あのゲーム部屋にあったゲームは先生にとって人生で一番大事にしたものではなかったのだろうか。少なくとも、あの部屋からはそうとしか考えられない程、ゲームに対する愛を感じた。


 大事なモノは売る事も渡す事も出来ないはずなのに。


「元々、誰かに譲ろうと決めていたんです。私には子供もいないので渡す相手もいませんから。今日アナタが遊んでいる姿をみて、アナタに渡したいと思ったんですよ」


 そんな事言われてもと、私は思う。


 先生の思いでよ想いが詰まったゲームの重さを今の私はきっと抱えきれない。私はガサツな人間だ。部屋だって汚い。あんな隅々まで管理が行き届いたゲーム部屋と同じ扱いは出来ない。


 その事を正直に先生に私は告げる。


「確かに私としても譲る相手には大切に扱って欲しいですね」


 そうだろうと思う。だから私には不適任だ。


「でも、やっぱり私はアナタに譲りたいと思います。それ程、アナタのゲームをする姿は心地よかった」


 先生にしては珍しい強引に話を持って行くやり方でだと思った。


 それから私は、家が狭い、汚い、ガサツ、修理費が払えない、友達だってくるなど色々な言い訳を連ねた。


 途中からなんで私はこんなに言い訳をしているのか分からなくなって来るほどに。


「なるほど、つまり今のアナタには受け取っても責任を持てる能力がないという事ですね」


 要約するとそうなのかもしれない。今の自分にとってその責任はあまりに重すぎる。


「では、アナタが責任を取れると思った時にまた譲り受けて欲しいです。事故でもない限り私だって今すぐ死ぬ訳ではありません。アナタが成長して時に貰ってください。とても自分勝手なお願いですが」


 どんな事を言われようと断ろうと思っていたが、何故か先生のその言葉が自分の中で腑に落ちてしまった。


 断る理由は責任が持てないからであって欲しくないからではなかったからだ。


「でも、そんなのいつになるか分かりませんよ?」


「大丈夫です私は2083年まで生きる予定ですから。それまでには流石にアナタも立派な大人になっているでしょう」


 急に出てきた突拍子もない数字に私は戸惑う。2083年? 何の年なのだろうか?


「不思議そうにしていますね。その年はファミコンが発売されて丁度、百年目なんですよ」


 つまり……? ゲーム好きとしてはそのアニバーサリーは見逃せないという事だろうか。筋金入りのゲーム好きであった。


「アナタは付喪神はしっていますか?」


「え、付喪神ですか?」


 これまた突拍子のない。付喪神が道具の妖怪である事は何となく知っているがそれ以上は知らないと先生に言う。


「そう、道具の妖怪なんですよ、付喪神は。100年その道具を使い続けると道具に霊力が宿り付喪神になるんです」


 流石に愚鈍を自称する私でもここまで言われれば何を言いたいのか分かった。


「幼い時から持っている私の夢なんです。遊び始めて100年経って付喪神になったゲーム機を見るのが」


 ゲーム機なんて妖怪とはかけ離れた道具だろうに先生は真剣そのものに語っていた。でも確かにその考えは私も面白いと思ってしまった。


「先生が妖怪を信じているなんて思いませんでした」


 あれだけ真面目で気配りが出来る立派な大人の夢がまさか自分の好きなゲーム機を妖怪にする事だとは誰も思うまい。


「子どっもぽいでしょうか? でも、この歳になってもゲームが好きだなんて子供っぽいのは当然ではないでしょうか」


 確かにその通りだった。


「アナタは私のお願いに対して責任を持って答えてくれた。きっと、今、アナタに譲ったとしても大事にしてくれると私は思います。でも、それがアナタの重みになるのは私としても不本意です」


 ですから、と先生は少し照れ臭そうに言う


「アナタが良ければまた遊びに来てください。私から受け取ってもいいと思えるようになるまで、いえ、受け取った後もずっと遊びに来て貰っても構わないのですが」


 私はその先生からの誘いに「勿論です」と答えた。


「またドラクエ5……いえ、今度は二人で出来るゲームをしましょう」


 と私が言うと。先生は「良いですね」とゲーム友達が出来た嬉しさが表情に浮き出ていた


今回は「コンピューター」「レトロ」「タイル」の三つの単語からお話を書きました!明日も21時に投稿します!

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