ハロウィン殺人事件?
残り356日!10日目!
スイカが丸々入りそうな茶色の紙袋に絵具を使って絵を描き、鮮やかに色を塗っていく。
最期に綺麗に色が塗られた紙袋にあらかじめ書いてあった丸に沿って、裏まで貫通しないように中に板を入れてカッターの刃を滑らせる。
「出来た!」
中から板を取り出し頭からスッポリと紙袋を被る。
「どうどう?」
と、隣で同じように作業していた同じ美術部員の八木ちゃんに感想を聞く。
「うわ、アンタの可愛すぎでしょ。殺人鬼の仮装なんだからもっとグロテスクな方がいいでしょ」
そう言うと八木ちゃんは作った紙袋を被って見せる。
「こわっ⁉」
垂れる様に塗られた血の様な赤黒い色、目の部分に当たる場所も丸ではなく三日月型に笑うピエロのような目であった。
「美術部が舐められたら終わりよ。他の子達はきっとナースとかポリスとかゾンビとかちょっと露出の高いエロい恰好して男にチヤホヤされようなんて浅ましい考えを持ってるんだから」
「学校のハロウィンパーティーだからそこまで露出高い服は止められると思うけど……」
主催が学校であれば、学生達は刺激の強すぎるコスプレは許さないはずだ。
「そんなの始まっちゃえば関係ないわよ」
確かにそうかもしれない。
「だから私が恐怖に染めてあげるのよ」
確かにクオリティは格段に高い。ホラー映画の殺人鬼として登場しても問題ないくらいだと思う。
「なんか私が横にいると浮いちゃいそう」
私は驚かせる気はサラサラなかったため、自分好みの可愛らしい被り物にしてしまった。そこまで本気で驚かせるつもりなら、私にも一言くらい言って欲しかった。
「意外とそのギャップがいいかも。分かりやすい違いがあった方がコンビとして印象に残るでしょ」
「そうなのかな……」
元々、八木ちゃんに誘われたから参加する気になっただけで私はそんな楽しみにしているわけじゃない。印象に残ろうとも、残らずともどっちでも良かった。
「まぁ八木ちゃんと楽しめるならいいかな」
あまり乗り気じゃなかったけど、八木ちゃんとならパリピの中でも楽しめる。
「じゃあアンタもこれ持ってて」
そう言って渡されたのは銃だった。
「え、ナニコレ⁉」
「おもちゃの銃よ。この仮装元の殺人鬼って銃を使ってたらしいから」
「え、チェンソーじゃないんだ」
「それはジェイソン方ね。大元は銃らしいわ。まぁ、正直チェンソーが用意出来なかっただけなんだけど」
チェンソーなんて持って行ったらそもそも参加させてくれないと思うが。おもちゃの銃を受け取る。プラスチックの軽さがおもちゃである事を教えてくれる。
「じゃあ夜にまた学校でね」
様々な恰好をした男女が体育館の入り口で入場の順番待ちをしている。
八木ちゃんが言った通り、それなりに露出の高い服を着ている子も多く、男子はチラチラと目のやり場をどこに持って行くか迷っているようであった。
まだ作った紙袋の面を被っておらず、制服姿の私は明らかに浮いており、時折、実行委員の誰かと勘違いされ質問される事もあった。
スカートのポケットに入れてあった携帯が振動する。八木ちゃんからだった。
『ごめん、先に入ってて』
「えー」
一人でこの紙袋を被ってパーティーに参加するのはかなり恥ずかしかった。
だが、制服のまま参加というのも逆に視線を集めそうな雰囲気。
『待ってるよ』
と送ると、すぐに
『忘れ物しちゃったの、途中からになりそうだから。本当にごめんね』
と返ってくる。
ほとんどの生徒が受付を終了させ、お前はどうするんだ? と言うような視線を受け付けのスタッフから向けられた気がした。気がしただけかもしれないが。
えーい、ままよ。
と、用意してあった紙袋スッポリ被り受付に向かう。受付の担当をしていた女子生徒は私の被り物を見て
「可愛いですね」
と言ってくれた。照れ臭くなり、「ありがとうございます」と微笑んでしまう。その笑みは相手に届かないのだが。この後に八木ちゃんが来てギャップで卒倒しないか心配だった。
受付に名前を書いていると背後に気配を感じる。もしかして八木ちゃんかと思い振り返ると
「ぬわッ」
女子らしからぬ声が漏れてしまった。後ろには全身包帯グルグル巻きにされたミイラが立っていたからだった。気合いの入れ方が八木ちゃん並であった。
ただ、ミイラの彼女。顔まで包帯を巻いているのに彼女と分かったのは明らかに一部分、つまり胸部が膨らんでいたからだった。
エッチい。一番露出が少ないはずなのに、彼女のコスプレが誰よりもエッチな感じがした。全身タイツと同じ感じ。その抜群のプロポーションを強調した姿は視線を引き付ける魅力があった。
八木ちゃんといい勝負かも。
名前を書き終わり、体育館に入場しながら私は思う。
彼女も彼女でいい体をしている。露出が高い服がどうのこうの言っていたが、彼女がそんな服を着れば誰よりも視線の的になっていたに違いない。
ミイラの彼女も受付を終えたようで体育館の中に入ってきたのを確認した。その姿を見た男子がひそひそと話ているのも見えた。やはり視線を集めている。
体育館ないはハロウィンに合わせて薄暗くなっており、お菓子が置いてあるテーブルが点々と並べられているようであった。
私はいつ八木ちゃんが来てもいいように入口近くで彼女を待つ事にした。
壇上で司会者らしき仮装をした男性がマイクを持って開会の挨拶を始めた。雰囲気作りの為に少し芝居がかった喋り方をする司会者は来たマントをワザとらしくバサバサと鳴らす。
あまりバサバサと鳴らすものだから見ていた生徒からツッコまれ笑いを誘っていた。ツッコミ待ちだったのかもしれない。仕込みだった可能性もある。
トントンと急に肩を叩かれビクリと全身を震わせる。振り返るとこの世のものではない恐ろしい顔が目の前に現れる。
「ひぇ」
悲鳴にもならない声が漏れる。しかし、それが被りものだと気付き、すぐに八木ちゃんが作った被り物だと気付く。やっと来てくれたらしい。
「八木ちゃん……」
と、喋ろうすると、ない口元に人差し指を立てて「しー」という仕草をする。
遅れたくせに謝罪の一つもないのはどうかと思うが、三日月の目で見つめられると八木ちゃんと分かっていても、少し怖かった。
司会の挨拶が終わると再びザワザワと周りが話し始める。
「どこかでお菓子でも食べる?」
と、八木ちゃんに問い掛けるが、八木ちゃんは何も答えない。
すると不気味な目をキョロキョロと見回すとある場所で視線がとまる。と言っても、紙袋越しなので、多分、彼女に向かっているのだろうという予想だったが。
見ている先にはミイラの彼女がいた。八木ちゃんも例外ではなくやはり視線を集めてしまうらしい。とは言え、八木ちゃんも八木ちゃんでミイラの彼女とは違う意味で視線を集め、時折、ふと視線をやった相手が軽い悲鳴を上げる程であった。
もしかすると露出の高い衣装よりも規制されかねないのかもしれない。
未だ一言も発しない八木ちゃんは唐突にミイラの彼女の方へ向かい歩きだす。もしかすると自分より目立っている彼女に宣戦布告でもする気だろうかと、コンビの相方らしく後ろから付いて行く。
すると、制服のポケットから銃を取り出す八木ちゃん。雰囲気を出すつもりだろうか。ならば私も同じようにするべきだろうかと持っていた銃を取り出そうとポッケトを探る。
しかし、ある事に気付いてしまう。
私が八木ちゃんから貰った銃と彼女が持っている銃が違う事に。明らかに私の持っている銃との質感が違う。おもちゃである安心感がそこにはなかった。
――バンッ
と、体育館に銃声が響く。ミイラの彼女の包帯が赤く染まっていくのが分かる。
「キャーー‼」
と、ミイラの近くにいたナースの恰好をしていた女子が悲鳴を上げる。未だに何が起こったのか分からない私は「八木ちゃん……」と呟く事しか出来ない。
倒れたミイラを見て、八木ちゃんは走って体育館の外に逃げ出した。
「あ、八木ちゃん!」
私は被っていた紙袋を外して八木ちゃんの後を追った。
「待ってよ!」
訳が分からないし怖かったが親友が逃げていくのを見過ごせなかった。
八木ちゃんは紙袋を被ったまま校内まで逃げていく。夜の薄暗い校内を狭まった視界で失速する事なく走る。なぜ学校内に逃げ込んだのか謎だった。どこに行くつもりなのだろうと、思っていると3階まで階段を登ったところで、八木ちゃんは階段から抜け出した。
そこで何となく予想が出来た。美術室に向かっているのだと。
体力のない私は、いつの間にか八木ちゃんを見失ってしまうが、美術室に明かりが付いているのを見てやはりここであっていたと安心する。
しかし、安心したのも束の間。ここにミイラの彼女を撃った八木ちゃんがいるという不安に駆られる。
でも、聞かなければいけない親友が何故あんな事をしたのかを。
「八木ちゃん!」
美術室のドアを開けるとそこにはまだ紙袋を被る八木ちゃんの姿があった。顔が隠れてどんな表情をしているのか分からなかった。
「ねぇ、なんであんな事をしたの?」
一言も話さない八木ちゃんにゆっくり近づく。微動だにしない様子と相まって八木ちゃんの作った被り物が余計に恐ろしく感じさせる。
「何か言ってよ! 八木ちゃん!」
恐怖を吹き飛ばすように叫び、被り物を八木ちゃんから奪う。
「え?」
被り物から出てきた顔は八木ちゃんではなかった。
と、顔の前に銃が付きつけらる。
――バンッ
思わず固く目を瞑ってしまうが、痛みがいつまでもやってこない。
「くっ、アッハッハ! アンタ、良いリアクションするよ、ホントに!」
笑い転げている目の前の女子に私は見覚えがあった。
「後藤先輩……?」
美術部の先輩だった。いや、しかしなぜ八木ちゃんではなく先輩がここに? というか、
「え、あの、これは? というか八木ちゃんはどこに?」
「ここだよ、ここ」
「え、のわぁ――⁉」
叫んでしまう。振り向くと先程撃たれて倒れたミイラの彼女がそこにいた。撃たれた場所は相変わらず痛々しく赤く染まっている。
しかし、顔は見えなくとも聞いた事のある声。紛れもない八木ちゃんだった。
「先輩、やり過ぎて後で怒られるかも。思った以上に騒ぎになっちゃいましたよ」
「大丈夫、大丈夫。私ら顔隠してるんだから」
「名前書いて入場してるんですよ私達……」
「あ、そっか。まぁハロウィンだから大目に見てくれるわよきっと」
私だけ会話に参加出来ていなかった。頭にずっと?が浮かび続けている。
「ごめんな。黙っていた方が面白いかと思って、実際面白かったけど」
先輩は全く悪びれる様子なく謝る。
「ハロウィンパーティーに参加するって先輩に言ったら、普通に参加するんじゃ詰まらないって言われて、アンタにドッキリを仕掛けようって話になったんだ」
「ドッキリ……?」
そう言われてようやく騙されたんだと頭が追い付いてきた。
「私と八木、ほとんど同じ体型してんじゃん? 顔隠して喋らなかった騙せるかなって。美術部員のお前を騙せるんなら、きっと誰にだって通用するだろうな」
と、楽しそうに笑う後藤先輩。
「ミイラは顔も隠せるし、赤い絵の具が染みやすいから丁度よかったんだ。紙袋は用意しやすくて簡単に顔を隠せるから、これもまた丁度良かったって感じだな」
淡々と計画の説明をしてくれる二人。
「銃は音だけがいっちょまえのおもちゃだしな」
先輩は引き金を引くと私に向けて撃つ。
――バンッ
と、これで3度目になる銃声の音を聞く。
「喋る訳にいかなかったから、先輩の入場を遅らせて、ミイラの私がお前を観察する為に先に入っておいたんだよ。入口付近で待っていたからほとんど報告する事もなかったけど」
よく視界に入ると思っていただ、私がミイラを無意識に追っていたからではなく、ミイラに扮した八木ちゃんが私の目が届く所に常にいたと言う事であった。
「もう……本当に怖かったんだから!」
ほとんど泣きそうに私は八木ちゃんに抱き着く。
「悪かったよ。でも被り物作ってる時に言っただろ?」
何か言っていただろうかと頭も巡らせる。
「恐怖に染め上げるって。上出来だったでしょ?」
いたずらっぽく笑う彼女に私は頷く事しか出来なかった。
今回は「絵具」「紙袋」「学生」の三つの単語からお話を書きました!