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幕間 間宮 紗良




 呆気ない死に方だった。

 アスファルト舗装が剥がれて、修復までのあいだ、鉄板が敷かれた通学路途中の歩道で、雨に濡れた鉄板で盛大に滑って転んだ。

 そんなギャグみたいな死因だった。


 目を覚ますと、丸太で組まれたような壁や天井が見えた。ログハウスというやつだろうか。

 体を起こそうとして、そこで強烈な違和感に襲われる。


 「あっはー、目を覚ましたんだ。ても、目も口も無いんだけどね。あんまりにもギャグみたいな死に方してるの見て魂だけ引き抜いて来ちゃったからさ」


 可愛いらしいけれど、やたらキンキンと響く高い声が聴こえると、その声に相応しい、とんでもない美少女が魔法使いみたいな格好で現れる。


 「魂だけ」


 情報量が多すぎて、一番気になったことを復唱してしまう。


 「そっ、魂だけ、大丈夫だよ、体は用意してあげるから、私はロロベル、今はね。前世はあなたと同じ日本人だよ」


 本当に体がなくて、意識だけがあるような状況に困惑して、泣きたいような怖いような、でも泣くことも怖がることも出来ないことが苛立たしいような。

 

 「貴女のせいなんだよね」


 いくら酷い死因だったとして、目の前の子に勝手される理由はない。死後の世界があると実証されたなら、早く然るべき所に送って欲しい。


 「怒ってるー。まぁ、了解得ないのは悪かったけどさ。本当にちゃーんと可愛い体に生まれ変わらせてあげるからさ」


 あっけらかんという彼女に何と無く怒りが冷めていく。でも、体ってなんだよ。それが怖すぎる。


 「あんさー、名前何て言うの」


 「間宮……間宮 紗良」


 名前を訊かれて反射的に答えて後悔する。教えちゃいけなかった気がしてならない。


 「へー、可愛い名前だねー。私なんてさ、地味すぎな名前だったから、忘れちゃったよー」


 ニコニコと笑う彼女は、黙っている私を気にする様子もなく話しを続けていく。


 「あんさー、マジ恋ってゲームわかる」


 そう言われて、目の前の少女と何処か聞き覚えのある名前が繋がった。友達や妹がやっていたゲーム、そこで2次元絵で描かれていた主人公がリアルにいたとしたら、そう思うとよく似ている。


 「ロロベル カーリー」


 思わず呟いた私に。


 「あっ。知ってるんだ、話が早いねー。そう私はマジ恋世界に転生した日本人、ヒロインのロロベル カーリーだよ」


 友達や妹に見せられたことはあるけれど、一度もプレイしたことはなかった。


 「ごめんなさい。私はプレイしたことないから、詳しく知らないの」


 「いいっていいって恥ずかしがらなくて、私も同士なんだからさ」


 正直に告白したのに、何故かプレイしてたと言うのが恥ずかしくて誤魔化していると思われてしまった。


 「私はさー。王太子狙いでちゃんとやったのに、魅了魔法を使ったって処刑されそうなってさ。取り敢えず処刑しようとした奴とか、返り討ちにして、この森に逃げこんだんだよねー。隣の国に行けば隠しキャラのスパダリ王子とワンチャンいけるかと思ったんだけど、なんかさー、私でも破れない結界のせいで入れなかったんだよねー。そっからは追っ手を適当にやっつけながら、此処で悠々自適に暮らしてたわけ」


 「やっつけてって」


 「ん、モチ、ぜーいんぶっコロだよ☆」


 「ぶっコロ……」


 「ほら、あと腐れなくね。ジョーシキでしょ」


 「いや、人を殺すなんて常識ないって」


 「いやいや、ここ、異世界だよ。NO日本、you know. だいたいに別に結ばれる運命の王太子にちょーっと魅了使っただけで、国家転覆だの、離反だの、不敬だのって盛り盛りで罪状おっつけて処刑する方が可笑しいでしょ。別にサー私は相手の婚約者に冤罪吹っ掛けた訳でもないのに」


 言ってることは正しいような気もする。元々日本人でも、この世界で育ったんなら、価値観も倫理観も変わるのかもしれない。

 だとしても、こんなあっけらかんと殺人を同じ日本人だった私に告白するのは可笑しい。

 この世界の価値観や倫理観になったのなら、反対に自分に課せられた罪状の正当性だってわかる筈だし、どこまでも、自分都合でいいとこ取りしてるようにしか見えない。


 目の前の可愛いらしい姿の美少女が得体の知れないナニカにしか見えなくなる。このナニカの言いなりになっていけないと警報が鳴っている気がしてならない。


 「わ……私は体なんかどうでもいいから、取り敢えず死後の世界に送って欲しいな、なんて」


 怒るだろうか、それとも焦るだろうか、目の前の少女の姿の悪魔に素直に輪廻に戻して欲しいと頼んでみる。もうこの際、地獄に落ちてもいい、その方がマシなんじゃないかと思えるほどの異質さなんだ。


 ほら、だってニコニコと笑ってる。私が自分の意に則さないことを言ってるなんて微塵も思ってない。


 「遠慮しなくていんだよー。ダーイジョウブ、マジ恋の続編の世界のヒロインにしたげるから、ただねー。どうも私をこっちの世界に呼んだ神さまとー、サラちゃんを転生させる国の神さまって違うっぽいんだよねー。だから、結界ではじかれてんのっ、ウケるー。でも、まぁさ、そこは努力ってもんで、中の様子を見るくらいの干渉は出来るようになったし、サラちゃんの魂は私と関係ないから弾かれないよ」


 なんで、こんな変な方向にハイスペックなんだ、この悪魔は。つまりは私を送り込む国の神に敵対視されてて、私をスパイにするつもりってことだと理解する。

 駄目だ、本当に駄目だ。地獄なんて生易しいと思うほど酷い罰をうけるに決まってる。


 「本当に、本当にいらないから、なんなら、このまま消滅とかでもいいから」


 初めて、表情が消えた。さっきまでのニコニコ顔も怖かったのだけど、余計に怖い。

 

 「あーっ、めんどくさい。やっとだよ。やっと、此処まで出来たの。確かにさー、私だって死んだよ。呆気なく、あんたみたいにさ。あんまりにも呆気無さすぎて、人って簡単に死ぬんだなーっ思ったくらい。で、目を覚ましたら、この世界で子供になってた。最初の頃はただ混乱して、でも名前とか、水面に映った顔とかでもしかして「ヒロイン転生」なんて浮かれたりもした」


 表情を消したロロベルと名乗った少女の顔が徐々に険しくなっていく。


 「でもさー。考えてみなよ。いくら前も子供だったっていっても、こっちなら成人してるくらいの年まで生きてたわけ。でさ、常識も倫理観も違って、精神年齢も違う子供なんてさ、同年代から気持ち悪がられるか、めんどくさがられるの。友達もうまく出来なくて、その上、まだ子供なのに家の手伝いで水汲みなんかさせられるんだよ。しなきゃご飯抜きになるの」


 「本当はね、ゲーム展開なんてしようと思ってなかった。男爵家に引き取られた後も、ひたすら周りにバカにされたよ。頑張って色々覚えてもね。結局は産まれのせいで難癖つけられた。だから、やってやったのよ。望み通りロール通りにね。なのに、これよ。何がしたかったのよ、私を呼んだ奴はっ だから、私もやってやることにしたのよ。あんたには悪いけど、これは復讐と実験を兼ねてるの。私が元の世界に帰るため、そしてこの世界に嫌がらせするために。くだらないと思う。でもね、そうでもしなきゃ、とっくに狂ってたの。わかるっ、年をとることも出来ず、元の国からは魔女扱いで討伐対象。隣国の守護神みたいな奴からは危険認定されて、今更どうすりゃいいのよ。私は望み通りにロールを演じただけなのに、おとなしく首を落とされれば良かったの。それとも、ロールを演じるなら、罪悪感とかかなぐり捨てて、しっかりライバルを冤罪で陥れるべきだったのっ 」


 ぐちゃぐちゃに泣きながら叫ぶロロベルを見て、私は納得してしまった。

 あー、ただの女の子だったんだと、そして、もう狂ってしまっているのだと。


 彼女が何年ここで独りきりで暮らして来たのかは知らないけれど、よく自殺しなかったものだ。

 いや、それすらも不可能かも知れない。

 超越した力を手にして尚、結局は報われない。

 そもそも、この世界に無理やり拉致されて、前世の記憶なんて余計なものがなければ苦しまなかったのに、そのせいで苦しむなんて。


 それでも、いや、だからこそ、私は彼女の腹いせの計画に加わりたくなんてない。


 そう、彼女に伝えようとした時。


 泣きやんで、どこかスッキリした顔の彼女が告げてきた。


 「まぁ、私が悪かったことなんて、わかってるんだよ。いじめられたり、バカにされた腹いせにロール演じてるだけなんて誤魔化してバカなことばっかやって。でもさ、何も処刑しなくてもいいじゃない。そこまで行く前に、さっさと退学にでもすればさ。なのに放置した挙げ句処刑だよ。キレたってしょうがないってのも、言い訳かな。サラちゃんには申し訳ないとは思うよ。たださ、私は界渡りの術式の実験がしたかった、そのついでにさ。私をここに寄越した奴の気持ちってのを追体験してみたかったの。なーにもわからなかったけどね。だって、サラちゃんには私の魅了も効果なかった。私の魅了って、攻略対象限定みたい、本当にふざけてる。好きに生きていいから、頑張って。ただ、もう替わりの体から魂を抜いちゃったから、あの身体、あのままじゃ死ぬんだよね。まぁ、抜いちゃった魂は向こうの守護神みたいのが匿うんじゃないかな、お気に入りの筈だから。なのに、私にこんなイタズラされるとか、間抜けだよね。まっ、想定外だったろうけどね」


 「まって、じゃあ私は自分が殺した人の中に入るってこと」


 なんか同情しかけたけど、あり得ない話しに私は問い返した。


 「えっ、殺した。あー、まぁ、殺したことになるのかな。でも、まだ胎児の段階で自我なんてないし、あんたが殺した訳じゃないじゃん」


 「でも、その身体を乗っ取るなら、私が殺したようなもんじゃない。ヤダッ、絶対にヤダッ 」


 「真面目だねー。大丈夫だって、スピンオフのヒロインの両親は屑で、ヒロインが子供の時に死んだなんてなってるけど、孤児院に物心つく前に捨てただけなんだよ。スピンオフの設定集にあるんだ。抜き出した魂だって、神さまが別のところに移してくれる。まぁ、あんたには苦労かけちゃうけどさ、滑って転んで死んだんだし、開き直って、この世界楽しんでよ」


 わからない。本心みたいなのを語り出してから、目の前の人がまともにも見える。成長してないだけで、前世と併せればよっぽど年上だし、そのせいもあるだろうけど。

 でも、まともに見えるように取り繕っている感じが怖すぎる。同情したくなる部分もあるけど、怒りたくなる身勝手さもあるけど、それ以上に不可解で、ほんとのところの気持ちが全く見えてこない薄気味悪さが消えない。


 「あなたこそ、何がしたいのよ」


 そう、言った私に最高の笑顔を見せた彼女。

 それを最後に、私の意識は途切れた。


 

 次に目を覚ましたとき、私は5才くらいの子供になっていた。

 孤児院で他の子供たちと共に生活する。

 掃除も洗濯も、そして料理も、できるようになったことから、順次やらされていく。

 ある程度身に付いて、年長になっていけば、下の世話や教育も任される。


 あー、彼女の言った通りだった。小学生くらいから、もう普通働かされる、それが当たり前の人たちと、どんなに上辺を飾っても、馴染むことは出来なかった。

 頑張って生活して苦しくて、そして周りとは距離が出来ていく生活。なのに、ある日から突然に私だけが司教の上の人から勉強を教えられ、そしてマナーについて叩き込まれた。

 商人の子供なんかが通う学校に送り込まれて、そして、貴族学園に編入させられることになった。


 「なるほどね、ヒロインの道が開けるようになってるんだ」


 彼女の気持ちが理解出来た気がした。ならさ、ロール通り演じてやろうって思うよね。

 ただ、孤児院にいた人たちは悪い人じゃ、なかった。勉強を教えてくれた司祭も、取り分けて頑張っている私に目をかけてくれたと言っていた。

 養子縁組を希望してくれた男爵夫妻は長年にわたり子が出来ず、実子継承が出来ないことで男爵家は爵位を返上するが、貴族社会に足を踏み入れる少女の親代わりになってあげたいってだけの善良な人たちだった。


 だから、私はロールなんて無視することにしたんだけど。


 どうやら、あの魔女はまだ隠してたことがあったらしい。


 そもそもさ。やっぱり、他人の身体を奪った私が幸せになんかなれる訳無かったんだよね。



 せっかく、憧れた御姉様と仲良くなれたのにな。



 まさか、その御姉様を殺したのが私だったなんてね。


 なんで今更教えてくれるんだよ、この魔女は。




 「だって、知りたかったんでしょ。本来の魂がどこにあるか。でもね、それは黙ってたほうがいいよ。だって侯爵家の令嬢が取り替え子で、本当の令嬢は死産だったなんて、誰のためにもならないからねー」



 いきなり私だけに届く声で言ってきた。

 知らずにいれば、罪悪感とも折り合いがついてきたのに、うまく気にしないで生きていけると思い始めてたのに。


 「そうだねー。まさか本当にマジ恋やったことないなんてね。やってれば、原作には登場しないどころか、攻略対象の死産になった妹が生きてるなんて違和感しかないから、すぐに気付くと思ったんだけどね。でもさ、前向きに考えなよ。誰も不幸になってない。ね、親に愛されなかったヒロインはちゃーんと愛してくれる親の元に産まれて、死産で子を失う親はいなくなって、そんで、真面目で誠実なサラちゃんは立派に貴族の養子になりましたーっ、パチパチっ」


 「上手いこと言ってるけど、御姉様がノーブル侯爵家の子供になれたのはあんたの力じゃないよね。たまたまでしょ」


 「そだねー、でも結果よければ全てよしってねー。じゃ、またね」


 そう言ってあいつの声は聞こえなくなった。

 やっぱり信用出来ない。あいつが何を企んでいるのかも、あれだけの力を持つバック、あいつを呼び寄せた奴がなんなのかも。

 まだ、何もわからないまま。私は御姉様の庇護で平穏な学園生活を送れるようになっていった。

 私が殺した御姉様のお陰で。




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