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 魔法を使えるようになってより、わたくしはアドラ先生の元へと訪れては実技の手解きを直接魔法講師の方々から受けるようになりました。

 ガドラン殿下も付き添ってくださり、表向きには魔導理論の研究のためと、研究室の雑務処理を手伝うためとの名目が用意されました。


 わたくしが行使出来る魔法の位階はアドラ先生の予想を上回るペースで向上しており、ガドラン殿下からは「私のことは気にしなくて良いから、何時でも事実を公表して構わない」と言われておりますが、まだ暫くは隠しておくと伝えてあります。


 わたくしのことを大切に慮ってくださるガドラン殿下の評判を将来的に下げずに済むことは本当に嬉しく、内心で忸怩たる思いを抱えていたことが晴れやかに解消したことで、学院の生活も晴々としておりますが、影を落とす出来事はやって来るものでして。


 学院の廊下にてリュドラン殿下と、その御一行と出会しました。

 


 リュドラン殿下を先頭にアークス侯爵家の令息、サラシャ様の兄上でもあるルルカ様、ボルスナガ伯爵家の令息フイガ様、ゴンドルゴ辺境伯家の令息トール様と続いて、その輪の中心に先日バゲロ男爵家との養子縁組が成されたサーシャさんがおります。

 モンサナ騎士爵家の令嬢が侍女として後ろに控えておりますが、聞いていた噂よりリュドラン殿下とサーシャさんの距離は近く、殿下は軽くサーシャさんの肩に手をかけて歩いております。


 わたくしはガドラン殿下とアドラ先生のところへと向かう途中だったのですが、リュドラン殿下たちが来られたため、一度廊下の端へとより立ち止まりました。


 ガドラン殿下は頭は下げずにそのまま待っておりますが、わたくしは軽く目線を下げ、やや腰を落として待ちます。学院では身分は問わないというのは、生まれの爵位の違いで教員の指示に従わないことや、上の身分の者が横暴を働くこと、反対に下の者が、自身の身分の低さを盾にとり、「横暴だ」と騒いで上位者に無理な配慮を迫ることを封ずるためのものであり、主に勉学において、貴賤を問わないという意味ですから、当たり前の上下関係は存在しております。


 「ガドランか、能無しを婚約者に貰って無害アピールとは殊勝なことだな。だが、やはり将来のためには有能な人材こそ登用すべきだ、このサーシャのようにな」


 すれ違いざま、先に声がかかるのを待っていたガドラン殿下に、リュドラン殿下は得意気な声音でそう仰有いました。顔は見ておりませんが、恐らくと表情のほうも得意気だったのではないでしょうか。


 「兄上に申し上げる。先ずは私の婚約者を何を持って能無しなどと罵ったのかお伺いしたい、返答如何では陛下に奏上し、相応の罰を与えて頂くことも検討する」


 穏便にことを済ませると思っていたわたくしの予想に反して、ガドラン殿下は硬い声で鋭く指摘なされて、思わずとわたくしはガドラン殿下を見てしまいました。


 「ふんっ、そこのノーブル侯爵家の令嬢は魔法を使えんそうじゃないか、なら立派に能無しだろう」


 ガドラン殿下が反論なさろうとし、直言の許可なく発言するのをわたくしが憚った、その時、リュドラン殿下の傍らから声があがりました。


 「リュドラン様、そのような事を仰有るなんて、失望しました。何故、魔法が使えないだけで能無しなんですか、では巷で多くの仕事に従事し、この国の財源となる税を納める民たちの多くをリュドラン様は能無しと蔑むのですね」


 突然に発言されたサーシャさんの言葉にわたくしとガドラン殿下は驚き、固まりました。一方で直接言葉を向けられたリュドラン殿下は、そのあまりに不敬な物言いに苦言するでも激昂するでもなく、平身低頭謝りだし、更にわたくしたちを困惑させたのです。


 「ちっ、違うのだ。サーシャよ、そのような意図はない。ただ、弟の婚約者としては不足があるのではないかとな」


 「不足ですか。ではリュドラン様はノーブル侯爵令嬢の事を噂でなく、どれほど正確に存じ上げておられるのですか。私は同じ学年の生徒として、ノーブル侯爵令嬢を尊敬しております。素晴らしい所作に、深く高い知識、それ故に成績は常にトップクラスで、私など後塵に排しております。私が優秀だとリュドラン様は仰有っておられましたが、私より成績の良い令嬢が能無しとは、矛盾してはおりませんか」


 わたくしは成る程と思いました。サーシャさんがリュドラン殿下たちに付き纏われているだけの被害者であるという評価と、令嬢たちに嫉妬されていることにこの目で見て納得がいったのです。


 この不敬ともとれる物言いはあまりにしつこく付き纏われて、砕けてしまったのでしょう。ご本人も問題としておられませんから、それが成立してしまわれた。更に言えば、サーシャ様の言い分は最もであり、実に的確な諫言ですから、これでは彼女が殿下に取り入ろうとしているとは誰も思いませんわ。

 ただ、リュドラン殿下は見目は大変宜しく、能力も高いと評判ですから、殿下を慕う令嬢からすれば、どれだけ彼女に非がなくとも嫉妬してしまうのも仕方ありませんし、自分より下位の令嬢が殿下に諫言し、それを聞き届けられていることは、男性でも快く思っていない方もいそうです。

 そうした辺りでやっかみを受けている反面、支持もされていると言うことかしら。


 「兄上、そこの令嬢の言う通りです。第一、弟の婚約者を貶すとはどういう了見ですか。先ずは彼女に謝罪してください」


 ガドラン殿下はサーシャ様の言葉に頷いておられたのですが、普段なら穏便に事を荒立てようとなされない所が、まさかの謝罪要求に驚きます。


 「何故、王子である私が謝らねばならんのだ。下手な噂を立てられる隙があるほうが悪い」


 リュドラン殿下の言い分も一理あるのですが、現状では悪手でした。


 「では、平民出の女に入れ込んでいる虚けと噂されている殿下も無能という事ですね。もうめんどくさいので処刑でも構いませんよ。よくしてくださった孤児院の方や、養子縁組してくださった男爵夫妻に迷惑はかけられませんから、処刑される時は何の身分も柵もない、ただのサーシャとして処分してください」


 あまりの思いきった発言にわたくしもガドラン殿下もわたくしたちの従者たちも驚き息を呑みますが、リュドラン殿下とその側近候補の令息たちは顔色を悪くするだけで、むしろ彼女に言い募っていきます。


 「そのようなことをまた言って、殿下を困らせてはいけませんよ」


 嗜めるように言ったのはルルカ様で、後に続いて側近候補お三方は同様の言葉を紡いでいきますが。


 「何度も申しますが、本気です。累が及ばぬよう、養子縁組も断っていたのですが、男爵家として王家に抗議してくださると迄言われて、養子となったのですよ。私は子を成せなかった男爵夫妻が愛情を向けてくださることに感謝しております。殿下方の寵愛は必要ありません。どうかもう構わないでくださいませ。出来ぬのなら、処刑してくださって結構。ただのサーシャとして処罰されるなら、如何なる罰も受けます」


 「何故そこまで頑なになる。私の支援があれば男爵家もより発展しよう」


 リュドラン殿下こそ、何故そこまで頑なに彼女に拘るのかわかりませんが、殿方の心変わりで、彼女の言葉通り処刑は流石にされませんでしょうが、殿下の責を問わないかわりに退学などにされては理不尽が過ぎます。


 「サーシャ様といったかしら。ノーブル侯爵家のルーミアンと申しますわ。よろしければ、わたくしとお友達になってくださる」


 何かの切り口でリュドラン殿下と引き離し、頼り無いかも知れませんが庇護下に置きたいと語りかければ、先ほどまでの鉄面皮もかくやという無表情というか、嫌悪感の滲んだ表情とはうって変わり花が咲くような満面の笑顔になると、楚々とした足取りで寄ってこられ、両の手でわたくしの手を握って上目遣いに返答してこられました。


 「はい、喜んでお友達になりますわ。御姉様とお呼びしても構いませんでしょうか。ノーブル侯爵令嬢様」


 「同い年ですから、御姉様はちょっと、どうしてもと言うなら、仕方ありませんが」


 「私の憧れなのです。御姉様と呼ばせて頂きたく存じます。御姉様と友となれるなど、望外の喜びです。何なりとお使いください」


 尻尾でも振りそうなほどにキラキラした瞳で人はここまで嬉しそうに出来るのかと思うほどに笑顔で懇願する様子に。


 可愛いわ、本当に可愛い。成る程、リュドラン殿下が落ちたのはこの笑顔ね。


 と、変に納得しましたが、同時に殿下に笑顔を向けた事があるのだろうかと疑問が湧いてきます。


 「サーシャよ、何故その笑顔を私には向けてくれんのだ。特待生の平民の男子とも屈託ない笑顔で話しておったではないか」


 そう仰有ったリュドラン殿下にたいして、いきなり氷点下まで下がった表情となった彼女はぶつぶつと、せっかく話しかけて貰えたのにとか、なんで邪魔すんのと呟いたあと。本当に吹っ切れたのでしょう。


 「気持ち悪い」


 と一言、リュドラン殿下を撃沈されたのです。


 まるで物言わぬ彫像のようになったリュドラン殿下を側近候補お三方があれやこれやとフォローする中で、わたくしとガドラン殿下は彼女を保護してアドラ先生の元へと向かったのです。



~ 


 「あー、リュドラン殿下のは、まぁ若い頃にはよくある錯覚だよ」


 先ほどの出来事を先生に話すと、先生からはそんなお言葉を頂きました。


 「錯覚……ですか」


 皆の疑問を代弁してガドラン殿下が問い返してくださります。


 「私もリュドラン殿下と特待生たちの顔合わせには教師としてその場にいたからね。サーシャさんは同じ平民出身で親交もあった男子生徒とは気さくに笑顔で話していたんだが、殿下たちが来ると淑女として問題ない微笑をたたえて、すっと男子の半歩後ろに控えてあまり殿下たちと積極的に話さなかったんだ。聞かれた事だけ事務的に返す感じでね」


 「そうだったんですの、確かに殿下も笑顔を向けてくれないと仰有っておりましたわ」


 わたくしがそう言うと。


 「うん、殿下たちは入場前に特待生の様子を覗き見したらしい。広く声を聞き、見聞を広めるなんてのはただのアピールでね、血統主義のリュドラン殿下は平民出の者を扱き下ろす材料でも無いかと見てたそうだよ。殿下方の発言も聞こえてたからね。良くなかったのは覗き見ながら、盛り上がった残念な会話がしっかりとこちらも拾えるくらいの声量になってしまっていたことだね」


 「ならば、平民出の彼女につき纏うのはおかしくないか」


 ガドラン殿下の尤もな疑問に。


 「みっともない話だけどね。そこの彼女のチャーミングな笑顔に殿下方は『下品な笑い方』と罵っていたんだよ」


 「ですが、殿下は彼女の笑顔に執着しておりましたわ」


 「だから、錯覚なんだよ。入場したら、先ほどまで屈託ない笑顔だった彼女は後ろに控えて、貴族令嬢のように見事に表情を繕って、自分たちの質問にも過不足なく、答える。まだ、養子縁組前で、貴族令嬢では無いにも拘わらず、所作を含めて完璧とは言えないが充分な対応に。反対に殿下はプライドを傷付けられたんだと思うよ」


 「どういうことですか」


 「このような言い方は失礼と思うが、屈託なく、無邪気に笑って話す彼女を見て、自分たちが出ていけば目を輝かせて、王子や高位貴族の令息たちである自分たちに虜になり、矢継ぎ早に質問してくるのだろう、めんどくさいなんて考えてたんだと思う。それが蓋を開ければ、自分たちに全く興味を示さず、貼り付けた笑顔で終始無難に対応する彼女に、なんとしてでも落としてやると変な方向に自尊心の回復を図った結果、見事に拗らせていらっしゃる訳だ」


 なんと言っていいのかわからなかったのですが、サーシャさんは得心したようで。


 「あー、わかる気がします。最初はなつかない猫でも構うような感じで、私が相手してやってるのにってのが漏れ出てて。面倒だったんですけど、表面上は丁寧に対応してたんですけど、遠回しに迷惑だと伝えても、照れなくていいとか、身分は気にするな、とか言われて。もう退学覚悟で直接、迷惑なのでつき纏わないで下さいと言ってから、変に執着されて」


 「殿下たちは女性から媚を売られたり、好意的な感情を向けられることには馴れていて、下手すればそういう事には辟易してたりするんだろうけれど、完全に女性から拒絶されるなんて初めてで、傷付いた自尊心の回復のための代償行為として相手に惚れさせようとしているうちに、それを恋と勘違いしてしまってるだけだね」

 

 「殿方とは面倒なんですのね」

 

 思わず口をついてしまって、ガドラン殿下が項垂れているのを見て慌てて謝罪します。


 「申し訳ありませんわ。兄上様にたいして」


 「いや、今日の兄上は私から見ても気持ち悪かったし、先生の推測通りならば、多方面に失礼極まりない。多少傲慢なところはあったが、それも王族としての振舞いとして問題ないか、寧ろカリスマとしてはふさわしいまであったんだが、あぁも残念な方向に拗らせてしまうとは。ただ、もし推測があたっていたなら、拗らせた感情が裏返れば、サーシャさんを攻撃し、悪者にしたてることで自身の立場を回復されようとするだろうね。自分を弄んだ悪女が今度は第3王子に乗り換えたなんてね」


 「あり得るねー。自分の行動の是非を相手に押し付けるのは常套手段だからね」


 殿下と先生の推論に顔を青くされるサーシャさんのお手をわたくしは握り、頭を撫でていました。だって、恐らく彼女は自分のことよりわたくしたちに迷惑をかけたと悩んでおられるのよ。なんて可愛いらしいのかしら。

 

 「サーシャさん。安心して。わたくしは友となり、同い年ですが、望んで妹分となられた貴女をお守り出来ぬような不甲斐ない女ではありませんわ。貴女はわたくしが気に入って側に置いたのです。その為にリュドラン殿下から、ガドラン殿下が引き離してくださった。被害者を加害者から引き離して差し上げたのに、加害者側が宣う好き勝手な言葉など、全てはね除けてあげますわ」


 「あー、勿論だ」


 「ありがとうございます。私、お二人には身命を賭してお仕えいたします」


 覚悟を決めた表情で頭を下げる彼女にガドラン殿下もわたくしの余裕の表情で大丈夫と声をかけますが、わたくしたち二人もまた、内心では覚悟を決めねばなりませんでした。


 たった一人の女性を巡る、実に情けない理由のトラブル。そんなことが発端でも、これまで頑なに争いを避けていたガドラン殿下が正面から兄上様相手に戦うことになったのです。半ばガドラン殿下を担ぎ上げることを諦めていた者たちも盛り上がるでしょうし、アークス侯爵のように、兄と妹をそれぞれに分けて近付けさせる者も、活発にどちらが有利かを見極め始めるでしょう。


 本人の意思に拘わらず、継承争いに発展させようとする者たちをどう諌めるか。リュドラン殿下とどう関係を改善するのか。


 わたくしたちの平穏な学院生活に波が立ち始めたのでした。




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