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 「さて、ルーミアン嬢、これで魔法が使えるようになった訳だ。まだ修練は必要だが、元々の魔力の量と質は人のそれを凌駕するものだし、魔力回路も特級品だ。訓練しだいで最高階位の魔法行使もそう遠くはないだろう。まだカリキュラムも始まったばかり、今からでも実技の授業に編入するかい」


 アドラ先生は笑顔で提案してくださいます。



 「それがいいですわ、お嬢様。お嬢様を貶める噂を払拭してしまいましょう」


 それにアンも同意のようですし、護衛のルイも頷いております。


 「いえ、まだ隠しておきましょう」


 「何故ですか、お嬢様っ」


 アンは悲壮感を漂わせた顔ですがるように問い質して来ますが。


 「わたくしを含めてノーブル侯爵家は誰一人として、わたくしが魔法を使えないとは公式に発言してはいないのです。魔力試験も高位令嬢として、少ない人数での試験でしたし、わたくしが魔法を使えないと知っている者は限られていたのです。自身で見もしない噂だけで、令嬢を貶めるような言葉を口さがなく喧伝する者たちにはもう少し踊っていただきましょう」


 「それでいいのかい、すぐにでも汚名を(すす)ぐことも出来るのだよ」


 先生は不安そうな顔で問うて来ますが、わたくしは笑顔を浮かべて返します。


 「ガドラン殿下は継承争いを避けたいご様子。ならば、御輿として担ぎ上げられる要素は今のところは排除すべきです。そうとも言ってはいられない状況になってきていますから、わたくしと第3王子派を貶める者には存分に策に嵌まって貰いましょう」


 そう言い切ると、先生は呵々大笑されて、暫くは笑いを抑えられないようでしたわ。


 「いや、失礼。そうだね、汚名返上の機会なら何時でもあるし、出来るならば派手にやろう。嬢の言うようにキナ臭い状況にもなっているし、このことは学院教師陣でも信頼出来る者だけで共有することにしよう」


 「お気遣い重ね重ね申し訳ありませんわ。この恩は必ずお返し致します」

 

 「いや、必要ありませんよ、生徒のために尽力するのは教師の勤めであるし、何より、この件が公表出来るようになれば、魔力封じの新たな活用法や、これを踏まえた新しい術式の開発などで、私の名声はまた一段と高まる筈だ。お互いに利がある以上は礼をされる謂われ等無いと云うものです」


 侯爵家に多大な恩を売れる機会だというのに一切興味はないと切って捨てる清廉さと潔白さはお父様の好みですわね。対立派閥の人間で無ければ取り込みたかったでしょうね。

 家督を継がない予定であることで、もう20も半ばを過ぎて、まだ妻子がいないことが隙でしょうか。

 寄り子のめぼしい家柄のお子との縁談を今回のお礼にと薦めては逆に迷惑かしらね。



 帰りの馬車の中、アンは頻りに旦那様と奥様に早くご報告しましょうと我が事のように興奮して嬉しそうです。

 こうして喜んでくれる侍女が可愛くて、そして嬉しくて仕方ありません。


 「そうね、早くお知らせしたいわ」


 「えぇ、絶対にお喜びくださいます。若様も含めて、今日は入学祝い以来の盛大なパーティーになりますわね」


 実を言えば、護衛のルイの手配で既に早馬が侯爵邸に走っていますが、ルイとアンがご家族にはお嬢様自らお知らせになった方が良いと、それとなく口止めもしたようですの。

 なんだか分からないうちにパーティーの準備が進む侯爵邸で、お父様たちの困惑ぶりが目に浮かびますわ。


 「わざわざパーティーなんて開かなくてもと思いますけれどね」


 「何を仰有いますか、この事を知って、もし使用人一同、祝いの準備をしていなかったとなれば、我等は旦那様に叱責されてしまいます。何より、我等が姫の記念すべき日なのです。使用人一同も祝福したいのは同じなのですよ、お嬢様」


 普段は口数の少ないルイにこんなことを言われては、少し照れてしまいますわね。ありがとうと心よりの笑顔で返すと、アンもルイも涙を浮かべて喜んでくれましたの。


 そんな帰りの車中。わたくしは学院で起こっている出来事に思いを巡らせておりました。


 「大事とならなければ良いのだけれど」




 学院で起きている大きな出来事、そのもうひとつ。


 実のところはまだ火種が燻っている程度ですが、この火種が大問題でして。


 第2王子リュドラン殿下と、その供回りの者たちの間の不貞騒動が静かに学院を騒がせ初めているのです。



 王立聖アルザネル学院、王候貴族の子息子女が通う由緒ある学院ですが、特例として平民が編入することも稀にあります。


 今年度も、2学年に男子2人が、そしてわたくしと同じ1学年に女子1人の計3名が平民の通う学舎から編入となりました。

 

 取り分けてわたくしと同じ1学年の女子、サーシャさんは魔力の特性、量共に優れており、その上、基礎的な学習をほぼ終えていて、礼節やマナーも王宮に仕えるにはまだまだといったところでも、貴族家の侍女としてなら問題ないレベルだと言うのです。


 幼くしてご両親を流行り病で亡くされて、孤児院を営む教会に引き取られて育ったそうなのですが、そこでの教育を熱心に受け、いずれは女性官僚の道もあると教会より推薦を受けての編入だったそうで、既に新興のバゲロ男爵家が養子として迎え入れる準備をしているとの噂もあります。


 実際、入学当初は平民とは思えないほど、マナーもそこそこで、得手不得手で差はあるものの、総じて座学も優秀なことに間違いないようだと、概ね好印象だったそうなのですが。


 リュドラン殿下が国の将来には優秀な人材は欠かせないと、平民より学院に編入した生徒を集めて、側近候補の方を交えて意見交換の場を設けたのです。

 そして、そこから何故か彼女だけが殿下方に呼ばれては側に侍ることが増えたそうで。

 

 それでも当初は平民出身とは思えぬほどに優秀な彼女から、民草の目線から見た国の改善案を聞くためだろうと思われていたのですが、あまりに頻繁に呼び出す上に、ついには殿下自ら1学年の教室へと足を運ぶ始末。


 現状は相応の距離での接触なことと、彼女の元に遣わされた、バゲロ男爵家縁のモンサナ騎士爵家の令嬢が侍女としてついていることで、下位身分の彼女は断れずにいるだけだろうと、むしろ王子に非難が集中しておりますが、それでも女生徒たちを中心に妬み嫉みのような感情が渦巻いているのも事実ですわね。


 「エレナ様も大変ですわね」


 思わずと溢れた一人言にアンが、やや間があってそうですねと、返してくれます。


 「大公家のご息女としてリュドラン殿下の婚約者ですものね。ただでさえ気苦労も多いでしょうに、肝心の殿下に隙があっては大変ですよね」


 アンの言っていることは学院の多くの者が感じていること、だからこそ。


 「このまま行けば元凶の排除になるでしょうね。王家、学院共に、それが最善ですから。ですが、教会の推挙で来られた方、彼女に明確な非が無いとなれば、拗れるかもしれませんね」


 そう言うと、アンとルイは難しい顔で黙り込みましたが。


 パンっと手を叩く音と共にアンが可愛らしい声で話を遮りましたわ。


 「お嬢様、今日はお嬢様の素晴らしい記念すべき日なのです。そのようなことでお嬢様のお心を曇らせるのは明日にしてしまいましょう。そもそもお嬢様には直接は関係ないことですし」


 それにルイも応じます。


 「そうですよ。ガドラン殿下のことで、関わりが無いとは思いますから、お優しく常に回りに気をかけるお嬢様が気に病まれることは理解いたしますが、今日はお嬢様がご自身を何より労れるべきです」


 アンがよく言ったとばかりにルイの肩を叩いていて、ルイもされるままに照れていて。


 「そうですわね。今日はわたくしのために残りの時間を目一杯楽しみましょう」


 そうすることにしましたわ。



 家に帰りつきますと、使用人たちは皆、お祭り騒ぎといった雰囲気で、邸内は年越しの祝いもかくやとばかりに飾り立てられています。

 早馬が先に出たとはいえ、短時間でよく此処までと驚いてしまいます。


 わたくしが帰宅すると侍女長のレオナの指揮でわたくしの支度は改めて調えられて、家令のシャナスがお父様たちを集めてくださったようです。

 お父様、お母様、お兄様ともに礼装になっていて、なぜか叔父様や叔母様に従兄弟たちまでいます。うちの使用人たちはパーティーの趣旨を隠して、どうやって短時間で此処まで人を集められたんでしょう。改めて我が家の使用人たちの凄さと、大切にされているのだと嬉しくもあり、少し負けられないという気持ちとなりましたわ。何と勝負しているかはわかりませんが。


 「あぁ、ミア。シャナスにミアの大切な記念日だとパーティーを開くことをいきなり伝えられたのだが、何の記念日なのかはお嬢様から直接お聞きくださいと言われてな。私もアディーもロットも心当たりがなくてな」


 申し訳なさそうに不安そうにいうお父様に、反対に申し訳なくなりますわ。心当たりがなくて当然ですものね。

 


 「実は魔法が使えるようになりましたの」


 そう言った途端に、お父様、お母様、お兄様は一瞬、時を止めたように固まりましたが、そうかと噛み締めるように喜んでくださるお父様に、ぼろぼろと泣き崩れながら、侍女長のレオナに支えられて良かったと繰り返すお母様。わたくしの肩に優しく手をおき、頭を撫でながら、おめでとうと普段は令息として決して見せない満面の笑みで祝福してくださるお兄様。


 本当にどうやって用意したのかという、豪華絢爛な食事と、お父様秘蔵のワインが開けられ、我が家と叔父様、叔母様に従兄弟たちも交えた小さなパーティーは盛大に執り行われたのです。


 本当にありがとう。



 

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