プロローグ
わたくし、ノーブル侯爵家の長女ルーミアンは魔法が使えない失格者として貴族社会の一部で冷やかな視線を送られております。
ことの発端はわたくしが産まれた時に遡ります。
お母様の出産に立ち合った者たちの話では、わたくしが取り上げられた時、その全身が仄かに発光しており、その色は虹色に煌めいていたそうですの。
正直、わたくし事ながら、ちょっと怖いと思ったのは遠い昔の話です。
発光は暫くすれば消えたものの、目撃した方々の驚きは大変なものだったようです。恐らくは魔力過多による現象であろうと結論付けられたのは、わたくしの誕生から3日ほどたった頃、同様の現象がなかったかを検証した当家と、その縁者の奔走によってだったそうです。
その後も当家お抱えの医師を初めとし様々な専門家によって診察を受けたものの、体調自体に問題はないとわかるまでに1ヶ月をようしたそうで、これは単純にわたくしを愛してくださる両親がわたくしのことを心配したためです。
そうして、数えで5歳を迎えるころ、魔力測定の儀が行われたのです。
魔力測定の儀は数えで5歳から10歳くらいの子供に行うものです。
王都周辺の教会ですと毎年行うだけの神官と魔道具が揃っているのですが、それ以外の地域ですと、神官と魔道具を持ち回りで行うために数年置きになるんです。
王都にある侯爵家所有のタウンハウスで育ったわたくしは王都でも最も権威ある聖バロナス教会で魔力測定の儀を受けましたの。
魔力測定の儀は水晶玉のように見える特殊な魔道具を使うのですが、触れると、触れた者の魔力の質や量に応じて、様々な色の光で発光するため、その色や発光具合で魔力の傾向と単純な魔力量を測るものです。
発光具合や色により、魔力量や質が高いほどに魔法適性が高いとされているために、貴族だけでなく、ひろく平民からも素質ある者を見出だすために行われるこの儀で、わたくしは2度目の事件を起こします。
聖堂を隈無く照らす程の光が虹色に煌めいたと思った矢先、魔道具である水晶玉は真っ黒く炭化したようになり、それから灰となって崩れ落ちてしまったのです。
大切な魔道具を破壊してしまったことに焦り、パニックになるわたくしを大神官様が祝福してくださりました。
「凡そ人の身に宿すことが出来ない程の魔力とあらゆる属性を網羅した神の如き魔力ですな」
その当時のわたくしは良くはわかりませんでしたが、とても誉められているのだということだけはわかり、お父様たちの元に喜んで戻ったのです。
「やりました、お父様」
そう誇らしく言ったわたくしに。
「ああ、立派だね、ミア。ただ、お父様は何があってもミアのお父様だ。それを忘れないでくれ」
どこか難しい顔をした両親と、心から凄いと誉めてくれるお兄様とのギャップも、その時のわたくしにはわかりませんでした。
数えで10歳になる頃より、魔法の使い方を教わるようになり、3度目の事件へと発展していきます。
えぇ、結論から言えば、わたくしは魔法が一切使えなかったのです。
膨大な魔力をコントロールし、固有魔法の発現も期待された、わたくし。
だからこそ、第3王子殿下との婚約の打診も来ていた、わたくし。
結果としては固有魔法どころか、子供すら使える灯すら使えなかったのです。
「魔法が使えなかったとして、ミアの価値がなくなる訳ではない。ミアは頭もよくて、マナーもよく勉強している。それに何も出来ずともミアは私たちの大切な娘だ」
申し訳ありませんと泣きじゃくるわたくしの頭を撫でて、お父様はこう言ってくださったわ。
殿下との婚約を保留にしていたのも、これを危惧してだったとか、多分魔力測定の儀の時から、こうした不安があったと思うとお父様の思慮深さに驚き、尊敬するとともに、愛の深さに家族ながら照れるとともに嬉しく思います。
わたくしの家族も当家の使用人たちもわたくしを愛してくださりますが、他家までがそうとはいきません。
貴族ならば魔法は使えて当たり前、その階位こそが貴族としての格を表すのだと思っている方もいるのです。
当代の陛下も鼓舞という固有魔法をお持ちです。発動時間は短いものの、指定空間内にいる対象者の能力を引き上げる効果があり、戦時は勿論、平時でも有用な魔法です。
そして、第3王子殿下もまた「一騎当千」という自身の能力を大幅に引き上げる魔法をお持ちなのです。
発動条件は公表されていないものの、僅か数えで13歳にして、演舞場にて披露した100人斬りは王都の話題となりました。
国軍の兵士100人を相手に殿下1人が立ち向かわれ、木剣同士でメイルも着込んでいたとはいえ、全員を打ちのめして御覧になったのです。
同い年の殿下の見事な固有魔法、そして筆頭侯爵家の「魔法を使えぬ娘」、侯爵家を影で貶める者が出てくるのも必定でした。
「お父様、わたくしを寄り子の下級貴族家へと嫁に出してください。寄り子の家の方にとっても侯爵家の娘を迎えて繋がりを作れればメリットはあるでしょうし、当家の名誉も守られます」
王立聖アルザネル学院、王候貴族の子息子女の通う学院への入学を翌年に控えた14歳のとき、中々に婚約者の決まらないことに対して、わたくしはお父様に提案したのです。
初めてお父様に叱られました。
「そのような勝手なことを申すでない、第3王子殿下との婚約の話も保留のまま、王家より取り下げられていないのだ。父がお前に相応しい相手を必ず見つけてあげるから、自棄になるんでない」
わたくしが魔法を使えないと言うのは当初は当家でも箝口令が敷かれておりましたが、王家からの婚約の打診を断りきれなくなったお父様が事実を打ち明けたそうです。
そのあと、何故かわたくしの魔法が使えないという話はあちこちにひろまりました。
多くの家庭教師を呼び、魔法師を呼ぶも、古い文献を漁るも甲斐なく結果に結び付かぬまま、ならば、婚約の打診も取り下げてもらい、淑女教育を受けられる女学院への進学へと切り替えればよいと、お父様も思っていたようなのですが、何故か婚約の打診は取り下げられず、魔法が使えないという情報は漏らされたのです。
「王家は何を考えているのだ」
お父様とお兄様が苛立って王家の不満を口にすることが増え、当家の使用人たちも王家への不信を高める中、第3王子殿下の婚約者候補として、わたくしは王立アルザネル学院へと入学したのでした。
「ノーブル侯爵家令嬢であるルーミアン嬢で間違い無いだろうか」
学院の入学式当日、式を終えたわたくしに語りかけて来たのは第3王子殿下であるガドラン殿下でした。
「お初にお目にかかります、ガドラン殿下。先ほどの新入生代表挨拶は見事でございました。わたくしはノーブル侯爵家の長女ルーミアンで間違いございません。何かご用でしょうか」
わたくしが挨拶とともに返事を致しますと、殿下も慌てたように挨拶を返してこられました。
「あー、すまない。私は第3王子であるガドランだ。それで申し訳ないのだが、このあと少し時間を貰っても構わないだろうか」
王族ゆえに頭を下げることなく、殿下はわたくしに伺いを立てます。断る理由も無いため、わかりましたと了承の意を告げますと、殿下は破顔されて安心したように見受けられました。
「良かった。部屋を手配してある。ついて来てくれるかい」
「えぇ、わかりましたわ」
そうして、案内されたのは式を行った大講堂近くの応接室のような部屋でした。
「あまり外部に漏らしたくない話でね。護衛がいるとはいえ、扉を閉める無礼を許してくれたまえ」
部屋にいるのはわたくしと殿下のほか、わたくしの侍女と護衛が1人づつと、殿下の侍従と護衛と思しき男性が1人づつ。部屋の外にも殿下についていた護衛らしき方が残って見張りをしているようです。
「構いませんわ。わたくしの侍女もおりますし、殿下と二人きりという訳ではありませんから、あらぬ噂を立てられることもございませんでしょう」
「ありがとう。……早速で申し訳ないが本題に入るけれど、私とノーブル侯爵家令嬢、つまりは貴女との婚約を王家が譲らない理由をお伝えしたくてね」
「それはわたくしではなく、父へ直接伝えるべきでは」
婚約を決めるのは最終的にはお父様ですから、わたくしに甘いお父様ですから、わたくしが嫌と言えば、それを叶えてくださりそうですけれどね。
「その通りなんだが、実のところはお父上にも伝えてはいるのだ。ただ、どうにも進展が無いのでね。お父上の不安もわかった上で外堀を埋められたらと」
「そうなんですの。因みにですが、このまま聞かずに帰る選択は出来まして」
わたくしの言葉に殿下は難しい顔をされて、ややあって頷かれました。
「あぁ、無理にとは言わない。聞けば婚約を断るのは難しくなるだろうからね」
何と無く察しがついてしまったわたくしは続きを促すように手を差し出しました。
積極的に聞くとは言わないけれど、耳に入ることは拒否しない。その意図を汲んでくださったのか、殿下は事情を語り始めました。
我がアルスラント王国の現国王陛下、王妃殿下の間には3人の子がおります。
正確には3人いたと言うべきですね。
「第1王子であった兄上が生まれついて病弱で幽世へと旅立たれてしまったのは齢10に満たないころだった。今、立太子に最も近いのは第2王子であるリュドラン兄上だ」
「わたくしたちの2つ上でございますから、今は学院の最終学年、卒業と同時に立太子される予定と噂されておりますわね」
「あー、その予定なんだが、どうにも私を次期国王にしたい者たちもいるようでな。私は成婚後は公爵位を賜り、王領の一部を預かって一代限りの公爵となることがほぼ決定しているというに」
「なので、現状では家格は申し分なくとも魔法が使えないわたくしとの婚約で王位には興味がないと示したいと」
「失礼なのは承知の上だ。貴女が素晴らしい人物だと言うのも家庭教師を勤めた者から聞き取っている。だが、実際に魔法行使の優劣をそのまま貴族としての能力の優劣に直結する者もいる。兄上に万が一のことがあった時のために私も継承権を返上することも出来ないのでな。そもそも、これは王宮の一部の者だけが知っていたこと、貴女の名誉のために漏らすことなどあってはならないと言うのに」
殿下は苦渋の顔でどちらの派閥にも疑わしい者がいることが嘆かわしいと呟いておられます。
第三王子の足を引っ張りたい者も、婚約者を望む者にすげ替えたい者もとなれば、確かにどちらの派閥にも疑わしい方がいるのでしょうね。
お父様は王家が何故拘るのか分からないと仰有っておられたけれど、内心は不思議だったのです。恐らくはこんなことでは無いかと思ってはいましたから、ただ、表だって言える話ではありませんから。
お父様としてもわたくしには伝えたくは無かったのでしょうね。
「宜しいのではなくて、無駄な争いで国内を疲弊させる必要もありませんし、ノーブル侯爵家も旧くは王家との縁もある家柄ですから、公爵夫人としては問題ないでしょう」
「あぁ、そうだ。魔法が使えないことなど、公爵夫人になることに何の問題にもならない。それに学院にいるうちに使えるようになるやも知れない」
わたくしの言葉に殿下が意を得たりといった風情で食い付きましたが、迂闊な言葉ですわね。そのように簡単に行くなら、わたくしはとっくに魔法が使えています。まぁ、そんなことは言いませんが。
「えぇ、そうだといいですわね」
笑顔で言ったものの、殿下は失言に気付かれたよう、気まずい顔をされて。
「いや、配慮が足りなかった。申し訳ない」
そう、頭を下げられました。王族でありながら、表情を繕うことも得意でなく、こうして些細なことで頭を下げてしまわれる辺りは国王には向いていないのかもしれませんね。それとも、わざとそうしてらっしゃるのかしら。
「頭をお上げください。王族の方に低頭されるほどの大事ではありません」
「いや、貴女と貴女の家族のこれまでの努力を軽んじる発言だった。婚約を申し込んでいる方と、その家族を軽んじるなど、軽々と許されて良いことではない」
誠実な方ではあるのね。真剣な表情の殿下を見て、この方となら、多少の悪意に晒されたとして乗り越えられると思ってしまったわ。
「わたくしの一存では決められませんが、父には婚約を前向きに考えたいと伝えますわ」
そう言うと、殿下はありがとうとまた破顔されたの。かわいい方ね。