03
シュクラの国は数千万からの民を養う。主食は米の他に種々の雑穀、他に野菜や果物、魚介類、鶏、豚を好む。羊や牛はあまり食べられない。綿、麻の栽培も盛んだが、特に絹の産出国でもある。また玉、陶器の製造も盛んだ。
王族を中心に世襲制の貴族たちが国を治める中央集権国家だが、地方にはいくらかの藩王や豪族を抱え込んでもいて、なかなかに複雑な制度の上に成り立っている。また、国民は一律に同じ神を崇め、そのため神殿が強い権力を握っている。王は名前の無い唯一の神によって権威付けられ、独特の宗教観が社会に根付いている。
カグワトは、そのシュクラに特有の習慣だ。
家に仕える専任の神子のようなもので、家名を継ぐべき嫡男の『護り』というべき存在だ。大抵その家の次男か庶子が、十三かそこらのときにカグワトの儀式を行って長男に仕えるものだ。護りといっても武術に長けた弟が、兄の護衛をするということでは無い。もっと呪術的なもので、例えばムンナイトの「守り人形」のようなものだ。持ち主に危機のあったときに、代わりに危険を身に受けて砕けると言われるあの泥人形を、人間に置きかえれば一番飲みこみやすい。常に身につけておくあの人形とは違い、カグワトは大抵屋敷の奥深くの一室に、ひっそりと暮らして主の訪れを待つ、厳しい戒律に縛られた霊的な存在だ。神殿の僧侶なみの潔斎を強いられ、当主以外の他人には顔を見せることも憚り、また結婚などももちろん禁じられている。それを侵せば本人にも、またその主にも災いが及ぶと信じられている。
実際不思議にカグワトの死亡率は高いし、それも主が戦や商用の旅行などで不在の間に集中するという。そういうことがあると、皆、ああ、またカグワトが主の命を守って身代わりに死んだのだと納得して疑わないし、帰ってきた主に聞いてみると不思議と危ないところを助かったり、病気になって死にかかったりという経験をしているものだ。
カグワトとは、主の代りに災難を身に引き受けて死ぬ聖なる供物だ。
一昨年最初のカグワトだったすぐ下の弟のリンホアを亡くし、その後迎えたのがエンジュだ。
エンジュは今年十七、リンホアとも私とも母の違う異腹の弟だ。王都から三日ほど行った海辺に、ハユルという美しい商業都市がある。父が一時期そこへ滞在していた折、花街の妓女に産ませた子で、十六歳まで青楼で楽人となるべく育てられた。母の方は中々きつい女性だったらしい、父は身請けして家に入れたがったらしいが、自分は武家の家風には馴染めないだろうと頑として申し出を受けなかった。しかしその彼女も数年前に亡くなり、一人になったエンジュを新しくカグワトとして引き取ったのだ。
そんないきさつのせいか、エンジュはカグワトとしては少し奔放過ぎて、時折手に余った。廓一の芸妓の息子として甘やかされ、贅沢に育ったせいか、子供っぽくて落ち着きが無い。歳より無分別で無作法なのも仕方が無いのかもしれない。生まれた時からカグワトとなるべく躾られたリンホアなどとは違うのだ。
しかし、今日はいつにもまして酷い。赤の他人に顔を見られるなど、カグワトとしてあってはならない失態だった。