15 轟音
騎馬の一団が森を抜けてやってくるのが見えた。殿下の鹿毛の四歳は、美々しい駿馬の中でも殊更目立つ。盛装した若者と談笑しながら、大勢の従者や犬、勢子を引き連れている。すぐ隣りに見えたのはギタンだ。
すっかり若者同士で馴染んだように見えたが、殿下は私の姿を見付けて、嬉しそうに手を振った。軽々しい振る舞いだと思いながらも、つい嬉しくなって微笑んだ、その時。
空が割れるような轟音がとどろいた。一瞬、閃光が走る。
人間が驚くよりも敏感に馬たちが浮き足立った。私の愛馬も動揺したが、すぐに宥め落ち着かせる。青毛の古馬とは共に先年の戦場を駆けた仲だ。お互いの信頼があるから、多少のことでは肝を失くしたりはしない。
慌てて殿下の姿を目で探した。見やると、馬の群れは踊るように総立ちになっていなないていた。二、三落馬するものさえある。人も馬も経験が浅いものだからなかなか騒ぎは収まらない。一声、ひと際高くいなないた馬があったかと思うと、土煙の群れを離れ、矢のように突進していく影があった。
「いかん」
殿下の鹿毛だ。私は慌てて愛馬の腹を蹴り、飛び出した。
馬はもともと小心な生き物だ、大きな音や突然の光には非常に脆い。まして殿下のお気に入りは、平時でさえ気の荒い問題のある馬だ。
苦々しく舌打ちし、さらに馬に鞭を当てて追う。
殿下は必死に馬にしがみついている。既に手綱は手を離れ、つかんでいるのはたてがみだ。非常にまずい。
「殿下ッ」
「ハンユ」
真っ青な顔でこちらを振り向いた。幸い、こちらの馬は殿下のものと常から足では負けないし、あちらほど疲労してもいない。我を失った馬は真直ぐ森へ向かっている。この勢いで馬上の殿下を木の枝にでも引っ掛ければ、或いは転びでもして下敷きにすればと思うと気が気ではない。手綱を取って宥める暇も無かった。
馬を殆ど横付けにして殿下をこちらに抱き取ろうと手を伸ばした、そのとき、左肩に激しい痛みが炸裂した。
「ハンユ! 」
殿下が叫ぶ。バランスを失って殿下を抱いたまま落馬しかかるのを、腿で鞍を挟み込み、手綱にしがみ付いてなんとかとどまった。殿下は私の左腕にしがみ付いて馬を飛び移った。殿下の馬が驚いて棹立ちになり、もんどりうって倒れる。
ゆっくりと立ち止まった青毛から、私はずるりと力なく落馬した。殿下の襟を固く握った私の左手。痺れて動かない。腕を無理に振ってもぎ離した。
「ハンユ」
殿下が叫んで身軽に青毛から飛び降りた。手を貸して地面に横たわらせてくれる。左肩は、今はもう痛くは無かった。頭を反らせて覗こうとすると火箸を押し付けられたような熱が走った。
「動くな。射られた。骨を傷めているかもしれない」
制されて浅く息をついた。傷口の感覚は急速に失われつつあり、逆に激しい熱と痛みが周囲に散る。冷や汗が額から頸からぐっしょりと噴き出した。今にも気を喪ってしまいそうだ。これはただの矢傷ではない。ようやくばらばらと駆け寄った従者たちに、
「侍医をっ」
殿下の鋭い叱咤が飛ぶ。ギタンが慌てて馬を駆るのが見えた。細い指が私の傷口を探ろうとするのを、慌てて牽制する。
「傷に触れては、なりません。毒、のようで」
幼さの残る顔からすっと血の気が失せ、殿下はためらいも見せずに私の傷口に噛み付くように吸い付いた。
「いけない、何をっ、貴様ら、殿下を止めろ! 」
絶叫したところまでは覚えている。