00 アユーシ
十八の年、生涯最初で最後の見合いをした。
相手は同じ武家のヨウ氏の一人娘、アユーシという名の二つ下の華奢な少女だった。
私は当時、まだ身分から『見習い』の名称も取れない時分で、リンホアをカグワトにも迎えていない半人前だった。
一度目は、アユーシの実家で引き合わされた。引き合わされたと言ってもヨウ氏の邸を父の遣いとして訪れ、客間で主が来るのを待っていると、窓の外を愛らしい少女が通った、それだけのことだ。家に帰ると、父が窓の外を女が通ったはずだがお前はどう思ったと訊くから、美しい女性だと思いましたと答えると次の機会が設けられたのだ。
再び父に用事を申し付けられて訪れると、今度は茶を出すために先の少女がやってきた。それがアユーシだった。
黒い豊かな髪を、慎ましく布に包んだ清楚な少女だった。淡い色の上着を着て、花の蕾のように愛らしかったのを覚えている。
彼女は私を庭に誘った。そして、私達がどう言う理由で引き合わされたのかを説明してくれた。そこで初めて父がこの魅力的な娘を私の花嫁に迎えるために画策していることを知った。
うちに帰ってまだ十二歳だったリンホアに報告した。後に私のカグワトになる、大切な弟に、ともに喜んで貰いたかったのだ。彼はまだほんの子供で、私の部屋で共に寝起きをしていた。結婚を急げば弟がまだ俗人のうちに婚礼を上げられる、そうすれば彼も婚儀に出席できるし、嫂となる人に紹介も出来るだろう。
私は自分の中の詩人を総動員して弟に語り聞かせた。彼女がどんなに美しかったか、淑やかで慎ましかったか。あんな女性を迎えれば、屋敷も明るくなるだろう。生活に彩りが与えられるだろう。私は有頂天だった。父はだらしない男で、屋敷に女の出入りは絶えなかったが、主婦と呼べる存在が長く居た事は無かった。私は女性がきりもりする細やかな心遣いの行き届いた家庭に憧れていたし、また、一度妻を迎えれば一生その女性を大切にするのだと心に決めてもいた。
アユーシが出奔したと聞いたのは、その翌朝のことだった。