文月 後編
せんたっきの音…
時計がゆっくりゆっくり進んでいく。
雨がざあざあ降っている。
「蓮さん。来てくれたんだ。」
ピンポンが鳴って、モニター越しに私が言った。
「さっき行くって言ったじゃん。」レンが笑顔でそう言った。
「蓮さん、お仕事は?」
「今日休み。土曜日なのにすごいでしょ。」
「わあー」レンがうさぎを見てか、部屋を見てか、小さく声を上げた。
「2羽もいる。かわいいな」「動物がいるのに毛もホコリもなくてきれいな部屋だね。」「さすが映画好きはテレビ大きいね」「ランタンめっちゃかわいいね」レンがはしゃぎながら一気に言う。
レンは甘いものとお酒を買ってきてくれていた。
スイーツが死ぬほどある。
色とりどりの、ばえそうなマカロン。
レンみたいだ。手に収まるふわふわとした、甘いパステルカラーのお菓子はレンの雰囲気そのものだ。
「お酒…あの時バーで飲んだ以来だ。」
「たまには良いと思って。」レンがワインやビールを雨でびしょびしょの袋から取り出す。
私の部屋にはソファーが無い。ふたりして体育座りで映画を見てたまにおしゃべりをする。
雨が叩きつけるように降っている。
レンはこの激しい台風の中、帰ってしまうのだろうか。
帰ってほしくない。
自分が思っていたより激しくレンを想う自分に気付く。
「どうした?…悲しそうな顔して。」レンが驚いたように言う。
「蓮さん。」私はそう言って、ふうと息を吐いた。
帰したくないなんて言ったら、気持ち悪いと思われるに違いない。
レンの手が私の髪をなでた。
「……帰ってほしくない?」レンが訊いた。
私は小さく頷いた。
それを見て、レンが私をぎゅっと抱きしめた。
「ありがとう。」
「……僕は希さんが好きだ」レンが言った。
「私も…、初めて会った時から私は蓮さんが好きです。」
レンの髪は、メープルシロップみたいな香りがする。
柔らかく私を抱きしめる。
安心して眠ってしまいそうだ。赤ん坊みたい。
雨が大嫌いだったが、私は雨を好きになった。
レンに好いてもらえて、初めて自分が自分で良かったと思えた瞬間だった。