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レン  作者: N
5/11

文月

職場で飛来物の損害の車の事案を担当した時だった。

中年の女性の契約者だった。

急ぎの案件だと連絡をよこしたくせに、なかなか電話に出ない。

定時も近く、社内が少しバタバタとしていた時のことだった。


「お車の保険でお世話になっておりますー!千葉と申しますー!」

「はあー?」

「お車の保険でお世話になっておりますー!千葉ですー!」

「今運転中なのよ。全然聞こえない。」

「お急ぎと伺いましたー!私どもあと40分で営業終了となりますー!電話が難しいとのことであれば、メールでのご対応も可能です!いかがいたしましょうかー?」けっこうな大声だ。聞こえているのだろうか。

「メールとか…分かんない。あーもう今車止めるから…」

何だかヒステリックなおばさんだ。嫌な予感がした。


車を止めたというおばさんと話をする。

「お車のご使用目的を伺っても宜しいですか?」

あれ?この人、土日にしか使わないっていう契約だ。

なのに、飛び石の被害を受けたのは平日の朝5時だという。

何か変だな。

そう思い、慎重に聞こう、そう思ってした質問だった。

まあ、怪しくなくてもしなきゃいけない質問なのだけど。


「通勤で使ってたら、何かこう、トラックが来て石が飛んできたって感じで。」

「通勤で使われていたのですね。月に何日ほど通勤で使われていますか?」

「…え、え、何で。ほぼ毎日。」

「恐れながら、水原様のご契約ですとレジャーでのお使いとのことになっています。通勤でほぼ毎日ご使用であれば、契約内容の変更が必要で御座います。契約部門から直接水原様に連絡がありますが、申し訳御座いませんが、ご対応をお願い申し上げます。」

「契約部門からって、いつ?」

「今日はあと30分で営業時間終了ですので、明日以降になります。」

「保険料変わるの?…どのぐらい?」

「契約部門と直接お話して頂いて、いくら変わるのかが分かります。…なので今すぐのお答えが出来かねます。」

「…」

「お車のご損害のこと、もう少し掘り下げて伺っても宜しいでしょうか。」

「失礼ですけど。」

「はい。」ヤバいな。おばさん怒ってる。

「保険の案内、初めたてですよね。不快です。」

その後も、おばさんは何か言っていた気がする。

私はひたすら「申し訳御座いません」と繰り返した。

焦りが止まらない。時間だけが過ぎていく。



定時にダッシュする、そんな金曜日を夢見ていただけだ。

私にどうしろって言うんだ。

こんなの、何度目だろう。

いつになったら私はうろたえなくなるのだろう。

いつになったら私はこんな馬鹿みたいに、

本当にこんな風に馬鹿みたいに傷付かなくなるのだろう。

自分が格好悪いと思った。情けなかった。


家に帰って首をくくる方法をググったりしていた。

飼っているうさぎが足をダンと鳴らした。

そうだ。私にはうさぎがいる。死ねないや。

死ぬのが怖いから口実を探していただけかもしれない。

東京都こころといのちのほっとナビ

何度か電話をかけてみる。

女性が電話に出て、今はどんな状況かと訊いてきた。

「自分を恥ずかしい人間だと思っています。」

「まあ…!」女性は小さい声で驚きの声を上げた。

「自分を社会になじめない底辺の人間だと思っています。仕事もできないそんな自分は、生きているだけで資源の無駄だと思います。」

「そんな…次から次へとご自分に対してひどいことを仰るのですね。」

女性は心底びっくりしたようだった。


そんな風にして散々な金曜日が過ぎていった。

数時間前に、レンからいつものように連絡が来ていたが、私は返さずに寝てしまったのだ。

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