蓮
帰り道には、弁当屋、獣医、パン屋…いろいろあって、
飲み屋もそれなりにあった。
一軒のバーの前で私は立ち止まった。
そこはアメリカ人の男性ふたりが経営するバーで客も外国人が多かった。
美味しいビールが売りらしい。
いつも繁盛していて、楽し気な雰囲気が平日でもあったのだ。
金曜の夜だというのに、今日も眺めるだけだったな。
きっと私が向こう側になることはないのだろう。
溜め息をついた。
「あのー」
あまりに突然でびっくりした。
男性から声をかけられたのだった。
ふわふわの髪の毛、丸くてクリクリとした目、
高い鼻、唇は厚くてまるで女の人のようだ。
背は高くないが、戦隊モノに出てくる若手俳優みたいだ。
歳は20代後半くらい。
「たまに眺めていらっしゃいますよね。」
「はい…。」
「あの、僕…ここの従業員なんですけど、良かったら入りませんか。」
控えめな調子で彼が言った。
「はい。」
言われるがままに入ってしまった。
急な展開に驚いた。
カウンターに案内され、とりあえず座る。
先ほどの青年が「何を飲みますか?」と尋ねた。
「あっ、えーと、ビールで。」
ビールが出されると、一気に飲んだ。緊張している。
「急に声をかけてすみません。あの…素敵だなって思って。」
店内は混んでいた。彼は声を潜めて、私の方へ身をかがめてそう言った。
何ですって。素敵だと?絶対に騙されない。
何か裏があるんだ。こんなうまい話がある訳がない。
物静かな感じを装って軟派な奴だ。
「ありがとうございます。」私はそう答えた。
「お名前を訊いていいですか。」
「のぞみと申します。」
「漢字でどう書くんですか?」青年が尋ねる。
「希望の希でのぞみと書きます。」私がそう答えた。
「僕は蓮といいます。」レンは言った。
「ここでバーテンダーをしています。」彼はそう続けた。
最初は軽い奴だと散々心の中で思っていたのに、
私はびっくりするほどあっという間に、
本当に、あっという間に彼の控えめな笑い方や声、表情、話し方を好きになっていた。