Ⅳ.苦いけど
「想いが届きますように」
これで8人目の配達。
風太は今夜も夢手紙の配達を終え、天国へとつながる扉をくぐる。
受け取り主に手紙を配達し終え、この扉をくぐる度に風太は複雑な気持ちを抱いていた。
手紙によって想いが伝わったとき、その想いを受け取った相手はどんな気持ちで目覚めるのだろう---
もちろん送り主はあちらへ残してきてしまったその愛する人へ、最後の気持ちを伝えることができてとても満足な気持ちになるだろう。
だけどもしかしたら受け取る側は悲しい気持ちが更にふくれあがってしまうのではないか。
残された人々は天国へ行ってしまった者への「葬式」というセレモニーを行い、「墓」をたてて祈る。
それは天国へ行った者に対して、というより、残された人々が自分の悲しい気持ちを消化するためのものなのではないだろうか。
夢手紙によってこちら側から語りかける必要はあるのだろうか。
この仕事をはじめてもう二ヶ月が経とうとしていたが、風太は仕事をこなしながらも、ぼんやりとそんな事を考えていた。
「お疲れ」
「お帰りなさい!」
いつもの二人が笑顔で風太を迎える。
つい先日しぃも初めての配達を行った。
本人はやっと自分も一人前になれたと喜んでいたが、この自分と同じような考えをもしかして抱いたのではないだろうか、と風太はふと思った。
「ただいま帰りました」
「最近迷子にもならなくなってきたし、やっと独り立ちできるかもな」
普段はゲンコツばかりの黒羽も、今日は珍しく風太に優しい言葉をかける。
配達使の仕事は10人目の配達を終えたら、つまり自分の便箋を手に入れることが出来たら、
その後は仕事を続けるかどうかは本人が選択できる。
3年以上この仕事を自ら進んでやっている黒羽は、一体どのような気持ちで夢手紙を配達しているのだろう。
ぐるぐると頭の中でそんな事を考えていた風太は、配達が終わったというのに難しい顔をしながら本部の門をくぐった。
「どうした?そんな顔して」
「---え?いや、なんでもないです」
黒羽に色々聞きたいことはあったが、そんな質問ができる度胸も持っておらず。
「腹でも痛いんですか?」
しぃも風太の顔を伺いながら、心配そうな顔をしている。
「ん……よし、二人ともちょっと付き合え」
「え?」
何かを感じとったのか黒羽は前を歩いていた二人の間を突き進んでいつもとは違う方向に歩き出した。
「どこ行くんですか?」
急に前を進みだした黒羽に二人が駆け足でついていく。
「酒だよ、酒」
しばらく黒羽について進んで行くと、一件の居酒屋に到着した。
こんなところあったのかぁ、などと考えている風太を置いて黒羽らはさっさと店に入っていってしまう。
「いらっしゃい!今日は一人じゃないんだねぇ」
甘辛いようなしょっぱいような良い匂いが広がっている。
そんなに店自体は大きくないが、ここもまたたきさんの喫茶店と同様温かい空気だった。
「生ひとつ。お前らは……やっぱ酒なんて飲まないよなぁ」
「俺飲みたいです!」
きょろきょろと店内を見渡している風太をよそに、しぃが元気よく手を上げた。
「一体何歳だったかしんねぇけど、地上では飲んでたのか?」
絶対にこの二人は地上で未成年だったと思っていた黒羽は心配そうにしぃに尋ねる。
「兄ちゃんのをたまに。まぁ見つかっては怒られてましたけど」
多分ほとんど飲んだことはないんだろろうな、とは思いながらも、酒のメニューを好奇心いっぱいの目で眺めているしぃを黒羽はとめられそうにもなかった。
「ま、いいか。風太はどうする?」
「僕一回も飲んだことないんですよねぇ…でもお父さんはよくそれ飲んでました」
黒羽の元に運ばれてきたビールをじっと見つめながら答える。
「よし、じゃあ生もう一つ!とりあえず飲んでみろ」
風太のもとにも生ビールが運ばれ、しぃはソルティドッグが入ったジョッキを握っている。
「よし、じゃあ乾杯」
お疲れ様でした!とそれぞれがガラスをカチンカチンとぶつけ合い、風太もしぃもこの雰囲気だけでとても楽しんでいるように見えた。
この二人は飲まないだろうと考えて今までは一人で飲みに来ていた黒羽だったが、楽しそうな二人の表情を見て満足そうにビールを飲んでいる。
「に……!苦い!」
ビール初体験の風太は何も味を知らずに飲んだためか、その苦さに下を出し顔を歪める。
「こんなのよくそんな美味しそうに飲めますね!」
この苦い飲み物を黒羽はもう半分以上飲み干していた。
負けじとさらに苦いそれを風太も口に流し込むが、なんだか飲めば飲むほど苦い気がする。
「はっは!やっぱお子様だな」
「だって苦いじゃないですかぁ…」
ふと横を見るとしぃも自分のお酒をぐいぐいと飲んでいる。
「しぃ君、苦くないの?」
なんだか年下にも負けたような気がして悔しい表情で風太が尋ねる。
「これは苦くないですよ。美味しい!」
一口どうぞ、としぃは風太にジョッキ差し出した。
先ほどの苦い衝撃もあったためか、恐る恐るとして動きで風太はソルティドッグを口にいれる。
「ん…本当だ。これは美味しい!黒羽さん、こっちのが良いですよ」
先ほどからの風太のリアクションや表情も面白かったが、そのソルティドッグを美味しいといってすすめる風太の行動が更に可笑しくて黒羽は声をあげて笑った。
「あのなぁ、ビールってのはのどごしを楽しむもんなんだよ。甘いのはお前らで飲んでろ」
空の自分のジョッキを持ち上げ店員におかわりを頼む。
やっぱりなんだか子供扱いされているようで、悔しくなったのか風太は自分のビールを一気に飲んだ。
「おいおい…」
「のどごしですね!」
やっぱりその苦い飲み物は苦いだけで、風太にはのどごしなんてわからなかったけどなんだか少し黒羽に近づいた気がする。
風太はそれだけで顔を真っ赤にし、少し酔っ払ってきていた。
「あんま無理するなよ。酒は自分が好きなのを自分のペースで飲めばいいんだ」
当初は二人をぐでんぐでんにしてやろうかと考えていた黒羽だったが、風太のあまりの弱さに少し心配になりセーブを呼びかける。
「大丈夫です!」
気分がよくなってきたのか、いつも以上ににこにこしている風太、そしていつの間にかおかわりを頼み二杯目を飲み干そうとしているしぃの目の前に料理が運ばれてきた。
「焼き鳥ですか?」
お腹が空いていたしぃは早速食べにかかる。
「いや、豚串だ」
「豚?」
黒羽も一本串をとり、美味しそうに食べ始めた。
「これ全部豚ですね。焼き鳥はここのお店ないんですか?」
風太もみなと同じように豚串を食べながら、店のメニューを見る。
そこには豊富な種類の串メニューが載っており、鳥だけでも様々な串があった。
「俺は鳥は食べないんだよ」
別に風太も鳥肉が大好物というわけではないが、鳥肉嫌いの人なんているのかぁ、なんて考えながら黒羽を見つめる。
「お前が玉ねぎ嫌いなのと同じだ」
別に大したことではないのに少し機嫌が悪くなったのか、黒羽は風太とは目を合わせずメニューをながめはじめた。
豚だろうが鳥だろうが、美味しいものは美味しいと一人でがつがつ食べていたしぃのおかげで、一皿目の料理はほとんどんなくなっていた。
黒羽は店員を呼び、いくつかの食事メニューと焼酎を頼む。
「その透明なのもお酒なんですか?」
焼酎を飲んだこと、というか見たこともない風太は不思議そうに尋ねる。
これならなんか水みたいだし、自分にも飲めるのではないか、などと考え黒羽に一口飲ませてほしいと頼んだ。
「これは結構キツイからお前はだめ。ってかしぃは強いな」
ちぇっと思いながら隣を見ると、もう既に5、6杯は飲んでいるのに顔色一つ変えていないしぃが運ばれてきた料理を美味しそうに食べている。
「兄ちゃんが強かったから俺も強いんですよ、きっと!」
多分それは関係ないと思いながらも風太はしぃの酒の強さがうらやましかった。
自分だって父親は毎晩お酒飲んでいたのにな---などぐだぐだ考えていると黒羽が急に真剣な声で話し始めた。
「で、仕事上がりのとき何考えてたんだ?」
お酒がはいり、少し口が軽くなっていたのか、風太は自分が考えていたことを次々に黒羽にぶつけた。
本当にこの夢手紙というものは必要なのだろうか。
受け取り主は一体どういう気持ちになるのだろうか。
結局は天国へ来た者たちの自己満足なのではないか。
黒羽はお酒をたまに口に入れながら、黙って風太の話を聞いていた。
「---なんて配達が終わる度に考えていたんです」
「なるほどな」
話を聞きながら酒を飲み干してしまったのか黒羽は焼酎のおかわりを頼む。
風太もこの頭の中のもやもやしたものを紛らわせたいと思い、甘いカクテル系を注文した。
「本当に受け取り主のことを考えるのならば、定期的に手紙を送れるようにしたらいいじゃないですか。
たった一通だけなんて……余計寂しさを残すだけになると思うんです。
自分の想いを大切な人へ伝えたいっていうのはわかるけど…」
自分でも何が言いたいのかよくわからなくなってきたのか風太はグラスの中のお酒を見つめながら黙り込んでしまった。
「お前の言いたいこともわかるぞ」
煙草に火をつけながら黒羽が話をはじめる。
「俺だってこの仕事をはじめた頃は色々考えてた」
「色々ってなんですか?」
うつむいていた風太だったが黒羽の考えをやっと聞けると思い、少し身を乗り出して真剣な表情をしめした。
「お前と同じようなことだよ。死んだときはいさぎよく、もう俺のことなんか忘れてくれ、って。
手紙なんか送ったら忘れにくくなっちまうだろが、ってな。」
俺のことなんか忘れてくれ-----
自分と同じようなことと黒羽は言ったが、その言葉に風太は少し胸が痛くなった。
自分の両親に自分のことを忘れてなんか欲しくない。
だけど忘れたほうが両親は楽になるのかもしれない。
だけどそれではこちらに来た自分がかわいそうすぎる。
また風太はうつむき加減になり、グラスをにぎりしめた。
そのときふと、風太の隣で難しそうな顔をしていたしぃが口を開いた。
「でも、風太さん」
グラスからしぃに視線を移し、うん?、と相槌をうつ。
「もし自分が残された側だったら、手紙ほしいと思いません?」
「自分が受け取り側だったら…?」
酒を飲むのを忘れ、渇きはじめていた喉にその甘い飲み物を流し込む。
自分の両親がもし自分より先に天国へ行っていたら-----
その両親のことを忘れたいとは思わない。
悲しい思いをひきずってでも、ずっと心の中にいてほしい。
手紙でもなんでもいいから、自分へ語りかけて欲しい。
「ほしいでしょ?」
「……うん」
風太は何かのどのつっかえがとれたようにすっきりとした。
地上にいる人達は手紙を待っているんだ。
みんな忘れたいなんて思ってるはずない。
僕達はその手助けをする仕事をしているんだ。
「ですよね!俺もです。そんな難しく考えなくていいんですよ。
こっちの人は愛する人の心の中にずっと存在したいと思っているし、あっちの人はそれを望んでいる。ならオッケーじゃないですか」
にこにこと笑いながらしぃが風太の肩をぽんっと叩く。
黒羽もそのしぃの言葉を聞いて納得したように微笑んだ。
「そうだぞ、風太。お前さっきこちら側にいる人間の自己満足だとか言ってたけど、それでいいじゃないか。
例え受け取った側が手紙によって悲しい気持ちになったとしても、それは愛するが故だ。
その悲しいって気持ちもものすごく大切なものなんだよ」
やっぱりこの配達使という仕事は素晴らしい。
そう、風太は思った。
伝えたくても伝えられなかったこと、それは風太自身にもたくさんある。
あまりたくさんは書くことができない便箋だけど、送るということが大切なのかもしれない。
風太の頭の中のもやもやは消え、目の前にはその素晴らしい仕事を一緒に行う仲間がいる。
「そうですよね……なんか難しく考えすぎていた気がします。
これからも配達使としてみんなの想い伝えていきたいです」
「おぅ」
「ですね!」
3人は再び乾杯を交わした。
「黒羽さんは仕事はじめた頃のもやもやをどうやって消したんですか?」
「俺か?俺はある人に話を聞かせてもらったんだよ」
「ある人?」
「俺には手紙を送りたいと思う相手なんかいなかったからな。特にこの仕事の意味がわからなかったんだ。
だけどその人の話を聞いてな、夢手紙がどれほど大切なものなのか気づけたんだよ」
昔のことを思い出しているのか黒羽の視線は風太達を通り越して遠くを見ている。
風太はその「ある人」のことよりも、黒羽に手紙を送りたい相手がいなかった、ということが気になった。
しぃも黒羽の過去についてずっと気になっているようだったが、自分だって聞きたいことはたくさんあった。
「えっと…でも黒羽さんも誰かに手紙送ったんですよね?誰に送ったんですか?」
「ん…まぁその話は今度だ」
隣で話を聞いていたしぃはうとうとし始めていた。
その様子を見て黒羽は煙草の火を消し、店員に感情を頼む。
「お前も一回その人に話聞いてみたらどうだ?」
「え!今もまだ働いているんですか?」
半分寝ている状態のしぃに声をかけ、上着を着せてやりながら黒羽のほうを振り返る。
「たきさんだよ。喫茶Benjaminの」