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夢手紙  作者: 彼方 光
2/6

Ⅰ.喫茶「Benjamin」

扉を開けるとリンリンと鈴の音が鳴り、オレンジ照明の店内が温かい。

風太達が良く行くそのお店には二人がけの席が3つとカウンター席。

そして少したれ目のマスターがコーヒーの良い匂いをさせながらにこにこしている。


「いらっしゃい」


そのたれ目のマスターは吸っていた煙草の火を消して、風太達にカウンター席を案内した。


「いつものオムライス下さい」


「はいよ。そっちの新入り君は?」


「あ、じゃあ俺も同じで!いつものってのがわかんないですけど」


風太が言ういつもの、とは玉ねぎ抜きのオムライスである。

あまり好き嫌いはしないほうだが、こればかりは地上にいるときから苦手だった。


「はっは!あんたも嫌いそうな顔しとるわ。じゃあいつもの2つ作るね」


「俺はカレーにするかな」


タバコに火をつけながら黒羽が注文する。


「お前さんも毎回カレーなんだから、いつもの、だな」


笑いながらマスターは横の厨房、というか台所へ入っていった。


「黒羽さんカレーライス好きですね」


「別に人が何好きだろうといいだろ」


マスターの言葉に少し照れたのか反対を向いて煙を吐き出している。



「俺ここ初めて来たんですけど、素敵な店ですねぇ」


「そっか、しぃ君ははじめてだったね」


喫茶「Benjamin」はずっとずっと昔からやっているお店で、風太がはじめて黒羽に連れてきてもらった日もマスターの たき(・・)はコーヒーの香りをさせながらにこにこしていた。


「たきさんは何もかも見透かしてそうで苦手だ」


姿は見えないがマスターがいる台所のほうを見つめながら黒羽がつぶやいた。

なんだかんだ言ってほぼ毎日来てるくせに---と思いながらも、そんなことを言ったら煙草の煙をもろにかけられそうなので風太は言葉を飲み込んだ。


「はい、お待たせしました」


風太としぃの前には黄色いふわふわオムライスが、黒羽の前にはその中でも一番良い匂いをさせているカレーライスがおかれた。


「わぁ!カレーライスにすれば良かったかなぁ」


その匂いを嗅ぎながらしぃが黒羽のほうに身を乗り出す。


「とりあえずオムライス食べてみてって。本当に美味しいんだから---」


と言いながら風太はとろとろの卵がのったスプーンを口に運んだ。

それを見てしぃも同じように卵をくずし、口に運ぶ。


「……ん!んー!」


「あはは。だから美味しいって言ったでしょ?僕の大好物なんだ」


口をもぐもぐさせながらしぃが歓声をあげている。

それを横目に静かに、そしてひたすら黒羽はカレーライスを食べていた。


「すっごい美味しいです!でもやっぱカレーも気になる……」


「うん。僕もまだ食べたことないんだよね」


オムライスを食べるのを一時中断し、二人は黒羽のカレーライスをじっと見つめる。


「……………」


「リーダー」


「一口でいいんです!」


「………はぁー」


食べているところを凝視されるのが耐えられなくなった黒羽は、二人のほうに半分ほどなくなったカレーライスの皿を差し出した。


「ありがとうございまーす!」


二人はそのカレーライスの美味しさに人のだというのも忘れ一口、二口、そして三口とスプーンを口に運んだ。


「あ!お前ら……」


黒羽のところにもどってきた頃にはもうカレーがかかっていない白米だけが残っている。

それをにこにこと見守るマスター。


「しょうがないねぇ」


黒羽の前にある白米だけが隅っこに残っている皿をマスターは手にとり


「いつも来てくれるからおまけだよ」


と言ってカレーのルーをかけてくれた。


「たきさんすいません。ったく……」


「あまりに美味しくて……」


申し訳なさそうな顔をしながら、だけどオムライスを食べる口を休ませることなく風太としぃは頭を下げた。

マスターはカレールーだけでなくご飯もまた少し足した皿を黒羽に渡した。


「ありがとうございます」


「あ!そんなにあるならもう一口」


「お前なぁ!」


スプーンを片手に黒羽がしぃに殴りかかる真似をする。


「はっは!いやぁ、賑やかになったもんだ」


コーヒーを飲みながらマスターが煙草に火をつけた。


「ちょっと前までは黒羽は一人でカレー食べてたもんなぁ。弟がいきなり二人もできて幸せだな」


「もううるさいだけですよ。仕事覚えないし」


「そんなぁ!配達だってもう僕一人でいけますよ」


「迷子にならないようになってから言え」


風太はこれまでの配達で3回程地上で迷子になっており、その度に黒羽に助けられていた。

事実なだけに悔しく、そして新入りのしぃの前で迷子話をされたことが恥ずかしいと思いながら最後の一口を口に運んだ。


「でも賑やかなことは良いことじゃないか。黒羽も一人だったときより表情が明るいぞ」


「俺達のおかげですね!」


しぃが風太に同意をもとめるように話しかける。

ここで頷いたらまた黒羽が怒ると思ったが、その場の雰囲気が楽しくて風太も大きく頷いてしまった。


「おかげだぁ?」


案の定二人は黒羽から軽いゲンコツを喰らい、マスターは大声を上げて笑った。





「俺は昔っから一人が好きなんだよ」


カレーライスを食べ終わった黒羽が食後の一服をしながらつぶやく。


「前から気になってたんですけど、黒羽さんは地上にいたとき何してたんですか?」


ゲンコツを喰らってもまだ懲りないのか、しぃが無邪気に聞いた。

なんとなく風太は聞いてはいけないことのような気がしていたので、遠くを見るふりをする。


「俺はなんだっていいだろ。それよりお前は?」


黒羽、風太、マスターの視線がしぃに集まる。


「俺ですか?」


黒羽は自分のことをやはり話したくないのだなぁ、と考えながらもしぃの過去について気になっていた風太が尋ねた。


「確かお兄さんがいたんだよね?なんとなく黒羽さんに似てる」


「俺に?」


「はい!雰囲気とか、あと匂いも」


黒羽が吸っている煙草を指さしながらしぃが答えた。


「多分黒羽さんと同じ銘柄の煙草だったのかもしれません」


お兄さんのことを思い返しながらしぃが話をはじめた。



自分は幼い頃に施設に保護されたこと。

その施設にいるときにお兄さんに出会い、親代わりとして育ててもらったということ。

自分はお兄さんが大好きで、でも地上にいるときはそれが伝えられなかったから後悔しているということ。


他にもお兄さんはこれも黒羽さんに似ていてカレーライスが好きだった、雰囲気が少し恐い感じだったなど、本当に兄のことが大好きだったと伝わってくる内容ばかりだった。


「じゃあそのお兄さんとは結構歳がはなれていたんだね」


「はい。父親みたいなものなんですけど、親父なんていったら殴られちゃいます」


兄のことばかり話したのが少し恥ずかしかったのか、みんなから目をそらしてしぃは笑った。


「ん。早く夢手紙の便箋手に入れるためにも仕事頑張れよ」


しぃの話を聞いて少し表情が穏やかになった黒羽さんが気合のゲンコツをいれた。


「ゲンコツばっかりですね」


口ではそう言いながらも嬉しそうにしているしぃを眺めながら、風太はこの3人で仕事ができるということに少し感動していた。


「よし!僕も仕事頑張るぞ!」


「おぅ。なんだ急に」


やる気がでてきた風太を先頭に3人はにこにこしているマスターの喫茶店を後にした。

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