Dear.愛する人へ-From.天国
「ごちそうさまでした」
時計は午前八時を指している。
風太は毎朝欠かすことのない朝食をお腹におさめ、いつもの仕事場へと向かう。
この家へ来て一ヶ月………
いや天国へきて一ヶ月経った。
-----大分こっちの生活にも慣れてきたなぁ
「というか地上とほとんど変わらないんだけどね」
見慣れた公園を突っ切ったところで、これまた見慣れた顔に遭遇。
「おはようございます!」
最初は目つきが鋭くて、なんか雰囲気も怖くて、普通に喋れるようになるまで半月かかった。
「ん」
職場で風太が所属するチームのリーダーを務める黒羽。
彼はもう天国へ来て3年が経っていた。
「お前相変わらずウィンナー臭いな」
「いや、美味しいじゃないですか?」
その近づきにくい雰囲気とは真逆に、黒羽はとても面倒見が良い兄貴分だ。
最近入ってきた新入り、風太所属チームの新米君にも早速慕われている。
風太達の職場、「夢配達便」には大勢の配達人がいて毎日手紙を配達している。
地上で言えば郵便局みたいなものだが、彼らが配達するものはただの手紙ではなく『夢手紙』。
天国に来た人々が、残してきてしまった愛する人へ唯一最後の想いをつげることができる大切な、大切な手紙だ。
「風太さん、黒羽さん!おはようございます」
新米のしぃは既に午前中の仕分けの仕事にはいっていた。
天国に来た人々は、こっちに来るときの年齢と同じ容姿をしているわけではなく、
見た目年齢で言えば、しぃは18歳くらいだった。
「いっつも早く来て偉いなぁ。僕も見習わなきゃいけないな」
見た目のわりには---まぁ実際の年齢はわからないのだが、しぃはしっかり者で。
「早く来て仕事するのはいいがまた区分間違ってるぞ。印の色しっかり確認しろって言ったろ」
「あ!すいません!またやってしまいました…」
いや、たまにドジなところもあるが、黒羽チームはこの3人で毎日仕事をしている。
「お前らがちゃんと仕事できるようにならないと俺も隠居できないだろうが」
「先輩隠居する気あったんですか?」
余計なことを言う風太に軽くゲンコツをいれ、黒羽はリーダー会議のために仕分け室からでていった。
自称35歳の黒羽だが、見た目はもっと若く見える。
だけどその風格はもっと年上のようにも見え、新米のしぃは黒羽が地上でどんな生活をしていたのか知りたがっていた。
「黒羽さんってかっこいいですよねぇ。結婚とかしていたんですかね?」
「さぁ…一人で暮らしてたらしいから奥さんはいなかったんだろうけど」
「なんか黒羽さん、なんとなくうちの兄ちゃんに似てるんです」
天国に来たもの同志、自分の過去を話してはいけないという規則はない。
しかし黒羽はほとんど自分のことを話すことはせず、一ヶ月目の風太にとっても謎の多い人だった。
だがその人の過去なんて知らなくても関係はなく、こっちに来て右も左もわからない風太の面倒を見てくれた黒羽を、風太は慕っていた。
「夢配達便」は人々の間で『ドリームポスト』と呼ばれ、風太達配達人の正式な仕事名は『配達使』と言われる。
この配達使になる者は天国に来たときから決まっており、来天初日から仕事をたたきこまれる。
しかしこの仕事は天国で生活する人々にとってとても誇りがあるものであり、誰一人仕事を嫌がる者はいなかった。
「よーし、ミーティングだ」
各リーダーが会議から戻ってきて、それぞれのチームに集合をかける。
「風太、今日一件配達任すな」
「はい!」
こちらに来てすぐは基礎的なことばかりだった風太も、最近は配達の仕事を任せてもらえるようになっていた。
「風太さん良かったですね!これで何通目ですか?」
「5通目かな。やっと折り返し地点だ」
あと半分で自分も-----風太の顔に喜びとも切なさともとれる笑顔が浮かぶ。
普通、天国へ来た人はすぐにでも便箋が手渡され、手紙を書くことができる。
しかし配達使に選ばれたものは10通の手紙を配達してようやく便箋を手に入れることができるのだ。
こっちに来てからは寂しさを紛らわすために考えないようにしていた両親のことを、風太は思い返していた。
「ほら、ぼうっとしてないで午前中は仕分けするぞ」
黒羽に背中を叩かれ、思い出にひたっていた風太の視界に仕分け袋がもどってきた。
風太と同じようなことを考えていたのか、伏し目がちになっているしぃの背中を同じように風太は叩いた。
「とにかく今はみんなの想いをたくさん伝えていこう」
「---はい!」
しぃの過去についてもまだほとんど知らない、というか来たばかりなのでまだゆっり話す機会がなかった。
今度色々聞いてみよう、そんなことを考えているうちに午前中の仕事は終わった。
「今日の配達は直接封筒を受けることになってる。昼飯食ったら依頼主に少し会いにいくからな」
「わかりました。昼ごはんはいつものとこ行きますか?」
『夢手紙』は受け取り主の夢の中で伝えられる。
だから必然と配達時間は夜中が多くなってしまうのだ。
「よし、じゃあ行くか」