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4章  理


「便利なもんだな。本気でくも膜下出血にでもなると思った‥‥」


「そうですね。私も驚きましたよ」


 目が覚めたら見知らない病室だったが、救護棟の一室だと教えてくれた。


 施術室とは違ってアームこそないが、恐らくネガイも治療してくれたのだろう。血の霧が消え、視界が血に染まっていない。光を取り戻せていた。


 あの後は、オーダー街でのみ使える緊急要請によって、制圧科が学校に乗り込んで、倒れている俺を回収し―――急いで、この救護棟に運び込んだ。


 そのまま二日間眠り続けていたらしい。


「俺の財布とか鍵もそこか?」


 目線だけでクローゼットを指す。


「武器と制服は中ですが、貴重品は私の方で管理しています。渡しておきますか?」


「いいや、今は必要無い‥‥そもそも、あんまり入ってないから‥‥」


「では、スマホだけでも渡しておきますね」


 言いながらスマホを渡そうとしてくれるが――――入れたあったのが胸ポケットの所為だった。自身の膨らみの所為で取りにくそうに胸を揺らし、呼吸を荒げながら必死になって取り出して、息を整えながら渡してくれた。


「身体は‥‥大丈夫か‥‥?」


「それを言うのなら、あなたです。だけど、聞くまでもなさそうですね」


 確かに、それなりに危険な状態だと、我ながら恐れていたが―――目が覚めるとなんて事はない、今すぐにでもバイクに乗って寮に帰れそうな気分だった。


「ああ、平気だ。助かったよ、ありがとう。また治して貰ったみたいだ」


「え、ええ‥‥そうですね―――感謝して下さい」


 何か考えごとをしていたらしく、一瞬反応が遅れた。


 目が覚めた時、既にネガイがそこにいたので、もしかしてこの数日間ずっとそばにいたのかもしれない。


「それで、あの布は?」


「布は逮捕出来ないと言われました」


 そうあっさりと言われ、一瞬ネガイの言葉が理解出来なかった。


「あなたが倒れた後、校内であったので制圧が数分できました。‥‥正直私も長く立っていられなかったので、拘束を任せて離れた場所で治療を受けながら説明に入りました。だけど‥‥あの布、線が切れた人形みたいに動かなくなったそうです」


 理解できなかった―――まさか制圧科が布の中身を殺したのだろうか?


 学生の緊急要請は基本的に制圧科が呼ばれ招集される。校内なのだから招集されるのはまず高等部の学生で俺達より上の先輩達。


 だから殺すなんて失態、まずしない筈だ。


「私が見ていた訳ではないのですが、確かに最後まで人の形のままだったそうです、しかしそれをめくっても誰もいなくて。本当にただ布が巻きついていただけと」


 妙な話になって来た。中身のない、何者かでもない何かを相手に—――ただの布を相手にしていた。昨晩の攻防は、そういった最後を迎えた事になる。


 であるならば――――あの布は本当に人形、マリオネットという事になる。


「本当に、制圧科がそう言ったのか?」


「あなたが何を求めているのか、私にはわかりません。だけど、私はあの場で確かに制圧科の人間からそう言われました」


 やけに攻撃的な言葉で返答してきた。いつも通りと言えば、それまでだが。


「勿論、分析の人間が布を調べているらしいですよ」


「そうか‥‥。なぁ、ネガイはアレはなんだったと思う?」


「それを今分析が」


「なぜアレは俺達を襲ったのかって話だ。夜中に、俺達があの道を通ると知る事が出来る人間は―――少なくないんじゃないか?」


 ただし、あの時間になった理由はネガイの心の問題だ、それを推測して設置もしくは待機していたのでは―――あまりにも俺達を襲える可能性が低い気がする。


 もし昨日、この救護棟を出るまで見張っていて、あの時間、あの道を通る事を知っている人間がいるとすれば救護棟の人間が可能性として高いだろう。


 事実として俺達が放課後に駐車場へ向かって行く姿は、日常的に見れるのだから。


「別に私達を狙ったわけではないのでは?オーダーの人間だったら誰でも良かったとか」


「その可能性もあるけど、あんな物を持ち出したんだ。特定の対象を狙った計画的な襲撃の方があり得る気がするのは、おかしいか?」


 無差別的な襲撃、あそこを通る人間なら誰でも良いから襲う無差別犯。


 その可能性も勿論あるが、あの時間、学校に残っている人間は救護棟で実習を受けている治療科の生徒か整備科の生徒、あとは調達科か装備科の連中だ。


 そして、治療科の生徒は救護棟から出る事はまずないし許されない、俺のような急患がいるからだ。


 また調達科と整備科は、総じて工房に引き籠っているので、そうそう出てこない。


 整備科の生徒なら日常的に無断で棟に宿泊している奴らがいる、かつ生徒駐車場にも夜中でも良く行くだろう。そんな奴らが襲われずに俺達が襲われた。


「少なくとも、元々の相手を決めていた可能性が高いと言えると思う」


「確かにそうかもしれませんね。あなたの言う通り誰でもいいから狙った襲撃より、私達を―――私かあなたを狙った攻撃。そう考える方が自然かもしれません」


「ああ、そう思う。だけど―――そう考えると違和感もある。俺達が対象だったのに、俺達のどちらにも上手く対応していたとは、言えない感じだった‥‥」


「そうですね。ただ私の一撃をあっさり避けました、私一人なら問題なく対処出来ると踏んでいたようですね。次は刺します」


 大分物騒な事を言っているが、その後追い詰めて逃げ場を無くしたのだ。あの場での勝者は間違いなくネガイだろう。


「俺は、そもそも数にすら入ってなかったって事か‥‥」


「あなたの目の対処は難しいのですよ。行動すればする程に、相手の選択肢が狭まって行きます。そんな目の対処は‥‥そうですね」


 珍しく回答に時間が掛かっている。


 目を閉じたネガイは足を組み、その上に手を重ねて静かに思案し始める。


 そんな彼女の灰色の髪を窓からの風が揺らし、頬を日が照らす―――目を奪われる鋭い目蓋だった。今は閉じているが、顔が小さいからこそ彼女の黄金の目は誰の目よりも人の目を惹く。


 これも過去にネガイから聞いたが、目の力は多岐に渡る。


 その中の一つに魅了の力を持った瞳があるらしい、もし実在するならば愛や恋を司る女神を筆頭に、吸血鬼や鬼が持っている。


 ―――そして、それを人間が持っていたのならば、傾国の麗人と名がつくかもしれないと、そう言っていた。


 それ程までに魅了の目は、他人や対象にとって暴力的らしい。


 その瞳を一国の為政者に対して使えば、国を食い潰してでも瞳の使い手の為、その瞳を独占せんとする為、心を奪われる。


 神や鬼が持っている目だ、人が対抗出来る訳がない。ただし、それは瞳の使い手に対しても同じだった。


 瞳の使い手も、その瞳があるからこそ人を堕落させられる。同時にそんな瞳を使うという事は自身も瞳の力に魅了され堕落するという事、もし瞳に意思があるのならば、瞳は人を魅了する為—――宿主たる人間を使っていると言える。


 人はただただ瞳に仕えるしかない。今の俺のように。


 だが、今の彼女はそんな瞳は必要ないと言っているように見える。なぜなら、目を閉じているのに、こんなにも目を惹かれる。


 もし、今のネガイが絵画として永遠と残るのなら、国を売ってでも、人類を裏切ってでも独占してしまいかねない程に、今の彼女は現実離れした姿—――麗人だった。


「有無を言わせずの圧殺です。私なら一息で無力化してみせますよ」


 そんな女神にも傾国の麗人にも勝りかねない彼女の回答は、美しさと暴力性を兼ね備えた身震いする物だった。


「瞬殺って事か?」


「そうです。あの布も対処に困ったのでは?ただあなたの目は言うなれば受け身の力ですから、あなたに攻撃さえしなければと考えていたかもしれません。その目は対象の力量を確認する事—――それが最大の目的。だからこそあなたの目は強者を求めてると言えるのです。出来る限りの敵に対しても使わず、敵の行動を推測出来るようになり、最終的にはその目を使わずに心臓だけで結果を出せれば最善です」


「一息で殺されないようになる為には結局、慣れが必要って事か‥‥血生臭い」


「血生臭くないオーダーなどいません。目元が血塗れたあなたは、その最たる例ですよ―――それで、あなたに今一度聞かないといけない事があります」


 神妙な顔となった。今の会話の流れから察するに目の今後について、


「眠らせるか、支配するかって話か?」


「そうです。そして結論から言います。まだ目を眠らせる気があるのならば、もう目を使ってはいけません」


「‥‥怒ってるか?」


 何度か目を使ってしまい怒られていた、だがそれは定期的な治療でどうにかなる範囲のもの。


 けれど、今回は違う。今まで目の使い過ぎで若干目が見えなくなる事もあったが、あそこまで目が血に染まった事は数える程もない。


 それどころか、心臓の鼓動をコントロール出来なくなり酸欠になるなんて、起こったこともない。


 確実に目に対して過剰な要求をしてしまった、その代償がこれだったのだろう。


「いいえ、あの状況ではそれが最善だったと思っています。‥‥私を助ける為だったのですから」


 少し目線を逸らして、そう呟いた。


 感謝こそ伝えてこないが、頬を染めるネガイを見れたという事は――――それだけ価値ある行動だったと胸を張れる。


「手はどうだ?血、流れてなかったんだろう?」


「腕と動脈自体は何も問題ありません。長く感じましたけど、数分程度のものでしたから」


 両手を顔の前に出してグーパーしてくる。色も形も歪んでいない綺麗な手だった。


 血流が止まってもすぐには壊死はしない。だが、それが長く続くと激痛が流れる、最後には手の先端の色が青くなる。


 あの時、ネガイの手は青くなっていた、痛みは当然のように感じていただろう。そんな中、縮地を使った突きをやってくれた。二重に感謝すべきだった。


「私の手よりあなたの目です。さっき言った通りですが、あなたはもう目を使ってはいけません。その目は――――もう羽化寸前の所まで達しています」


「ああ、そうみたいだ‥‥」


 身を乗り出したネガイが左手が右目を押さえてくる。手の温かさに少しだけ安堵する、本当に何も変わらない、いつもの手に戻ってくれていた。


「眠らせるというそもそもの目的を達成するならば、それの方法がわかるまで、もう目を使わないで下さい。あなたの目が爆弾だとすると、導火線に火が灯りました。今はそれを遅らせている程度、時間の問題だと思って下さい」


「‥‥覚えとく」


「ここからが本題です、あと1度でも使うつもりなら‥‥。目を制御する術を入手しないといけません」


「制御しないと‥‥死ぬのか‥‥俺は」


「はい、目に心臓を奪われ死にます。目に血の所有権を奪われ脳や臓器を操られ、死ぬまで目の言う通りに体を操られます。他人から見ると狂人のそれです。間違いなく他のオーダーからすれば拘束対象となり果てる」


 問いに答えたあと、ネガイの手に熱が宿る。


「今すぐ答えろとは言いません。今はまだ、あなたの都合で言って下さい、ただ忘れてませんよね?私はあなたが、ここから出してくれると言ったからあなたの世話をしているのですよ」


「覚えてるよ、そういう契約だっただろう」


「覚えてるのなら言わせて貰います。あなたが目を制御しようが、眠らせようが、私はどちらでも構わない」


 突き放すような言葉だったが、それが正しい。


 ネガイとの関係はお互いの契約、お互いの都合で成り立っているに過ぎない。前からそう話し合っていたのだから、寂しさなど感じる必要はなかった―――。


「あなたの目はあと1度で完全に羽化します。死ぬ前の最後を私の為に使ってくれるのなら、あなたの命は私が繋いでみせます、あなたがどんな姿になろうと、私があなたを守ってみせます。だけど、もし最後を自分や他の為に使ったのなら――――私はあなたを捨てます」


「何が言いたいんだよ」


「改めての確認、それだけです」


 ネガイがいないと、俺は本当に数日で目に支配される。


 その時、俺はどうなるのか正確にはわからない、だからその時が来ない為に契約を交わしていた。


「わかった、目を使う時はネガイの傍にいる。約束する」


「その言葉、信じますからね」


 話が終わったネガイは、目から手を離し椅子から立ち上がる。


「明日、また様子を見に来ますね」


「あ、あの依頼どうなったんだ?」


 思い出した、ネガイが言っていた仕事があった筈だ。


 そもそもあの時間になったのはあの依頼があったからだった。だが、それをこともなげに「断りましたよ」と一言で済ませられた。


 —―――罪悪感、そんな感情が、口から溢れそうになる。


「悪い‥‥。俺のせいか?」


「—――そう言えますね。あなたが昏睡していなければ受けていました」


「良かったのか‥‥。あれは‥‥ネガイにとっての―――」


「構いません。それに、あの時は私もどうかしてました。あんな精神状態では教導も私が受ける事を、良しとは言わなかったでしょう」


「そうかもしれない。教導はいい加減だけど、依頼に関してはシビアだ。俺達じゃあ、是非を問われていただろうな―――今度は、俺から誘うよ」


「ふ、まずはまともに自力で稼げるようになったら言って下さい。教導もそんな金欠に仕事は任せません」


 気を使った言葉を、ネガイは鼻で笑った。


「い、依頼で個人の懐なんか調べられるかよ!—――ネガイ‥‥助けて‥‥」


 急に声を出した所為だ。内臓から狂ったように血が心臓に流れ込む。


 心臓が跳ね上がり、目が回る。何も入っていない胃が回転し始める。


 さっきまで、あんなに体調が良かったのに急激な変化に混乱してしまう。被っている布団を握りしめて、波に耐える―――。


「依頼の経験は財力に比例しますよ。少なくとも依頼や仕事を強請っている人には、真っ当な依頼主は信用をしません」


 容態が手に取るようにわかっている為、蔑み楽しそうに心臓へ手を当てて、鼓動を落ち着かせ始める。


「はい、そのまま吸ってー吐いてー吸ってー吐いてー」


 背中にも手を当てて、呼吸のペースを教えてくれる。


 ネガイの手に挟まれている事で体が暖かくなり、体を巡る血が熱を持ち始める―――いつもの目の治療を体全体にされているようだった。


「俺が金欠なのは、オーダーが悪いんだ。費用も報酬も用意されてない依頼が存在しているのが悪いんだよ‥‥」


「はいはい、そうですね。いいから寝て下さい。」


 誘導されて大人しくベットに横になると、そのまま左手を心臓、右手を目の上に置いたまま、やはり鼻で笑うように微笑んでいる。


「ふふ‥‥。今、あなたは血の循環を自力で上手く行えない程に弱っています。これでわかりましたか?こんな状態で目を使ったら、目はあなたに牙を剥きます。体力が戻ればオーダーの仕事はこれまで通り出来ます、たださっき言った通り考えて下さい」


 ようやく自覚できた。これ確かに死ぬ寸前だった。


 こんな状態で、またあの布と目の赴くままやり合ったら、圧殺されるだろう。


 だが、死の恐怖を感じているというのに、治療によって段々と眠くなったきた。


「あなたは赤ん坊のようですね。体が温まるとすぐ眠くなる」


 顔は見えないが、反応が楽しいのか笑いながら胸の上を手で寝かしつけるように叩いてくる。自分で眠らせておいて、嘲笑っていた。


「そっちが、眠らせてるんだろう」


「でも、嫌いじゃないのでしょう?あなたはいつも寝る時は私に甘えていますよ、知りませんでしたか?」


 会った時からそうだ、ネガイは遊ぶ癖がある。


「なぁ、ネガイは‥‥」


「なんですか、子守唄でも必要ですか?」


「いらない。でも‥‥手はこのままがいい。寝るまでここにいて‥‥」


 目の上に置いてある手に、自分の手を重ねる。


 暖かくて綺麗な手だと感触でわかった、何度も救ってくれた恩人の手だった。


「—――そうですか。仕方ない人ですね‥‥」


 予想してなかった反撃が決まったらしく、続く言葉はなかった。


「ネガイは‥‥どっちの方が良いと思ってる?」


 今の体調は言わずもがな。同時に手で治療されている所為で、まぶたが重く粘着き、意識を手放す時がすぐそこまで来ているのだと、悟り始めていた。


 だから、聞かねばならない。正直言ってどちらを選ぶべきか、もうわからない。


「あの時、俺は目を持っていないと―――ネガイを助けられなかった」


「私はどちらでもいいと言いました。でも、そうですね」


 何を思ったのだろうか、また怒らせてしまったのだろうか。いつも目にやって眠らせてくれていた手をネガイは降ろし、首元に移動させる。


 電灯が目を焼く事を恐れながら、僅かに隙間を開けて見つめ合う。


「これからの事を考えると、眠らせる事を念頭に置いた方が良いと言えます。あまりにも、その目は過ぎた物‥‥」


「俺には、もったいないって言いたいのか‥‥」


 眠気に勝てない。首の熱がトドメとなった。頭から足の先まで力が抜けていく。あんなに苦しかった心臓も、今は大人しく呼吸に従って鼓動している。


「その目は、私にもあなたにも‥‥」


 ネガイが何かを言っている。ネガイの吐息が顔にかかる、この光景は夢なのか現実なのか、判断がつかない。もう耐えられない。


 もう目を閉じてしまう、首元の熱に身を任せてしまう。


「そして、人にも」







「悪いな、急に呼び出して」


「いえいえ。入院中でもご自分の武器や装備を気になさる、まるでオーダーの鑑のような方で、とっーても良い事だと思いますよ♪」


 目が覚めた時、時間を確認したら昼だった。


 もうネガイはいないが、恐らく自分の部屋にいるのだろう。


 入院中の身で好きに歩き回れる訳もなく、体調もそれを許さなかったので、調達科の人間を呼び出していた。褒め称えるかの如く、くるりと回転した商人が、


「それで〜あなた様の装備は?」


 ニコニコと人懐っこい笑顔を浮かべる。両手を合わせて聞いてくるその姿に、実際には持っていないそろばんが手に見えた。


「そのクローゼットの中。任せる」


「は〜い、では確認しますね」


 ひょこひょことステップを踏んで、クローゼットの中身の確認を始める。


 制服を取り出し、腕の付け根、胸ポケットに入っている防弾性の高いジェラルミンの板など、真っ先に修理が必要な部分を手際よく見ていく。


「えーと、制服は問題ないですね。何か気になる事はありますか?」


「あれから着てないからなぁ。刺されたとか撃たれたとかもないし‥‥大丈夫かな」


「了解で〜す。でも念の為確認しておきますね、もし何かあったら大変なので♪」


 言いながら制服を持ってきた旅行鞄に入れていく、手慣れた行動だった。


「それはサービスだな?後から請求書とか送ってきたら―――覚悟しろ」


「あはは‥‥大丈夫ですよ。大丈夫ですよね?そんな後から請求なんて‥‥あははは」


 前の仕事でこの調達科、サイナの裏稼業を知ってから、それを盾にしていた。


 この調達科は、必要とあらば違法すれすれな法の隙間、不法を使って改造や鋳造をする商人兼職人兼傭兵でもあった。


「では、銃火器ですね。こちらは内容通りでよろしいですか?」


「ああ、ライフリングがもうかなり薄いから、それと―――あとは頼んだ奴を」


「ふふん♪お任せあれー♪必ず満足する仕事をしてあげますよー♪」


 自信有り気な様子のまま、旅行鞄から出したケースに銃を納めていく。


 そもそもこのM&Pもサイナに相談して買い、直近で改造してくれたのだから、任せる相手はサイナしかいなかった。


 本来オーダーが一晩でも銃を持ち歩かないという事は、そのまま死に直結する。 そのぐらい危険な愚策だが、ここは校内の救護棟。


 日本中の行政施設や刑務所と比べても、ここより安全で危険な場所はないだろう。


「えーと、それからそれから~♪」


 持ち主の次に慣れ親しんだ銃のホルダーやククリの鞘も、鞄に入れていく。最終的には、クローゼットの中は完全に空となった。


 長く入院する訳ではないが、誰かに頼んで着替えを用意してもらわねばならない。


「では、お待ちかねの‥‥じゃーん!刃物カタログ〜です!」


 少し鬱陶しい言い方をして渡してきたのは、今扱っている刃物のカタログが載っているタブレットだった。今は亡きククリもここから購入していた。


「あのククリちゃんが折れたと聞いて、私もう悲しくて‥‥これは新しく、ククリに変わる物を売りつけ‥‥仇を取って貰うしかないと」


「あーはいはい。わかった」


 色々言っているが全て無視する。今はあの布に復讐することを第一目標、ネガイには物申されるかもしれないが、ネガイ自身も腹に据えかねているだろう。


「でも入院中なのに、今すぐ欲しいって。そんなに緊急ですか?」


「ああ、ちょっと次の仕事で使いそうで」


 画面を起動させると、大特価と謳っているダガーの広告が、画面を覆い尽くす。邪魔だと思いながらも確認するが、当然あの布が使っていた刃物ではなかった。


 試しに片刃の短刀の項目も眺めるが、ネガイを刺そうとしたものは見つからない。


 やはりあれは既製品ではなく一点物の特注品らしい。


「少しいいか?」


「はいはーい。どうされましたか?」


 高い声で優しく聞いてくる。


 声も商売道具であり、この声聞きたさに―――呼び出す奴もいる程だった。


「特注品とかってやってる?」


「おーと、お目が高い♪はいやっていますよ。何ですか?そんなにお金があるんですか?ふふ、‥‥いいカモ‥‥」


 不穏な事を言っているが今はどうでも良い。そんな事よりも気掛かりな事がある。


 あの布には刺突が有効のはず、ネガイの攻撃を防ぐのではなく全力で回避したからだ。弾丸も避けてはいたが恐らく布にとって弾丸は撃たれたら嫌だ、程度のものなのだろう。


 あの布や帯のような素材は防弾も出来るのは間違いない。その証拠に銃を向けても、全く逃げようともしなかった。


 恐らくだが、編む事が出来る。でなければあの布を使う意味がない。


「ではでは、私がお聴き取りさせて頂きます―――それで?どんなものをお求めで?」


 タブレットを渡したらスラスラと指で操作していき、どこかのページを開いたらしく軽い効果音が聞こえた。


 先ほどまでの柔和な雰囲気は変わらないが、完全に仕事の顔となった。


 売買での攻防がお望みだった。であれば、こちらもそれ相応の態度を示すべきだ。


「今回は切断じゃなくて刺突がメインの物、出来れば―――人体を貫通して壁に縫い付けられるぐらいの長さで」


「おお!バイオレンス♪腕ですか?手ですか?それとも、胴?」


「出来れば胴だ。後、引き抜きやすくしてくれ、何度も刺せるように」


 自分の足の付け根から膝の少し前ぐらいの長さを、手で見せる。


「はいはーい。了解で〜す。では取っ掛かりが刃自体にはない方がいいですね」


 刃に取っ掛かり―――それは、刺して抜くときに中の肉や血管を切り裂く為、痛めつける為の兵器。そんな仕様を事もなげに流したサイナという商人を、推して知るべしだった。


 本来オーダーは殺しをしてはいけない。先ほどの発言を振り返ってみると猟奇的な目的に聞こえるが、その辺は流石、不法商人。


 こちらの目的も何も聞かずに特注品を用意してくれる。


 法には基本的に従うべきだと思っているが、必要とあれば違法スレスレをしてくれる商人がいるから、オーダーは成り立っていられる部分もあると理解していた。


「では握りは、摩擦が強めにしてグッサリと刺せる方にしますか。ちなみに♪今はこういった物も取り扱ってますよ!」


 自慢するようにタブレットを見せてきた。画面には手袋が写っている。


「こちらは今思案中のグリップと相性がいい素材で作られているグローブです。なんとこのグローブ!これをつけてグリップを軽く握ると、手に張り付いて多少の衝撃を受けても飛んでいかなくなりますよ♪手の甲に穴が空いているので、蒸れずに長時間の戦闘をしても手が疲れません!そして――—わかってますとも!離せば簡単に離れますから縫い付ける、という目的にも合致してますよ~♪」


 最後の決め手として、求めていた性能を持ってきた。


 やはり商人だ。交渉には長けている。


「後、どうします?鞘付きで警棒のように殴れるものも、ありますよ」


「じゃあそれで。当然だけど真っ直ぐ正確に貫く必要がある、もし少しでも曲がってたら‥‥」


「曲がってたら?」


 脅しに来たと思って、楽しんでいるらしい。


「法務科に税逃れについて、」


「ああーー!わかりました!しっかり私個人でも検証させて頂きますから、どうか‥‥どうか‥‥!」


「それで、布に関しては?」


「あー、一応調べましたけど‥‥専門外なので私自身、詳しくはないですよ?」


 商人であるサイナはマトイとは違った方向に顔が広い。だから異常な兵器については、マトイよりも場合によっては詳しいと踏んでいたのだが。


「ではまずですけど、ヒジリさんが言ったような外観の布を頭から被って使うパワードスーツ、若しくはそれに近い自動的に人を襲うアンドロイドは現在市販されてなく、恐らくですけど、どこの国の軍にもないそうです。まぁ~そんなものがあったらどこからか聴こえてくるかと思います」


「装備科でも聞いたのか?」


「ええはい。私のお得様にも聞いてみましたが知らないそうです。もしあったなら十中八九自力で作り上げた物で、間違いなく装備科で話題になってると。これを話したらあなたが退院次第、真っ先に聞きに行こうと思ったそうですよ」


 調達科と装備科でも聞かない。想像通りだった。


 あんなものが市販されていれば、確かにどこかで話題になっている筈。だけど誰も知らないという事は、誰もが聞けるものではない、という事だった。


「重武装科の脳筋供は?」


「いいえ、知らないそうです。それにその布って対人兵器なのでしょう?パワードスーツの使用は救護に限るってなってますから。まず重武装科にはないと思いますよ」


「それも、そうだな‥‥あの布は完全にパワードスーツの一種に見えたし、もしオーダー本部が持ってても、あそこにだけは渡さないか」


「で、なんですけど。その布は、あの方‥‥ネガイさんが捕まえたのですよね‥‥?」


「ああ、だいぶ苦戦したけど。腕を締め上げられて血が完全に止まって、短刀で腹を刺されそうになってた―――オーダーメイドの特注品で、黒い鉄でも混ぜてるのか染めてるのか知らないけど、黒くて長かった」


「そ、それは‥‥恐ろしいですね‥‥。あの人が捕まっている状態なんて、想像出来ません‥‥」


 思い出すと確かに異常な光景だった。


 あのネガイが窮地に立たされていたなんて、朝方の会話でも思ったが、あの布は対ネガイとして作戦を立てていた―――本当に俺は、頭数としても考えていなかったのだろう。


「ネガイも人間って事か‥‥どうした?青い顔をしてるけど。確かに一方的で、校内だったから、他人事じゃないだろうけど―――もしかして覚えがあるのか?」


「あっ!いえいえ!なんでもありませーん!!えーと委細かしこまりました、では早速準備に取り掛かりますので~‥‥」


 逃げるように、旅行鞄を持って出て行こうとするので「おい、脱税」と我ながら渾身の命名で呼びかける。


「はひっ!やめて下さい!‥‥どこかで誰かが聞いてたら‥‥」


 怖れ慄きながらも、病室のドアに耳をつけスマホで何かを確認している。盗聴を恐れているようだ。


「うぅー‥‥何ですか?」


「何を知ってる?全部話せ」


「それはその‥‥顧客情報に触れかねないので‥‥その」


 脱税という弱点を突いても、絶対に口を割らない。こういう所も含めて商人らしい。個人情報は、決して口外出来ないようだ。


「何を用意した?」


「んんー‥‥」


「どこに運んだ?」


「んんんー‥‥」


 ラチがあかない。だがこちらは、入院までさせられた対象の尻尾が、今目の前にいるのかもしれないのだ――――絶対に逃がせない。


「いいのか?今俺は無理な動きをすると死ぬぞ」


 突然の自殺志願に、何を意味してるのかわかっていない顔をしている。


 だが足を止めた時点で術中に落ちた。


 お前は―――俺の声など無視して逃げるべきだった。


「俺にはある装置がついてる。これは常時俺の心拍を測って、何か問題が起きた時にすぐに駆けつけられる安心装置だ」


 と胸元を指す。勿論そんな物はないので嘘だ。ただ無理な動きをすれば事実として俺は高い確率で死ぬので、半分本当で半分嘘だった。


「それは‥‥誰が確認してるの、でしょうか‥‥?」


 扉からベットまで少なからず距離があるが、喉の音と動きは確認できる。


 もう一歩だ。


「誰だと思う?ヒントはここの治療科の生徒でも教員でもない」


「えーと‥‥誰かなぁ?わからないなぁ?あははは‥‥」


 目に見えた誤魔化しをして自分の中の答えから目を背けている。共に相当な修羅場を潜って来たが―――悪いが、自分で築いた屍がある俺には勝てまい。


「じゃあ答え合わせだ。この装置にはネガイへの直通SOSシステムが内蔵してある。いいのか?俺が死んだらすぐネガイが来るぞ。今度こそ刺されるぞ」


 サイナが処刑宣告でもされたような声を出す。当然と言えば当然だった―――前にネガイが切れて、サイナの工房を襲撃したことがあるからだ。


 なんて他力本願、なんて狐。確かにこれではあの布から敵認定されないだろう。


「よっと」


「あああ、あ!安静に!患者様は安静に!どうかご自愛ください!」


 ベットから降りると大慌てで身を案じてくる。


 勝利を確信しながら、更に足を勢いよく床につけた時—―――振動が内蔵や心臓に届いた。目覚めの不快感を数十倍にもした吐き気が、再度ぶり返してくる。


 無言の痩せ我慢で一歩進むが、自然と膝をついて四つん這いになってしまう。


「あ、あのー大丈夫ですか?大丈夫ですよね?」


 ゆっくりと、近くに戻ってきて頭を見下ろしてくる。


「―――悪い。そこの器取って‥‥」


「こ、これですか?これですね!はい!」


 受け取った器の中にせり上がってきた胃酸を全て吐き捨てて、「後、そこの水も」と伝えると、「は、はい!どうか死なないで!」と俺の身を、心の底から案じてくれている死の商人から水を受け取り口の中を洗い、これも吐き捨てる。


「さ、さぁ!ベットに戻りましょう!ゆっくり休んで下さい、あなたは今疲れて弱ってるんですよ!」


 吐き出したものなど気にもせずに、器を洗面台に運び、優しい声を掛けながら肩を貸してベットに戻してくれた。


 脅していた相手に助けて貰うとは、きっとお互い想像していなかっただろう。


「ではー‥‥私はこれで‥‥」


 いそいそと、再度外に行こうとするサイナの腕を掴む。


「まだ‥‥まだ聞いてない。大丈夫だ‥‥仮にお前があの布の正体でも、お前には黙秘権がある。大丈夫、告げ口するのはネガイだけにしとくから‥‥」


「通報する気満々じゃないですか!あーもう!私だって今のあなたの姿を見て、すっごく申し訳ないと思ってるんですよ!」


 怒りながらも頭に枕を差し込んで、布団を掛けてくれる。確かに申し訳ないとは思っているらしい。


「そう畏るなよ。オーダー内でのいざこざなんて普通だろ?」


「あなたが私を脅してるんじゃないですか!?」


 漸く話す気になったのか、近くの椅子に座って腕を組んで睨みつけてくる。


 心底、不服そうだが、装備は契約通り面倒を看てくれるだろう、適正価格を払う相手に私情で手を抜くなんて三流の真似—―――まずやらない。


「じゃあ‥‥あの短刀を用意したのはお前か?」


「答えられません!それが本当に私が用意した物と判断つかないですから!ただ‥‥黒い刃で、少し長い短刀でしたら‥‥その‥‥えへ♪」


 アニメのキャラクターがやるような、片目をつぶって舌を出す仕草をしてきた。


「少し風に当たってくるか」


「やめてやめて、やめて下さい!あなたの命はあなただけの命じゃないんですよ!そんなに気軽に死んではいけません!」


 意外と人情家な名言を出しながら、肩を両手で押して無理やり寝かせてくる。


「はぁー‥‥はい‥‥。黒い短刀なら私が関わりました。もう、これでいいですか?」


「いつ、誰に、どこで、どんな事を言われたんだ?‥‥わかった、言える範囲でいいから」


 少しいじめ過ぎたかもしれない。涙目で抗議の視線をしてきたので逃げ道を与える。けれど、これは交渉の定番の一つだった。


「言えるのは、あの刃自体は私が用意したわけじゃないって所ですかね‥‥」


「ん?どういう意味だ?あれはサイナが関わったんだろう?研いだとかか?」


「えーと、その‥‥最近私の所には刃だけが届けられて、これにあう鞘とグリップを用意しろ、と‥‥」


「鞘とグリップはどんな物だ?」


「すみません‥‥」


 言えない、との事らしくそれ以上口を開かなかった。


 無理やり聞く必要はない。その情報は意味がないかもしれないからだ。


 未だに持ち歩いてる可能も確かにあるが、ほとぼりが冷めるまで既に隠している可能性の方が高い。むしろ、一回だけの襲撃の使い捨ての方があり得るだろう。


「じゃあ、送り主は?」


「それも‥‥すみません。それだけは言えません。言ったら‥‥怖いので‥‥」


 また下を向いてしまった。だが、まだまだ言ってない事も隠し事あるようだった。


 話してくれた内容は少ないが、――――そこから推測できる事もあった。


 まず第1に、サイナはオーダー内でしか仕事をしない。


 当然だが、それ以外で武器の販売などしようものなら容赦なくオーダーは身柄を拘束するだろう。表立って武器の売買が許されている組織はオーダーだけなのだから、他の人間への売買は紛れもなく隠せない犯罪となる。


 第2に、これは確認だったが、あれは間違いなく黒い短刀だった。


 暗い中での目視だったから確証が無かったが、これでお墨付きが出た。


 第3に、今「言ったら怖い」とサイナは答えた。


 オーダーにとって怖いものといえば限られてくる――――導かれる者は、これでだいぶ限られる事となった。


「わかった、悪かったな。無理矢理話させて‥‥金は後で払っておくよ。言質は取れたか?」


「あ!はい、ありがとうございます♪毎度ご贔屓に〜!」


 やっと解放されると聞いて機嫌が急激に回復する。


 さっきまでこの世終わりか、遺書でも書きそうな雰囲気だったのに、金をしっかり払うと聞いたらこの対応、文字通りの現金な奴で信用できた。


 つまりは、これは有用な情報となった。金を払う客に嘘など吐かない。


 しかし、偶然かもしれないが―――あまりにも出来過ぎた話だ。


「では私は今度こそこれで失礼します。お大事に、早い復帰を祈っております」


 うやうやしく頭を下げる。詳しくは知らないが、やはり、これが令嬢や貴族のお辞儀なのだろう。こういう感情を持たせる事も、サイナの商売術だった。


「ああ、またな」


 サイナをベットの上から、軽めの挨拶をして見送る。


 時間を確認するとまだ夕飯まで時間があった。


 足を動かそうと腹筋に力を入れると、また胃酸がせり上がって来る。無理矢理にでもネガイに治して貰ってもいいのだろうが、それをしなかったということは。


 そういう事なのだろう。


「まずは‥‥とりあえず自力で動けるようにならないと」


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