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ヤキトリエレジー

作者: 辺理可付加

 ヤキトリを注文すると豚肉が来た。


室蘭(むろらん)じゃこれがヤキトリなんだってね」


小鳥(ことり)先輩は豚と玉葱が交互に刺さったタレ味の串に(かぶ)り付く。ちょっとカラシ付け過ぎなんじゃないかな。


「じゃあ鶏肉刺さってる奴はなんて言うんですか」

「ヤキトリに決まってるじゃないの」

「えぇ……」


小鳥先輩は呆れたようにJPSを口に運んだ。タバコを吸わない僕には、食事中に煙を吸うってのが取り合わせ悪くないのか疑問だ。

集中を()らされた僕が一筒(イーピン)を切ると、敷島(しきしま)課長が右手の中指と薬指で挟んだアメスピでそれを指す。


「お、それロンだ。リーチ一発チャンタ三色」

「ぐえぇ」


麻雀は四人でバトルロワイヤルする遊びのはずなのに、僕は周りと比べて下手なので一対三みたいなボコられ方をする。対面でパーラメント咥えながらニヤニヤしている一番ヶ瀬(いちばんがせ)先輩はさっき僕にリーチのみドラ五とかいう()()()()手をぶつけてきた。非喫煙者と喫煙者も一対三だ。


そんな僕らの麻雀もこれで最後かも知れない。

僕らは今、小鳥先輩のささやかな送別会をしているのだ。



 僕らは公安第八課、国外への高跳びや本邦への入国を図る凶悪犯罪者・通称『渡り鳥』共を瀬戸際で食い止める為に全国の空港や港に常駐している警察官だ。

国内の犯罪者達をその場で見つけ逮捕する為に顔を全て記憶する見当たり捜査の技量と、国外のテロリストみたいな連中とスーツや私服姿で渡り合うエージェントの技量の両方を求められるハードな仕事だ。

その割に『渡り鳥』を(ほふ)る仕事なもんで、他の課からは『ヤキトリ』とかいう覇気の無い呼ばれ方をしている。


 小鳥先輩はその関東チーム(毎日同じ面子が同じ場所にいることで顔が割れるのを防止する為に、公安第八課は地域単位で担当を持ち張り込み先をローテーションする。気にし過ぎだと思う)の紅一点だ。高所からチラッと俯瞰しただけで犯人を見つける視力と相手を一発で取り押さえるアトミック飛び蹴りで小鳥ながら『鷹の目』の異名をとったほどの女傑であり、他にも短気で苛烈な性格と大怪我しても数日で復帰してくる再生力から『火の鳥』とも言われている。

そして何より、僕が新人の時の教育係で現バディでもある。


その小鳥先輩が、今日限りで『ヤキトリ』を去る。



「お前、なんか次のアテはあるのか」


敷島課長が最後の八索(パーソー)を切ると小鳥先輩は椅子の背もたれに沈んで天を仰いだ。どうやら欲しい牌だったようだ。そんな薄い待ちしてる方が悪い。


「あー、……っすねぇ。……、プロ雀士とか……」

「そんなこと言って小鳥さんヤキトリじゃないの。すいませーん、ヤキトリとビール四人前追加で」

「うるさいよガセくん」


一番ヶ瀬(ガセ)先輩が笑うと小鳥先輩は天を仰いだまま、口の端でJPSをピコピコ動かした。アテ、無いんだな。

ちなみに麻雀のヤキトリは一回も上がれてない状態のことだ。


「小鳥先輩早く牌取って下さい。進まないですから」



 一週間ほど前、横浜市内で宝石店への押し入り強盗があった。死傷者は出なかったものの、店のショーウィンドウは破壊され商品は根こそぎ持って行かれる大被害だった。


犯人はある貧しい国のある貧しい村から出稼ぎに来ている青年だった。普段から真面目にコツコツ働いている、優しい性格でご近所からも評判の青年だったらしい。

そんな彼が、急に魔が差したように今回の犯行に及んだ。

正直国家や国際関係を揺るがすような犯罪ではないので公安が担当する案件ではなかったのだが、相手が外国人なので故郷へ逃げることを想定し第八課には一応話だけ来ていた。


 そして数日が経ったある日、僕達は横浜港を担当していた。小鳥先輩とバディを組んでいた僕は猛烈にお腹を下しており、無様にも男子トイレの一個室のみを警戒する任務に就いていた。


折りしも横浜港に例の青年が現れた。そしてそれを見つけたのは『鷹の目』である小鳥先輩だった。

彼女は当然僕を放置、別フロアを巡回しているガセ先輩を増援に呼んでホシを追跡し、出航直前のコンテナ船に忍び込もうとするところで取り押さえた。

そして後は手錠を掛けて、というところでそれは起きた。


「み……、見逃して下さい……。妹の……、妹の命が掛かっているんです……」

「……なんですって?」


青年は涙ながらに訴えた。故郷の妹が重い病気に(かか)ったこと。治療するには国外の病院で最先端の治療を受けなければならないこと。その治療費が見たこともないような額だったこと。そんなお金は実家には無く、自分の仕送りでも到底足りやしないこと。


無線から流れてくる本当か嘘か分からない話と普段と違い全然整う様子が無い小鳥先輩の息が、ガセ先輩には脳を殴られたように響いたそうだ。


そして埠頭に駆け付けた彼が見たのは、誰の腕にも絡んでいない手錠片手にぼんやりとコンテナ船を見送る小鳥先輩だった。


ガセ先輩も二人の間だけのことなら、よっぽど揉み消したかったに違い無い。しかしそれは警察官として許されることではないし、何より始終無線に残っているから言い逃れの仕様も無かった。

結果、小鳥先輩は懲戒免職になったのである。



「刺されても骨が折れても蘇った『火の鳥』も、今日で眠りにつくんだな」


敷島課長が新たに運ばれてきたビールを(あお)ると、小鳥先輩は新たに運ばれて来たヤキトリで彼の顔を指した。


「あのですね課長、前から思ってたんですけど『火の鳥』って、燃えてる鳥って最早ヤキトリじゃないですか。『公安第八課(ヤキトリ)』の『火の鳥(ヤキトリ)』なんて気に入らないんですけど」


そしてカラシを塗りたくる。やっぱり付け過ぎだ。


 僕は最後に、小鳥先輩にどうしても聞きたいことを聞くことにした。


「でも小鳥先輩、どうしてあいつ見逃したんですか。今までそんな風に、情に(ほだ)されることは無かったって聞いてましたけど」


本当は蒸し返さない方がいいんだろうけど。


「どうしてなんだろうねぇ」


返事を考えているのか切る牌を考えているのか、彼女は少し間を開けた。

ややあって小鳥(ことり)先輩は一索(トリ)を切りながら笑った。


「私もヤキが回ったんだろうね」






※公安第八課は架空の組織です。

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