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善悪の天秤  作者: いての いぶし
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プロローグ

 これは遠い遠いどこかの世界。そこは人間と魔族の戦いの絶えない世界だ。『魔王ソーマ』と呼ばれる魔族の王は、多種にわたる魔族たちを従え、世界の統制を目指していた。そして、いよいよ魔王ソーマの力は人間の国々に干渉し始めた。


 人間たちは、そんな魔王に怯えながらビクビクと生活していた。彼らにとって唯一の希望があるとすれば、それはある大国の噂話だ。その国に行くと、国民たちは口々にこんな話をしているらしい。


ーー王宮で魔王ソーマを倒すための勇者が育てられているーー



 ★★★



 勇者レイが王の間に呼び出されたのは、太陽の沈む夕焼けの頃だった。なんでも、王様が直々に彼に用があるらしい。レイには、なんとなく王様の用事が何なのか察しがついていた。


 王の間の扉の前でレイは立ち止まった。


(そうか、いよいよなのか……)


 おそらく出発のときがきたのだ。魔王ソーマを倒すための冒険がいよいよ始まろうとしている。このときがくることはレイが勇者として王宮に連れて来られたときから分かっていたことだ。だが、いざとなると緊張なのか武者震いなのか、レイは自分の膝の震えを止めることができなかった。


 しかし、彼が村から王宮に連れて来られたのも、長きに渡り王宮で様々な訓練を受けてきたのも、全てはこのときのためだ。魔王討伐という目的のために彼は育てられてきたのだ。


 震える膝を叩いて無理矢理落ち着かせると、彼は王の間の扉を開いた。


「遅くなってすみません」


 王の間の奥には王様専用の椅子が用意されており、そこには既に王様が落ち着いた様子で腰を掛けていた。金でできた王冠をかぶり、その隙間からは少しハゲかかった白髪頭を覗かせている。キラキラとした指輪や服をまとい、巨大な宝石のついた杖を持つ姿はまさに王様そのものだった。


「すまないね。レイ、急に呼びつけてしまって」


 王様は言葉に反してあまり悪びれる様子を見せずに上辺だけの謝罪を述べた。


「いえいえ、大丈夫です。それで、どのようなご用事でしょうか?」


 王様は言いにくそうに「実はだな……」と切り出すと、少し間を開けてから言った。



「魔王ソーマが……死んだらしい……」



 予想とは全く違う言葉にレイは固まってしまった。


「え? 今、なんて? 魔王が……死んだ?」


 王様の言葉をレイはすぐに理解することができなかった。あの魔王が死んだなんて信じられるはずがなかった。そんなことが受け入れられるはずがない。彼はここまでの人生の全てを魔王ソーマを倒すことに費やしてきたのだ。今さら魔王に死なれてしまっては、これまでの彼の人生は何だったというのだろうか。


 立ち尽くすしかないレイを横目に、王様は淡々と喋り始めた。


「君は今日までずっと、魔王討伐のための教育を受けてきたな。いよいよ、君を旅立たせようと思っていた矢先にこんなことになってしまって、本当に残念だよ」


「う、嘘ですよね? 魔王ソーマが死んだなんて、嘘なんですよね?」


「レイ、信じたくない気持ちは分かるが、残念ながらこれは揺るぎようのない事実なのだ。この世界から魔王はいなくなった。つまり、もう君は……必要なくなったんだよ」


 必要なくなったーーその言葉がレイの胸に刺さった。しかし、それは事実だった。もう魔王ソーマはいない。彼は目指すものも目標も、何もかも失ってしまったのだ。


 そんな彼を王様は冷めた目で見つめていた。それは、王様にとってもレイは必要な存在ではなくなったことを意味していた。


「じゃあ、私は故郷の村に戻されるのですか?」


 レイは恐る恐る王様に聞いた。


「いや、君を帰すわけにはいかない」王様は感情のない淡々とした声で言い切った。「君は、私の知られたくない事情を知りすぎた」


 王様は冷ややかな目をレイに向け、感情のない声で話続けた。


「私が国の有力企業から裏金を貰っていたことも、魔族に私の娘が拐われそうになったとき、私が町の娘を身代わりにしたことも、君に色々と知られてしまったね」


 長い王宮での生活で、レイは王様の秘密を沢山知ってしまっていた。魔族に拐われた町の娘は、結局帰って来なかった。姫の身代わりにされた町娘を国は見殺しにした、そんな事実を王様は絶対に知られたくなかったのだ。


 王様はレイを村に帰すつもりはない。そして、王宮での利用価値もなくなった今、彼に待ち受ける運命にレイ自身が薄々気づきつつあった。


 しかし、どうすることもできない彼は、黙って王様の話を聞くことしかできない。


「本来であれば、君が魔王討伐という仕事を終えてから、口を封じるつもりだった。だが、もう待つ必要もなくなったようだ。私の言いたいこと……わかるね?」


 そう問いかける王様の声は、やはり冷たかった。


 王様の言葉は言い換えれば死刑宣告だ。レイはその一言で直感した。自分が誰からも必要とされなくなってしまったということに。王様からも、国からも、世界からも……


「……なんだったんだよ」


 ポツリと言ったその一言で、レイの中で抑えていたはずの感情が耐えきれずに溢れ出てきた。


「なぁ! 俺の人生、いったいなんだったんだよ! なんのために、これまで国に尽くしてきたんだよ? なんのために、俺はこれまで身体を鍛えて、勉強して、強くなって、頑張ってきたのに!」


 それは心の叫びだった。これまで国のために全てを捧げてきた少年の心からの叫びだった。この言葉をぶつけている対象は別に王様だけではない。王様に対してでもあるが、勝手に死んでいった魔王ソーマに対してでもあり、こんな理不尽な運命を辿らせたこの世界に対してでもあった。


 そして、最後にレイは、宿命を背負ってきた勇者としてではなく、一人の人間としての当然の気持ちを叫んだ。


「こんなところで、死にたくねぇよぉぉ!」


 王の間全体にレイの叫びは響き渡った。王様はそれでもなお、冷たい表情のまま彼の訴えを聞いている。


「明日、君の死刑を執行する。悪く思わないでくれ。これも国のためだ」


 その言葉には、やはり感情などなかった。



 ★★★



 勇者レイの死刑は翌日の早朝に執行された。


 ギロチンの刃が降りてくる瞬間、レイの脳内に走馬灯のように流れてきたのは王宮での訓練の日々。その鍛練の成果を果たすことも叶わぬまま、彼の冒険は始まらずして幕を降ろしたのだった。

             

                   プロローグ 完

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