物語の中で死にたい願望 ~サスペンスドラマの死体役にあこがれて~
でででん、でーでー!
警部! 事件です!
死体です! 死体が見つかりました!
うつぶせに倒れる死体。
床にはそれっぽい赤いしみ。
背中には深々と突き刺さったナイフ。
うーむ、これは間違いなく事件だ!
早速、聞き込み調査に入ろう!
刑事たちがあわただしく駆け出していく。
残された死体は目もうつろに、口を開けたまま動かない。
ただそこにいるだけのオブジェクトと化す。
しかし……これはあくまでドラマの中の話。
その死体を演じるのは間違いなく生きた人間なのだ。
なぜか子供の頃、殺される役にあこがれていた。
殺人事件が起きて殺される被害者役。
一度でいいからやってみたいと夢中になった。
どんな風に殺されたいか。
自分なりにシチュエーションを考えてみる。
ナイフによる刺殺。
背後から銀色に輝く鋭利な刃物で一突き。
グサリ。
「グワーッ!」
その場に倒れこんで動かなくなるたらこ。
死体になって地面に転がる。
「おっ……お前が悪いんだ!」
捨て台詞を履いて逃げる犯人。
たらこは最後の力を振り絞って、自らの血でダイイングメッセージを書くのだった。
もちろん、それだけでは終わらない。
大切なゲンバケンショーが残っているのだ。
たらこの死体を前に険しい表情を浮かべる刑事たち。
あたりでは鑑識があわただしく作業をしている。
高級そうなカメラからたかれるストロボの光。
指紋をとるなんか粉っぽいもの。
白い手袋にピンセット。
たらこの周りでおなじみの道具が大活躍。
憧れのゲンバケンショー。
死体役のたらこはまさにその中心にいるのだ。
あこがれたのは、死体役だけではない。
斬られ役にもあこがれた。
「であえー! であえー!」
悪代官の合図で大量に現れる下々のもの。
身分を隠して浪人を装う将軍や、旅のご老公の一団に対し、複数人で襲い掛かる。
目にもとまらぬ剣裁き。
次々と倒れて行く仲間たち。
ついにたらこの番が回って来た。
ここぞと言わんばかりに大声を上げ、背後から切りかかる。
ずばっしゅ!
あっさりと袈裟に斬られるたらこ。
表情を失い、その場に倒れる。
やった……やってやった!
ついに斬られて死んでやった!
その他大勢の部下たちと共に、あっさり斬られて、あっさり死ぬたらこ。
もはや思い残すことはない。
自分の役割を最後まで全うしたのだから。
「きー!」
奇声を上げて大量に現れる、同じ服の戦闘員。
戦隊ヒーローや仮面ヒーローにボコボコにされて倒れて行く。
彼らの給料はどこから支払われるのだろう?
組織の資金源は?
そんな疑問なんてなんのその。
子供の頃のたらこは戦闘員にあこがれた。
剣も、銃も使わない。
バットもこん棒も包丁も薙刀もカラシニコフだって使わない。
素手で戦いを挑む戦闘員たちは、同じく素手で戦うヒーローにあっさりと倒されていく。
普段から訓練をしている割には動きがぎこちない戦闘員。
だからこそ、あこがれた。
子供のたらこでも戦闘員になれるんじゃないかって。
お目目をキラキラさせてテレビにかじりついた。
フィクションの世界。
そこには痛みが存在しない。
切られようが、殴られようが、毒を盛られようが、谷底へ突き落されようが、溶鉱炉に沈もうが、腹を宇宙生物に食い破られようが、誰かが本当に痛い思いをすることはない。
たらこはそれがフィクションであると理解していた。
死体役にあこがれたのは、本当にナイフで刺されてないと知っていたから。
斬られ役にあこがれたのは、斬られて死んだわけではないと分かっているから。
悪の組織なんて都合のいいものが存在しているとは思っていなかったから。
だからこそ、憧れて、楽しそうだと思ったのだ。
でも……大人になった今では……。
実は、今でも憧れている。
フィクションの世界の中で、滅茶苦茶になって死にたい。
最近はラスボスになりたいと思うようになった。
ワインを片手に自分の悪事を告白したい。
高笑いしながらエルフの里を焼き払いたい。
逃げ惑う人々に容赦なくいかずちを浴びせたい。
税金を横領して私腹を肥やしたい。
んで、正義の味方に倒されて死にたい。
怒り狂って覚醒した主人公に、一撃で倒されたい。
そんな願望を抱きながら小説を書いているので、悪役には非常に思い入れがある。
散り際にもこだわって、恨み言を吐き出しながら死なせたい。
読者の記憶に残るような悪役を作りたい。
フィクションの世界は平和だ。
本当に誰かが不幸になるわけではない。
だから安心して暴れられる。
小説の中に登場する悪役もまた、たらこの分身なのだ。