花曇る出雲
かぐや姫の竹取物語は、作者不明だそうですね。
昔々、ある所にお爺さんとお婆さんがいました。
お爺さんは、山で竹を取り、加工して生計を立てていました。
ある日、竹の花が咲く頃に、一本だけ月光に照らされた竹を見つけました。周りには何もなく、ただ露出した土が冷たく、夢のように朧んで居ました。
花が咲く竹の下には、可愛らしい赤子がすやすやと暢気に眠っていました。
お爺さんは赤子を掲げて、
「おお、これはどうしたことか」
というと、赤子はスッと目を開けて、こちらに手を伸ばす。
「ああ、あうあ!」
お爺さんは優しい手付きで撫でて、
「おお、おお。可愛い子じゃ。これから、お主は、赫夜。かぐや、爺が精一杯面倒見るでの」
お爺さんはにかっと笑い、
「きゃあはは!」
赤子は笑った。
*
「お婆さん! お婆さん!」
トテトテと、かぐやは縁側を駆けていく。
「なんだい、かぐや?」
お婆さんは荷物を下ろして、赫夜の方を向く。
「あのね! あのね! 私もお爺さんとお婆さんの手伝いがしたいの!」
かぐやはにこにこと楽しそうに笑っている。
「そうかい、そうかい、かぐやは優しい子だね。じゃあ、一緒に行って荷を売りにいこうかね」
「うん!」
その様子をお爺さんが微笑ましく見ていた。
*
時が過ぎ、赤子が少女と呼ばれることになった時、かぐやは退屈していた。家の軒先で足をぶらぶらしながら、頬を撫でる風に目を細めた。
お爺さんとお婆さんは、かぐやを育ててから、商売が軌道に乗った。赤子を看板娘として、一緒に過ごしたのだ。赫夜も不自由なく生活する為と割り切っている。
しかし、たまに違う人がやってくる。かぐやを品定めする目付き、或いは下卑た目でこちらを見る。別に誘拐や恫喝をしてとって食おうとは思ってないだろう。そうであっても、赫夜にとっては不気味な事この上なかった。
ただ、別に何かを思ったこともなかった。何故ならば、お爺さんとお婆さんはずっとかぐやを愛してくれたから。見た目でも、富からでもなく、かぐやを娘として扱ってくれたから。
「おーい、かぐや、や」
お爺さんが呼んでいる。
「なあに、お爺さん?」
「お前さんが一人では寂しかろうと思ってな。こやつを連れてきたんじゃ」
宙に浮かぶ羽衣と、美しい純白の衣服を身に纏った少女だった。顔は、何故か白い布で覆われている。
「初めまして、僕は紫雲、これからよろしくね」
それから、かぐやは紫雲と仲良くなった。追いかけっこをしたり、蹴鞠をしたり、ある日には物語作りをした。
「龍の顎の五色の玉は、天に航路を作る。
仏の御石の鉢は、舟になる。
蓬莱の玉の枝は、道を指し示し天の海を漕ぐ。
火鼠の皮衣は、日から身を、寒さから心を守る。
燕の子安貝は、奏でて唄い、夜を掬って喉を潤す。
こんなものかな」
「うん、いいと思うよ」
紫雲の言葉に赫夜は賛同する。
「この全てが揃った時、月に眠る孤独のお姫様の元に王子様が辿り着いて互いに愛し合うんだ。月にある月華の都、そこにはお姫様以外誰も居なかった。だから、王子様が辿り着いたとき、月は二人の楽園になって、ずっとずっと過ごし合うの」
紫雲の物語にかぐやは、
「うーん、少し夢物語が過ぎるかな。私はお爺さんとお婆さんが居ればそれでいいから、その月に主役の好きな人を連れ込めば良いんじゃないかな?」
紫雲は眉を顰めて、
「む、こういう浪漫ある物語が普通受けるんだよ。それに主役が最初から好きな人だけといるのは、ただの幸福な日記だよ!」
なんだと、この、と初めて二人は喧嘩をした。お爺さんとお婆さんはかぐやにできた傷を見て、笑っていた。
*
二人の少女は大きくなっても、互いに遊び合い、お爺さんとお婆さんはそんな二人を微笑ましく見つめていた。
お爺さんとお婆さんの商売が上手く続き、家は屋敷並のものになったが、財産を出来るだけかぐやのために使っていた。もう、儂等は歳じゃから、が口癖となり、他にも有望な事業に出資もし始めた。
しかし、かぐやはお爺さんとお婆さん以外には、少女と話し合うのみで、他の交友関係は築かれなかった。
「もうすぐ、お見合いですか」
「えー、いいと思うよ。かぐやは別嬪さんなんだから勿体無いよ」
ここ数年で、かぐやは非常に麗しく、華やかに成長していた。少し影があるが、憂いてるところが桜の花と合い、ひとときの優美さが引き立てられるとか。
詩人が一眼見た瞬間、一句を思い付き、世に認められたらしい。
そんな噂が枚挙、暇なくされるために、お見合いが立て続いて舞い込むのだ。
嬉しいのは、お爺さんとお婆さんは私の意思を尊重してくれてるところだろう。そもそも相手に興味がないので、受けたくないのだが。
「むー、勿体無いなー」
「はいはい、人気作家の八雲先生に言われたくないわ」
紫雲は、物書きとして世間に評判になった。様々な伝承や、地方の話を纏めて一つにしたり、童話のような教訓がある話を書いているそうだ。主に、独特な世界観と人間描写の美しさが評価されてるらしい。
「本当に、貴方には世界がどう見えてるのか教えて貰いたいところよ」
紫雲は照れながら、
「別に、僕が見たこと、聞いたことを元に書いていただけだけどね」
笑ったのが分かるように覆う布が歪んでいる。
「縁談も来ていて、囲い込む話とかもあるんでしょう?」
女房として宮中で囲い込まれて、悠々自適に過ごすという手もあるだろう。実際、そのぐらいの実力はある。
「いやあ、それでかぐやと離れ離れになるなんて、そんな酷いことできないよ」
にやにやと笑いながら、紫雲は続ける。
「もし君が気に入った奴がいたら、そこに仕えるのも手かもしれないね」
「それは、ないよ」
私には、きっと誰かを身内以外で恋愛対象として見れないだろう。身内には、いないし、これ以上広がる予想がつかない。
「まあ、それならしょうがないね。花曇る出雲の君さん」
歌人の歌に溜息をした。本当はそんな素晴らしい人間ではないのに。
*
五人が並び、私に、何か自身の良いところを伝えられたり、最近流行してるものがどうなのかだとか、私を口説こうとして何か歌を歌うものもいた。
正直、ただひたすらに退屈。愛想笑いを御簾越しにして、相槌を打つだけ、たまに早めに帰ってもらうぐらい。代わり映えのない、ただ飽きる日々。
「もう、私を無視して他の奴を追っ掛ければいいのに」
「なはは! 辛辣だね。それができれば苦労しないか、いやできなかったからまだいるんだろうね」
今日も、かぐやは紫雲に愚痴を話す。
「彼等に何かしらの魅力も、そもそも彼等を見ても何も思わない。心が動かない。何を考えてるか分からない」
淡々と、彼等の評価を述べていく。世界は。紫雲や、家族といるとあんなに煌びやかなのに、彼等を見ても何処までも灰色だ。
「私は、きっと酷いのでしょう。彼等の期待に応えられない。応じようとも思えない。彼等の瞳を見れない、…………愛せない」
最後、目を伏せた。
「もう、いいじゃない。彼等も私も関わらずにこのままで入れれば」
頭が働かない。ぼーっとする。このまま、意識が沈んで…………。
パッチン、
「えっ?」
紫雲は指を鳴らした。ただそれだけのことが、私の意識を覚醒させる。
「駄目だよかぐや。人は停滞したままではいられない。それに、いつかはお爺さんもお婆さんもいなくなってしまうよ。だから、君は立つしかないんだ。それに、君は受けた恩に仇で返したくないだろ。大丈夫、人生なんてどうとでもなるさ」
「で、でもっ」
「まあ、君がどうしても進めなくなったら、僕がなんとかするよ」
紫雲は、手をグッととして蝶を閉じた手から解放する。
「まあ、こんな子供騙ししかできないけどね」
少し、紫雲を頼もしく感じた。
*
「残った五名様には、私から提案があります」
五名が様々な反応を示す。
私の様子を探ろうとするものや、他の反応を見ようとするもの、どういうものが来るのかと顔を強張らせるもの、覚悟を決めた表情をしているものもいる。
「このままでは、私は貴方たちを知ることを、見ることをできません。なので、一人に一つ難題を設けさせてもらいました」
一人一つの難題を告げていく。
それは、
仏の御石の鉢
蓬莱の玉の枝
龍の顎の五色の玉
火鼠の皮衣
燕の子安貝
彼女から聞いた伝承の道具を挙げていく。これがきっと私が許容できる限界。本当に、私を愛してくれるのか、その想いを込めて一人一人に合ったものを指定していく。
彼等は、すぐ動く者、手のものを動かして私と時間を過ごそうとする者などに分かれて行動していた。
*
パチパチと、火が燃えている。
「偽物ですね」
「そ、そんなはず」
火鼠の皮衣を大枚はたいて、貿易商から購入したらしい。わなわなと、震えている。
「巫山戯るなッ! 大体なんだ! 御伽噺のようなものを探してこいと! 我等を誑かしてるだけではないのか!」
激昂して、ただ狂乱して訳の分からないことを喚き散らす。
「お帰りいただいて」
かぐやがそういうと、使いの者が主人を引き下げて、去っていった。
かぐやはそれを悲しく、哀しく思った。
*
「もう嫌だなぁ、私は彼をあんなにも醜悪に、あんなにも貶めてしまった」
顔を曇らせ、泣きそうになる。
「うん、まあ巡り合わせが悪かったよ。大丈夫、運命の出会いってヤツを信じてみなよ」
紫雲は、かぐやを宥める。
「別に、私はお爺さんとお婆さんが居ればそれで」
私はそれだけで、他の人が傷付いて貰うほど、誰かと親しい仲になろうと思う意思もない。だから、私は彼等を騙して、偽って、誑かしてるだけだ。それは、まさに一顧傾城の悪女ではないのか。常日頃そう思うようになった。
「それなら、…………」
突如、玄関から
「御免ください! 私は、帝からの使者として参り申した」
*
「あはは! 今度は帝からのとは。本当に傾国の美女のようではないか」
私は、可笑しくて笑ってしまう。
「少し休んで、かぐや。疲れてるのよ」
紫雲が心配して、休息を促す。
しかし、かぐやは笑いが止められない。もう、全てがどうでも良くなるようだった。
「かぐや! 戻って!」
紫雲が着物の襟を掴んで揺さぶる。
「誰か! 誰か、かぐやを!」
そう声を出しても、この家には、使用人はいない。呼びかけても、駆けてやってくるものはいないのだ。
ただ、二人を除いて、
「どうしたんじゃ?!」
お爺さんが、駆けるとはいえずとも、できる限りの早さでやってきた。
「何があったのかね?!」
お婆さんも、洗っていたのだろう洗濯物も放ってやってきた。
「お爺さまとお婆さん! かぐやの、気が触れてしまって!」
お爺さんとお婆さんも、かぐやを宥め、なんとかおさまった。
*
「ごほっ、ごほ」
それからかぐやは体調を崩して、よく寝込むようになった。
「大丈夫? 薬を持ってきたけど」
紫雲は親友の調子に気をつけていた。
あれから、難題を授けた四人が来たが、一人は騙そうとして、もう一人は正解に近かったのにその借金で没落し、龍を求めて海に出た者は返り討ちに遭い、最後の一人は燕の子安貝を自らの手で掴もうとし命を落とす。
かぐやは一人一人に衝撃を受け、特に最後の一人に同情し体を崩してしまった。
「ふむ、体を崩すとは。朕の方でも手配しよう」
帝は、そんなかぐやを労って、使いの者を頻繁に寄越してくれている。
かぐやは手紙に御礼をしながら、
「ご温情痛み入ります。でも、もう結構ですから」
と、返している。
「もう、いっそのこと帝とくっ付いたらいいんじゃない?」
紫雲は最近そのことをよく呟く。
初めは、少し困って眉を下げていたが、
「彼の人は、太陽のような方。私のような夜を纏うものに出番はありません」
と返した。
「そう、じゃあさ…………」
紫雲が呟いたことに、かぐやは驚いて目を見開き、紫雲を見た。
*
数多の兵士が、かぐやの家で陣を敷いている。
「では、手筈通りに」
帝の側近が、最後の御達しをする様だった。
突然、光が屋敷の中庭の中央に現れて、一人の女性が空から降りてくる。顔は、布に隠れてみえない。
「私は、月からの使者。赫夜姫を此方へ」
月の使者はそう要求した。
「射てぇっ!」
精一杯の声を出したつもりが、囁きに聞こえるぐらいに脱力していた。
ある者は弓を射ようとするが、明後日の方に飛び、ある者は太刀を向けるが、近寄ろうとすると力が抜けて動けなくなる。
赫夜姫は、お爺さんとお婆さんに何かを呟き、最後に帝に礼をいい、月の使者と共に昇っていく。
*
「よもや、朕までも悪巧みに参加させようとな」
帝が女性に呟く。
「別に良いでしょう? 少しは世界を彩を持って見れますよ」
まるで、親しい中の様に話し合っている。
「部下に認めさせるためとはいえ、少しは心が痛むのだぞ」
「良い刺激じゃないですか。でも、協力感謝します」
女性の見た目は、まさにさっき赫夜姫を連れていった月の使者のよう。いや、そのものだろう。
「なあに、朕にとっては些細なことよ。それに、遠い縁者の頼みとあらば、多少はな」
帝は、そう呟いて微笑む。
「それでも感謝しますよ。親友の望みを叶えてくれたのですから」
そう言って、紫雲は帝と別れる。
「こちらも感謝するぞ、月と地を繋ぐ星の使者よ」
*
茶番の少し前から、かぐやの容態は悪くなる一方だった。さらに、お爺さんもお婆さんも、床に伏せることが多くなっていた。
「本当にいいの?」
かぐやは紫雲に問う。
「親友の頼みならこのくらい些細なことさ。私にできるのは、精々縁者に伝言を伝えることだけ。日の方と違って夜の眷属だからね。願いを聞いても、基本寄り添うことしか出来なかったから」
紫雲は遠い目をして、何かを思い出してるようだった。
「たぶん、君はもう助からない、治す手段に心当たりもない。だから、せめて、君に夢を見せよう。小さい頃にしたあの御伽噺のように」
かぐやは咳き込みながら、
「ええ、それで、いい、わ。ごほ、ありがとう。最後は、空に、近い、ところで、燃やして、ね」
優しく微笑む。
「あり、がとう。私の親友」
*
時は巡って、廻る。
「さあ! 覚悟はいいかい? 君たちは果敢な勇姿だ。そんな君たちへの褒美は月に隠れた伝説の美少女! 君たちには難題を渡す。全てをクリアしたものにのみ、その栄光は現れるだろう」
時は現代、幾多もの挑戦者に激励を飛ばしながら、マイクを熱く握る。
「それじゃあ、行ってらっしゃい!」
というかけ声のもと、人垣があらゆる方向に拡散していく。
「…………。この中に彼女を見つけてくれる人が現れますように」
桜のような儚さとともに、雲に隠れた、輝く夜を想いながら、彼女に寄り添ってくれる駆け昇る流れ星を、雲を切り裂いてその手で掴むことを、切に願う。
少し、恋愛要素ぽい何かが出ました。
彼女が、そういう相手に逢えるかは、
誰にも分かりません。