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09 ハセダ村

そこにはお母さんがいた。

思い出の中にある、優しいお母さんがそこにいた。

お母さんはゆっくりと立ち上がると、私に向けて両手を広げる。

「お母さんっ!!」

私は椅子を蹴立てて立ち上がると、お母さんの胸に飛び込んだ。

「お母さん! お母さん! お母さん!」


お母さんは思い出の中にあるよりも、柔らかくて温かかった。

私はお母さんに抱き着き、すがりついて泣いた。

お母さんは優しく頭を、背中を撫でてくれた。

その手の温かさと柔らかさに、私はもっと泣いた。



私は泣きながら、お母さんが死んでしまってから何があったのかを話した。

話して、話して、話すことを全部話した。私からあふれ出ていたいろんな話が全部こぼれ出てやっと、私はお母さんから体を離した。

どれぐらいそうしていたかは分からない。

お母さんの胸元は、私の涙と鼻水とよだれでびしゃびしゃに濡れてしまっていた。


「ありがとう」

話し過ぎてすっかり枯れてしまった声で、私はお礼を言った。

優しく微笑んだままのお母さんは、おおきくうなずと、最後にもう一度私の頭をなでて、ゆっくりと薄く消えていった。

「ありがとう…」

消えていくお母さんに胸がぎゅっとなりながら、私はもう一度お礼を言った。

そして私はそのまま床に座り込んだ。



座り込んだまま、中身が空っぽになったような開放感を覚えていた。

そのままぼんやりとしてると、後ろでドアが開く音がした。


「飯にするか」

首だけで振り向くとおじさんは何も聞かずににっと笑った。


ぐっしょり濡れた服の替えを渡して、おじさんはご飯を作り始める。

私は、服を着替えて椅子に座ってやっぱりぼんやりしていた。

手元には湯気が上がる温かい茶色い飲み物があって、ホットチョコレートというらしい。甘くて美味しい。少し苦いけど。


しばらくぼんやりしていると、おじさんが山盛りのご飯を机に並べてくれた。

一番大きいのは鳥の丸焼き。

いつも山で見るハトやカラスの大きさじゃない。すごく大きい。表面もツヤツヤしていて匂いだけでよだれが大雨のようにあふれてくる。

「見てなよ」

おじさんはそう言うと、丸焼きの鳥のお腹を大きな包丁で開く。そうすると、中にぎっしりと何かが詰まっている。

「マルオシバネの丸焼きだ。こいつは旨いぞ!マルオシバネは旨いんだが、絞めた直後は肉が硬い。中に肝をつぶして絡めた野菜と香草を詰めて、低い温度でゆっくり熟成させる。すると、肉が柔らかく、旨味がぎゅっとしみ込んだ絶品の素材になる。これに私特製のタレに漬け込んでもう一つ寝かせる。味が染みこんだら、丁寧に焼く。王族の接待でメインをはるほどの料理だ。普通に作ると気の遠くなる手間と時間、熟練の料理人の見極めがないと作れないが、私が発明した専用魔法で作ると簡単にできる。自慢の逸品だぞ!」

鳥を取り分けながらおじさんは上機嫌に話す。


柔らかそうなお肉からは、たっぷりの脂が流れ出し、野菜や香草の匂いがい鼻から飛び込んで胃袋をかき混ぜる。『ぎゅるるうぅ』とお腹の虫が鳴いた。

焼きたてのパンに、温かい具だくさんのスープ。いろんな色が鮮やかな焼き野菜。

「話過ぎた!温かいうちに食べよう!」

そう言うと、大きな口で鳥の塊を食べる。私もおじさんを真似して鳥の塊を食べる。いつも食べられない大きな塊を思い切り頬張る。

「――っ!!」

おいしすぎてびっくりした。

甘辛いタレに舌が痺れ、柔らかいお肉がほどけ、野菜と肉の旨味がぎゅーーーーっと詰まった汁が口の中で一度に広がる。

びっくりしすぎて声も出ず、おじさんと鳥との間を交互に見る私におじさんが笑う。

「なっ!旨いだろう! 旨いんだよ、これ! 村であんまり旨いもん出すと、いろいろ問題があるからな。正直ちょっと我慢してたんだよ!」

がはははと笑いながら肉をご飯をすごい勢いで食べるおじさん。

「ハナさんも、遠慮せずガンガン食べなさい」

おじさんの言葉に促されて、私も必死にご飯を食べる。

パンもスープも野菜も全部おいしかったけど、鳥の丸焼きは別格だった。

しかし、おじさんが家で出してくれたあのお祭りの日の村長でも食べられないぐらいの豪華な食事を『我慢していた』と言われて正直、戸惑った。

戸惑ったけれど、それよりもこの二度と食べられないだろう丸焼きをお腹が苦しくなるまで詰め込むことに集中した。


机に山盛りあったご飯を二人でキレイに平らげると、おじさんは私にお茶を、自分にはコーヒーを入れて飲み始めた。食べ過ぎると苦しくなるなんてことを生まれて初めて知った私は、机に突っ伏していた。

「ハナさん、この後どうするつもりなんだ?」

それでも、おじさんのこの一言で体が跳ね起きた。


「このまま逃げるつもりだ、と言われると私も『そうか達者でな』とはいかないんだが、2、3日のんびりしたいって言うんであれば、かまわないとも思うんだ。雪が降る前にここを離れたいってのはあるんだがな」

「……」

言うことは決めていたけれど、伝える勇気が出てこず私は黙り込んだ。

「雪が積もったヴェレヌ山脈を越えるのはちょっとばかり骨が折れる。ハナさんか、もしかしたら誰かほかの人になってるかわからんが、連れて行くとなるとなおさらで」

「……村に戻る」

声が震えていた。

震えていたけれど私は、なんとかそう絞り出すことができた。

「村に戻って、お父さんに謝らないと。連れていかれるのは怖いけど、私が逃げるとお父さんも大変な目にあってしまう」

一言しゃべりだせば、残りはするすると吐き出せた。


「お父さんは、私のために死ななかった。わかってる。お父さんが死んでしまったら、私が一人になったら人買いに売られるから。足が動かなくて、私に辛い思いをさせるとわかっていても、生きていれば、私は村にいられる。お父さんの面倒を見る人がいるから。家族があれば、殺すことはできない。それが村のルールだから。お父さんも辛かったと思う。痛いし、何もできないし。わかってる。わかってるのにひどいこと言っちゃったから、ちゃんと謝らないと」


そして、トカゲ退治の報酬になる私が逃げ出せば、お父さんは村にいられなくなる。

おじさんはたくさんの奇跡を見せてくれたけど、私のこれからはトカゲが住み着いた時から何も変わってない。

私の未来は変わらないけれど、お父さんの未来は変わった。おじさんが変えてくれた。

おじさんが私のために変えてくれたお父さんの未来を私が潰すわけにはいかない。

死ぬほど辛い中、死ぬのを諦めて生きて来たお父さんさんが、やっと手に入れた未来を、私が潰すわけにはいかない。


怖いけど、逃げられない。


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