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08 ハセダ村

 目が覚めると、ふかふかしていた。

 そして、温かかった。

 心地よさにもう一度眠りに落ちそうになる。


 いや、おかしい。


 眠りかけて、ふと思う。

 寒い夜に、固く冷たい土の上で目を閉じたはずだ。

 死ぬつもりで。


 それが、ものすごくふかふかな何かに寝ている。

 そして柔らかいし、温かい。


 違和感に引き起こされて目を開けると、薄暗い天井が見えた。

 飛び起きようとすると、足元が沈んでこけた。


 こけたところもふかふかだった。


 起き上がってあたりを見渡すと見たことのない部屋だった。

 私はものすごくふかふかな布団……布団というのかはわからない、こんな布団は見たことがないから。

 …とにかくその布団にくるまれていた。


 部屋の中には、この布団が乗ったベットと、小さなテーブルがあった。

 テーブルの上には、花瓶があって花瓶には、柔らかく光るオレンジ色の光の粒が集まってゆらゆら揺れていた。

 部屋の中が薄暗いのは、オレンジの光が薄く照らしているからだった。


 ここがどこかはわからなかったけれど、私はおじさんの仕業だと確信した。

 そう思うと、体の力が抜けて、私はもう一度ふかふかにくるまって目を閉じた。


 次はトイレに行きたくなって目が覚めた。

 起きるとやっぱりふかふかで、薄暗くて、オレンジの光の玉が花瓶に集まっていたけれど、それよりもトイレだった。


 トイレはどこだ!?


 薄暗い壁にドアがあった。

 ほかにないので、そのドアを開ける。

 暗い…そう思ったとたん、部屋が明るくなった。


 さっきよりも広い部屋だった。

 こっちの部屋には、黄色く光る玉が集まった花瓶があちこちにあって、その灯りが部屋の中を照らしていた。


 柔らかな光に照らされた部屋には、ツヤツヤ光る真っ白な机と椅子、それ以外にも見たことのないキレイな飾りがされた道具に飾り、うちの何十倍もしっかりした台所があった。


 でも、トイレじゃない。


 トイレはどこだ!?

 部屋には大きなドアと小さなドアがあった。


 小さなドアを開ける。

 そこには、椅子が置いてあった。椅子には、柔らかそうなクッションが置いてある。

 でも、椅子の座るところに穴が空いている。


 なんだこれ??


 いや、そんなことよりトイレだ。


 大きなドアを開ける。


 すると、そこは森の中だった。

 日が高い。昼過ぎだろうか。


 ―――寒っ!?

 ピューっと吹き抜ける冷たい風にぶるっと震える。


 トイレトイレ。

 木の陰に隠れて用を足す。


 着ている服が、柔らかくて温かい、光るような布できたものに変わっている。

 しかも表と裏で布が違う。

 表はスベスベで、内側はモコモコのフワフワ。

 こんなの見たことない。私が普段着てる服の5枚分ぐらいの厚みがある。


 服は温かいけど、外だと寒い。おじさんも見えないし、さっきの部屋に戻ろうとしたら――

 ――ドアがなかった。


 ウロウロしてみるけれど、ドアがない。

 さっき間違いなく開けて出てきた、大きなドアがどこにもない。


 さっきまで死んだら楽になれる、と思っていたけれど、やっぱり1度あの温かいフワフワにくるまれてしまったら、死にたくない。


 しかし、ドアがない。戻れない。

 どうしよう…とオロオロしていると、遠くから何か音が聞こえた。

『フィーン』みたいな少し高い音がする。森の中で聞こえる音じゃない。

 おじさんに違いない。

 その音に向かって歩いてみる。


 音は絶え間なく聞こえる。

 音の大きくなる方に向かっていくと、やっぱりおじさんがいた。

 それともう1人。青い服で、変な仮面を被っている。大昔に見た、旅芸人の人がやっていたお芝居に出てくる人みたいだった。

 格好もそうだけど、何よりもでかい。おじさんの背が肩ぐらいにしか届いてない。横幅は3倍ぐらいある。


 2人は向き合って緑色に光る棒のようなもので戦っている。

 棒が動く度に『フィーン』『フィーン』と高い音が鳴る。めちゃくちゃでかい人はでかいのに早い。それに動きが軽い。

 フワーっとおじさんを飛び越えるぐらい飛び上がり、後ろから斬りかかったと思ったら、今度は前に回っている。私には青い影が、おじさんの周りを飛び回っているようにしか見えない。


 対するおじさんは、ひょこひょこと動いていて、比べるまでもなく動きは鈍い。でも、上手くかわしたり、おじさんも光る棒で受け止めているのか、でかい人の攻撃を食らってはいないようだった。


 再び青い影が舞い上がり、後ろに回って斬りかかった瞬間――おじさんの光る棒が大きく振り上げられる。

 すると、青い腕が宙を舞った。

 光る棒を握ったままのでかい人の右腕だった。


 クルクルと宙を舞う青い腕に「あっ!」と思った次の瞬間、いつの間にか、でかい人が左手に握っていた光る棒がおじさんを貫いていた。


「ぐっ!」

 おじさんの鈍い声がする。


「ぐふっ!」

 でかい人が光る棒を引き抜くと、おじさんは再び鈍い声を上げて膝から崩れた。


「おじさん!」

 あまりにも現実離れした光景に、夢の中にいるようだった私は、崩れ落ちたおじさんの姿に、やっと飛び出した。


「おじさん!!」

 もう一度叫ぶと、私は飛び出した勢いのままに青くてでかい人を突き飛ばした。

「あ、ハナさん」


 私はおじさんに向き直ると、光る棒が突き刺さったであろう場所に手を当てて、力を込める。

 ふらーっと緑色の光が私の手から、おじさんのお腹に広がる。私の治癒術だ。


 お腹を貫通するぐらいの怪我だと、ほとんど役に立たないけれど、私は全力で『治れ!!』と願いを込めて力を振り絞った。


「おじさん、大丈夫!?」

 私は必死に声を掛ける。

「ハナさん、大丈夫だよ」

「だい、えっ??」

 おじさんは、ニコニコしていた。


 よく見ると、怪我はおろか、服すら破れてない。

「ありがとう」

「はえっ?」

 すっとんきょうな声がこぼれた。


 後ろを見ると青くてでかい人が、腕を組んで私を見ていた。

「心配させたね。ごめんよ」

 そう言うとおじさんは私の頭をなでた。

「ここでその恰好は寒いだろう?」

「トイレに行ったら部屋がなくなったの」

「間違えて外へのドアを開けたんだな。あそこは一度出ると、また繋がないと消えてしまうから」

「トイレがあったの?」

 私が首をひねると、おじさんも首をひねる。

「あっただろう?あそこは寝室と台所とトイレしかない」

「おふとんのあった部屋と、台所のあった部屋と、変な椅子のあった部屋しかなかった。トイレはなかった」

 私がそう答えるとおじさんは笑い出した。

「ああそうか、ハナさんの知ってるトイレとは違ったか。あの穴の開いた変な椅子がトイレなんだよ」

「―――!!」

 私がびっくりすると、おじさんはもう一つ大きな声で笑い出した。

「はははは。いや、ちゃんと説明できればよかったな。ごめんごめん。まあとりあえず寒いから、中に入ろう」

 そう言って、おじさんは空中にオレンジ色の光で絵を書く。トカゲをしまった時と同じような絵だった。

 描き終わると、ぶつぶつと何かをしゃべる。

「よし」と最後を締めくくると、オレンジの絵がキラキラと飛び散って、目の前に大きなドアが現れた。

 ドアを開けると、真っ暗で、おじさんが一歩入ると、ぱあーっと黄色い光が部屋を照らす。

 そこはツヤツヤ光る真っ白な机と椅子がある、あの部屋だった。

「温かいものを作ろう。座って待ってなさい」

 そう言っておじさんは私に椅子をすすめると台所で何かを始めた。

 私の向かいにはあの青くてでかい人も座る。

 しばらくすると、火を起こしたわけでもないのに、温かいお茶が用意された。



 要するに、戦いの練習をしていたらしい。

 青くてでかい人は水の精霊の『トーミセノウツセミ』という人で、緑色に光る棒は『治癒の剣』という斬っても傷がつかない魔法の剣だったらしい。

「ハナさん、叫びながら村の中を突っ切っただろ? 村の人が何事か!?って騒ぎ出して、ハナさんが逃げたって物々しいことになってね。私が行くから待ってろってなだめるのが大変だった。まあ、あんまり騒ぐと私があちこちにかけた魔法が解けて元に戻るぞって言ったら、ぴたっと収まったけど」

 おじさんはカラカラ笑いながら、何があったか話してくれた。


 私はどうしたらいいのか分からなくて、温かいお茶の入ったカップを見つめたままだった。

 頭の中をいろんなことが浮かんで消えて、混ざり合って、結局言葉にはならずに、ずぐずぐと崩れ落ちていく。

「こいつはな」

 おじさんの話が急に変わる。顔を上げると、優しく笑っていた。

「こいつは、会いたい人に会わせてくれる精霊なんだ」

 そう言って青くてでかい人を指す。


「……会いたい…人……?」

「そう。会いたい人だ。とはいっても、本人じゃない。自分の思い出の中にある、会いたい人と会わせてくれる。というかこいつが変身するだけなんだけどな。だから、話ができるわけですらない。ただ本当に会いたい人が目の前に現れるだけだ。それでもだ、自分の中にあるものが外に出てくる、それだけで救われることっていうのがあるんだ」

 何を言ってるのかは分からないけれど、会いたい人に会えるという言葉が胸にしみこむ。

「会いたい…人……、お母さんは?」

 私はつばを飲みこんでそう尋ねた。

「お母さんにも会えるの?」

「簡単だ」

 おじさんは、にっこり笑うと青くてでかい人に目を向けた。

 その目線に従ってトーミセノウツセミさんの方を見ると



 そこにお母さんがいた。


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