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07 ハセダ村

 私の家を直したあと、おじさんは休むことなく村中の家や道具を直して回った。

 夜になると私の家に帰ってきて、ご飯を食べて泊まる。

 次の日も、その次の日も朝から夜までおじさんは、村の中に外に出かけ、家から道具から畑から道から片っ端から直して行った。


 私たちはウベの実を食べようとしたけれど、『美味しくないから嫌だ』とおじさんが言って、色々珍しいものを作ってくれた。


 小麦粉をこねて細長くしたものに、トマトの甘いソースを混ぜたナポリタンという料理。

 トウモロコシの粉で作った平べったいパンみたいなのに、お肉や野菜を巻いたタコスという料理。

 米という白い粒を潰して作ったモチという塊に、ミソというものをつけて焼いたゴヘイモチという料理。


 ひたすら申し訳ないと縮こまっていたお父さんだったけれど、4日もすると諦めたのか疲れたのか、珍しい料理を素直に楽しむようになっていた。


 でも、おじさんがいなくなった後が恐ろしい……と震えていた。


 壁伝いに立ち上がれるようになったお父さんは、あっという間に杖をつきながら歩けるようになり、何年ぶりかに村を歩き回るお父さんに、村の人たちは、驚いたり、目を逸らしたり、色々複雑そうな顔をしていた。


 お父さんは、とにかく体が動くことが嬉しくて、村の人たちの色んな反応を気にする余裕はなかったようで、『ダンナのおかげで…』と嬉しそうに話して回っていた。


 杖をついて歩けるようになって3日ほどで、杖も要らなくなった。


 私はもう驚き過ぎて、自分が何を感じているのか、わけがわからなくなっていた。ただ、毎日、すごい勢いで元気になるお父さんを、夢を見るように見ていた。



 7日ほど経った夜、いつも通りおじさんの作った夜ご飯を食べた後、コーヒーとかいう苦い飲み物を美味しそうに飲むおじさんにお父さんがいつになく硬い表情で話しかけた。


「ダンナ、教えてくだせえ」

「何でしょう?」

 おじさんは、いつも通りに朗らかだった。

「………ハナは、この後、どうなるんでしょうか?」


「――――っ」

 私は息を飲む。


「人買いに売られて行ったヤツらを知らねえわけじゃねえし、人買いだって知らねえわけじゃねえです。こんな村ですから、それなりによくある話で。ダンナがどれだけの方か、俺にはよく分かりやせんが、相当な御大尽だとは分かります。カワズミトカゲの退治は村で頼んだことで、金が無え代わりにハナが選ばれたことは、もう仕方がねえし、それをどうこう出来る話じゃねえってことも分かってます。ダンナが来てくれなきゃ、俺なんざ、どうしたってくたばって終わってたし、ハナだって似たようなもんだ。ただハナがダンナん所で見てもらえるってわけじゃねえはずだ。仕方がねえとは思っちゃいますが、それでも大事な娘だ。なんにもしてやれねえ、いや、ずっと迷惑ばっかりかけたろくでもない親だが、それでもいなくなると言われりゃ、心配はしちまう。ハナはこの後、どうなるんでしょうか……」

 お父さんは下を向いて、一度に言う。


「後、2日でしょうか。それで出来ることはほぼ終わります」

 おじさんは変わらない。


「その後は、私と一緒に、協会に行きます。今回は、協会――魔物被害互助協会(CAM)が依頼を受けて、私がCAMを通じて派遣されました。なので、考えておられるように、報酬の受け取り先は私ではなく、CAMになります。ハナさんはCAMに身元を預けられ、その後、CAMを通じてハナさんの行き先が決められます」


 おじさんはそこでコーヒーを飲む。


「こういう村に来る奴隷商人を見ていると不安になると思います。彼らは無法者なことが多い……というか大体そうなので、当然、売り先も表に出せないような所になります。でも、CAMはきちんとした組織ですので、行先もそこまでひどいことにはなりません。事故がないとは言いきれませんが、少なくともハナさんがここまで過ごして来た暮らしに比べれば、安心できると言えます」


 私はくちびるを噛んで、泣くのをこらえていた。

 村での暮らしは、辛いものだったし、この先もずっとあの暮らしが続くのだと諦めていた。


 なのに、おじさんが見せてくれた奇跡は、この村の暮らしに、未来を見せてくれた。

 希望と期待が見えてしまった。


 でも、そこに私はいられない。

 仕方がない。

 仕方がないのはわかってるけど!

 わかっているけれど……。


 やっぱりわからない………。


「ダンナっ!」

 お父さんはおじさんに飛びついた。

「ダンナのお力でどうにかしっ」

「お父さんっ!!」


 突き飛ばした私と、突き飛ばされたお父さん。

 手に残る感触が熱い。

「ふざけるな!!」


 私はもう止められなかった。

「ふざけるな! お母さんが死んで、お父さんが動けなくなって、これまで私がどれだけ苦しんだか!」

 涙が止まらない。

「畑も家も、全部取り上げられて、隅っこに追いやられて! それでも毎日毎日、必死にやって! やってもやっても何にもできなくて! 手も足も痛いのに、村の人の治療をして! それも必死にやったって、この程度かって言われて! ごはん分けてくださいって必死にお願いして! みんなに笑われて! 仲間外れにされて! それでも! それでも必死にやってきた! それなのに、お金がないからって、売られるんだ!」


 違う!こんなことが言いたいわけじゃない!

 でももう止まらない。

 自分でも何が言いたいのかわからない。


「お父さんは、何もしてくれなかった! 体が動かないからって、苦しんでる私を見てただけ! それを今更! なんとかならないかって! もっと早くなんとかしてよ! 助けてよ……助けてよ…」

 耐えられなくなって、叫びながら飛び出した。



 辺りは夜で、真っ暗だった。

 私は毎日通い慣れた畑への道を脇目も振らず走り、畑を通り過ぎ、山に飛び込んだ。


 山道を駆け登る。

 どこに向かっているかもわからず、全部から逃げるように、ひたすら走った。


 息が上がって、足がもつれて、転んで止まった。

 走りながら石や枝で山ほど切り傷ができ、転んで擦り傷だらけになった。


 息が詰まって、涙が出て、体が痛くて、地べたに這いつくばって泣いた。


 悲しみ、苦しみ、後悔、怒り、色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざって泣いた。

 地べたに這いつくばったまま、地面をたたいて、土や草をつかんで、顔が土まみれになりながら泣いた。




 どれくらい泣いていたかわからない。

 ずいぶん長い時間だったように思うけれど、意外と短い時間だったのかもしれない。


 涙が止んで、あたりを見渡すと真っ暗で、ここがどこかもわからなかった。

 冬が近くに迫った秋の夜は、暗く、寒く、怖い。

 でも、何もする気が起きなかった。

 私の中身は全部、涙と一緒に出て行ったようだった。


 ずるずると這うように手近な木の幹に近づくと、背中を預けて座り込んだ。

 冬ごもりの準備をする獣に襲われるかもしれないとか、寒さで死ぬかもしれないとか、このままだと危ないんだろうなと人ごとのように感じていた。

 そして、私がこのまま死んでしまったら、村はどうなるんだろうと考えた。


 いなくなったんで終わりとはならないだろう。

 誰か代わりに売られていく人が必要になるだろう。

 似たような年の子どもの顔が浮かぶ。


 私がいるからと安心していただろうから、慌てるに違いない。きっと、うちは嫌だとケンカになるだろう。

 そう思うと、少し楽しい気持ちになった。

 みんなもっと苦しめばいいんだ。

 私だけに押し付けて、私だけが村中の不幸を背負って、背負わされるだけ背負わされて、誰からも見向きもされない。


 村を救うために縛り上げられて、なのに、殴られて、蹴られて、けなされて、怒られて。

 おじさんがやってきて、たくさん手伝ってもらって『今年の冬は安心して暮らせる』『春から先も楽になる』と私の不幸で買えた幸せに喜んでいる人たちが、その不幸を自分が背負わないといけないと慌てふためく姿を想像すると暗い笑いが浮かんだ。


 夜が更けるにつれて、どんどん寒くなる。

 遠くからはガサガサと何かが動く音がする。

 寒いも怖いもどこか遠くに感じているだけで、何もする気が起きなかった。


 このまま死んでしまえばいい。

 どうせ、死ぬのだ。

 売られて、知らない場所で、そこでもぼろぼろになるまで働いて、働けなくなってそれで終わり。


 これでいい。

 なんなら、もっと早くに全部放り出してやめてしまえばよかった。

 そうすれば苦しむことも、悲しむことも何もなかった。

『もうおしまいにしよう』そう思うと気持ちがすーっと楽になって、私は目を閉じた。





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