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06 ハセダ村

 村の人たちは頭を下げたまま動かない。

 動けないでいた。


「さあ、目途が立ったとはいえ、冬の支度をしなければ間に合いませんよ」

 おじさんは、自分が受けた理不尽も、自分の立てた功績もまるで気にしない。

 パンパンと手を叩いて、村の人たちを立たせる。


「今なってるウベの実を持って帰ってください。赤い実が熟れてます。黄色い実はまだ若いので次まで残しておいてください。4、5日もすれば赤くなります。一家族、3本ぐらいありますので、慌てなくても大丈夫ですよ」

 村の人たちは恐る恐る立ち上がり、恐る恐るウベの実を取り始める。


「ハナも持って帰ろう」

 村の人たちが収穫を始めたのを見ながら、おじさんが言う。

「うん!」


 ウベの木の下まで行くと、赤い実がぶら下がっている。

 手を伸ばすが届かない。

 飛び跳ねても届かない。

「手伝うか?」

 ぴょんぴょん飛び跳ねていると、おじさんが笑いながら声をかけてくれる。


 私がうなずくと、ひょいっと肩車をしてくれた。

 目についた赤い実を取る。意外と軽い。

 私が取った実を下からおじさんが受け取ってくれる。


 私の顔ほどもある大きな実が4つあった。

 黄色い実も、青い実も、まだ小さいのもたくさんある。

 これが次々食べられるなら、冬の間も大丈夫だと思う。



 私が二つ、おじさんが二つ、ウベの実を抱えて家に帰る。

 家に入ると、お父さんが壁を支えに立ち上がっていた。歩けるようになるのはまだ少しかかりそうだけど、歩けそうだった。


「お父さん!!」

「ハナ! ダンナも!! 見てくれ、立てるんだ。まだ歩くまではいかねぇが、この分だとじきにできる!」

 その声は鼻声で、そんなお父さんを見ると私も泣きそうになる。


「うまく治ってるようでよかったです。痛むようなら言ってください。けがをしてから時間がたってますから、少しうまくいってなかったりすることもありますので」

「ダンナにはほんとにどれだけ感謝しても足りねえ。本当にありがとうございます。痛いところなんて、少しもありやしません。けがをする前からあった腰痛までどっか行っちまったみたいで」


 おじさんは『それはよかった』と言いながら、ウベの実を下すと、ウベの実について説明した。

 ウジュリ様の起こした奇跡を見ていないお父さんは、突然食べ物がとれたことに、わけが分からないという顔をしていたけれど、私が『おじさんがすごかったの』というと、『ダンナがやってくださったなら、間違いはねえ』と納得していた。


「お昼にしましょうか」

 おじさんの声で気づいた。

「パンがない!?」

 私が朝、涙をのんであきらめたパンがどこにもないことに気づいた。

 お父さんをにらむ。

「あ、いや、その、えらくウマそうだったもんで、つい……」

 詰め寄って怒る私と、『すまんすまん』と慌てるお父さんを見ながらおじさんは笑っていた。


「できましたよ」

 おじさんが、昨日と同じように、空中からいろいろな材料を取り出して、絵の上でごそごそすると、あっという間にごちそうができ上がる。

 ふかふかと湯気が上がるパンには、白いどろっとしたものがかかっていて、不思議なにおいがしていた。『チーズ』というらしい。せっかくのパンなのに……。

 思い切って食べてみたけれど……くさくておいしくない。

 隣を見るとお父さんも、同じような顔をしていた。

「……」

 おじさんはおいしそうに食べていたけれど、私とお父さんがなんとも言えない顔をしていると、『チーズは苦手でしたか、すみません』と謝って、なんと新しいパンを焼いてくれた。

 真っ青な顔で謝るお父さんに、おじさんは『いくらでも焼けるから気にしないで』となだめていた。


 今度のパンには『ジャム』というのを出してくれた。甘い実をつぶして、さらにそこに砂糖を入れて作るらしい。『砂糖』と聞いてお父さんがまた真っ青な顔をしてぶるぶると震えていた。

 惜しげもなく、べたべたとジャムを塗ってくれるおじさんに、『いや、そんなとんでもねえもん、もらえねえ』と必死に止めていた。


 おいしそうな匂いに、私のよだれが大洪水を起こしているけれど、お父さんが止めているので、食べられない。泣きながら止めるお父さんを、『そんな大げさな』と軽くいなしながら、私にジャムがたっぷりのったパンをくれた。


 お父さんが『ハナ!!』って怒っていたけれど、ガマンできずにパクっと食べる。

 口から広がった幸せが、『どーーーん!!!』とウジュリ様の魔法よりも大きな衝撃が体中を駆け抜けた。お父さんの声はもう聞こえない。


 私が一口食べるごとに『ああ、ああ…』ってお父さんが悲鳴を上げていたけれど、私には聞こえない。


「まあまあ、もう塗っちゃいましたから、食べるか捨てるかですよ?」

 おじさんは、はいっとジャムが塗られたパンをお父さんに差し出す。


 父さんがまだためらって受け取らないので、私が代わりにさっと受け取ってぱくっと食べると「ああっ」って悲鳴を上げていた。朝のパンのお返しだ。

 おじさんは楽しそうに笑っていた。



 お昼を食べ終わると、おじさんが『冬の準備をしてしまいましょう』と言い出した。

 お父さんは、また『とんでもねえ、もうやすんでいてくだせえ』と慌てていたけれど、おじさんはもう気にするのをやめたようで、にやにやといたずらっぽく笑いながら、立ち上がって準備を始めた。


「さっきあれだけ派手にやりましたから、もう遠慮しなくていいですよね」

 ふんふーんと鼻歌を歌いながら、一人で納得するおじさん。

 そこから先は、あっという間だった。


「まずは、家を直しましょう。これだけ隙間風が入り込むと、つらいですから」

 そう言って、絵を描いたり、何かをしゃべったり、あれやこれや……。

 昼すぎに始まった家の修理は、昼すぎのうちに終わった。


 大きさは元のままだったけど、一目見ただけで村で一番立派な村長の家より、丈夫できれいな家になった。家だけじゃなくて、お皿や器なども、つやつやの木でできた立派なものに変わっていた。


 家の修理が終わると、休む間もなく、家の裏に出て、またあれやこれや……。

 草むらと変わらなかった家の裏が、あっという間に庭になり、小さな倉まで建っていた。

 採れたものをしまっておくと、長持ちするらしい。

 この村に倉があるような家はない。


 その後も、古くて半分に欠けていた水がめが新品になった。


 一番驚いたのは、直しながらなんとかかんとか使っていた畑の道具が、新品になったこと。

 しかも、鍬にも鎌にもなんと鉄の刃がついている!!

 石の刃しか知らない私は、その鉄の刃で草を刈ったときの顔を見たおじさんに大きな声で笑われた。


「最後かな」

 そう言ってまた絵を描くと、その絵からサルのようなものが何匹も出てきた。

 赤い毛並みに、長いしっぽ。体は細くて手が長い。手が体に比べてずいぶん太い。顔は白くて、目の周りと鼻の頭も赤い。一匹だけ頭に鳥の羽がついていて、一回り体が大きい。

「これは?」

「土の精霊だ。ヒャクエショウジョウという」

 出てきたサルのようなものは、飛んだり跳ねたり、手をたたき合わせて遊んでいる。


「ウジュリ様と同じ?」

「うーん……、同じ精霊だけど、ウジュリは樹木の精霊。ヒャクエショウジョウは土の精霊だ。それにウジュリは大精霊だけど、こいつらは精霊獣だから、精霊としての格が違う」

「大精霊…? 精霊獣……?」


「ウジュリよりもこいつらのほうが人の暮らしに近い。派手なことはできないが、細かくて実用的なことができる」

 私が首をひねっていると、おじさんはもっとよくわからないことを言った。

「見てればわかる」


 おじさんがパンパンと手をたたくと、ヒャクエショウジョウたちが集まってくる。

 集まると、よくわからない言葉でしゃべる。

 またパンパンと手をたたくと、ヒャクエショウジョウたちはうなずいて散らばっていき、村から家に続く道の端に並ぶ。


 頭に鳥の羽をさした一匹が吠えると、ほかのヒャクエショウジョウたちが続いて吠える。

 吠えた声は、長く伸び、節がついて歌になった。

 高い音と、低い音、不思議な調子の歌が響く。


「サワサギに似てる……」

 冬が終わるころ、風の強い日、山の中を吹き抜ける風が歌う山の歌。それをサワサギという。

 サワサギのなった年は、豊作になると言われている。


 歌声は次第に、光を帯び、熱を持って、キラキラと輝く。

 草だらけの細い道に光の粒が降りかかる。


「―――!」

 ひときわ高く吠えて、歌が止む。道は光の敷物で敷き詰められたようになっている。

 ゆっくりと、光が消えると、草だらけだった道は、きれいに砂利が敷き詰められた、細いながら立派な道になっていた。


「ヒャクエショウジョウは道を敷くのが得意なんだ。村と家、人と家、人と人、つながりを作るために道は大切なものだから。ヒャクエショウジョウの加護を得た道は、通るたびに人に安心と希望を与える。きっと役に立つ」

「ありがとう……」

 私は泣いていた。



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