05 ハセダ村
村の畑が並んだ場所を通り過ぎ、山に入るそのほんの手前にうちの畑がある。
昔、まだお母さんが生きていて、お父さんが元気だったころは、もっと違う場所に畑があったのだけど、私がやるしかなくなったときに、その畑はほかの人のものになって、この場所がうちの畑になった。
村から遠く、木の影で日当たりが悪く、石が多いのに、水はけが悪い。そんな場所を子どもが一人で世話をするのだから、畑と呼んでいるだけの場所と言った具合だった。
おじさんが、私が頑張っていた畑を見る。
「この場所で6年か、よく頑張ったな」
そう言って、頭を撫でてくれた。
おじさんはにっと笑うと、一歩進み出た。その背中には、今まで感じたことのない、迫力があって、私は思わずつばを飲みこんだ。
「村長さん、この畑を広げても構わないですか?」
「こんな場所のどこに広げるって言うんだ。広げられるもんなら広げてみろ」
「広げますけど、広げた分もアラタさんの畑と認めてくださいますね?」
「……」
今までにないおじさんの迫力に気づいたように村長が黙る。
「認めてくださいますね?」
「……好きにしろ。万が一広がったところでこんな場所じゃまともなことはできん」
「好きにしろ、ではなく、認めると言っていただきたいんですがね?」
「しつこいやつだな、認めてやる。この辺りお前が広げた分はアラタの畑でいい」
村長の答えを聞いて、おじさんは自信たっぷりにうなずく。
「大丈夫なの……?」
この場所のひどさをよく知っている私は、今更不安になった。
「私に任せろ。とびっきりすごいヤツを見せてやる」
そう答えたおじさんは、悪だくみを思いついた子どものような顔をしていた。
そこから起こったことは、私には意味が分からなかった。
ただ、おじさんがあの絵を描くたびに、いろんな色が光り、そのたびに何か不思議なものが出てきたり、わけのわからないことが起こり、そして、狭く、いびつだった畑が、どんどんと広がっていく。
「こんな所だろう。これ以上広くしても面倒見切れないだろうし」
おじさんがパンパンと手を払ったときには、目の前には、キレイに整地され、ふかふかに耕された畑と、その畑に沿うように作られた二本の溝、溝の始まりには大きな池がある。
全員が、私も含めた、おじさん以外の全員が、あまりの光景に腰を抜かしていた。
「いいか、ハナさん」
茫然としている私が呼ばれる。
「こっちが取水路だ。あの池には、山の湧水が引いてある。湧いている量が少ないから、こんな風にちょろちょろとしかあふれていないが、枯れることはない。畑側の溝に流せば、畑に水が引き込める。余った水は反対側の排水路に流れて出ていく。必要な時は、こっちの溝に流せば、水やりが簡単に終わる。アラタさんに教えてやってくれ」
あまりのことにぽかーんとしたまま、ただただうなづくしかない。
「そして、これからが仕上げだ。派手だぞ」
そう言っておじさんは足元と空中にまた絵を描いていく。今までよりずっと大きく複雑な絵。
おじさんが何かをしゃべり始めると、地面と空と、向かい合わせに描かれた絵の間を、緑と白と黄色の雷がバチバチと行きかう。
二つの間が雷で埋め尽くされたあと、ドーンというすごい音とともに爆発が起こる。
目を開けると、そこには緑色の髪に、白いドレスを着た、とてもきれいな女の人が浮いていた。
私がどうしていいか分からず、ただ立ち尽くしてる間に、村の人たちは、誰からともなく地面に膝をついて、頭を深く下げていた。
無条件に敬ねばならないと見ただけで分かる存在。
「樹木の大精霊・ウジュリという。会いたいと願ってもなかなか会えないぞ」
おじさんは嬉しそうに紹介するけれど、みんな頭を下げ、祈ることに必死でそれどころではなかった。
ウジュリ様とおじさんがよくわからない言葉でやり取りをすると、ウジュリ様はやれやれと言ったように首を振り、大きなため息をついた。
神々しいお姿のなのに、人間臭い。
ウジュリ様は山の方を向くと、手を広げ、何かを唱える。すると途端に空が暗くなった。
びりびりと空気が震える。
広げていた腕を、胸の前で組むと、あたりからすべての光と音が消えた。
その直後、世界が震えるほどの轟音と、真っ白な光がすべてを飲みこんだ。
光が収まると、青々と葉っぱの茂った木が畑にキレイに並んで生えていて、畑の日当たりを妨げていた、万年杉の杉林は、赤や黄色に色が変わった背の低い雑木林に変わっていた。
ウジュリ様は腕を組んで、フンっと鼻を鳴らすと、おじさんの方を向いて、間違いなく何か怒っていた。おじさんは、まあまあとなだめるようにしながら、よくわからない言葉でウジュリ様と話していた。
腕を振り回して怒るウジュリ様に、おじさんはあの赤いアメを渡して、頭をポンポンと撫でる。すると、ウジュリ様はアメとおじさんを交互に見た後、何かを言い残してすーっと消えた。
「大精霊の秘術は禁じ手なんで、簡単にヤレとか言うなって怒られてしまった」
ははははとおじさんは簡単に笑っているけれど、村の人たちはみんな固まって動けない。
「ここに生えているのはウベという木です。寒くても次々に実がなります。もいでしまえば放っておいても20日はもちます。この実は、割って種を取り出して実を煮て食べます。種は干した後、粉にして、お湯で溶いて飲むと身体がよく温まります。これだけあれば、この村の人たちが一冬過ごすことはできるでしょう。それほど美味しいものではないですが」
おじさんは気にせず説明をする。
ウベの木には私の顔ぐらいある実がいくつかぶら下がっていた。
「ただし、このウベの木は魔法で無理やり育てているので、この冬が終わったら枯れます。枯れた後は薪にして使ってください。根が残るので、少し大変かもしれませんが、人数でかかればすぐに終わるはずです。根をどけてしまえば、あとは今まで通りの畑として使えます」
膝をついて、仰ぐように見上げる村の人たちをゆっくりと見回す。
「この冬が越せるように死ぬ気でなんとかしろとのことでしたので、なんとかしてみましたが、いかがでしょうか? 死ぬほどのことはしてませんが」
おじさんは穏やかな声でそう告げて、朗らかに笑った。
村の人たちは再び頭を下げた。