40 ラルディラン家
「よっこいしょっと」
リュカさんが座る。
私もその横に座る。
マルバミが私たちの上に座る。
また、あっという間にウサギまみれになった。
「話すって言ったのはいいですが、どこから話しましょうね」
リュカさんがマルバミをなでながら遠くを見る。
ハチマキみたいなのを巻いてるから、見えなさそうなのに、どうも見ている。
「しみったれた話なんですよ、聞いてもつまんねえかも知れませんが…最初っから話しましょうか」
やっぱり水浴びで冷えたのか、マルバミはぎゅうぎゅうと固まっている。
「昔、私は、あるお貴族様の所で働いてたんですよ」
リュカさんがゆっくりと話し始める。
「元々親父がお世話して頂いてたんで、トロ、ホロ、リロもその方が与えて下さった」
「動物の世話をしてたの?」
「いえ、勢子です。勢子って知ってます?」
首を横に振る。
「狩りをする時に、獲物を追い出したり、弱らせたりして狩りやすくする役目です」
「ふーん」
「なかなか腕が良くて…ってまぁ三兄弟が優秀だったんですけどね」
ハハっと笑う。
「なかなか悪くなかった。無体なことがあるでなし、ホロたちも可愛かったですしね。そりゃあ今ほど好きにさせてもらえるなんてことは無いですけど」
「うん」
「14年前になりますね。卿のご子息が、ご学友と狩りをすることになったんですよ」
「子どもなのに?」
「遊びですよ。……遊びだと思ってたんですけどね」
声が低くなる。
「ご学友のお持ちの狩場にお伺いして、狩りをするってなって、仲良く弓を並べて狩りを教えて貰うんだって話で、ご子息はお世話係2人と私と3人だけ連れて出掛けたんですよ。トロ、ホロ、リロはいましたけど」
「世話係…」
「お貴族様ですからね。そういうものです」
「そうなのか…」
「いい天気で、狩り日和でした。それで、いざ始めようって時に、ご学友から提案がありました。競争にしようって」
「競争」
「ええ、獲物の数とか、大きさとかでどっちが大きな獲物をたくさん獲れたか競うんだって」
「そんなことするんだね」
「よくあるんですけどね」
「よくあるんだ」
「それで、勝負となったわけです。でも、ハナっから勝負になるわけが無い」
「なんで?」
「そりゃあ、こっちはどんな山かも知らないし、どんな獣がいるのかも知らない。オマケに勢子は私1人で、ご子息だってそんなに弓が上手いわけじゃない。まぁ子どもなんでそりゃそうなんですけど。連れて来てるのも、狩人じゃなくて世話係の女の子とばあさんだし。教えて貰いに来たらいきなり勝負ですから」
「相手は?」
「相手は勢子が3人に、指南役の狩人が2人。護衛が2人。世話役が4人。教えてやろうってんだから、本人だってそれなりに経験はある」
「ムリだね」
私でもわかる。
「ええ」
2人で笑う。
おじさんがいたら、カンタンに勝ちそうだけど。
「おじ…じゃなくて、バルエ様がいたらカンタンに勝ちそうだけど」
「バルエ様がいたら無理です。1人対50人ぐらいで、バルエ様は目隠しして、素手のみ、攻撃魔法は禁止、ぐらいにすれば……」
リュカさんの言葉が小さくなる。
「分かりませんけど」
また2人で笑う。
笑い声にビックリして、ウトウトしてたマルバミがびくっと起きて、となりの子を踏む。
となりの子がキューキュー文句を言う。
「まあ、普通は無理です。無理でしたけど、まあいいやって話になって、勝負になったんです」
「いいの?」
「ご学友のお家の方が格が上でしたから。コテンパンにやられて、鼻のひとつでも高くして貰えばいいかって」
「変なの」
「そういうものなんですよ。よくできた方でした。子どもなのに」
「へえ」
石投げで同い年の子に負けるのは悔しかったけどな。
「ただ勝負だって分かったヤツがいたんですよね」
「??」
「トロ、ホロ、リロの3匹ですよ。賢いし、勝負事の空気みたいなのを感じたんでしょうね。3匹が、お、これは勝負だなって」
「へぇ」
「しかも、アイツらは負けず嫌いでね。勝負事ってなると、気合いが入る」
「負けるのは悔しいもんね」
「まぁそうなんですけど…、でも、だからってどうだって話じゃない。そもそも勝負にならないんだから。私もまあいいかって、広い山を思いっきり走り回って楽しめばいいじゃないかなって」
「ふうん」
「で、始まったんですよ。私は私の役目なんで、山に入るんですけど、山が分かりませんからね、そうホイホイとは進めない」
「そうなんだ」
「そうです。本来なら、ご学友が連れてきた勢子に教えてもらいながら、進む所がいきなり1人ですから」
「怖いね」
「慣れてるんで、怖かないですが、まあ仕事になる程じゃなかった。……私は」
「ホロたちは?」
「そう! そこなんです。山に入るや否や、私の事なんてほっぽって、3匹がブワーって突き進むんですよ。待ってーですよ。置いてかないでーって」
「負けたくなかったんだね」
「そうでしょうね。それで、何やったかは分からん…と言っても、まあ賢いヤツらなんで、ちょいちょい分かるようにはしてくれるんですけど、まあ大したもんでした」
「上手くいったの?」
「ええ。上手に見つけて、追い出して。でも、ご子息の弓が下手だからそうそう獲れはしないです。そりゃあ獣だって命がけですからね。必死で逃げますよ」
「そりゃそうだ」
「ええ。だから成果は上がらなかったんですよ。弓が当たらないんだから」
「そりゃそうだ」
「でも、獲物が出て来るんです。自分の狩場で、自分の方が沢山の人を使ってるのに、自分よりも沢山、獲物が出て来る」
「うん」
「だから焦ったんでしょうね。ご学友はちょっと無理しちまった」
「無理?」
「ええ。普段、入らないような山の中まで入っちゃったんですよ」
「そう? でも、それが?」
「それで、ケガをしたんですよ」
「うん」
山だもの。
「突然、獣にでくわしたみたいで、驚いてコケたんでしょうね」
「うん」
山だもの。ハシラグマは本気で怖かったけど。
「大したケガじゃなかったのが幸いで、打ち身と、ちょっと手首を捻ったのと」
「大した事じゃないね」
山じゃなくても、畑で仕事しててもよくあった。
「それが私は悪いってなったんですよ」
「なんで!?」
マルバミがビックリして飛び出したり飛び下りたりして、アワアワまるまるする。
「何故かは、分かりません。とりあえず、うちのホロたちが追い出した獣のせいだって言われましたけど……反対の山にいましたからね」
「何それ!?」
「まあ要するに、向こう側が困ったわけですよ。ご子息に怪我をさせてしまったってなれば、大事ですから。どんな処罰が下るかも分からない。護衛が3人に、狩人が2人いてケガさせました…は、ね。分からんではないですが」
「それで」
「ええ。それで私のせいになりました」
「そのリュカさんを連れて来た子どもは?」
「抗弁して下さいましたよ。ただ相手の方が家格が高いですからね、聡いと言っても子どもですし」
「それで?」
「それでこれです」
そう言うと、リュカさんが目に巻いてるハチマキみたいなのを上にずらした。
「―――!!」
目がなかった。
なかったというか、横に1本、深い傷あとがある。
「問答無用でズバッとでした」
「――!!」
「山からのこのこ戻ってきたら、いきなり捕まえられて、わけがわからんままに、ズバ!と……。もう事実はどうでもいいんですよ、犯人に罰を与えたっていう事実だけが残れば、それが真実となる」
「どうでもいいって……」
「こうして俺は、お貴族様のご子息にケガをさせた大罪人になりました」
ハチマキみたいなのを戻す。
「でも、まだ終わりません」
「……」
リュカさんが笑う。
私は何も言えなかった。




