38 ラルディラン家
柵の中に入ってコガネグンソクの寝床の掃除をしていると、コガネグンソクが服をかんで引っ張ったり、なでろとつついて来るので、なかなか進まない。
あしらうと怒るし。
「仕事の手順さえ覚えたら、馬房はもう任せられますね」
私がやっとこさコガネグンソクの掃除を終わらせたときには、リュカさんは他の全部の馬の掃除を終わらせて、馬にブラシをかけて、水を入れ替えて、馬たちのご飯を用意してしまった。
「むぅ……ジャマが入らなければ…もう少し早く……」
コガネグンソクは、リュカさんが用意した草をムシャムシャ食べている。
「ハッハ、初日でコガネグンソクの寝床に入れただけ大したもんですよ。俺なんて近付くだけで1月掛かったんですから」
「そうなの?……ですか?」
「ええ。コガネグンソクは人を嫌いますから。それに馬力がとんでもないんで、ちょっとしたことでも大怪我させられちまうんですよ。慣れてるとは言え、気を付けて下さいね。いつも通りしてても、たまたまアブが噛めば暴れますから。万が一後ろ脚で蹴られたら、お腹に穴が開きますよ」
「……」
思わずお腹を押さえる。
「とりあえず、朝飯にしましょう。その後は牛舎に」
「まだ全然働いてない、ですよ?」
「とにかく飯食べてからです。食い逃すと勿体ないですから」
「うん! じゃなくて、はい、か…」
「それも少しずつ覚えていきましょう」
リュカさんが笑いながら肩を叩いて連れ出してくれた。
◆◆◆◆◆◆
でっかいソーセージとスープとリンゴジュース。
ソーセージにはポロポロと口に当たるふしぎなかたまりが入っていた。ブタの血らしい。少しにおいがするけど、食べはじめると、このかたまりを探してしまう。
スープには私も切った芋が入ってる。トロリとしていて柔らかくて優しい味がする。
「ふぉおおお……」
今日の朝ごはんはフレンチトーストというのだった。
卵と牛乳を混ぜた甘い液にパンをひたしたのを焼いたもの。
分厚いパンはアツアツのフワフワでプルプルにモチモチなのがほんのり甘くてジュワジュワしておいしい
ほんの少し前まで、ゆでた芋のツルをかみながら仕事だったのに、今は、アツアツのフワフワのプルプルのモチモチのジュワジュワをゆっくり食べている。
おいしくて、涙が出てきた。
スンスン鼻をすすってると、クルセウさんがやって来て、『しっかり食えよ!』って笑いながらフレンチトーストをもう一つ置いてくれた。
ウシでもがんばらなければ!
◆◆◆◆◆◆
「もー」
「モー」
「もーもー?」
「モーモー」
「……話してるんですか?」
「ううん」
ウシは平和だ。
近付いても、中に入っても、おとなしい。つぶらな瞳もかわいい。ヨダレはすごいけど。
ずっとモーモー鳴いてる。
茶色に白の水玉模様。どーんとした体に、細い足。2本の角。
山でおじさんと食べたウシ。
「ここで飼ってるのは肉用です」
「肉……」
ウシのかたまり。カリカリでジュワッとした。
「おいしかった」
「食べたことあるんですか?」
リュカさんが意外そうな顔をする。
「ここに来る途中の山で、おじさん……バルエ様が出してくれたます」
「出してくれました、ですね」
「バルエ様が出してくれました」
「いいですねえ。牛肉は高級品なんで、めったに食べられないんですよ」
「おいしかった。香ばしくて、柔らかくて、ジュワッとして」
思い出すとつばが出てくる。
お腹いっぱいだけど。
「ウシも、馬みたいに何か仕事があるのですか?」
「ここでは無いですね」
「ここでは?」
「ええ。ここでは、基本的に食べるか寝るか遊ぶかしかしてません。よそでは、畑仕事を手伝わせたりしてるようですが、そこまで私の手が回らないので」
「畑を?」
「ええ。草を引き抜いたり、耕したり、重いものを運んだりするのをやらせるようです」
「おおっ……力持ち」
「専用の道具がいるみたいですね。ただ、ここらの畑はほとんど家畜用なので、余り世話がいらないんですよ。草が生えれば、餌ですから」
「なるほど」
「ハナ様が仕事を覚えて、やることが半分になったらウシを働かせてみるのも、おもしろいかもしれませんね」
「おお……ちょっとやってみたい、ですね」
「ええ。やってみましょう。でも、今のところはウシは仕事がないので、食べて、寝て、遊ぶですね。それで早く大きくなって美味しくなってもらう、と」
「おいしくなってほしい」
「はは。食べるためだけに育てるんで高いんですよね、牛は」
「高いというのは、お金が?」
「そうです。なかなか売ってないですし、売ってても高くて買えません」
「へぇー。レベはすごい食べてたけど、高かったのか…」
「……レベ?」
「うん。…じゃなくて、そうです。レベです。両手でウシの肉のかたまりをかかえて、ガブゥッて食べてました」
「………えー、レベってのは人の名前?」
「違う。……じゃなくて違います。動物です」
「…………レベって、レベ?」
「はい。でっかくて、爪とかギャーンて長くて、キバがガシィッて生えてて、お腹にふくろがあるのがレベです」
身振り手振りを入れて話す。
「……………」
「リュカさん?」
「ソイツは……レベですね」
「?? レベだよ?」
「ハナ様の住んでた所はレベの住処なんですか?」
「ううん。山を登るときに、おじさんが呼んだ。私はお腹の中に入ってた。ぬくぬくでふかふかだった」
あ、おじさんて言っちゃった。
まぁいいか。
「れ、レベの袋に入ったのかっ!?」
リュカさんがものすごくおどろいている。
「入ったよ。お、バルエ様がヤギに乗って、私はレベのお腹の袋に入って、天井山をのぼりました」
「はぁー……」
リュカさんがぼうぜんとしている。
「レベの腹に入るってのは、それは食われるって意味で、腹の袋に人が入って運ばれたなんて話は初めてだよ…」
「そうなの?」
「ああ。レベが人里に出たりしたら、そりゃあもう大騒ぎだ。アシトワみたいになっちまう」
ふーん……。
「あぁ、でも、おじ、バルエ様が、レベは人に見られると大騒ぎになるって言ってました」
「そうでしょうね……。俺もパニックになると思います。実物を見た事は無いですけど」
「こわいけど、なれるとかわいいよ?」
ゴワーってやられて、おもちゃにされたけど。
「『カモクの生涯』」
「え?」
「『カモクの生涯』って本が遊戯室にあるはずなんで、読んでみるといいかも知れませんね」
「『カモクのしょうがい』」
「ええ。少しだけですけど、レベが出てきます。レベって動物について初めて書かれた本だって言われてますよ」
「へぇー…。読んでみる。ありがとう…ございます」
そして、仕事に戻る。
「私みたいな立場で食べる機会があるってだけで、贅沢極まりない話なんですけどね」
「そうなんですか?」
ウシがおいしいという話をしながら、ウシの世話をする。
ウシの肉はめったに食べられないらしい。
また食べたい。
「ええ。私みたいな家借奴隷で、肉なんて普通じゃ考えられません」
リュカさんが首をふる。
「いや、肉と言うか、3食食べて、自分の部屋があって、寝台で寝て、給金が出てるのも全部、普通じゃないんですけどね」
「ヤガリドレイ? 私とは違うの?」
「全然、違います」
キッパリと言われた。
「そうですね。なかなか話す機会もないでしょうから、お話しといた方がいいかも知れませんね」
リュカさんが手を止める。
「とりあえず、ここの仕事を片付けてからにしましょう」
「うん」
ウシは日中は外に出しておくらしい。
外に出そうとするけど、この子たちはまったく動こうとせず、モーモー鳴いてる。
もー動いてよ!




