30 スイスズメの街
「楽しんでおられるようですね」
アメネさんが来た。
少し顔が赤い。
「おや、アメネさんが飲むのは珍しい」
「たまにはいいものです」
「あら?」
私のとなりに座っていたマジェリカさんが声を出す。
「アメネさん、初めて見るブローチですね。しかもキリミナシのモチーフなんて! 最近、ひっそりと人気なんですよ!」
マジェリカさんのさしたアメネさんの胸元には宝石が付いていた。ハチミツを丸く固めたような丸い玉と、それを囲うのはにぶくかがやく銀色。銀色には細い線がたくさん彫ってあって、花びらのように広がっている。
「ステキですね!キリミナシのモチーフはこれと同じ黄色がメインですけど、トパーズかイエローダイヤが主流ですよね。アンバーは珍しい」
立ち上がって顔を近づける。アメネさんがちょっと下がる。
今のマジェリカさんはセッケンの時のマジェリカさんだ。
「あっ!」
私も思わず声が出る。
「その黄色いのヤミさんの所で見たのだ!」
「!!」
マジェリカさんがガバッと振り向く。
「!?」
びっくりした。
そして、またグリンと首を戻して見つめる。
私の声にみんなが集まってくるけど、マジェリカさんが引っ付いてるのでみんなよく見えなさそう。
「深い色ですねぇ……中に入ってるのは…なんですかこれ?」
「はっきりとはしないけど、スギマクラの仲間じゃないかな」
丸い玉の中には、小さな粒が2つ閉じ込められている。
「地金はシルバーですよね……これがあのキュログロスシルバーかぁ……はぁあ…ベリドンに比べると力強いですねぇ……でもこの鈍らせ方なんかは品がありますねぇ……へぇー……」
「マジェリカ?……近いですよ?」
アメネさんがマジェリカさんの肩をつかんで、グイッとはなす。
「あっ…失礼しましたぁ……」
そう言いながら、また顔が近づこうとする。
アメネさんは苦笑いしがらするりとはなれておじさんのとなりに座った。
それを見て、やっとあきらめたマジェリカさんが私のとなりにもどってくる。
「珍しいですね。いつもお土産は受け取られないのに」
本当にそうなんだ。
「バルエ様のお土産は貴重なものばかりで、私が受け取るには過分ですから」
アメネさんは首を横にふる
「でも、たまにはいいものですね」
ブローチを見ながらアメネさんもうれしそうだ。
「とびきりの所だけ頂いたみたいですが」
ふふっと笑うと、目じりにシワが出て優しいおばあちゃんの顔になる。
「過ぎた過ぎたって、アメネさんはそればかりですね」
おじさんは笑いながらそう言った後、『いつも本当にありがとうございます』と頭を下げる。
近くを歩くカティさんに『赤の若いのを』と言ってビンを1本受け取るとと、アメネさんの前のコップにお酒をそそぐ。赤いワインだった。
自分のコップにも同じのをそそぐ。
「頂きます」
アメネさんが軽くコップを持ち上げる。
おじさんも持ち上げる。
何を話すわけでもなく、ただ少しずつ中身が減っていく。
2人のコップが空になるまで、誰も2人には話しかけなかった。
◆◆◆◆◆◆
――コンコン――
「何?」
朝、扉が叩かれる。
「失礼します」
入って来たのはカティさんだった。
「おはようございます。お早いですね。ゆっくり休めましたか?」
「ううん」
私は首を横にふる。
昨夜、あんなに楽しかったのに、ご飯が終わってこの部屋で1人になると、なかなか眠れなかった。
少し眠っては目が覚めて、を繰り返して、まだ暗い内から起きてぼんやりしていた。
「そうですか……そうですよね。そりゃあ不安ですよね」
カティさんは腕を組んでウンウンとうなずく。
「お加減はいかがですか? 優れないようでしたら、バルエ様にお伝えしますが」
「大丈夫」
「そうですか? 朝ご飯はお召し上がりになりますか?」
「食べる!」
「そうですか。確かに大丈夫そうですね」
カティさんはふふっと笑う。
「では、お食事の用意が出来るまでに、先に朝の御支度をご案内しますね」
カティさんに連れられて、顔を洗ったり、体を拭いたり、服を着替えたりした。
その後、連れて行ってもらったのは、昨日ご飯を食べた広い部屋とは、また違う昨日よりも小さな部屋だった。
ここもご飯を食べる部屋らしい。
ご飯を食べる部屋がどれだけあるんだろう?
部屋に入るとおじさんがいて、ここでもメシュが肩に乗っている。
おじさんの足元には白く光る毛玉……子ねこが集まっていてフシャーフシャーと威嚇している。
「何をしてるの?」
「ハナさん、おはよう。よく……は眠れなかったみたいだね。大丈夫かい?」
「おはよう。大丈夫」
小さくうなずく。
「二日酔い……もなってはないな、やっぱり」
「全然大丈夫」
大きくうなずく。
「それで何をしてるの?」
「メシュが甘えてくるんだが、どうやら母親を取られたと思っているらしく仔猫が怒ってるんだ」
「ふうん」
しゃがんで足元の子ねこをつまみ上げる。
腕に抱いて、こちょこちょとノドをかくとゴロゴロ言って甘え出す。
それに気付いた他の子ねこもこっちに集まってきて、あっちをなでたりこっちをなでたりする。
「上手だな」
おじさんが感心したように言う。
「みんなキレイなねこだね」
「ブライトロングヘアっていう品種だ」
『よいしょ』とメシュをつかまえると、子ねこの中に下ろす。
「珍種だ」
私になでられてない子ねこがメシュに集まって甘えだす。
「チンシュって?」
「珍しいってことだ」
「メシュは元々、とある人が子どものプレゼントにって買い与えた猫でな」
私の腕の中にいた子ねこもバタバタと暴れてメシュの所に集まる。
「だったんだが、毛並みが悪いって処分されそうになってね」
「ショブン?」
子ねこたちが必死にメシュのお腹の下にもぐろうとしている。
「まぁ簡単に言えば殺されるってことだ」
「!! なんで!?」
「私にも理解ができん」
メシュは知らん顔してねそべっている。
「乳が欲しいんだろ? 知らん顔してないでやりなさい」
おじさんが言うとミャアと鳴いてコロンと横倒しになる。
子ねこが我先にと集まる。
「メシュ。ここではいけませんよ。ちゃんと自分の部屋に戻ってからにしなさい」
アメネさんの声がすると、横になっていたメシュがシュパっと立ち上がる。乳に吸い付こうとしていた子ねこがニーニーと不満げな声を上げる。
「貴女のお部屋はあっちですよ」
アメネさんが開けたままにした扉をさすと、シタシタそっちへ歩く。子ねこがその後をチトチトと続く。
「トイレの場所もちゃんと教えるんですよ。貴女の大切なお役目です」
去っていくメシュに声かけると振り返って『ミャー』と鳴いて少し早足で出ていった。
本当にねこなんだろうか?
「お食事の用意が出来ます。猫を触った手でお食事されるのはいけませんので、手を洗って来て下さい」
アメネさんに言われて、手洗い場へ向かう。
帰って来ると、おいしそうなご飯が並んでいた。
パンとベーコンとサラダとスープ、果物もある。
色んなジャムが並んでいて、なんと好きに使っていいらしい!
ステキだ!
「「いただきます」」
2人で食べ始める。
カティさんが、飲み物を入れてくれる。
「しかし、メシュが母親になるとはなぁ」
「そうですね」
カティさんは立ったままだ。座ればいいのに。
「バルエ様が連れて来られたときは、ほんの小さい子猫でしたからね。あちこちハゲてましたし、毛並みも黒ずんでて、近付くと暴れるし、引っ掻くし噛み付くし、食事はひっくり返して逃げるし、大変でしたね」
「!!」
あんなにキレイなのに!
「それだけの扱いを受けてたからな」
「どんな?」
「まぁ気分が悪くなるから、食事中にはしないが……毛並みが良くなるって、変な薬が出回ったりしててな。ブライトロングヘアは人に見つかってから受難の連続だ」
「ふーん……」
ジュナンてなんだろう?何か分からないけどヒドイ目にあったんだろうな…かわいそうだ。
「父親が気になるんだよ」
「そうは言っても、調べようがないですよ?」
「そうなんだよな。猫だし」
「猫ですからね」
おじさんとカティさんがしみじみとつぶやいている。
「ブライトロングヘアの毛並みは劣性遺伝……要するに仔猫に受け継がれにくいんだ。だからブライトロングヘア同士でしか交配させないようになってるんだが……仔猫みんなブライトロングヘアだったんだよな」
おじさんは首をひねっている。
それよりもベーコンがおいしい。
カリカリのジュワジュワだ。
「しかも多産なんだよな。ブライトロングヘアは通常1匹から多くても3匹程度と言われるんだが……」
イチゴジャムってそのまま食べたら怒られるんだろうか……?
「ブライトロングヘアの毛並みが光って見えるのは、毛に含まれる特殊な色素が影響していて、この色素は、ブライトロングヘアが受けるストレスによって生成にかなりムラができることが……」
さくらんぼもおいしい!それにかわいい。
私が知らないって言ったから用意してくれたんだろうか?
「「ごちそうさまでした」」
おなかがいっぱいになった。朝から幸せだ。




